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- 2005年10月09日(日) ∨前の日記--∧次の日記
- 創作短編『わすれ薬』 [10 独白]〜[11 記憶を預ける]

【1】〜【9】をお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。


『わすれ薬』 [1 電話]・[2 来訪]
『わすれ薬』 [3 服用室]・[4 再会]
『わすれ薬』 [5 ユージ]・[6 記憶]・[7 服用]
『わすれ薬』 [8 拒絶]・[9 使命]


《【1】〜【9】のあらすじ》
服用すると望みの記憶だけを忘れられるという『わすれ薬』の存在をネットで
見つけたタカシナ・ミキ。『わすれ薬』を処方するサエグサという男の家へ
訪れた彼女は、薬の服用室で自分の記憶を見せられる中、元カレのユージに逢った。
ミキは記憶の中で、ユージに想いを奪われそうになった瞬間、薬を飲み込んだ。
その後、ミキは取り乱した。薬によってユージの記憶が消滅することを恐れて
暴れ出した彼女を、サエグサが落ち着かせた。拒絶反応で薬が効かなかった事を
説明した後、サエグサはミキに、今の彼氏と元カレの話をするように促した。










【10】 「 独白 」




「………あたし……、今付き合っている人と結婚するんです……

相手の名はコウスケっていいます。………すごくすごく、いい人。

普通の男の人です………。これまでは、普通って嫌、……刺激がないとつまらない……、
ずっとそう思ってました……、そういう恋を…そういう相手を……探してた
…でも違った……、コウスケさんと付き合い始めて、そう思った……思ったんです。

……コウスケさんは……、あたし自身のことでも、自分自身のことでも……ん〜なんていうかな…
『ふたりのこと』として考えるんです……、あたしは、自分のことは自分の問題……って思ってた。

普通って何なのかな…って思いました。…自分がいつもの暮らしを出来て、…それがずっと、
続くと思えて……好きな人がそばにいて、……その人が…ずっとずっといると思えて…

…なんていったらいいのかな……普通が続く事がいいってことじゃないんです。
実際は、人生を過ごしていくうちに色々変わると思うんです。でも、実際どうなるかよりも、
今、この瞬間に、この瞬間がずっと続くんだな……って思えるかどうかが大事だと気づいたんです。
気づいた時に思った…コウスケさんは、そう思わせてくれていたんだって。

実際に10年後どうなるとか……可能性とか、それはいいんです。
今のあたしに、コウスケさんが、今この瞬間に、そう感じさせてくれてるってことが、
とっても幸せな事なんだって、知ったんです。
そういことが愛情なのかなって、そう思えたんです。
……コウスケさんって人と逢ってから……そう思えた……そう思ってるのに…


……………………、


…………どうしても忘れられないんです………前に付き合ってた人を…。
その人の強い強い想い…何ていうか…放っていたエネルギーみたいなものが…
すでに、何ていうか……私を動かす身体の一部みたいになってて、離れないんです……。

その、前の彼氏の名前は、ユージっていいます。

あたしは、今の彼氏…コウスケさんを……忘れにきたんじゃないんです。
コウスケさんのところへ行くために……、
ユージを……忘れにきました。」






****************************






記憶を雑巾のように絞り上げ、言葉を水滴のように落としながら、
ミキはサエグサに語りはじめた。言葉を生み出していきながら、
彼女は、壊されたパズルのピースを嵌め込み直すように、
自分のいる位置を必死に確認していたのだった。サエグサは彼女に
柔らかい笑みを投げながら頷き返して、彼女の言葉を書き留めていた。




「今付き合っている人…コウスケさんっていうんだ。
いい人に出逢えたね。その人と逢えたことにより、最近の若い人達が
なかなか見つけられないものを、あなたは得ている気がしますよ…。
じゃ…今度はその……ユージ君について、話してくれるかな?」




ミキの表情が翳る。それは禁断の記憶に触れようとする、
背徳感にも似た刹那を感じさせるものであった。おそらく、
コウスケと付き合いながら、偶然であれ必然であれ、ユージの記憶に触れる時、
こうした感覚がミキを襲っていたに違いなかった。






*****************************






「さっき、この部屋で……ユージのことを想いました…というか…
いや、何だか分からないうちに、ユージがあたしの前に現れたんです……
……あれ、サエグサ先生がそうしたの?先生も見たんでしょ?

……ユージ…、何なんだろう〜、あたしにとってユージって……。

コウスケさんが『大地』とか『空気』とかなら、ユージは……、
やっぱり『太陽』なのかな…、あたしに…力を与えてくれる人でした。
熱い人っていうのかな…ハートがある人でした。そういう意味では、コウスケさんも
ハートのある人なんだけど、ユージはあたしの中に深く入ってくるんです……
……力を注いでくれるっていうのかな…そういう人でした。
でも、かなり頑固で、自己主張が強くて、ケンカすることもしばしばでした。

………『空気』って、いつも絶対そこにあるもので……安心できる……。
『太陽』はものすごい力を与えてくれるけど、…夜には見えないし、曇の日は出てこない。
淋しい夜に、いてほしいのに居ない……そんなことを想ったりもしました。

誰かが云ったんです。『太陽』は恒星だから、自分が輝き続けるために燃えているんだ…と、
『太陽の恵み』っていうけど、たまたま傍にいる『地球』が勝手に思っているだけで、
『太陽』はそんなつもりじゃない。自分のために燃えつづけているだけだ………って。

その人は別にユージのことを云った訳でもなく、冗談で云っただけだった。でも、あたし、
考えちゃったんです。『ユージはひとりで生きてて、たまたまその傍にあたしがいるだけ…』とか、
そんなことを考え始めたんです。それでまた、ケンカなったりして。
でも不安だったんです。あたしに関係なく、ユージは自分の考え一つで
どっかにいってしまうのでは…、燃え尽きたらフッっといなくなっちゃうのかな…とか…

