せらび
c'est la vie
目次昨日翌日
みぃ


2006年05月21日(日) シェルター住まいのイヌたち

昨日は、久しぶりにイヌの散歩に行って来た。

例によってヴォランティア活動の一環なのだけど、シェルター暮らしの計三匹のイヌを、それぞれ連れ歩いて出すものを出させ、愛情をたっぷりと注いできた。それぞれに種類も個性も全く違うイヌたちと触れ合う機会というのは中々無いので、「数匹のイヌと育った一人娘」であるワタシにとっては、大変楽しい活動である。


以前そのシェルターに行ったのは数ヶ月前なのだが、その時檻の中から「侵入者」であるワタシにばうばうと吠え立てているイヌたちの中でも、一際大声でがなり立てている、「黒いチワワ」がいた。

檻には、それぞれの住犬の名前や推定年齢、推定犬種、特徴、予防注射年月日、生殖関係の手術の有無などが書かれた紙が張ってあるのだが、この「黒いちびイヌ」の「表札」には「名前:ディスコ」とあった。


うちの界隈では、「セレブリティ」という人々の影響で超小型犬が流行り出して、久しい。その小さなイヌを若者は好んで連れ歩き、人ごみでは鞄に収納して持ち運ぶ。ワタシは電車内で、ぶるぶると震えながら鞄の隙間から外界を覗いている「ちびイヌたち」を、何度見掛けた事だろう。

明らかにその「流行」に踊らされた馬鹿者は、彼に「ディスコ」と如何にも浮いた名を付け、引越かはたまた単に飼い疲れからか、面倒になった途端、彼を置き去りにして行ってしまう。


その「黒いちびイヌ」の特徴欄には、「檻内では良く吠えるが、出れば大丈夫」とあった。ワタシは彼を散歩に連れて行く事にする。

成る程、檻から連れ出すと彼は途端に大人しくなって、ワタシがシェルター出入り口の開閉をする間もちんまりと澄まして、行儀良く待っている。あちらこちらを散策しながら、彼は時折ワタシを見上げては、安堵したような顔をする。

散歩の途中で、ワタシは敷地内の車止めに腰掛けて、彼にも座るように促す。彼はワタシが暫く座って動かないでいる様子を見ると、では、とぺたりと腰を付く。指示には従わない所を見ると、特に訓練は受けていない模様である。

隣の敷地で、欧州の飛行機がごおごおと音を立てて進んで行く。その様を見ながら、ワタシと彼は暫し風を楽しむ。

ねぇ、さっきはどうしてあんなに吠えてたの?

彼はちらとワタシを見る。すると彼は腰を上げ、此方へ寄って来たと思ったら、今度はワタシの足元にぴたりと擦り寄って、座り直す。ワタシは彼の身体を撫でてやる。彼はされるがままにして、手足を伸ばす。

そうか、二人きりになりたかったのね。

彼の身体は、とても小さい。腹を空に向けて目を細める彼を撫でながら、この中に色々の臓物が入っていて、それぞれの動きを成している、という事実が俄かには信じられない心持である。

こんなにちいちゃいキミを放って何処かへ行ってしまうなんて、全く不届きな飼い主だね。

ぷりぷりと腹を立てるワタシを尻目に、彼は何も言わない。以前の飼い主の悪行についても、また今のケージ中での不自由な暮らし振りについても、彼は一切を内に留めて、黙って空を見つめている。

ご飯食べてる?もう一寸食べた方が良いよ。

彼の腹には、ぼこぼこと「あばら」が浮いている。尤も「太ったチワワ」なんて見た事がないけれど、それにしても痩せ過ぎだ、とワタシは彼に説教を垂れてみる。聞こえているのかいないのか、彼は相変わらず澄まして、されるに任せている。

それからワタシは、持っていた水筒を取り出して、水を飲む。それからそれを少し手に取り、彼にも飲ませる。彼はぴちゃぴちゃとやって、もう少し、と顔を上げる。ワタシは何度か水を与え、彼がすっかり飲み終わるのを待つ。

さて、そろそろ行こうか。

彼はワタシを見ると、すっくと立ち上がる。来た道を戻りながら、先程と同様に辺りを散策する。

そこはさっきも嗅いでたよ。

いいの、放っておいて。

分かった。


檻に戻ると、彼は先程とは打って変わってすっかり落ち着いた様子で、人々が出入りしようとも動じず、ちんまりと座ってワタシを見つめる。ワタシが手を出すと、彼は柵の手前に身体を摺り寄せて来て、なでて、と言う。ワタシは、暫く身体を撫でてやる。

また遊ぼうね。

彼はワタシを見ながら、穏やかに頷く。

彼はそれから、ワタシたちが引き上げるまで、一度も吠えなかった。




今回も、ワタシは彼に会えるのを楽しみにしていた。

いや、本当は、あんなに可愛らしいのだから、もうとうに他所の家へ貰われて行って、幸せにやっているに違いない、そうであってくれ、と思っていた。

イヌの檻のある部屋へ入って、真っ先に「黒いちびイヌ」を探すも、見当たらない。そうか、もう新しい家が決まって、引き取られて行ったのだ。

少し寂しく思いながらも、直に気を取り直して、ワタシは他のイヌたちの散歩をする。

金色のふさふさの毛を揺らしてばうばうと吠える、コリーとゴールデンリトリバーの混ざった「ラスティ」。彼女は散歩が大好きらしく、ワタシにまとわり付きながら、大興奮である。

