無責任賛歌
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| 2004年06月11日(金) |
一日顔面ケイレン(-_-;)。 |
昨日に引き続いて、今日も仕事に合間がない。 何が腹立つって、またトンガリさんの話になってしまうのだが、いつもいつもこちらが仕事を頼むと「いきなり言われても困ります」というのが口癖で(ひと月先がシメキリでも、この人にとっては「いきなり」である)、会議にも出ないせいで連絡は二度手間三度手間になるわ、実際に仕事に取りかかっても出来あがりは遅いわ、散々苦労させられているのだが、病休中の同僚の代理の仕事もいろいろ頼まれてる最中に、突然、「今週中に、この仕事やってください」と頼んで来たのだ。もちろん、本来は私がしなければならない仕事ではなくて、トンガリさんがやらなきゃならない仕事である。 「今週中って……、今日で今週、終わりですけど」 「はい」 ……「はい」じゃねえだろ(-_-;)。けど何度も書いてる通り、実質的にこの職場での「トンガリさん担当」は私になっているのである(特別勤務手当てがほしいくらいだ)。四の五の文句をつけてたら、仕事そのものが滞ってしまう。 ええ、ええ、引きうけましたとも。何とか時間を都合つけて、トンガリさんは定時通りに帰るから、それまでに何とか仕上げて、持って行きましたよ。そしたら、「ともかく私に連絡が来ないことが多いですから、ちゃんと連絡してくださいね」と来たもんだ。 ……だからそんなのはアンタが会議に出ればすむことだし、第一、「連絡が来てない」ってこと自体、ちゃんとしてるのに本人が忘れてるだけだろうがよ。 あああ、顔のケイレンが止まらないよう……(TロT)。
しげと待ち合わせをして、父の店まで、昨日買ったスポーツシューズを届けに行く。 父の日にはちと早いのだが、すぐ使えるものだから、早めに渡しといた方がよかろう。ついでに散髪をしてもらったが、しげは芝居の公演のために髪を伸ばしている最中なので私だけである。姉と二人で私の頭を見て、「つみがいのない頭やなあ」と嘆息しているが、そう作ったのはアンタだろ(~_~;)。生え方がマバラなので、短くつんでもなんとなく冴えない感じになるのである。かといって伸ばすともう、髪が薄くなっているのでペタンとしてしまう。このあたり、亡くなった母はうまいことつんでくれていて、ひと月くらいは軽く持っていたのだが、父は言っちゃなんだが母よりは腕が落ちるので、本当なら2週間に1回くらいは通わないといけない。まああんまり不義理をするなということなんだろうが、でもやっぱり不義理をしているのである。 しげが私に、「とうちゃん、いくつかね?」と聞くので、「来年70だよ」と答えると、「もうそんなに!?」と驚く。帽子でハゲを隠すことが多いので、トシより若く見られているが、もう、そんなである。母が死んだトシも、去年越した。けれど、糖尿でガタが来ていると言ってるわりには仕事を続けられているのだから、まあ、もちっと頑張って、酒を控えてくれると助かるのであるが。
帰宅して、食事は焼きチャンポンを自分で作る。女房が作った料理(モドキ)より、男の手料理の方が美味いというのは悲しいことだが、受け入れるしかない事実である。 DVD『その場しのぎの男たち』、こないだ見かけて後半眠ってしまったので、最後まで見る。読んだ本は、井沢元彦『逆説の日本史8中世混沌編』、マンガ、奥田ひとし『新天地無用!魎皇鬼』6巻、城平京原作・水野英多作画『スパイラル 推理の絆』11巻。 『スパイラル』、ついに「ブレード・チルドレン」の正体が判明。……引いた読者、多いだろうなあ。何しろまたぞろ「○」と「×」の戦いだもんなあ。でも、実はそれはフェイクでって可能性もちゃんと示唆されているから、ギリギリのラインでミステリーとして成立はしてるのである。設定そのものが破綻しまくりの『名探偵コナン』よりははるかに評価したい。いや、それくらい私は「ミステリー」の定義を広く考えているのである。
先日、しげが劇団のホームページの方で「引退」を表明して、それが波紋を呼んでいるのだが、曲がりなりにも7年間劇団を続けて来たわけだから、ここいらでひと区切り付けて、という気持ちは分らないでもない。気力と体力だけで芝居をやって行けるのは20代から30代の半ばくらいまでで、さらに次のステップに進もうというのならば、何か+αになるものが必要になってくる。しげもそのあたりを感じ始めた、ということなのだろう。「もう自分の好きな芝居を、自分の好きな役者、スタッフとだけ作りたい。コヤを使うのに神経を回してなんかいられない、照明とかも殆どないところでやってみたい」と言っている。 私も自分で演技をしたい、というエネルギー自体、かなり以前からなくなっていて、芝居に対する情熱はひたすら「面白い役者と出会えるか」という点にかかっている。つまり、「ああ、この役者さんをこう使ったら、こういう芝居が作れるなあ」ということで、自分がこういう芝居を作りたいから、それに合わせるように役者を演出する、というのはあまり考えていないのである(もちろん、「演出不在」の演劇などはありえないから、これは役者の地をそのまま舞台に反映させればよいという単純なことではないのだが、その話をし始めると長くなるので省く)。 