眼花、井に落ちて水底に眠る
坂瀬
日記&BLの個人的感想。ネタばれ基本。まずは下のリンクのHOMEへ。
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ジュブナイル小説・ネクロマンサーは修行中:椹野道流/ボーイズ小説・残り香は雨に消えて:伊郷ルウ/
ジュブナイル小説・ネクロマンサーは修行中(パレット文庫)椹野道流
中世ヨーロッパの雰囲気の世界に魂が呼ばれその世界の少年の体の中に入った主人公は、ネクロマンサーとしてこの世界で生きることをきめる。そのおり、少年の父親が亡くなり新たな後継者として祝典の準備が始まるが…
続き物なので買ってみた。小中学生向けのエセファンタジージュブナイルだと思えばこんなもの。まだ同性でカプになっていないので一応ジュブナイル。同性カプOKな世界らしいのでこっちに転ぶ方が濃厚?
修行して、その街の領主に会い転生した者として認めてもらい、遠くの国の女戦士(?)や料理人で腕の立つ兄ちゃんなどと出会い2度目のあやかし退治をして、この世界で生きることを新たに誓うというのが大筋。
ボーイズ小説・残り香は雨に消えて(アイスノベル)伊郷ルウ
華道家元の後継者として生まれた受は強い花の匂いを嗅ぐと体調が悪くなるという体質のため、跡取りの座から退いていた。華道界の革命児である攻の元にスパイに行けと母親に命令され行くことにしたが…
表題とその後日談。久しぶりにこの作家さんで萌えられるかなと期待して買ってみた。途中まではそれなりに楽しんでいたのだが…。
受は伝統のある華道の流派の跡取り。花に酔う体質で花の道を諦める。端整な顔立ちと上品な物腰。お坊ちゃん。おっとりしている。攻は新進気鋭の華道家。日本人離れした端正な容貌でテレビや雑誌でもよく取り上げられている。気性が激しいところがある。着物が似合う。ゲイ。
設定と挿し絵の雰囲気から期待していた話の規模よりは、あっさり目で終わっていたのが物足りなく感じた。ページ数の割に話が詰まっている気がしないと感じたのは、作家さんの文の書き方のためかも。
攻はなになにした。これはこういう理由。そういう理由。てな感じで、行動についての説明を後で付け足している書き方なので、文章の流れがいちいち引き留められる。それが段々説明しているのでなく言い訳しているように見える部分も出てきた。そんな持って回った書き方をしているので、よけいにページを食ったのではないか。
攻は仕事に厳しいということで、会場のセッティング中お弟子さんを怒鳴りつけるシーンが延々出てくるのだが、あまり怒っているところばかり続くと、良い印象を受けない。ついでに怒り方も一言多いので、器の小さい男に見えた。
攻の怒った描写の後で、これには理由があってと作者が続けるので、よけいになんだかなーという気持ちになる。あの書き方でなければもうちょっと好感が持てたのに。
スパイとして潜り込んで身分証明書で身元が割れて、攻の作品が好きだから一緒に働きたいと説明しにきた受に、自分はゲイで受が好きだから(二人はこれまでに3回しか会っていない)一緒に働けない。帰れ。という攻は私情が入りまくり。んで、それでも良いから一緒にいたいとまだ恋心を自覚していない受をいきなり押し倒すのは、体に正直すぎ。実は相手のことより自分が大事だろう。
受キャラは割と好きだったが、攻キャラはつっこみどころが多かった。それにしても受の花酔いの体質は変わっていないのでこれからも色々大変そう。
「ミスキャスト」シリーズは1冊目はそれなりに楽しめたが、延々同じ事を繰り返していたので5冊目ぐらいでリタイアした。その後も延々また続いていたらしいが、話が長くなったのはあの文章の書き方だったためかもとも思った1冊だった。
次は設定が気に入ったら買うかも知れないが、未読の既刊を集める気にはまったくなれない。
華道家30代頭?×家元もと跡取り25才。華道界。一種のロミジュリ。
ズネを読んでみた。数年ぶりに買ったかも。久しぶりに読んでみて、変わってるんだか変わっていないんだか。
ズネの目当ては烏城さんだったが、何となく予感していた通り、金の鳥系の書き方で、シャレード系の方が好きな私には今ひとつだった。単行本になったら迷った末買うだろうが、萌えにはヒットしなさそう。族を抜けたバイク好きの攻が一人でバイク便をはじめ、同棲している受が好きだと自覚してくっつく話。一昔前の単細胞で男気のある攻と後ろに付き従い惚れた相手に耐える受って感じ。カプの思いのバランスが片方に傾いて見えるのは好みでない。
ついでに族上がりという設定は個人的に苦手。
「金の鳥」の時にもズネで書いている人独特の小道具の使い方など共通の匂いがすると書いたが、今回のそれは甘栗の袋。最後は甘栗で締める必要があったのだろうか。何かしつこい感じがした。
攻に新しい恋人がいると誤解した受が追いかけてきた先のパーキングで、相手が好きだと自覚した後の攻の行動がよく分からない。人の話を聞かないから今までそんな関係だったのかと思われる。いずれにせよ今まで読んだ3作に比べて一番好みからはずれる。
須和さんは昔から何となく苦手だったが、その理由が今回分かった。作品全部が苦手なのではないが、寓話っぽいエピソードにそって話を作るところが駄目なようだ。
私はキャラ萌えの人間なので、まずキャラがあってそれにそって話が展開する方が好きだ。須和さんのこの話は、まず教訓めいた元があってそれにそって登場人物を作って話を動かしているように見える。劇の中の登場人物ABみたい。私はその登場人物役が舞台から下りた後の素の姿が見たい。なので今回の話も好きでない。
