無責任賛歌
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| 2004年02月22日(日) |
久しぶりのネット散策 |
寝過ごして、『デカレンジャー』2回目を見損なう。ああ、石野真子のご尊顔を拝しそこなってしまった。土曜の夜の夜更かしは厳禁だな。 何とか『仮面ライダー剣』から後、『アトム』までは一通り見たけれど、何か物足りない。アトムなんか、ようやくクライマックスに来たのだから、もう少しなんとかなってもよさそうなものなんだけれど、どうにも浅薄な印象を拭えないのである。手塚プロは新作として『火の鳥』を黎明編からアニメ化するつもりらしいけど、下手な作家性を持ちこむのは止めて、原作に出来るだけ忠実に作ってほしいものだ。
久しぶりに、ネットであちこちの日記やら掲示板やらを散策する。 唐沢俊一さんの裏モノ日記、まとめて読んだほうが「繋がり」が見えて面白い。「日本に徴兵制なんて敷かれないよ」という意見を読んでいると、ちょっとホッとしはするが、賢しらな人間の予測を遥かに越えるのが歴史というものだから、一抹の不安は残る。恒久平和が幻想であることまでは否定できないだろう。やたら国民の不安を煽ろうとする文化人たちに対する唐沢さんの憤りには共感。 弟のなをきさんが、劇場公開時からのルネ・クレール版『そして誰もいなくなった』のファンであることも書かれていた。日本公開自体も映画製作から30年が経っていたが、DVD化は更に30年後、その間ずっと幻だった映画である。話題にできる人も少ないというのに、見る人はちゃんと見て面白がっているのだ。「ローランド・ヤングがワトソン役者」ってことにまでちゃんと触れている。いやもう嬉しいのなんの。 2月20日の日記に紹介されていた、ワシントン大学の調査結果で、「結婚生活が円満に続くのは、相手に対して肯定的な会話が否定的な会話の五倍以上あるカップルであり、この五倍という数字を割り込むと、結婚生活は高い割合で破綻する」というのには笑った。全く、アメリカ人はストレートなことである。多民族国家はそうでなければ成り立たないということも理解できないわけではないが、機微の希薄な関係というのも味気ないことである。 従来の日本人、特に我々の世代までの場合、このデータはまず該当しない、どころか、全く逆のデータが出ることは間違いのないところだろう。配偶者を誉めるなんて気恥ずかしい行為は死んでもしたくない、という感覚の人間の方が圧倒的に多いのである。実際、この日記でも私が女房を誉めたことなど殆どない。 ところが、私たちよりひと周りほど下の世代になってくると、この感覚がまた逆転して、どうやら随分欧米化しているらしいのですね。つまりちゃんと「愛してる」と言い続けてくれないと、本当に愛してくれているのかどうか信頼できないという感じで。そういう人たちにしてみれば、私がやたら女房のことを貶すのがどうにも理解できないことであるらしい。 けれど私にとってはやはり「愛していると言い続けなければならない」家庭のほうが、「愛情」を強制されている自由のないものにしか感じられないのである。つか、夫婦は愛情で結びつかなきゃならないものだなんてこれっぽっちも考えていないから、もともとそんな言葉は不要なのである。 とりあえずもう十年以上も夫婦続けてきて、これから先も別れる予定はありやせんから、「この人たちはどうしてこれだけいがみ合ってて、なのに別れようとしないんだろう」なんて詮索は、余計なお世話というものです。……てなことも時々日記に書いているのだが、忘れてる人も多いので、改めて書いておきます。