しげが今イメージしているのは、「音楽や踊りだけで成り立つような、セリフの極力少ない芝居」ということで、出演者は3、4人、男性が中心で、場合によっては自分が役者として出なくてもいいと言う。「私は踊っても映えないし」というのだが、もともと日本人の体形自体がダンス系の芝居には不向きである。だからこそ逆に、「日本人の体形によるダンス」というものも考案できるんじゃないかと思う。つか、すでに「盆踊り」やら「阿波踊り」とかは、実際「日本人の踊り」なんだよね。あれを手足の長い外人さんがやっちゃったら、かえって映えないだろうよ。まあ、「盆踊り」で全編通す、というのも無理はあるが、世界各国の民俗ダンスを盛りこんで行くとか(ものマネで充分である)、そのラインで考えて行けば、面白い芝居が作れるんじゃないか。しげは「今度の芝居が終わったら、どこかのダンス教室に通いたい」と言っているが、そういう方向におカネを使うのならば、私は出し惜しみをするものではない。もちろん際限はあるが(^_^;)。 で、その脚本を書いてくれないかと早速頼まれてしまったのだが、一応、「好きなスタッフ」として、私はしげの眼鏡には叶ったということであるらしい。またまたプレッシャーをかけてくれることであるが、「セリフに頼らない芝居」というものも書いてみたいとは思っていたので、渡りに船ではある。ただまあ、そのためには私もまた勉強をしなければいけないわけで、年々衰えつつある自分の脳との戦いをすることになるのはいささかツライ。全く、少しも私を休ませてくれない妻ではあることだ(←イヤがってるわけではないので誤解なきよう)。
「迷惑メールフォルダー」を使うようになって、9割方のスパムメールは予め削除できるようになった。相変わらず大半は外人さんからのもので、ヘタすりゃ、日に100通近く来ることもある。よくもまあこうも、極東の黄色いサル(と内心思っているであろう)相手に、しょーもないエロサイト(だと思う)ばかり紹介してくれるものだと、その親切心には感激してしまうが、できれば腐れたジャップなんぞ相手にしてないで、猫肉ハンバーガーと砂糖たっぷりのコーンフレークと農薬オレンジのおかげで、きっと脳ミソのシワもすっかり伸びてツルンペタになってるだろうおリコウさんな同国人に、もうこれ以上は脳ミソを使わなくていいようなリビドー全開の娯楽を提供していただきたいものである。 それでもたまに、うまいことニフティのガードをくぐり抜けてくる「ツワモノ」もいらっしゃる。こないだから、何度もアドレスを変えてはアクセスしてくるのが、自称「熟女」さんで、文面はいつも同じ。
> どんな相手に癒されたい?彼女?まま? ママ的存在の人に癒されてみませんか?相手の方も癒すだけで自分も癒される。 そういった方がいます。何で癒されたい?心?体?¥?何がいいか指定して下さい。 完全無料・架空請求一切なし!
いつもいつもやっぱりどうしても分からなくて困ってしまうのだが、こんなもんに引っかかるヤツっているのだろうか。いや、リクツではもう、ある一定の割合で、どんなに見え透いた手段であっても引っかかる阿呆がいるのだということは分かる。しかし分かるだけで感情的に納得できてはいないのだ。幸か不幸か、私が今まで知り合ってきた知人友人、通りすがりの方々で、こんなしょーもないお誘いに引っかかった人はいない。もしかして実は引っかかったことがあるけれども、隠してるだけかもしれないが、まあ一見してそこまでの馬鹿はいそうにない。常識というものは時代と文化によって大きな振幅のあるものだということも理解しているつもりではあるのだが、少なくとも、私の常識では、こんなものに引っかかるヤツはよほどの田舎者か脳ミソをどこぞに落としてきたタリラリランで、まあ、実際にはいるわきゃない、としか思えないのだが。いやホントに、小学生だって引っかからないと思うんだけどなあ。 エセ宗教に引っかかる人間、というのは感情的にも分からないでもないのだ。医者に見放された病人が宗教に入った、なんて話を聞くと、そりゃ止めようったって止まらないよなあ、と思う。「オレオレ詐欺」だって、現代人の孤独につけこんでいる。「身内の声もわからないのか」という憤りは、騙された人間に対してというよりも、そういう「時代」の方に向けられて然るべきるものだ。 けれど、この手のエッチメールに引っかかるというのは、どうヒイキ目にみても脳ミソ膿んでるとしか思えないのだ。もちろん人間もケダモノであるから、その性欲を否定するものではないが、かといってそれのみで生きているわけでもない。本気で性欲を解消するための相手が欲しいのなら、実生活でそれなりの「努力」をしなきゃ相手は得られるものではないし、興味本意で覗いてみたくなるとしても、そのリスクを考えればちょっとアブナイかも、という判断が浮かんできてもよさそうなものである。それが浮かばないんだったら根っからの馬鹿だし、浮かんでも「やっちゃった」んだったら、こりゃもう性欲が脳内犯しきってて、実際に性犯罪犯してもおかしくない域にまでイッちゃってるんじゃないか、という気がしてならない。 もしかしたらこういうメールって、世間に埋没してる性犯罪者予備軍をピックアップしようとするケーサツの一大プロジェクトなんじゃないか(^o^)。こういうメールに返事をした人間だけをチェックして、こっそりリストなんか作ってるんじゃないか、とかね。 もちろん、これは妄想なんだけれど、実際にやったら「効果」は上がりそうな気はするなあ。
