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- 2005年10月06日(木) ∨前の日記--∧次の日記
- 創作短編『わすれ薬』 [5 ユージ][6 記憶][7 服用]

【1】〜【4】をお読みでない方は、まずそちらからどうぞ。

『わすれ薬』[1 電話]〜[2 来訪]

《【1 電話】と【2 来訪】のあらすじ》
服用すると望みの記憶だけを忘れられるという『わすれ薬』の存在をネットで見つけたタカシナ・ミキ。
『わすれ薬』を処方するサエグサという男の家へ訪れた彼女は、「今の彼の記憶を忘れたい」とだけ告げた。
対象記憶の情報を得るためのカウンセリングもなしに、サエグサは彼女に薬を処方することを決めて、
薬の服用室へと案内した。

『わすれ薬』[3 服用室]〜[4 再会]

《【3 服用室】と【4 再会】のあらすじ》
服用室にタカシナ・ミキを案内して薬を渡したサエグサだったが、隣室で彼女の脳を監視しつつ、
彼女に対して何か引っかかるものを感じていた。一方、服用室では、薬を手にしたミキが座っていた。
服用室の気配に同化していく最中で、室内に誰かがいることに気づいた。





******************************************






【5】 「 ユージ 」






ミキは心臓が止まりそうになる自分を冷静に意識しながらも、
驚くほどに、昔と同じような穏やかさで、

彼に呼びかけていた。


『ユージ…』


ユージは半身を起こしながら、ミキに訊いた。


『どうした?、眠れないのか?』
『う、ううん、さっき目が覚めたの。ちょっと眠れなくて…』


ユージは起き上がってテーブルの前に座り直すと、
目をこすりながらポケットから煙草を取り出し、灯を点けた。


『どうした?、寝付けないなんて、らしくねーな。何か悩んでる?』
『ううん、そういうわけじゃないよ。大丈夫』
『ホントかよ〜。カッコつけだからなお前。俺に強がんなよ。』
『強がってないよ。それどころか甘えすぎてた。』

『違うよ。お前は世間の全てに強がってんだよ。頑張り過ぎなんだ。
お前みたいな奴ほど、とことん甘えられる存在がいるんだよ。』


『甘えたいよ、女だもの。…でも甘え下手なのよ。』



ミキは必死で衝動を抑えた。
『このテーブルを退かして今すぐ彼にふれたい!』
そう訴える自分がいた。もう一方で冷静を装おうとする自分がいる。
激しく内から突き上げる素の感情…、これまで何度もあった葛藤であった。





*******************





ミラー越しに彼女の変化を見ながら、サエグサは唾を飲み込んだ。



『見ているな。何を見ている?
彼女のスクリーンに映っているのは「誰」だ?』



サエグサには、スクリーンに映っているものを理解出来ない。
彼女の「海馬」内で、シナプス信号が集中し始めたエリアの情報を整理して、
より増幅したものを、彼女の「海馬」内へ信号を送り、スクリーンには
信号化された記憶の映像イメージを送っているのだ。そのイメージは
彼女の脳にしか具象化することは出来ない。

彼女が見ているものを分析するべく、
彼はモニターのグラフと画像の解析を開始した。

画面には、文字と画像、そして抽象と具象の中間のよう映像イメージが、
コラージュ写真のようにそれぞれ絡み合って、しきりに動いている。

それぞれがいきなり大きく画面上にクローズアップされたと思えば、
次の瞬間にカオスの中へとフェードアウトして、別の画像が浮き上がる。
それを繰り返しながら、画面内で忙しなく蠢いていた。

モニターに並ぶグラフと数字を見つめながら、
サエグサは次第に情報を理解し始めた。

ふと何かを思い立ったようにサエグサは立ち上がった。
すぐに部屋を出て事務室へと走っていくと、一枚の紙を手に持って
再び部屋へと戻って来た。眼鏡を指で押し上げながら紙を見る。
そしてモニターの画像とデータを眺めた。