山本弘さんとこの掲示板も、久しぶりに覗いてみる。 「SF1000冊読破していない人は語る資格無し」と、言いたいことはわかるが、その挑戦的な書き方から、明らかに煽りであろうと思われるスレッドに、レスがたくさん付いている。 このあたりの論議ももう私は何十年も前に語り尽くしていて結論を出していることなので(だから、煽りと分かっていても、何かひとこと言いたくなる心情も理解できなくはない)、今更何か意見を言う気にもなれない。けれど、レスの一つに、「SFの話のできる友人に恵まれなかったので、そういう話のできる場があると、つい浅学を顧みず喋り出してしまう」旨の発言があって、ああ、やっぱり時代が違うんだなあと実感させられて淋しくなってしまった。私の学生時代と言ったら、周囲は「そういう先輩や友達」ばかりで、SFにしろミステリーにしろ「基礎教養」として読んでいなければならず、その手の話をしない日の方が少なかったくらいなのだが。私なんぞ、先輩の会話に何とか付いていこうとして、随分トンチンカンな発言をして恥をかいていたものだった。 ともかく、オタクの輪が広がったとは言っても、彼らの大半は、やはりコミュニケーション不全の状態に陥っている。知識はあっても、ディベートの経験がないから、その知識を相手に「面白く伝える」術を殆ど知らない。相手を思いやる気持ちがないと言ってもいい。トリビアがネタだけの状態ではいっこうに興味を引かないのと同じ(だから濃い薄いはあまり関係ないのである)、あるいはオヤジギャグがシラケてしまうのと同じで、知識というものは、ナマのままでは決して他人の興味は引かない。「演出」というものが絶対に必要になってくるのである。
ネットの、特にオタク系のサイトに参集する人たちの「痛さ」は、プロアマを問わず、何よりこの「会話不足」に原因があると思う。それが証拠に、表現のおかしさを具体的に指摘すると、たいていのオタクは怒り出すのである。言ってることが分らないから、こちらは「分かりたくて」質問するのである。別にバカにしたわけでもなんでもないから、本当は怒らなきゃならない理由なんて全くない。なのにどうして感情的になっちゃうかというと、会話不足で、日本語に不自由なものだから、こちらの発言の趣旨を汲み取れずに逆恨みしてしまっているのである。……別にそんな意図は全くないのに、こちらが意見を押し付けようとしていると思いこまれてしまったこともあったなあ。こうなると、もともとギクシャクしていた会話が、修復不可能なくらいに成立しなくなってしまう。少し冷静になって考えてみれば、こちらが人間関係を悪化させるために発言しているわけではないことくらい、見当がつきそうなものなのだが、でもその見当がつかないのが「痛いオタク」だってことなのだろう。 判断力が停止してしまう、人の言ってることが理解できない、そのくせそれが自分のせいだとは考えない、どうしても冷静になれない、自分では気の利いたことを発言している気になっているが、実際にはいつまで経っても話術が洗練されていかない。そういう内容の発言が何十回何百回と繰り返されているのを見れば、これはもうオタクに関わっちゃ危険だと判断されても仕方がないだろう。 ただ、オタクたちがそうなってしまったことに対しては、同情すべき点もないわけではない。オタクには、オタクであるというそれだけのことが原因で、周囲からいわれなき差別を受け偏見の目で見られ、結果的にそれが強い劣等感やトラウマとなって残ってしまった、という過去を持っている人が多い。その結果、「傷つきたくない」強迫観念が肥大してしまい、ちょっと批判されただけで勝手に自分がバカにされたという被害妄想に陥ってしまうのである。批判と中傷は全く別種のものであるのだが、そんな基本的なことも理解できないくらい、判断力を失ってしまうのだ。 そこまでイッてしまえば、もう同情しても仕方がない。差別されたことがイタい行為の免罪符になるわけではないのである。SFが文壇から差別されているからと言って、文壇を差別し返せば、やってることは結局同じだということだ。そういう心理状態における発言は、ヨッパライの絡みと同じで、いやらしいばかりである。ヒガミでしかないものを、さもマトモな意見のように堂々と主張されても、受け手は困惑するしかないのであるが。……私が相手を心底バカだなあ、と思うのはこの時点になってであって、それ以前ではない。バカにされて怒る人はバカにされても仕方がないってことなんである。 せめて、自分の常識が絶対に正しいという思いこみでモノを語ることだけはやめてもらいたいものなのだが。