2003年06月11日(水) 夢の中のもどかしさ/『ガゥガゥわー太』5・6巻(梅川和実) 2002年06月11日(火) 有久家の崩壊……直前?/『パタリロ西遊記』4巻(魔夜峰央)/『くらたまのお蔵だし』(倉田真由美)ほか 2001年06月11日(月) 誰だってどこか変なんだし/『ぶたぶた』(矢崎存美)
| 2004年06月10日(木) |
チャイナってそういうイメージか? |
しげと鴉丸嬢の、昨日の撮影時の裏話を聞く。 鴉丸嬢、今回は中国人の役なので、チーパオ(中国服)を着用しているのだが、彼女のバイト先の近くの公園で、朝もはよから撮影をしていたところ、偶然、そのバイト先の店長さんが通りかかったのだそうな。 しげが鴉丸嬢に、「挨拶したら?」とか何とか言ったのだが、格好が格好でもあるし、鴉丸嬢は遠慮したとか。てっきり自分のことには気づかれてないものと鴉丸嬢、思っていたらしいが、さにあらず、あとになってその店長さん、トンデモない勘違いをしていたことが判明した。 店にいた奥さんに会うやいなや、店長さんが叫んだとか。「おい、あそこの公園で、本妻と愛人が痴話ゲンカしてるぞ!」 ……チーパオって、そういうイメージで見られているのかねえ。でもしげの服は例のドギツイ色のアロハだったんだが。
今日は何とか仕事を定時までに片付けて、しげとキャナルシティに回る。 しげが、もうすぐ父の日なので、今年は「靴を買ってあげたい」と言い出したのである。父も糖尿で、今、家から店まで歩いて通勤しているので、プレゼントには運動靴がちょうどよかろう、ということなのだが、連日の仕事で私の方はフラフラ、「スポーツオーソリティー」でしげが靴を選んでいる間、椅子に座りこんで船をこいでいた。
帰宅して、WOWOWで映画『スピード』。実は今回が初見なのだが、劇場公開された時には、あらすじを聞いて、「スピードを落としたら爆発」云々のあたりが「よくあるネタだなあ」と思って食指が動かなかったのである。本邦の『新幹線大爆破』も同様のネタだが、あれもアイデアはいいものの、「人間ドラマ」の部分が鬱陶しくて、映画の流れをかなり損なっていた。日本製のアクション映画は、どうしてもアチラの映画のように、理屈抜きで畳みかけるように作るってことができない。『スピード』はそういう愚は犯してはいなかったが、無理矢理サスペンスを作り出そうとする展開が多く(バスの裏に入りこむシーンなど、タルイばかりであまり効果がない)、全体としては大味な印象で、出来はそこそこといったところか。主演のキアヌ・リーブスもここでは感情的で魅力に乏しく、サンドラ・ブロックもまあ、誰が演じてもかまわない、と言った役どころ。ジョー・モートンやデニス・ホッパーは実に楽しそうに演じているが、「これだけいい役者使ってるのに、見せ場をもうちょっと作ってやれないものか」と言いたくなるくらいに脚本がフツーで、「決め」のシーンというものがない。使いどころを間違えてる感じで、なんか「もったいない」のであった。
しげと、ネット上をダン・エイクロイドの情報を探して回る。今年、久しぶりに彼の映画が2本連続して日本公開される予定なので、新着情報などはないかと思ったのだが、『50 First Date』の方、既に本国で見た人の感想を見ると、映画の出来はそこそこ面白いものの、主演はあくまでアダム・サンドラーとドリュー・バリモアで、ダン・エイクロイドはチョイ役らしい。主演映画が数年に一本の割合に減っているので、ちょっと寂しいことである。 あちこち散策していると、淀川長治が『ブルース・ブラザース2000』を絶賛している記事を見つけた。晩年の淀川さんは、かなりカラクチの批評家になっていて、『タイタニック』などはケチョンケチョンに貶していたから、これはかなり本気で誉めているのである。あのシツコイまでのカー・クラッシュシーンを、お定まりのカーチェイスに対する皮肉、と看破しているのはさすがに慧眼である。第1作に比べて、ジョン・ベルーシがいない、とか、スジが1作目と同じ、とか、ないものねだりな批判で不必要に貶められることの多い『2000』だけれども、決して引けを取ってはいないのである。ストーリーがヘン、と言うなら、第一作目のころからありゃデタラメな映画だったぞ。JBが啓示を与えるシーンで既にこりゃマトモじゃない、と見抜けなきゃなあ。
読んだ本、チーム・ティースリー『思いもよらない疑問に鋭く答えた本』、、マンガ、尹仁完原作・梁慶一作画『新暗行御史』8巻、阿部川キネコ『wakiwakiタダシさん』1巻。続きもので読んでるやつはもうコンテンツにも感想を上げていないが、『暗行』は一時期流れが停滞してたけれども、映画化が決まってからはまた盛り上がって来た。個人的にはもっとミス・黄を活躍させてほしいのだが(^.^)。
2003年06月10日(火) 遠くなった人たち/『きみのカケラ』1巻(高橋しん) 2002年06月10日(月) 騙されて騙されてどこへ行く/『ありえない物語』(ポール・ジェニングス)/『マンガ狂につける薬21』(呉智英)ほか 2001年06月10日(日) ハカセ、負傷?!/『少女鮫』2〜5巻(和田慎二)ほか
| 2004年06月09日(水) |