事件もありました。
急にユージが、『他の人を好きになった』と云い出した時があったんです。
でも、決して深い関係であったわけでなく、すぐに戻って来たのですが、
……ただでさえ、ユージに不安があったのに、本当にそんなことが起こって、
信じられなくなったんです。それ以降、例えば休日の仕事、平日の残業……
そんなこと云われても信用できなくなりました。そうして、あたしも自棄になって
男性の友達と頻繁に遊びに行ったりするようになりました…これって別に
ユージのせいとかじゃなく、あたしが弱いだけだったと思います…そうこうして、
『互いに信頼し合えなくなった』…とはっきりと自覚した時、私たちは別れました。

大好きだったのに、彼の大部分があたしの中に入っているのに、・・・・・・・・
何で別れたんだろう…


………あれ?……、……ナンか……駄目ですね……なんだろ…

………こんなに、人前で泣く女じゃないんですよ…あたし…


多分、……今でもすぐにユージと戻って、恋愛できるんです…あたしは…
彼がどうか知らないけど…。幾らでも彼と…恋愛は出来る…。

でも、ずっと一緒に暮らしていくためには、信頼が無いと…駄目でしょ?
好きな気持ちだけでは無理。……それを…あたしは無くしてしまったんです。

それを、どうしたら取り戻せるのかを、ユージと離れて、コウスケさんに出会うまで、
ずっとずっと考えてました。……彼と付き合い始めてからも考えてました。
……・今でも、…考えます………今でも………」






*************************





話し終えたミキの瞳から、涙がとめどなく流れていく。
サエグサの家に来た頃の振る舞い、言動、風貌、その様子から見ても、
普段は、他人に自分の弱さを一切見せない女性に違いない。

でも、ひた隠しに溜めて来た想いや不安が、堰を切って溢れている…
そう、サエグサは思った。







「ミキさん……失礼ですが、あなたの記憶を私も拝見しました。最後だけですが…。
あなたのユージ君への想いを充分に感じました。しかし、コウスケさんへの
誠実な想いが、最後、あなたにああいう決断をさせたと思います。立派な決断でした。

あの決断どおり、ユージ君を忘れて、コウスケさんの元へ行くことは出来ますか?
今、どのように感じていますか?」






頬をつたうものをそのままに、
ミキは窓から漏れる淡い青白色の光を見ていた。
揺らめく光の中に、彼女は何を見ているのだろうか…。






「無理です…、このままでは…」








****************************************









【11】 「 記憶を、預ける 」








「そうですか…。
でも、あなたは、ユージ君を追いかけるようなことはしないはずです。かといって、
ユージ君もコウスケさんとも離れて、一人で生きることも選ばないでしょう。

だとしたら、あなたは、そこに留まったままです。それではいけません。」



「・・・・」




「今のあなたが、現実的な視野にたって、本当に求めていることは、
コウスケさんと結婚することであるはずです。あなたはそういう分別がある人です。
しかし、あなたの中に占めている、ユージ君の存在が、あなたを留めています。
だからこそ、あなたはユージ君を取り除こうとして、実際に決断し行動しました。
しかしながら、本当のあなた自身はそれを拒絶しました。無理もありません」




「……、ユージとの想い出は、あたしの宝物なんです…、
あたしの人生の大きな一部なんです…そう感じたら、
何だか、あたしが消えていくような気がして、……本当に怖かった…」




「ミキさん、ユージ君とあなたは、『太陽』と『地球』ではないですよ。
『連星』ってしってますか?天文学に出てきます。2つの『太陽』が繋がって回ってるんです。
互いに引き寄せあい、互いにエネルギーを提供し合いながら、その2つの星は、
互いの距離の真中を中心に回っているのです。あなたにとってユージ君は
『太陽』だったかも知れませんが、ユージ君にとってもあなたは『太陽』だったのです。」





「…サエグサ先生……………本当にあたしのこと…知ってるみたい…。
あたし、最近それに気づいたんです。あたしとユージは似たもの同士だった…って。
結局……あたしは……、ユージに求めてばかりいたのかもしれない。
色んな刺激をもらって、……それを当たり前に思っていたかもしれない……」





サエグサは、煙草を1本取り出し、灯を点けた。





「ユージ君と、あなたは、今までは一つだったんだね。
だから、消されると感じて、あのような拒絶反応が起こったわけだ。
でも、前に進まなければいけない、コウスケさんのところへ。
僕は、そう思うよ。ミキさん、もう一度、『薬』を飲めますか?
もしくは、『薬』を飲まずとも、ユージ君のことを整理できますか?」





「え……もう一度…?
……同じことに…なるんじゃ…」




ミキの目が不安で泳いだ。その目を見ながら、
サエグサは両の手を組みながら説明をする。





「ミキさん、『わすれ薬』っていうのは、
文字通り『わすれさせる』薬です。分かりますか?
あくまで、『 わ す れ さ せ る 』薬なんです。
有るものを『 消 し 去 る 』薬じゃないんですよ。」




「・・・・」




「あなたは、記憶が完全に『無くなってしまう』と感じたから、
拒絶反応した。飲めなかったのは、それが一番の理由ですよね?

コウスケさんに向かって迷わず真っ直ぐ進むために、一時的に、
ユージ君の記憶を意識せずに済ませるだけなら、飲めるのかな?」





「・・・・」






サエグサは眼鏡を指で上げながら云った。







「だから、こうしよう。 その記憶、僕が預かる」










*****************









次回
10月10日掲載  【 12 逡巡 】、そして【 最終回「決断」】
へつづく。




051009
taichi



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