昼間は、入院中の日記をせっせと書く。外は雨なので、運動もできない。これは退院早々、カロリーコントロールに失敗かと思っていたが、夜になって、まだ湿気は残っているものの、雨はきれいに上がった。 散歩がてら、しげが仕事に出かけている間に、キャナルシティまで『ゼブラーマン』を見に行く。もちろん行き返りとも「歩き」である。 映画本編より、予告編の『CASHAAN』の恐ろしいまでに作りこまれた映像に圧倒される。マンガの安易な実写映像化はどんなもんかと思いはするが、出来がよければ小さな文句はキレイに吹っ飛ぶ。これは期待していいのではないか。 お客はレイトのわりには結構入っていて、ざっと7、80人ほど。しげがワーナーマイカル福岡東に行った時には数人だったそうだ。それにしてもカップルが多いが、やっぱり「哀川翔」目当てで見に来てるんだろうね。その期待には答えられてないと思うけど。
2003年02月22日(土) オタアミV前夜祭/映画『ひき逃げ』 2002年02月22日(金) また買ったぞDVDBOX/『墨汁一滴』『ボクのらくがき帖』『石ノ森マンガ学園』(石ノ森章太郎)ほか 2001年02月22日(木) 霧の摩周湖(行ったことない)/『スレイヤーズすぺしゃる』2巻(神坂一・トミイ大塚)ほか
昨日、退院の報告を掲示板に書き込んでおいたら、早速、ふーみんさん、あやめさん、ヨナさん改め塾頭さんからご挨拶のレスがつく。ありがたいことである。 「努力の賜物ですね」とお褒めの言葉はまで頂くが、10年くらい前の若いころだったら、ここでギャグのつもりで「そうです、エラいでしょう」とか返事してるところであった。ところが最近は、そういう韜晦がすっかりサムく感じられるようになってしまっているのである。若いころは謙虚にすることが何だかイイ子ぶってるように思えて、かえってそんなヒネクレた対応をしていたのだが、今思い返せば、それもまた若さゆえのカッコつけである。嬉しければ嬉しい、悲しければ悲しいと素直に言えばいいんだよな、というような気分に変わって来たのは、やっぱりトシヨリになってきたという証拠なのだろう。つか、『クレヨンしんちゃん』の映画を見て泣いてから、感情の歯止め利かせるのがめんどくさくなってしまったような(^o^)。それもまた自然のながれであろうか。
朝、久しぶりに自宅で見る実写版『美少女戦士セーラームーン』。 そろそろ美奈子がプリンセスではないとバレかけてきている展開。タキシード仮面の正体も美奈子にバレるわ、亜美ちゃんは敵に洗脳されるわ、もちろんうさぎの切ない恋もちゃんと描くわ、これだけの内容を30分に詰めこんでしかもダイジェストの印象がないというのは、小林靖子の脚本の手腕、素晴らしいの一語に尽きる。 マジでDVD欲しいんだけど、しげには「また女の子目当てで」とか誤解されちゃうんだろうなあ。いやそりゃ、女の子がかわいくなければ買う気にはなれませんけどね、実写版『エ○○―○美』とか。
番組名は忘れたが、タレントのオセロが司会してたニュース番組の中で、「ファミコン言葉(ファミリーレストラン・コンビニエンス言葉)」について取り上げていた。例の「禁煙席でよろしかったでしょうか」「コーヒーの方お持ちいたしました」「1000円からお預かりいたします」などの、若いウェイトレスさんが使っている珍妙な言葉である。 どこぞの大学の先生が、「家庭や学校で敬語を使う機会がなくなり、アルバイトで初めて敬語を使おうとしたときに起こる誤用ではないか」と説明していたが、それではなぜ一様に同じ間違いをしてしまうのか、とか、西日本から東日本に向かって「誤用の移動」が行われていったのか、ということの説明がつかないのである。 「言葉は変わる」とはよく言われることだが、これはそういうレベルの問題ではない。語句がその語句の持っている意味と全く別個の使われ方をしているのだ。時制や、語句の指し示すベクトルが狂っているのである。「とんでもないことでございます」の「ない」を「打ち消し」と「勘違い」して、「とんでもございません」と間違ってしまう誤用や、発音が省略されたり語尾が変化するようなものとはわけが違う。 言語感覚が変化したわけではなく、明らかに論理的な矛盾が生じているのだから、ちょっと考えれば訂正できるはずなのに、それがなぜできないのだろうか。