『ハニー』、苦戦!(+_;) |
長崎の小6同級生殺人事件関連で検索をかけてきた通りすがりさんたち、昨日まではまだ200件近くいらっしゃっていたのだが、ようやく今日あたりになって50件程度に落ちついてきた。来て頂いた通りすがりさんに恨み言を言うつもりは毛頭ないが、正直な話、この程度の回り具合の方が、私としては落ちつく。 日記にカウンターを付けるかどうか、日記を開いた当初はおよそ30秒くらい(^.^)迷いもした。「ためらい」の原因は、日に何人お客さんが来てくれるものか、いちいち気にかけるのも気苦労だなあ、と考えたからだが、付けないなら付けないで、あえて来客数なんか気にしてないよって感じのポーズを取ってるみたいでみっともない気もした。まあ機能があるなら使わにゃ損かと思い、さして深くも考えずに結局は付けてみたのだが、こんなふうに何かの事件に対するネットでの反応の仕方が分かるようになるとは思ってもみなかった。いや、面白い。 もっとも、この怒涛の一週間のおかげで、アッという間にカウンターが76000、77000、78000と回ってしまい、キリ番をゲットしたのが誰なんだか分らないばかりか、まだまだ随分先だろうと思っていた80000ヒットが意外に早くやって来そうな気配になってしまった(それでもまだひと月くらい先にはなりそうだが)。80000ヒットまでにはもちっと面白いコンテンツの企画が立てられないものかと思っていたのに、アイデアを練る前に数字が追いついてきそうである。
事件後の報道も、一週間も経過すれば、「こんなことまで現段階でいちいち掘り起こして報道せんでも」という類の情報も増えてくる。「事件直後、教師たちがどのように動いたか」なんてのはその最たるもので、気が動転した教師たちが、現場に群がろうとする生徒たちを一部制止しきれずに、凄惨な状況を覗かれてしまったことをさも重大な「過失」のように報道している新聞があったが、そんな追及は、ジャーナリストか作家があとでレポートを1冊にまとめる際にコメントすればよいことである。昨日の加害者女子の作文に、識者とやらに無理矢理コメントを付けさせたりするのもその一例で、総合的な分析がなされない段階でのそういった報道は、情報の精査が全く行われていないどころか、何をどう何のために報道したいのかが全く見えなてこない。「ともかく報道」というほどに世間は情報に飢えちゃいないと思うのだが。当該の女子は、精神鑑定されることが正式な決まったようで、この事件についてまた何かを考えるのならば、その結果を待ってからで充分だろうと思う。
映画『キューティーハニー』の興行成績が振るわない。 先週、初登場でなんとか7位に付けてはいたものの、同時期公開の『クリムゾン・リバー2』『下妻物語』の半分以下の成績で、しかも今週は早々と圏外に消え去ってしまった。一般客がつめかけた『CASSHERN』とは好対照で、劇場に足を運んだのはオタクばかりということか。いや、最近のオタクは「どうせDVDを買うし」とかで劇場に足すら運ばないヤカラも多かろう。パート2が作られるためには、ホントにDVDが売れてくれなきゃしょうがない、という事態になりそうだ。 どうにも実感せざるをえないのは、やはりオタク的趣味ってのは決して一般的には好かれちゃいないということである。今、40代を越えるオタクたちはこぞって「かつてオタクがいかに迫害されて来たか」を語って、「現在、これだけオタクが認知されてる状況は幸せだ」と主張しているが、表だった批判が減っただけで(そりゃあ、社会の中枢に少なからずオタクが存在していれば、批判はしにくかろう)、一般の反感や嫌悪感は潜在化しているように思う。表だって現れる弾圧に対してならば、正面切って戦うこともできようが、潜在化した勢力に対しては、オタクたちがいかに理論武装し、論陣を張ろうとも、暖簾に腕押しだ。 なにが悔しいって、『踊る大捜査線』以降、『トリック』、『木更津キャッツアイ』など、オタクテイストの高いドラマのヒット、映画化が続いているにも関わらず、それはどこか適当にオタクネタを散りばめただけの、「上澄みを掬っている」作品にすぎないという印象が拭えず、肝心のオタクの心臓ど真ん中ぶち抜きな『ハニー』などが苦戦を強いられていることなのだ。 ……なんだか、女性の社会進出が認められ始めた80年代、「一応、女性が働くのは認めてやるけどさあ、会社に花を沿えるのが目的で雇ってんだから、経営にまで出しゃばって口出しなんかするなよ」って態度取ってた会社が多かったことを連想してしまって、癪に障るのである。『キネ旬』の批評でも、「映画派」の批評家たちには、『ハニー』の評判は頗る悪く、誉めているのはオタクな轟夕起夫くらいのものなのだ。……いやね、あの雑誌のどこがイヤかって、「一応、オタクも認めてやるけどさあ」な姿勢が子飼いの評論家連中に蔓延しているところなんだよね。かと言って、『映画秘宝』は『映画秘宝』で、あの、編集者やライターどうしが実は毛嫌いしあってるような誌面の余裕のなさ、ギスギスした雰囲気もちょっと馴染めないのだけれども。 『ハニー』は確かに絶賛するには痛い、シロウト臭さを感じさせる演出が多々見られはするが、かと言って、フツーの映画を庵野秀明が撮ったって、そりゃもっとつまんなくなると思う。オタクしか支えるファンがいない映画を、オタクが支えようとせんでどうするかと思うのだが。 ……早い話が、オタクなら打ち切りに会う前にとっとと『ハニー』を見に行け、ということなのよ。『下妻』ですらまだ圏内にいるってのによう(あれも「オタクの上澄み掬い映画」っぽいよなあ)。