『「彼」がターゲットか・・・』











*******************






【6】 「 記憶 」






『…ん、ん』


ミキは身体を起こそうとしたが、自分の身体の節々があまりに痛いのに驚き、
再び布団へ伏した。仰向けになって呆と天井を眺めると、次々と自分の身体の
状況が伝わってきた。気怠く、吐き気があり、熱っぽい…。
『熱…何度あるのかな…』と思った瞬間、彼女はハッとして、起き上がった。


『今日、11時にプレゼンじゃんか!!、今何時?!』


時計は9時を差していた。『間に合う!』と布団を出ようとした時、
部屋の隅で、小声で電話をしているユージに気がついた。



『ユージ!、何してんの?!』

『あ、ミキ!、起きたのか?!、具合は?』

『え?、具合は?って、それどころじゃないよ!、すぐ出るから!』

『は?、何云ってんだお前?、無理だよそれじゃ、何度あると思ってんの?』

『何度あってもいいけど、今日はプレゼンなのよ!、この日のために
この何週間も徹夜してきたんだから!他のスタッフだって頑張ってるのに!絶対休めない!』

『おい無茶いうな!、40度だぞ!40度!、しかもお前夜中に吐いてるんだぞ!
血が混ざってたよ!、今お前の会社に電話してさ、事情云って休みにしてもらったのと、
あと医者の予約入れたから。!!あ〜ほら、大丈夫か!、だから無理だって!!』


ふらつくミキの身体をユージは支えた。彼女は具合が悪い上に、
立ち上がって声を張り上げたせいか、吐き気をもよおして布団に座り込んだ。
しかし、すぐに立ち上がって、覗き込むユージの顔を見返す。


『…な…なんで、勝手に電話すんのよ!、まず何であたしを起こしてくれないのよ!
大事なのよ今日は!絶対に休めないの!!あたしの仕事詳しく知らないくせに、
何で勝手に判断するのよ!、も〜ホントやだ!、とにかく出かける!』






ユージはケータイを手にして立ったまま、
声を張り上げるミキをじっと見た。そしてドアを方を向きながら云った。







『行けよ。プレゼンに勝って死んじまえよ!』





ユージは、手に持っていたメモに何かを書いた後、
それをミキに投げつけ、ドアからフゥっと消えるように出て行った。


窓から三列に差し込む光が、ミキの目に眩しく注ぎ込んでくる。







支度をしていくうちに、
ミキは昨晩起きた色々な事実を知った。


どうやら深夜に、ミキはユージにケータイをかけたらしいということ。
「しっかりしろ!」「もうすぐ着くぞ!」というユージの留守電メッセージ。
留守電に飽き足らず、着くまでにミキ宛に送ったと思われるメールの嵐。
部屋のゴミ箱に見つけた、新聞紙やティッシュ、タオルなどに着いた吐血の跡。
ミキが寝ていた布団の脇にあった水入りの洗面器、タオル、氷、体温計、
さらにその横には、ユージが一晩明かしたと思われる毛布の跡。


着替える最中に目眩を感じながら、さっきユージから投げられたメモを見る。
そこには、予約した医者の電話番号、住所と、
『終わってから絶対に行けよ!!とにかく連絡くれ!!』
と書きなぐられたのユージのメッセージがあった。


ミキは書かれていた番号へ電話をする。
病院の受付から担当の科へ電話がまわる。

『もしもし、タカシナと申します。え〜と別の者が予約しているかと思いますが』
『あ〜はいはい、タカシナさんね、昨夜は大変でしたね?』
『え?』
『えっとね、当院は、受付時間以外の電話は留守電になるんですよ。そしたら、
あなたの旦那さんですか?恋人さんですか?深夜の2時ぐらいから7〜8回、
メッセージが入ってましたよ。今朝聞いたんですけど、2〜3回目ぐらいまでは、
大変失礼ですがちょっと不快でした。深夜の時間で、留守電に怒鳴られてもね…。
救急対応の病院へかけていただければいいのに…と思ってました。でも、
終わりの方の伝言を聞いている時は、あまりに旦那さんが必死なんで、申し訳ないと
思いました。本当にスミマセンです。具合どうですか?すぐに来れますか?』