若者の脳が溶けてバカになっているから、と説明された方がよっぽど納得がいくのだが、じゃあなぜ若者がバカになったのかと考えると、その理由もわからないのである。実際にどうして誤用を正しいと感じられるのか当人に説明を求めても、やっぱりバカだから説明できない。袋小路なのである。 「まだ過去の出来事にもなっていないことに対して過去形を使うことはできない」と説明されても、オセロの黒くない方(名前忘れた)は、堂々と「どこがおかしいかわからへん」と言っていた。こうなると「若者の脳をバカにするクスリが実は学校給食に混ぜられている」なんて陰謀説まで唱えたくなってくるというものである。 番組では、ついに社員研修で敬語の誤用を訂正させている様子も紹介していたが、家庭の教育力がここまで低下しているのだ。もう家庭そのものを、子供が若いうちにさっさと解体して(実質的に子供が中学生になるころには家族は生活単位として機能しなくなっている)、子供は独立させていったほうがいいと思うんだがなあ。中卒雇えよ、中小企業。
朝やや遅めに外出。 まずはかかりつけの病院に退院の報告に行くが、しげ、早速「道が混んでて車が停めにくい」とブチブチ文句を私に向かって言う。それは私のせいじゃないだろう。こういうヤツアタリが私のストレスになってるってことの自覚がないのだよなあ。 そのまま博多駅の周辺で本やDVDなどを買う。しげは付き合う気はないのでさっさと帰ってしまった。帰りは運動がてら、途中まで歩いて帰宅。ところが歩き始めた途端にスリッパが破れて、ゆっくり歩かなければならなくなってしまった。退院一日でいきなり運動の頓挫である。明日は靴を履いて外に出よう。
昼過ぎに帰宅。 ホームページ、日記から分離させた読書録などのコンテンツを新しく作る。これとても読んだ本、見た映画の全てをカバーできはしないのだが、ありがたいことに一度書き流した記述もあとで読み返してくださる方々がいらっしゃるので、検索しやすいためにはこちらのほうがよいのだろう。休日はできるだけこちらのほうも更新して行くつもりである。 午後はずっと溜まっていて見られなかったDVDを浴びるように見る。と言っても昔見た映画の再見が多いのだが。『マルタの鷹』『おしゃれ泥棒』『機動警察パトレイバー』『砂の器』『事件』『配達されない三通の手紙』などなど。「Mystery映画館」のための見返しなので、どうしてもじっくり見てしまい、ホームページの更新自体がままならない。読んだり見たりの時間と、書きこむ時間のバランスの取り方に、今後も苦慮しそうである。
2003年02月21日(金) しげ、テレビ出演!/『江戸川乱歩と少年探偵団』(堀江あき子編)/『クイーンフェニックス』上・下(横山光輝) 2002年02月21日(木) アホがアホを教育したってねえ/アニメ『七人のナナ』第7話/『鉄鋼無敵科学大魔號改』(唐沢なをき)ほか 2001年02月21日(水) 買い物ブギ/『ブギーポップは笑わない』第1巻(緒方剛志)ほか
| 2004年02月20日(金) |
入院日記ファイナル……ってそんな大袈裟なもんか |
退院の朝。 最後の朝食、最後の運動療法、優しい看護師のみなさんともお別れだと思うとそぞろ淋しさを感じるのを禁じえないが、だからと言って、まだ入院していたいとは思わない。入院費も3年前に比べて、たまらんごつ高うなっとうとよ(思わず博多弁が出てしまいました)。 退院直前、迎えに来たしげと一緒に主治医の先生から病状の説明をうかがう。驚くくらいの回復だという。「これだけ回復するということは、やっぱり入院前のストレスが相当あったんでしょう。奥さんの役目はご主人のストレスをできるだけ減らしてあげることですよ」と仰るが、まあ馬耳東風と言うか暖簾に腕押しと言うか、ショッカーの怪人に向かって「悪いことをするのは止めてね」って説教するようなものである。 主治医の先生が下さった、「亭主を早死にさせる10か条」(アメリカのタフツ大学のジーン・メイヤー博士という人が作ったそうな)というのの半分くらいに女房は当てはまってる感じなのである。ご参考になられる方も多いと思われるので、ご紹介しておきましょう。