早朝、鴉丸嬢がいきなり来訪。チラシ撮影の帰りにしげが連れて来たのだが、素っ裸で寝ていた私は焦った。見られて恥ずかしがるようなトシでもないが、見せたらセクハラである。部屋も相変わらず乱雑極まりないというのに、しげも時と場合を考えて案内してほしいものだ。 撮影後であるから、鴉丸嬢、当然チーパオのままである。しげが私を職場まで車で送った時も、もちろんそのまんまの格好である。チーパオ姿の妙齢の女性に見送られるというのを職場の誰ぞに見られたら、どんな噂が立つやら、見当もつかないが、幸いにも私が到着した時、職場の玄関には誰もいなかった。天はまだ私を見放してはいないようである。
仕事は昨日にも増して苛酷、残業はまた8時過ぎまで。 パソコンの前で目を血走らせていた(のだろう)ところ、同僚から「魂詰め過ぎじゃないですか? 少し休まれた方がいいですよ」と心配されてしまった。実際、どんどん眼が見えなくなって、キーボードを打つスピードもどんどんのろくなっていくのである。 だからこの仕事だって、例のトン……もう、いいや(+_;)。
帰宅して、BS2で映画『シャレード』。映画自体はかなり昔に見たので、細部はかなり忘れている。オードリー・ヘプバーンとケーリー・グラント主演映画であることはかろうじて覚えていたが、ウォルター・マッソーが重要な役で出演していたのを失念していたとは、いったいどういうことか。記憶力減退にも程があるなあ、と、しばし落ちこんでしまう。
読んだ本、今日も少なめ。 大槻ケンヂ『オーケンのめくるめく脱力旅の世界』、マンガ、あだち充『KATSU!』12巻、高橋ツトム『スカイハイ 新章』2巻、たかの宗美『白衣な彼女』1巻。 でもなんか情報が眼から脳にまで到達してないような気がする。
2003年06月09日(月) いや、落ちこんでるわけじゃないんだが/『なんてっ探偵▽アイドル』12巻(北崎拓)ほか 2002年06月09日(日) チキュウは狂気で回ってる。/『全日本妹選手権!!』1・2巻(堂高しげる)/『おごってジャンケン隊』5巻(完結/現代洋子)ほか 2001年06月09日(土) イカレポンチ天国/映画『大菩薩峠 第一部』(1957東映)ほか
| 2004年06月08日(火) |
食えるものなら食うのだが(-_-;)。 |
終日曇り。ちょっと雨が降ったような形跡もあり。職場の亀が今日は何だかやたら暴れていたけれども、何か予知でもしたのかな。 倒れた同僚、どうやら長期入院、ということになりそうである。代理の仕事が山のように来ることになったが、こちらまで倒れることにならないように気をつけないといけない。でも「元凶」であるトンガリさん、今日も今日とて、何だかよく分らないことを持ちかけてきては、私の頭を混乱させようとしてくるので、疲労は弥増すばかりだ。 どうやらトンガリさんのパソコンがイカレたかどうかしたらしいのだが、そんなことを私に持ちかけられたって、管轄外なのである。しかも、何が言いたいのか分らないので問い質そうとしたら、「歯医者に行かないといけない」と言って、さっさと帰ってしまった。ヒトがアンタの仕事まで引き受けて働いてるのを邪魔しといて、それで自分の都合だけは通そうとするんだから、自由に生きてる人は、ほんなこつ、幸せやね。 そんなこんなで今日もまた8時まで残業。連日の残業で、また疲労が澱のように溜まりつつあるが、他の同僚はもっと居残っているので、愚痴はこぼせないのである。イナカのバスは8時を過ぎると殆どないので、仕方なくタクシー。ハードワークで体調も崩すかもしれないが、それより先に金欠で死にそうである。
帰宅すると、伝言版にしげが「なべ、ボール」と書いている。つまり「鍋とボールに食事が用意してあるよ」という意味なのだが、冷蔵庫を覗いてみて目を疑った。 確かに食事は用意されてある。しかし、鍋いっぱいに溢れるほどの水餃子って、これはなんだ。こないだ、大量に作っても食えないし、今の時期、冷蔵庫に入れてたって、長持ちはしないから少しずつ作れ、と言ったばかりだったのに。 けれどこれはまだマシな方で、ボールに2つ、山盛りだったのは、全部糸コンニャク。しかも、ポタージュスープに漬けてある。見た目も気持ち悪かったが、恐る恐る味見をしてみて、吐き気を催した。最悪も最悪、糸コンに絡みついたポタージュがドロッとして気持ち悪いのなんの。どんなバカ主婦だって、こんなグロテスクなものは作るまい。なんでしげは普通に食事を作らないで、こういうみょうちくりんなものばかり作るのだ。……そう言えば、結婚当初も、しげがあまりにキテレツな物ばかり作るので、しかたなく料理は私が作ることにしたのであった。 いくら「普通のものを作れ」と言っても、言われた先から忘れて、次の「創作料理」とやらに挑むのである。しかも自分では「不味いから」と言って食べようとしない。しげの心の病気は、やっぱり全く治っていないのである。 こんなふうに食材を大量にムダにするくらいなら、作ってもらわないほうがいい。いや、カロリー計算をハナから考えてないしげに食事を作らせていたら、また体調を崩すのは火を見るよりも明らかである。今度から食事はやっぱり私が作ろう。
