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2004年05月05日(水) 「サービス」という名のおせっかい(後編)

そもそも日本人は騒音に寛容というか、「聞かされる苦痛」に鈍感な人種なのではないか。
騒々しいのは駅や電車の中だけではない。たとえばスーパー。男性はご存知だろうか、いま肉売場に「きのこの唄」「おさかな天国」を超える強烈な販売推進ソングが流れていることを。

にくにくにっく にくにくにっく
にーくーだいすきー
にくーにくーにくーにくー
にくーにくーにくーにくぅぅーっ♪

単純なメロディーに、「肉」と「大好き」というふたつの単語しか出てこない歌詞。しかもだんだんクレッシェンドが効いてきて、最後はほとんどシャウト。これが私の近所のスーパー(もちろん前編に書いた高級スーパーではない)では大音量、エンドレスでかかっているのである。
週末に買い物に行き、これが聞こえてくると、夫は「にくーにくー♪」と口ずさみながら私の脇腹をムギュと掴む。だからというわけではないが、私はこの歌が好きじゃあない。肉売場の店員さんは一日中聞いていて大丈夫なのだろうか。
街にこれほど音が氾濫している国を私はほかに知らない。
私たちは物心ついたときから「ああしろ、こうするな、あれに注意、これを買え」をたえず聞かされてきた。その指示の洪水に慣れていく過程で、それらを意味のある言葉としてではなく、単なる音として片づける癖を身につけてしまったのではないか。
あれだけしつこくアナウンスされても電車の中で携帯を使う人間が一向にいなくならないのは、それが「ガッタン、ゴットン」と同じ“音”として脳で処理されているからだとしか思えない(というのは半分皮肉だ)。

過剰サービスに話を戻そう。
手元にある食品のパッケージをご覧いただきたい。あまりに馬鹿げたことが書いてあるので、あなたは噴きだすか怒りだすかするかもしれない。
カップラーメンの蓋には「平らなところに置いてください」、アイスクリームの包み紙には「長時間持つと手が冷たくなります」、ドレッシングの容器には「振るときは蓋をお閉めください」。
訴訟大国アメリカには「赤ちゃんを乗せたままベビーカーを折り畳まないでください」「衣服を着たままアイロンをかけないでください」「就寝中にドライヤーを使用しないでください」と注意書きされた商品があるそうだが、なんのなんの、わが国も健闘している。
PL法(製造物責任法)施行後、メーカーは「あれをするな、これは危険だ」を乱発してきた。
江崎グリコでは「アイスが溶けて服が汚れた」という苦情があってから、「アイスが柔らかくなると、落ちて衣服などを汚す恐れがあります」の注意書きを入れるようにしたという。また、「ペットは生き物です。責任を持って飼いましょう」「危険ですので真似をしないでください」といったスーパーが入ったテレビコマーシャルが最近やたら増えたことに気づいている人も少なくないだろう。
「そのうち消費者は表示だけに頼って、常識や五感で物事を判断できなくなってしまうのではないか」という危惧も決して大げさな話ではないと思う。
言うまでもなく、日本は「お客様は神様です」の国だ。しかし、甘やかしが子どもをだめにするように、度を過ぎたサービスは消費者を責任転嫁が得意で傲慢な、そしてものを考えない人間にするだろう。企業は保身のためのエクスキューズで、実は自らの首を絞めている。
交通機関や公共施設内でのアナウンスにも同じことが言える。くだらない情報のたれ流しは利用者の耳を「ザル」にし、必要なメッセージを掬い取る力を奪うのだ。
この頃流行りの「自己責任」という言葉。電車にうっかり忘れ物をするのも、エスカレーターでつまづくのも、飛行機に乗り遅れるのも、溶けたアイスで服を汚すのも、すべて自己責任なのだ。
過保護なアナウンスや人の思考能力を退化させるような注意書きは、誰のためにもならない。そのことを企業も私たちも知っておくべきだろう。

【あとがき】
アメリカでは「電子レンジを濡れたペットの乾燥に使用しないでください」と書かれてあるそうです。「シャンプーしたプードルを乾かそうとしたら死んでしまった、注意書きがなかったからだ!」と飼い主がメーカーを訴え、裁判で認められてしまったからなのですね。さすが「デブになったのはハンバーガーのせい」なんて裁判を起こす人が現れる国だけあります(これは原告の女性が敗訴)。そういえばマクドは「コーヒーをこぼしたら火傷した」でも裁判起こされてましたね(これは原告が勝訴)。「とりあえず訴えとけ」というノリなんでしょうか。