「早いとこ厄介払いをして、気楽な未亡人になりたい人のための亭主を早死にさせる十か条 1 夫を肥らせなさい。25kg肥らせたら10年早く自由を手にできます。 2 酒をうんと飲ませなさい。亭主が強い酒のグラスを干したら、すかさず何度でも満たしてあげることです。おつまみをしこたま出すこともお忘れなく! 3 とりわけ大事なのは、夫をいつも座らせておくことです。散歩に行こうなどと言い出したら、楽しみにしているテレビがもうすぐ始まりますよ、と注意してあげなさい。水泳やテニスなどをやりたがったら、いい年をして、とからかいなさい、 4 霜降り肉のような飽和脂肪酸をたっぷり含んだ食事を腹いっぱいあげなさい。コレステロールは天井知らずに上がります。 5 塩分の多い食べ物に慣れさせなさい。血圧が上がったら塩分をより多くして血圧をもっと上げてやればよいです。 6 コーヒーをがぶがぶ飲ませなさい。濃いコーヒーは代謝を乱し不眠症にすることもできます。 7 タバコをすすめなさい。タバコは未亡人志願者の最良の味方です。 8 夜更かしをさせなさい。深夜番組を見たり頻繁にお客を招待したり訪問したりすると夫はくたくたに疲れます。過労と睡眠不足は夫を早くあの世に送ることになるようです。 9 休暇旅行に行かせてはいけません。 10 最後の仕上げに終始文句を言っていじめなさい。お金と子供のことがうってつけの話題です。」
眼底の写真やCTスキャンの写真を見せてもらったが、しげがものほしげにしているのが困った。「記念にください」とか言えるものでもなかろう。CTの写真だけはくれたが。脂肪のつき具合とか面白いので、ホームページに載せようかとも思ったが、グロだといやがる人もいるかな。
帰宅してみると、部屋の中は相変わらずの惨状……というより、入院前よりひどく、ゴミの山になっている。以前の入院のときもそうだったが、しげの「あんたがいなけりゃ一人で片付けられるよ」というのは口からデマカセなのである。「忙しかったから」と言い訳してるが、そりゃ、巨大パラソルチョコなんぞ作ってりゃ、部屋を片付けるヒマだってなかろうよ。忙しかろうと、やらなきゃいけないことをやってないんだから、屁のツッパリにもなりゃしない。ともかくどうやら2月14日以降、台所は放置状態だったらしく、部屋中が未だにチョコ臭い。洗い物をさせて、ゴミをまとめさせるが、休日は部屋の整理に追われそうな気配である。休まらないよなあ(-_-;)。 パソコンを開いたら、この三週間で溜まっていたメールが何と329通。けれど、宣伝メールを除けば、必要なのは19通だけだった。相変わらず謎の外人からのメールばかりだけれど、これってホームページのタイトルを英語にしてるせいもあるのかな。
昼食は三週間ぶりの外食で、病院の近所のインドカレーの店。私が2/3ほどもナンを残したので、私の分まで食ったしげ、「腹が苦しい」とうめく。当たり前だ。 晩飯もこの調子で、スーパーでウドンを山ほど買いこんできて作る(いや、作ったのはめいめい一杯分だけですが)。しげはこの三週間、ずっとウドンに飢えていたのであるが、飽きっぽいしげのことだから、こんなに買ってちゃんと消費してくれるのかが不安である。
2003年02月20日(木) 「歩き目です」(^^)/『名探偵コナン』40巻(青山剛昌)/『浪費バカ一代』(中村うさぎ)/『コレデオシマイ。』(山田風太郎)ほか 2002年02月20日(水) 福岡演劇事情/『KATSU!』1巻(あだち充)/『サムライ・レンズマン』(古橋秀之)ほか 2001年02月20日(火) 女房の家出/『× ―ペケ―』1〜3巻(新井理恵)ほか
| 2004年02月19日(木) |
入院日記18/ドリカムな話 |