くたびれていたので、あまり本などは読めず。 『キネマ旬報』6月下旬号を読んだあと、CS「アニマックス」で『萌えよ剣』第2話、『ギルガメッシュ』最終話、『天地無用GXP』第8話、「キッズステーション」で『ゆめりあ』第2話を見たあと、DVD『鋼の錬金術師』第5巻を見返す。このあたりで体力が尽きて寝た。
以前から話が出ては消え、消えては出を繰り返していたハリウッド版『鉄腕アトム』、監督候補に『サムライ・ジャック』『パワーパフ・ガールズ』『スター・ウォーズ/クローン大戦』のゲンディ・タルタコフスキー監督が浮上してきた。製作会社であるソニー・ピクチャーズは、脚本もオファーしているということだが、まだその程度の段階にしか到達していないのなら、実際に映画が日の眼を見るのはかなり先になリそうである。つか、結局立ち消えになると踏んでるがな。「あくまでロボットより人間が上」の西洋人に、『アトム』が本気で受け入れられるとは思えない。かつて『アストロボーイ』がヒットした時だって、アメリカ人はアトムをロボットだとは認識してなかったらしいしな。 この映画企画自体、当初はCGと実写を合成する予定だったものが、『トイ・ストーリー』や『シュレック』のヒットを受けて、全編CGにすると企画変更、それが今回、タルタコフスキー監督が登板するとなるや、また実写とアニメーションをミックスする形に変更と、もう二転三転を繰り返している。実質的に暗礁に乗り上げてると考えた方がいいと思うがなあ。
子宮がんで子宮を摘出したため、アメリカ人女性による代理出産を行って話題を呼んだタレント、向井亜紀の双子の子供が、法律的には実子として認められないことになりそうだ。法務省が、向井さんとその夫の子として提出された出生届を不受理とする方針を決めたからである。 受精卵が向井さんのものである以上、遺伝子的には双子は間違いなく亜紀さんの血を引いている。代理出産を危険視して、国内での代理出産を認めていない日本の立場も理解できないではないが、生まれてしまったものはもう元に戻すってわけにもいかない。一方で親子の認定を出生地主義ではなく血縁主義を取る日本が、向井さんの子供を子供として認めないというのは、どうにも腑に落ちない。結局は、「子を産んだ女性を母親とする」というこれまでの法解釈そのものが、有名無実なものだったということだ。 一応、そのあたりの法整備の不備も法務省は自覚しているようで、「子供の日本国籍は認める。養子とする方法もある」ということで、向井さんらに出生の経過についての書類の提出を求めているそうだが、実の子供を養子にしなきゃならないなんて、そんなバカな話があるものか。こういう小手先のゴマカシで事足れりとしようとするあたりが、クニに対する信頼感をどんどん失わせていっているのである。とっとと法を改正して、「両親の遺伝子を受け継いだものが子である」とかなんとか、認定基準を変えろって。 向井さんは、代理出産を目指し受精卵を米国人女性の子宮に移植。昨年11月下旬に双子男児が生まれた。米国では州によって代理出産を依頼した女性も母親になれる。 法務省によると、向井さん夫婦は米国の裁判所から夫婦が実の両親との判決を受けたという。しかし日本では、最高裁判例がある。
長崎県の小6同級生殺害事件で、加害者の女子が作ったホームページの詩や小説を、精神科医が分析した記事が掲載されたが、これがまあ何ともお粗末なシロモノ。 まず、HP全体の印象を「他人の目を意識した文章が多く、人に見せるために書いているようだ」と語ってんだけど、それ、全てのホームページが基本的にそういうものでしょう。逆に他人の眼を意識しなかったら、「一人よがり」って評価を下されちゃうと思うんだけど。「他人への不信感と、認められたい願望が共存し、批判にものすごく傷つきやすい印象を受ける」と分析も、11歳という年齢を考えたら、たいていの少年少女がそうである。つか、例外を探す方が難しくないか。 同じように「傷つきやすい」少女が膨大に存在しているのに、なぜ、加害者の少女だけがあのような残虐な行いをしでかしたのか、その原因が潜んでいるであろう心の深奥に、この分析はかすりもしていない。つか、こんな底の浅い分析でいいんなら、誰にだってできるだろう。ホントにこのヒト、「専門家」なんだろうか。 他の分析も同様で、女子の書いた「『バトル・ロワイアル』モドキ」の小説についても、「暴力的といってもどこかから借りてきたような表現ばかりで、内面の奥底が表れているとは思えない。むしろ、借り物の言葉で内面を形づくってしまったところに、危うさを感じる」だなんて、これで「分析」してるつもりになってるんだから笑わせる。この精神科医、イマドキの小学生の書いた文章、殆ど読んだことがないんじゃないか? この女子のものと殆ど区別がつかないくらい、そっくりの文章書いてるぞ? つまり、この年頃で「自分の文章」が書ける子ども、「借り物」に頼らない文章を書ける子どもなんて、皆無に等しいってことなんである。若者の「学力低下」は、知識的な問題なのではなくて、まさに内面的な問題になってるんだね。まあ、イイトシをしたオトナだって、「借り物」でない言葉をあやつれる人間ってのははきわめて少ないんだけれども。 実際、あの程度の内容が「危険」だと言うのなら、現代の小学生の8割は「危険人物」に認定されてしまうと思うぞ。……まあ現実に危険なのかもしれないが(^_^;)。 私は何度も書いている通り、女子は「異常者」ではあったが、我々とごく近い存在であったと思うし、誰でも何かのきっかけで、ああなることはありえると思っているのである。ちょっとみなさんも次の詩を見てみて、彼女が本当に我々から「遠い」存在であったか、判断してみたらいかがだろうか。
