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2004年05月02日(日) 「サービス」という名のおせっかい(前編)

新聞で、六十代の男性が書いたこんな投稿を読んだ。

私が利用している銀行の窓口では、係の女性は客が来るたび立ち上がって迎え、処理が終わるとまた立ち上がって見送る。大阪駅で新幹線の切符を買うときもいつも、駅員はわざわざ立ち上がって礼を言ってくれる。
しかし、私はそこまでしてもらうことに苦痛を感じている。体に無駄な負担をかけさせたくないし、その分時間を取られることにもなる。にこやかに、かつ素早く対応していただければ十分だ。


思わず膝を打った。私もまったく同じことを感じていたから。
定時が遅いため、私が仕事帰りに立ち寄るのは深夜まで開いているちょっとお高いスーパーだ。繁忙時以外は店員さんが商品を袋に詰めてくれるような店なのだけれど、そこでは会計の際、キャッシャーの女性は客にお辞儀をする決まりになっているらしい。客が入れ代わるたびに両手を前に組み、うやうやしく頭を下げながら「いらっしゃいませ」を言うのである。
しかしながら、私は以前からこれを「いらぬサービスだなあ」と思っていた。ほんの二、三秒の話ではあるが、せっかちな私にとってはお辞儀をされるより、少しでも早く会計に取りかかってくれたほうがずっとありがたいのだ。接客の丁寧な店だと評価する客もいるのかもしれないが、私には余分なサービスである。

それは過剰サービスだ、と言いたくなる場面は日常にあふれている。
たとえば街のいたるところで耳にするアナウンス。先日電車に乗った際、本を忘れた私は暇つぶしに車内アナウンスに耳を傾けていたのだけれど、その内容のなさと数十分間ほとんど途切れることなく流れっぱなしだったことに驚いた。
「ご乗車ありがとうございます」に始まり、「吊り革、手すりを必ずお持ちください」「お降りの際は足元にお気をつけください」、駅と駅の間隔は三分と空かないのだから「次は○○駅です」だけで十分なのに、「まもなく○○駅です」も毎回律儀に流れる。
これに女性専用車両や優先座席の案内、携帯電話電源オフや「痴漢は犯罪です」の呼び掛け、「ご宴会、ご宿泊には××ホテルをどうぞ」といった宣伝、さらに雨天ならば「傘のお忘れ物が増えております」、夜ならば「お疲れのところ車内が混み合い、誠に恐れ入ります」なんてものまで加わるのだ。そりゃあ車内に静寂が訪れるはずがない。
必要なのは次の停車駅と乗換え案内、「次は右側のドアが開きます」くらいではないのかと私などは思うのだが、この“過保護”は電車の中だけに存在するものではない。
エスカレーターや動く歩道でも、手すりにつかまれ、左側を空けろ、黄色い線を踏むな、ゴム靴に注意しろ、もうすぐ終点だから足元に気をつけろ……。空港内では「JAL○便にご搭乗のお客様、搭乗時刻が過ぎております。至急ゲートまでお越しください」というアナウンスが流れ、「ご搭乗の方はいらっしゃいませんかー!」と係員が声をあげて走り回っている。海外でこんな光景を見たことはもちろんない。出発時刻が来ればすみやかに離陸するからだろう。
「親切」と「過保護」がほとんど同義語であるこの国には、「サービス」という名のおせっかいが氾濫している。(後編につづく)

【あとがき】
日本でもそのうち「まわりのお客様のご迷惑となりますので、車内での化粧はご遠慮くださいますようお願いします」なんてアナウンスが流れるようになるのではないでしょうか。これは単に車内での化粧の是非という問題ではない。「恥」の感覚をなくすというのは日本人の誇れる美徳の喪失であり、大変なことだと思います。