最後の血糖検査。結果は、 空腹時(8時) 69��/dl 食後2時間(10時)122��/dl 夕食前(17時30分)88��/dl 空腹時の正常値は100で、これではコントロールが利きすぎて「低血糖」である。「低血糖症状が起こりませんか?」と看護師さんから心配されたが、発汗や痙攣や目眩はしょっちゅう起こしているので、どれが低血糖によるものなのか断定できないのだ。 原因は今飲んでいるグリミクロン錠が効いているためなので、血糖値が再び上がるようなことがなければ、これは飲まずにすませるようにしたいものである。 更に今日は、胸のCTを撮る。今度は造影剤を飲まなくてよいのでラクである。前回のCTの結果も主治医の先生から教えてもらってはいないのだが、何か問題はなかったのだろうか。看護師さんに聞いてみたら、「連絡がないのなら、大丈夫ですよ」と仰る。それはそうなのだろうが、「問題ないですよ」の一言がないとやっぱり落ちつかないのである。 退院前とあって、薬剤師さん、栄養士さんたちがひっきりなしに病室に訪れる。内容は全て「退院後の生活について」。これがうまくいかなければ、入院した意味がない。 入院中は一日の食事を1600kcalに制限されていたのだが、退院してからは2000kcalでよいとのこと。これはだいたいの目安を言えば、 朝食 ごはん100g(茶碗1杯)/卵一個/味噌汁一杯/牛乳200ml 昼食 ごはん200g(茶碗2杯)/豚もも60g/白身魚(鯛)60g/野菜200g/みかん200g(1個) 夕食 ごはん200g(茶碗2杯)/焼鳥30g(串2本)/ロースハム30g/野菜100g こんなところである。普通にカレーライス一杯食っただけでもカロリーオーバーしてしまうのだ。生半可な努力で抑制できるものではないことがお分かりいただけようか。
夜、『奇跡体験!アンビリバボー』。 新聞見出しの「空飛ぶ生命体フライングヒューマノイド」に惹かれて見てみたのだが(私にはあれはただの人型の風船か何かにしか見えないんですけど)、第2部の「make a wish 願いをかける」には泣かされてしまった。 警察官に憧れている7歳の少年クリスは白血病のために余命わずかと宣告されていた。彼の純粋な気持ちに打たれたアリゾナ警察は、夢をかなえてあげようと、彼を本物のハイウェイパトロールに任命した。就任5日目、クリスは静かに息を引き取る。 このことがきっかけになって、ボランティア団体「グレシャス・メイク・ア・ウィッシュ(後のメイク・ア・ウィッシュ)」が生まれた。メイク・ア・ウィッシュは、この24年間で、難病と闘う13万人の子供たちの夢を叶えてきている。それがきっかけで病気を克服した子供も少なくない。 なんだかねえ、大人が子供のために、やれることすらやってあげない日本の状況見てるとねえ、こういうのがズンと胸に響くのよ。「少しでもいい大学に」とか「せめて高卒の資格くらいは」とか、学校にやることが子供のためになってるなんて思いこんでる馬鹿親どもは、ちっとは「夢」ってやつが絵空事でもなければ妄想でもないってことを教える気概を持ってほしいものなんだが。
2003年02月19日(水) メイキング・オブ・SF・レビュー/『川原泉の本棚』(川原泉・選)/映画『宇宙大戦争』『地球防衛軍』 2002年02月19日(火) さだまさしファンだったことが恥ずかしくて言い出せないやつ多いと思うぞ。……私もだ/『シックス・ボルト』(神野オキナ) 2001年02月19日(月) 語源の楽しみ/ミステリチャンネル『ポワロと私』ほか
| 2004年02月18日(水) |
入院日記17/イタタな日 |
朝、血圧の検査中に、看護師さんが血圧計を私の左足のむこうずねにボトン、と落としてしまった。血圧検査したことある人なら分かると思うけど、あれ、鉄製ですごくデカいです。骨の部分に落ちたから、当然ものすごく痛かった(+_;)。……本当に痛い時には声も出ないって事実ですね。 看護師さん、血相を変えて悲鳴をあげた。 「あああー! 大丈夫ですか?! 痛くないですか?! 痛いですよね、痛いところですもんね、ああ、どうしよう、きっと張れちゃう、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 ……なんだかここまで心配してもらえたら、痛みなんてどこかに吹っ飛んでしまう。 でも、ものごつ(=すごく)美人の看護師さんに優しくしてもらえたら、もっと優しくしてもらいたいとスケベ心が働くのは人情というものである。 「……大丈夫ですよ、気にしないでください」。口ではそう言いながら、足をさも痛そうにさすって見せる。……私もイジワルだなあ(^_^;)。 看護師さん、更にごめんなさいを連発しながら、しゃがみこんでしまった。ベッドの縁に両手をかけて、ショボンとして申し訳なさそうな上目遣いでこちらをうかがっている。さすがにこのへんで解放してさしあげないと悪いと思って、足を軽く振ってみて、「特に響かないみたいですから、平気だと思いますよ」と言う。それでも看護師さん、他の患者さんを診て回る間ずっと私の方をチラチラ見ては、「本当に痛くないですか?」を繰り返していた。 日ごろ、「素直に謝られる」経験が少ないから、なにか新鮮な感じがすることであった。