◇詩@嘆きの賛美歌 闇夜の空に沢山の星がちりばめられる、夏の空 心地良い草の香りのする草原、リンリンと鈴虫の鳴く音 田舎だが、私はこの環境がすきだ。 都会に無いモノがあるのだ。 人間は自分たちの生活が豊かになるために、 木を沢山切ったり、ゴミ、不燃物などを平気に捨てたり… そんな事をしているらしいが本当に豊かなのだろうか? 熱帯雨林、環境破壊、有毒ガス、生活が豊かになる一方、 数え切れないくらいの自然破壊が多数ある… 川が汚れ、魚たちが死にいたり、森も破壊され 生き物たちの生きる場を失っている。 聞いて欲しい、人間の生活が豊かになるのはいいが 私たち、生き物・自然に迷惑をかけないで、 この地球に住んでいるのは、人間だけではないのだから。 わかっているのでしょう? 自然や生き物のこのままでの未来が。 わかってよ… 今では人間が生き物を殺すと何もならないことが多いけれど、 私たちは人間が生き物と同じ、 虫も 魚も 動物も 木、花も たった一つだけのかけがえのない、 「命」をもっているのだから…… 殺さないで、沢山殺して殺して殺して殺して…… 森の木も人の手によって焼き払われたりしたよ。 「自然も生きているのだから、息をしているのだから」 木や花も動いたり、話したりはしないけど、 生きているのだよ……。 生きているのだから、全て生きているのだから。 神様はいるのですか……助けて下さい…
2003年06月08日(日) 別れの予感/DVD『八つ墓村』/『HUNTER×HUNTER』��17(冨樫義博)ほか 2002年06月08日(土) いろいろあって書ききれねー/『あずまんが大王』4巻(完結/あずまきよひこ)/映画『少林サッカー』 2001年06月08日(金) 子供の命は地球より軽い/映画『ハンニバル』
昨日の日記に書き忘れてたが、「ダイヤモンド・シティ」は全て禁煙で、喫煙コーナーはごく一部、しきられたボックスの中だけでしかできないようになっている。愛煙家の方には申し訳ないが、本来、これが「街」の自然な姿だろう。 福岡市が条例で歩き煙草を禁止し、罰金を科すことにしているのに、実際には煙草を吸いながら堂々と闊歩している若者はまだまだいる(いいトシをした大人は殆どいない。この件に関しては、「大人が悪いから、子供も悪くなる」という理屈は通らないようである)。当然、煙草はポイ捨て。こういう脳がニコチンに犯されてる狂人は、どうせマナーがどうとか言ったって、聞きゃしないのだから、罰金くらいではナマヌルイ。タイホしたって構いはしないと思うのだが、そこまで主張すると「たかが煙草で」と引かれちゃうんだよなあ。でも、本当にどうして煙草が刑事罰の対象にならないのか、私はそちらのほうが不思議なのである。タバコと万引きと酔っ払いにはえらく寛容だよねえ、この国って。
終日、雨で蒸し暑い。運動もできないから、何となくハラがだぶついてきた気がするのである。せっかくこないだ医者で誉められたというのに、ちょっとヤバイかな。 アノ仕事コノ仕事と、次から次へと舞い込んできてくれるので、ひと息つくヒマもない。同僚が突然倒れて(文字通り、仕事の最中に倒れての休職)、代理の仕事がまた一つ増えてしまった。同僚の病気の原因も当然「過労」である。ともかく毎年のように、病人、退職者が出るので、昨年からかなりな仕事の整理を行っていたにも関わらず、今年もやっぱり病人が出てしまった。実は我々、昼休み時間も実質的に全くないのである(昼メシは仕事の合間に弁当をかきこむか、あるいは絶食が普通である)。 昼休みも時間以上にきっちり取るわ、定時にぴったり帰るわ、余裕カマシてくれてるのはウチではトンガリさんだけである。 ……だからよう、今度倒れた同僚だって、そのトンガリさんの仕事代行してるんだって。この仕事、自分に与えられた仕事だけコナシてれば成り立つってものじゃないのだ。慢性的な人出不足で、みんなどこかカラダを酷使し、家庭を犠牲にし、しなくていいはずのムチャだってやっちゃってるのだ。今日も残業、明日も残業、それでもみんな、愚痴一つ言わずに(ちょっとは言ってる人もいるが)頑張っている。なのにやたら休んで(一応「病院」ということではあるが、それにしちゃやたら頻繁である。私ゃできるだけ土曜を使ってるんだけどねえ)、仕事を遅らせてて、それでも平然として、文句だけは付けてくるのである。ご本人はすぐにキレて、「誰それを刺したい」と口走っておられるのだが、アンタが刺される方が先だろうがと言いたい。