この作家さんに限らず、この手のやり方で書く作家さんがズネは他の雑誌より格段に多い気がする。小中ぐらいの時に読めばそれなりに共感しただろうが、今更読んでもな。時期を逸した感じがする。
ズネを初めてみたのは、学生時代部室で女の先輩二人がこそこそ読んでいたを見せてもらってから。かなり抵抗されたのだが、男性向けロリ雑誌は読んでいるところを見せてくれた先輩が、そこまで隠したがるのは何故だろうと非常に好奇心を刺激された。今ならとても分かる。先輩ごめん。
先にパロ同人で鍛えられていたのでそっち系も大丈夫のはずだったが、初めて読んだズネはまだ耽美色が色濃く残っており、亡国の王子が輪○されたり、伝統芸能の家元のところで愛憎渦巻いたり、色恋に生死をかけている話は正直ひいた。どうしても受け付けなかった。同性愛が駄目なのではなく、濃いー人間関係やどろどろした話が駄目だった。多分現在の苦手なジャンルは(伝統芸能家元、スパイ、耽美系お貴族様、族・不良など)、このときに培われたのだと思う。
くわえて読者欄の熱いこと。暑いこと。読んだ一瞬かなり面食らった。「これがないと生きていけません」とか、「孤独な私を救った」とか。実際にその方達の生きる糧になっていたのだろうが、初対面でこれをやられるととてもきっつい。感情の温度差が激し過ぎ。
他の雑誌はプラスの方向に熱いのだが、この雑誌の投稿欄はマイナスの方向に熱い気がした。多分、こっち方面にテンションの高い人が苦手になったのは、ここのおかげかもしれない。
濃いー雑誌のイメージのままだったらすぐにさよならしていたのだろうが、今のボーイズの走りのような学園物、というかもっと気楽に読める話も出だしたので、それを目当てに買うようになった。
これは普通に楽しんで読め、ついでに読者欄の熱にも慣れ、結局足抜け出来ない現在になったのだから、良い意味でも悪い意味でも、私もこの雑誌の影響を受けているのだと思う。
そんな3重苦のような状態でも買い続けたのは、たまに載る気に入りの話を読むためで、買うのを止めたのはつまらなくなったから。これは当たり前か。
まずは雑誌が新人さんを育てる雰囲気が無くなってきたように思えたこと。これはもともとそういう形態だったのかもしれないが、投稿者の話が載っても、たまたまズネに合った内容だったから載せたように見えた。殆ど次は無い人が多かった。これは新人さんの力が不足していたのかもしれないが、使い捨てにしているように感じられた。雑誌を存続させるための新しい牽引力のある作家さんを、育てているようには見えなかった。
次には中島大先生も言っている通り、このジャンルの始まりというかオピニオンリーダー的な雑誌だったかもしれないが、年とともに形骸化してきたというか。
「ズネとはこういうもの」の形式にとらわれて、みんなどこか同じに見えてきたのが駄目だった。例えるなら定食を食べようと注文すると、ご飯もみそ汁も焼き魚もほうれん草のお浸しも、みんなしいたけの匂いが染みついているみたいな感じ。それぞれ違う食材・味のはずなのに、しいたけの強烈な匂いがこびりついてみな同じに感じてしまうのに似ている。
しいたけは好きだが、毎回これだと辟易する。
ディアプラも似たような作家さんに似たような雰囲気の話が多いが、あれはまだ匂いが薄いから気にならない。
昔の匂いが漂う小説道場。栗本薫は3大読めない作家の一人なので元々良い印象はないのだが、あんなにかっ飛ばした文章を書く作家さんだったのだろうか。
あの作家さんの文章はもともと駄目で、読んでいると体中に納豆のような粘っこいものがまとわりついてくるような錯覚に陥る。女性の苦手な部分をいっしんに集めたような文章は、話の中身に集中出来るまでが大変だった。平たく言うとこの作家さんとは合わないのだと思うまで、結構時間がかかった。
そう言えばこの作家さんも、私が苦手な設定(不良とか時代劇ものとか)をばんばん使っていたような。というかこの作家さんが書いたから苦手になったのか? そうなのかもしれない。
この作家さんのやおい小説は、とにかくHが痛そな印象がある。
それはともかく、今回の小説以外の読み物で一番笑ったのは道場。
「現在のBL界にプロ作家というものは一人もいない」と栗本薫が言いきっている文章の隣に、道場出身者の新刊を並べるのはどうかと思う。まるでつるし上げられているよう。載せる場所を考えたら良いのに。
も一つ、「乙一は私が発見した。私が賞をやった。私が押していなければ今の作家としての立場はない(かもしれない)」と書いた後で、「私も似たような状況で選考委員の人に選ばれなければ○○賞を取ってなかっただろうけど、次の年はそれに関係なく実力で賞を取ってたよーん」と書けるのはすごい。思わず吹き出した。
栗本薫がいうような100年先に残っているような作品ばかりを読むのはつらい。一瞬かもしれないが、その時幸せな気持ちにさせてくれたり、萌えをくれる作家さんの作品の方が私は好きだ。だからずっとこのジャンルから離れられないんだけど。
今回の小説道場を読んで栗本薫は私がズネを苦手とする部分の集大成のような作家さんなのがよく分かった。
ともかくこの文章を読んでいると、この作家さんの目指す世界とは、ついぞ交わることはないんだろうな。と実感出来る。
まあこんな感じ。
思いついてズネに対してずっと頭にあったことをつらつら書いてみたが、これを読んだ人はどっちもどっちと思うだろうな。イタクてごめん。
2004年03月13日(土)
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