『……………はいっ、すぐに行きます!』



そう伝えて電話を切った後、ミキはユージに電話をしようとしたのだが、
何故か電話の画面がぼやけて見えた。指が携帯のボタンを押せなかった。
『あれ?』『あれ?』と思っているうちにミキは…、部屋の床に倒れていた。


熱く熱くなっていく己の身体の火照りを感じていた。



『この熱さは、熱のせいだけじゃないみたいよ…』と、

床に倒れている彼女を見ながら、もう一人の彼女が懐かしむように云った。






******************************





『こんな風に、ユージとはしょっちゅうケンカしてたな…

お互いに、全然ひかないし・・・ユージってホント頑固…』





******************************






【7】 「 服用 」






部屋にユージがいる。窓の外を見ながらつぶやいた。


『空が明るくなっていくね』

『うん』




窓の外を見ながら、ユージはすぅっと息を吸った。


『昨夜、ごめんな…』

『?、何よ?いきなり…』

『言い過ぎたよ。ケンカなっちゃったのは、俺のせいだ』

『…ふふ、やだな、どうしたの今日は?、そんなこと口に出して…
いつもあたしたち、テレパシーであやまってるでしょ?』



ミキはユージの顔をじっと眺めた。
こうしてユージの顔を真っ直ぐに見つめるのは、本当に久しぶりだと思った。

『俺も実はずっと寝付けなくてさ、ほんの少し前だよ、寝たの』

『え、そうなの?』

『ずっと考えてたんだ、布団に入ってから。今まで俺、急ぎすぎたり、
目の前の事に一喜一憂して、あわててお前を巻き込んだりしてさ、
そんな俺と一緒で、お前も余裕無かったと思うんだ。』

『ううん、そんなことない。』

『昨日も俺、そんなノリで、お前にキツい事いったと思う。お前の身になって、
言葉を選んで云わなきゃって、そう思った。相手の身になって、
相手に合わせることを考えていかなきゃ、長く付き合っていくなんて出来ないよな…』

テーブルの木目を見ながら、ユージは絞り出すように云った。

『どうしたのよ〜?、改まってさ』

ミキが彼の顔を見つめる。

『もっと長い目で見て、ゆったりと構えなきゃいけないなって思う。』




ユージは前を向き、ミキの目を真っ直ぐに見据えた。



『何かさ、こんな朝方に、こんな変なタイミングで、
なんかちょっと締まらないんだけどさ…、昨日、あんな事になっちゃって、
ん…、ちょっと、渡しそびれちゃったんだ…』

『一体なんなのよ?、どうしたの?』



そう云って、ユージがテーブルの上に出したのは、指輪であった。





*************************




『給料3ヶ月分!…とはいかなかった、許して…』

『ちょっと待って、え…』

『ほら、その後の生活費とか考えると、コレに無理する訳にもいかず、
ま、分かってもらえるかな〜と、勝手に判断してしまいましたっ笑』

『ユ、ユージ…、ちょっと、』

『ここのワンポイントが、小さく無限大(∞)に見えるんだよ。…だから選んだ。
ずっと一緒にいるって…言葉では簡単に云えるけど、大事なのは苦しい時にさ…
どうするかだよね。ラブラブの時なんて放っといたって楽しいんだから…。
ん〜…そう、苦しい時の覚悟がなきゃ「ずっと」なんて云えないと思う。』

『…』

『何て云うか…苦しい瞬間に感じた衝動をすぐに相手にぶつけてはいけないよね。
でもそうやって今まで俺、お前を傷つけてきた。苦しい瞬間にこの指輪を見れば、
「永遠」の中で、些細な瞬間の衝動なんて小さい事だと思えるはず…だから…』

『…だから?』





『ずっと一緒にいてほしいんだ、死ぬまでも、死んでからも…』




『…ユージ』

ミキは、彼の方へ手を出した。




『こっちおいでよ』

ユージが手を差し出す…。






差し出された互いの手がふれる寸前、

彼女の手が下がり、テーブルの上の錠剤をつかんだ。







彼女はそれを飲み込んだ。











*****************







次回
10月8日掲載  【 8 拒絶 】・【 9 使命 】
につづく




051006
taichi



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