てなわけで、今日も残業。けれど今日はしげの仕事が休みだったので、迎えに来てもらえた。しげは、昨日テレビで録画を仕掛けておいた「ダンダンブエノ」公演の『いなくていい人』が、途中で切れていた、と嘆いていた。どうやらテレビタローの記載上の時間とはズレて放送されたらしい。残念だけれど、BSでの放送だから、また再放映の機会もあるだろう。 一緒に晩御飯をジョリーパスタで。以前は、ここの前の道が工事中で、近所にあるにも関わらず、立ち寄りにくかったのだが、道が開通したおかげで来やすくなった。ただ、カロリー的にはかなりギリギリである。朝飯昼飯食うヒマなかったので、これくらいはよかろう、と食事。 しげもここが気に入って、カルボナーラ(ハーフサイズ)を頼んだ。一応、ダイエットも考えているようである。 しげ、ここのところは心が安定しているかと思っていたのだが、「PPの日記に、『青いこと』書いちゃったよ。はずかし〜」なんて言っている。今度の公演を最後に、本人は「引退する(第1次)」と言っているので、そのあたりのことを書いたらしい。やりたいことがなくなったわけではなく、「形態」が変わるだけなので、私はさして心配はしていない。役者は、その人が本物であるなら、引退しようが死ぬまで役者である。原節子も、高峰秀子もそうであるように。 ……いや、しげがこの二人並の役者だと言いたいわけではなくて、「役者の心」の問題としてね。ああ、畏れ多いこと。ヾ(;´_`A``アセアセ。
帰宅してみると、パソコンの上に子供用の「伝言板」が置いてある。あの、字を書いてレバーをひくと、書いた字がスッと消えるというやつだ。 「なに、これ?」と聞いたら、「会えん時、それで伝言できるから」と言う。いい工夫だとは思うが、それだけ二人の生活が離れてしまったのだなあ、と思うと、ちょっと寂しくなる。
京都大の学内ベンチャー企業「ロボ・ガレージ」の開発した二足歩行ロボット「クロイノ」、腰の位置を低くして、軸足が外側に傾くように設計されており、軸足のひざを伸ばしたまま、より人間に近い歩行が可能になったとか。これって、「アシモ」はもう古くなっちゃったってことなのかな。あれはあれで中腰スタイルが何となく「しもべ」っぽくって、好きだったのだが。昨年のシティボーイズ公演での中村有志さんの「アシモ」演技も、わずか一年で過去のものになってしまうわけである。、これだけ科学の発展が著しいってのに、どうしてまだ宇宙ステーションの一つもできんのだ(問題が違うって)。
佐世保の同級生殺人事件で、加害者の女子が、殺害に至る過程を詳しく供述し始めた。 5月27日、加害者が怜美ちゃんにおんぶしてもらったとき、怜美ちゃんから「重い、重い」と言われたので腹を立て、「失礼じゃない」と文句を言ったけれど無視されたのが、殺害を決意した直接の理由だとのこと。こういう理由で殺されなきゃならんのなら、私はしげに百万回殺されている。猫だって生き返れねえぞ。 「最初は首を絞めてやろうと思ったけど、暴れたりしたら無理だと思ったから止めた」ということで、事件のあった当日1日、カッターの刃を新たに替えて、筆箱から出したり入れたりを繰り返していた。このあたりの行動も既にキちゃってるとしか言えない。 昼休みになって、怜美ちゃんに「ちょっとおいで」と声をかけて、現場の学習ルームに呼びだし、カーテンを閉めて、椅子に座った怜美ちゃんの後ろに回って、左手で目隠しをした後で、首の右側を深さ10センチになるほどに切りつける。このあたりの殺害方法は、明らかに映画『バトル・ロワイアル』に影響を受けている。 これでまたぞろ、「あの本は危険だ」とか言い出す阿呆が、モグラかミミズみたいに、にょこにょこ出て来るかもしれないけれど、もう大きな運動にはならないんじゃないかな。いい加減、これだけ事件が続けば、この国の大衆も、子供を操って犯罪に走らせているものの正体が、「本」だの「アニメ」だの「ゲーム」などという、ソフト自体にあるのではなく、それを乗せているハードである「メディア」の「煽り」だってことには気が付いているだろうから。 加害者は、その後、約15分間、現場にとどまって、怜美ちゃんが生き返らないことを確認して、血のついた自分の手をハンカチで拭いたりして過ごしたという。 この殺害状況から、ようやく「精神鑑定」の声も出始めたようだけれど、殺人に際してこれだけ冷静な行動を取っているのに、「狂ってる」と言えるものなのだろうか。もう充分「大人」だって考えてもいいんじゃなかろうか。子供の犯罪が起きるたびに思うことだけれど、幼いからこそ、判断力が付く前に法の手で「処分」してあげるのも一つの恩情だと思うんだよ。だって、この子に「悔悟」の気持ちを植えつけたとして、この先60年か70年か80年の人生を、ずっと「監視付き」で過ごさせる気なのかね?
今日の読書は、コーエン兄弟脚本、村雨麻規編訳、小説版『レディ・キラーズ』、マンガ、北条司『エンジェル・ハート』10巻、石川賢『ゲッターロボアーク』3巻(完結)、姫川明『ASTROBOY鉄腕アトム』3巻(完結)とこれだけ。残業が響くと、これくらいしか読めないのである。
2003年06月07日(土) なんだか盛り沢山な日/映画『腰抜け巌流島』/DVD『怪獣大戦争』ほか 2002年06月07日(金) 野良犬は革命ごっこの夢を見るか/映画『血とバラ』 2001年06月07日(木) MURDER IS EASY/『詩的私的ジャック』(森博嗣)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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