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2004年05月10日(月) 展開を読まれる苦悩

友人と外で食事をしていたら、背後から「ちょっといいですか」の声。振り返ると、ばっちりメイクを施した若い女性がふたり、笑顔で立っている。お揃いのボディコンワンピースを着ているので目を丸くしたら、「失礼ですが、タバコはお吸いになりますか?」。
レストランなどを回って試供品を配っているのだという。なるほど、タバコの銘柄のロゴの入ったバッグを肩からかけている。
しかし、私たちはタバコは吸わない。そう伝えると、彼女たちは「お邪魔しました」と言って隣りのカップルに話し掛けはじめたが、私はその様子を見ながら、タバコにまつわるある話を思い出した。
ちょっとしたびっくりネタだ。私はできるだけさりげなく聞こえるよう注意を払いながら、友人に言った。
「そうそう、タバコといえば、松たか子ってね」
が、言葉をつづけようとした瞬間、ひと足早く彼女の口が動いた。
「ヘビースモーカーなんやろ?」
彼女がつづける。
「チェーンスモーカーらしいね。こないだテレビで芸能レポーターの佐々木博之が、松たか子が銀座の大通りで赤のボルボのシートを全部倒してタバコ吸ってるのを見たってしゃべってたよ」
ひ、ひどい!聞き終えるや、私は彼女に抗議した。
こういうときはたとえ話の先が読めても、話させてくれるのが友人というものではないだろうか。知らなかったふりをして腰を抜かしてくれとは言わないが、一応最後まで聞き、「私も知ってたけど、意外よねー」くらいのことを言ってくれたってバチは当たらないと思う……ぶつぶつ。

展開を読まれるといえば、ゴールデンウィークにこんなことがあった。
「サービスという名のおせっかい」というテキストの前編をアップしたあと、私は実家に帰省したのだけれど、二日後に帰宅してたまったメールを読んで愕然とした。同じ内容のメールが六通も届いていたからである。もちろん差出人はそれぞれ別人だ。

電車の「傘の忘れ物に注意」やエスカレーターの「手すりにつかまれ」といったアナウンスは不要だ。空港で搭乗時刻を過ぎてもゲートに現れない客を探して職員が走り回っているのを見かけるが、あれも甘い。
「親切」と「過保護」がほとんど同義語であるこの国には、「サービス」という名のおせっかいが氾濫している。


と書いたところで「後編につづく」にしていたのであるが、それらのメールには異口同音にこうあった。
「過保護なアナウンスは利用者のことを考えてではなく、トラブルが起こったときのために企業が先手を打っている、つまり自己防衛のためのものだと思います」
私が思わず「あいたた」とつぶやいたのは、この内容が後編の展開とかぶっていたからである。私はテキストの最後で、企業の過剰なサービスを「保身のためのエクスキューズ」と結論づけていたのだ。
「小町さんは後編でこう書くつもりでしょう?」という読み方をされたわけではないので、気分を害したわけではもちろんない。私ががっくりきたのは、これからアップしようとしているテキストがあまりにもありきたりな内容であることが判明したからだ。
日記リンク集の公共掲示板や日記読み日記でも、六通のメールと同じ内容の文章を見かけた。つまり自分と同じ考えの人がそれだけ多いということだが、その事実は私を安心させてくれる一方で、「なあんだ」とも思わせる。
奇抜なことを書きたいと思っているわけではないけれど、誰もが考えることならべつに自分が書くことはない、という気持ちがあるのはたしかだ。書いてよかったなあと思わせてくれるのは、「私もそう思ってました」より「そういう考え方もあるんだなと思いました」という言葉であることが多い。
「誰も書かないこと、考えないことを書きたい」という欲求を持っている書き手はきっと私だけではないだろう。

職場では派遣社員は終業後、近くにいる社員にタイムシートにサインしてもらうことになっているのだが、中にひどく無愛想な男性がいる。
その日もやはり「お疲れさま」のひとこともなく、ポイとシートを返されたので、私はぷりぷりしながら仲良しの同僚に愚痴をこぼそうとした。
「聞いてよ、さっきヤマザキさんにサインもらったんやけどね」
「ヤマザキさんってどの人だっけ?」
彼女は人の顔を覚えるのが異常に苦手なのだ。
「壁際の一番奥の席に座ってて、ほら、いつもけっこう派手なネクタイしてる」
「あ、わかった!三十過ぎの人やね。綺麗なコにはめっちゃ優しい、あの人のことやろ。で、そのヤマザキさんがなんだって?」
こういう先読みをされると本当に切ない。

【あとがき】
テレビをつけたら映画をやっていたとするでしょ。画面をしばらく眺め、私が「どんな話やったっけ。見たことあったかなあ」とつぶやくと、夫は横から無邪気に言うんですね。「船がボカーンと爆発して、この人死んじゃうんだよ」「あの女の人が犯人でね、この人は殺されるんだよ」とか。「先読みされる」とはちょっと話が違うけど、こんなふうにネタばらしをされると私は怒り狂います。