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- 2005年10月03日(月) ∨前の日記--∧次の日記
- 創作短編『わすれ薬』 [1 電話]〜[2 来訪]

【1】 「電話」




電話の着信音が鳴る。この電話が鳴るといつも、
眼鏡を指で押し上げながら、スリーコール以上待って電話をとる。



「はい、サエグサと申します。」

「あの、『わすれ薬』が欲しいんだけど、ネットに出てるやつ。」

「そうですか。どのような記憶をお忘れになりたいのですか?」

「そんな事なんでアンタに云う必要があるわけ?」

「…いいえ、絶対にその事を『忘れる』と決めているのでしたら構いません。
ですが、そうでないお客様には事前カウンセリングがございます。」

「決めてるわ。だからお金振り込むんで、送ってもらえる。」

「それは出来ません。ご足労おかけしますが、
こちらへいらしていただけますか?」

「は?なんで?、この時代に郵送もできないってわけ?」





サエグサは、2秒待ってから、一語ずつ切るように答えた。


「お客様。これは薬です。確かに認可は受けていない違法な薬です。
しかし、この薬は売ることが目的ではありません。あくまで、
必要とされている方に、安全に服用していただきたく思っております。
ですので、直接お会いして処方させていただくことが前提です」


「なんなのよ、ネットのインチキサイトのくせして何云ってんのよ!

…………、分かったわよもう…。夜にそっちへ行く。」







ため息をつきながら電話を切ると、
サエグサは煙草に灯をつけた。


(「来る」って答えるとは思わなかったな…本当に来るのか?
来たとしたら、今日の「患者」は、とても重傷かもしれん…)






***********************************





【2】 「来訪」




鬱蒼とした竹林が繁る都心とは思えない一画に、サエグサの家はあった。
看板は出していない。木造の古い家であったが、手入れが行き届いており、
味わい深さをそこかしこに感じさせる。隣の竹林と合わせて、
独特の空気感を醸し出していた。

夜になると鈴虫の音が聞こえる。
その音に割って入るように玄関ベルがなった。サエグサが戸を開けると、
玄関の向こうには若い女が立っていた。髪は後に結われて、薄いながらも
繊細な線のメイクを施し、隙のないシャープな印象の容姿であった。


「わざわざ足を運んでいただき、恐れ入ります。お名前は?」
「タカシナ ミキ」
「タカシナさんですね?、少しお話しましょうか?」
「話はいいから、薬もらえる?、時間ないのよ」


サエグサは白衣を羽織りながら、ふぅっと一息ついた後、
彼女の目を真っ直ぐ見て云った。


「もう一度お聞きしますが、忘れたい記憶が何であるか、それをハッキリと
ご自身で意識していますか?それを絶対に忘れると、お決めになってますか?」
「決めてるって。何度も聞かないでよ!」
「分かりました。それでは処方します。クスリを受け取ったら、
奥のお部屋で服用していただきます。」


「え?、ここで飲んでいけって云うの?」
「そうです。お時間は大丈夫ですよね?」
「何で?意味分かんないっ!、時間無いわよ!、わざわざ来てんのよ?
持って帰らせてよ!家で飲んじゃいけないの?」



眉間に皺を寄せながら、彼女はサエグサに怒鳴った。
苛立ちを隠せない彼女に、サエグサは諭すように云う。



「タカシナさん。これは『わすれ薬』です。つまり云い替えれば『記憶を消す薬』です。
しかも『お客様が忘れたいと思う記憶を消す事が出来る薬』なのです。
分かりますか?、これは服用に注意を要する大変危険な薬なんですよ。
処方を間違うと、意図しない記憶までも消えることもあるのです。
つまり、お客様ご自身の名前や家族の事までもが消える可能性だってあるのです。
そういう大変危険な薬を服用しようとしていることを、まずご認識ください。」


「ちょっと待って、そんな危険なものを売ってるの?!」


「嫌であればご遠慮ください。少し考えれば事の重大さが分かるはずです。
私は、全くもって無理に売るつもりはございません。どうしますか?」


「…それじゃ、ここで、アンタが見てる前で飲めば、
消したい記憶だけが消せるというの?、うそでしょ?」


「意図する効果を出すためには、お客様の努力が必要です。
私が出来ることは、目的の記憶への誘導をサポートすることと、
『患者様』が誤って、危険な領域に入る寸前に『患者様』を守ることです。」

「何それ?、胡散臭いわ!、『守る』って何よ?、本当にアンタが守れんの?
今まで失敗した事は?、誰かを記憶喪失にさせた事はないの?」


「一度もありません」落ち着き払ってサエグサは答えた。


「そんなの嘘よ!」


「つい先日も一人、男性の方がいらっしゃいました。ご結婚前に
昔の彼女を忘れたいとのことで、その記憶を誘導しました。
かなり葛藤がございまして苦労しましたが、最終的にはご納得の上、
服用していただきました。対象の記憶を思い出せないようにしたわけです。
どうですか?、おやめになりますか?」




サエグサは答えた後、一瞬、視線を宙に浮かせた。
(なんだ、この「引っかかり感」は?…)
いきなり黙ってしまったサエグサに、彼女が質問を刺しこんだ。

「どうしたのよ?、いきなり黙らないでよ!、とにかく、
やるとしたら、それはどのくらいで終わるのよ?」



眼鏡を指で押し上げて、あわててサエグサが答える。

「服用後はここで必ず仮眠をとっていただきます。その後、事後の説明を
させていただき終了となりますので、おそらく明日の昼頃だと思います。」

「そんなにかかるの?!」

「今度お時間がある時にいたしますか?」


「・・・・いいわ…やるわよ」





苛立って落ち着きの無かった彼女の目が、少し座ったようにサエグサには見えた。
何度となく突き放しているにも関わらず、絡んでくる彼女に対して、サエグサは云った。

「タカシナさん、よほど忘れたい記憶があるんですね。その方のお名前は?、
お名前だけでも事前にお聞き出来ると、誘導しやすいのですが…」

「…今付き合っている彼の事を忘れたいのよ。別に名前まではいいでしょ?
自分で思い出せばいいんだから。っていうかあんまり云いたくないし。」

「分かりました。その彼の記憶を忘れたいと?」

「そうよ。できるの?」


「消したい記憶が明確で、しっかりとお決めになっているのなら、
早く確実にターゲットとなる記憶を検出できると思いますし、その時点で服用すれば
薬がターゲットへリーチするでしょう。本来は必ず事前カウンセリングさせていただき、
対象人物や事象の名をお聞きしたり、忘れたいと思うに至った経緯などの情報を
いただくのですが、確実に患者様の方で出来るのであれば、詳しくはお聞きしません。
迷われてる場合は危険ですので、事前に必ずカウンセリングさせていただきますが。」


「…わかった。っていうか、なんで『患者様』って呼ぶのよ?…まあいいや、
カウンセリングなんていらない。大丈夫。その「服用室」だっけ?、どこにあるの?」



眼鏡を指で上げながら、サエグサは彼女の顔を見た。



「廊下の突き当たりのお部屋です。ご案内します。」






************



次回
10月4日掲載  【 3 服用室 】・【 4 再会 】
へつづく


051003
taichi


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