しかし一寸目を離すと、そこいらに落ちている「食べられるもの」を探し出し、がつがつと喰らい始める。「ダメ!出せ!」と言っても、叱られているのを承知で喰らい続ける。「妙なものを食べたら、直に連れ戻せ」と言われているので、少々短めだが散歩を途中で打ち切って、シェルターに戻る。

次は、恐らくプードルかテリア系の「チャーリー」である。彼は大変大人しく、扱い易い。行儀も良くて、「おすわり」なんかも出来る。しかし「草アレジー」持ちだそうで、帰ったら鼻や手足を拭いて貰わねばならなかった。

「ラスティ」が檻に戻ってもまだ、散歩に連れてってよ!と吠えているのに比べ、「チャーリー」は静かに寝転んで、穏やかである。手の掛からない、良い家庭犬になりそうなイヌである。

それから、他のヴォランティアが敬遠していると思われる大型犬、シェパード混の「ロッキー」に挑戦する。シェルターの職員も、こいつはでかいが、大丈夫か?気をつけろ、と何度も念を押したように、彼は扱い難いイヌであった。

彼は大変な「興奮屋」である。多分人間が好きなのだろう。でかい図体でがばと人に飛び付いて、愛情表現をする。ありがとう、でもいいから落ち着いて、と言っても、彼のたっぷりなサーヴィスは続く。そして力強く引っ張って行こうとするので、待て、落ち着け、と腰を据えた綱捌きが要求される。

しかし暫くそうやって抑え気味に綱を引いて行くと、彼は段々落ち着いて来て、ワタシの脇をちゃんと付いて来るようになる。これは小さい子供のいる家庭には向かないが、しかし訓練次第で幾分マシになるだろう。


殆どのイヌたちは、散歩から檻に戻って来て新しい水や餌を与えられると、大人しくなる。しかし中には、ワタシたちの気を引こうと、盛んに吠え立てたり鼻を鳴らしたりするものもいる。

ジャックラッセルテリア系の「フォクシー」はそのうちの一匹で、檻の中を盛んに飛び跳ねたりしながら、柵の手前に身体を摺り寄せ、ねぇ、なでてなでて、とやっている。もう誰かが散歩には連れて行ったから、彼を連れ出す事は出来ないのが残念である。精々柵の此方から、散々撫でてやる。


そこでワタシはふと、「黒いちびイヌ」の事を思い出す。

シェルターのオーナーに、黒いチワワで「ディスコ」というやつの事、覚えていますか?もう何処かへ貰われて行ったかしら?と聞いてみる。すると彼女は、まだうちに居るのよ、飼いたい?と言う。

一階のスペースだけでは収容し切れないので、二階にも数匹イヌたちが居るのだが、我々ヴォランティアが入るのは一階部分のみである。新しい飼い犬や飼い猫を求めてやって来る「将来の飼い主たち」が気に入りそうなのと、それから大きな檻を要するイヌたちを、主に一階に置いているようである。

可愛いからもうとうに引き取られたと思っていたのに、と言うと、いいえ、あの子は暴れん坊だから、ダメなのよ、と言う。

そうか、「ディスコ」はだから上にいるのか。

後先の知れぬ暮らしをしているワタシには、ここで安易にイヌを引き取る訳にもいかず、言葉を濁す。しかし、オーナー女史は何とかして「食い扶持」を減らしたいと見え、暫く勧誘が続く。


そうなのだ、「殺さない動物シェルター」という所は、兎に角金が掛かるのである。

多くの自治体がやっているシェルターでは、飼い主が探しに来るかも知れないので、一応短期間置いておくが、後は毒ガスなどでまとめて殺してしまう。

以前ビデオを見た事があるのだが、透明の箱に詰められたイヌやネコたちは、それまで盛んに吠えたり鳴いたりしているが、ガスが投入されると段々泣き声がしなくなっていって、一匹ずつばたばたと倒れていく。それはそのまま火葬され、灰は袋詰めされ、「ダンプスター」のような大きなゴミ箱にぽんと捨てられる。

ここのシェルターは、そんな風に殺さず、生かした状態で収容している所である。しかしスペースには限りがあるし、餌代だの予防注射だの生殖系統の手術だの世話をする人手だのと、正に日々「あっぷあっぷ」の状態である。まぁ自分が出来る限りは救ってやりたいけれどね、というのが、オーナー女史の口癖である。


ワタシの友人の中には、飼い犬や飼い猫はそうした「殺さないシェルター」から貰い受けて来た、という人々が少なからずいる。彼らは聞かれると「推定年齢」を告げ、一様にあそことかここが悪いのだ、と言う。虐待され放置されたイヌやネコたちは、大抵肉体的・精神的なダメージを受けていて、新しい飼い主の元に来ても暫くは臆病者で、良く吠えたり引っ掻いたりなどする。

しかしそれでも、ワタシが次に(多分)イヌを飼おうと思ったら、同様にシェルターから引き取って来るだろう。「血統書」なんか、この際どうだって良い。雑種によくいる、薄黒くて不器量なイヌだって、良く見れば愛嬌があって可愛らしいものである。

その昔うちにやって来たイヌたちは皆「血統書付き」の、由緒正しいイヌばかりだったけれど、品評会なんかに出なくたって、健康で、個性豊かに、のびのびと幸せに暮らしてくれれば、それで「ペット」であるイヌの役目は果たせるのである。



ワタシに出来るところとしては、まず新たな職探しから始めたいと思う。十分な収入と定住出来る環境が整ったら、先ずは「ディスコ」から、と思っている。


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