『トリビアの泉』、先週あたりから少し内容が盛り返し。 くどい演出がちょっと減ってきているのがいい。これまでは無理矢理笑わせよう、というがかえってシラケさせていたのだな。 「アリはどんな高さから落ちても死なない(68へぇ)」 ってのも、30メートルの高さから落とすところで止めたからなんとかセーフ。これまでだったら、ビルの上から落として「見えなくなった」とか、つまんねえ落ちをつけてたろう。 「世界一の強度といわれた橋が風で崩れ落ちたことがある(68へぇ)」 これもテレビで何度も流れた映像だけれど、何度見ても凄い。ただ、トリビアでわざわざ取り上げなきやならないネタじゃないな。 「くいだおれ人形には家族がいる(82へぇ)」(金の脳)。 地域ネタは強いな。ネタそのものは特に面白いものでもなんでもないのだが、大坂の食い倒れ人形に家族がいるかどうかなんて気にする他県人は普通いないから、「へぇ」とは言えるのである。でも、「金」やるほどか。 「遠山の金さんは痔だった(66へぇ)」 金さんネタではこれも有名。ただ、ネタとして単純なだけに、人との話題にはしにくいんだよな。 「モーツァルトは『おれの尻をなめろ』という曲を作ったことがある(81へぇ)」(銀の脳)。前提として、モーツァルト自身の奔放な性格について共通認識がないと、これも外しかねないネタ。実際に歌手のみなさんに輪唱させたのが秀逸。 「ライフガードが溺れている人を助ける時、一度沈めてから助ける方法がある(55へぇ)」 実際に救助している最中にホモを連想させるシャンソンを流す演出はやりすぎ。 「ヨーロッパでは昔、紅茶をカップではなく受け皿で飲んでいた(71へぇ)」 これも有名。文献資料をもちっと紹介してほしかったネタである。 「『さんまのまんま』の『まんま』は犬ではなく宇宙怪獣(58へぇ)」 『さんまのまんま』は殆ど見たことがない。「メジャーな作品のマイナーな情報がネタになる」、というネタの典型みたいなものだけれど、私にとっては『さんまのまんま』自体がマイナーなので、「へぇ」にはならないのであった。 トリビアの種「アナウンサーが最も言いづらい言葉は『高速増殖炉もんじゅ』(八分咲き)」。アンケートものも強い。先週の「日本人がこれさえあれば何杯でもご飯が食べられる一品で最も人気のあるものは明太子(八分咲き)」も面白かった。博多出身のタモリが意外そうだったのがかえって意外だったが。でも博多の明太子は昨今、質の落ちてるのも増えてるから、首を捻るのも分らないではない。関東や関西の人も、明太子食べてるのかね? よく考えるとこういうアンケートものは「やっぱり」であって、「へぇ」という感想にはならないのだが、アナウンサーのみなさんがトチッてる様子を見るのが楽しいので、それでいいのである。ちなみに10回続けて言ってみましたが噛まずに言えました。「北朝鮮貨客船万景峰号」も(^o^)。
2003年02月18日(火) 迷宮の扉へ/『冥土』(内田百�痢Χ皸翕脹冂纏辧法拭悒廛螢謄�フェイス』3巻(叶恭弘) 2002年02月18日(月) くまくまくまっ/アニメ『エイトマン』第1話「エイトマン登場」/『すべてがFになる』(森博嗣原作・浅田寅ヲ)ほか 2001年02月18日(日) HPの原稿はまだ1/10程度です/ドラマ『百獣戦隊ガオレンジャー』第1話ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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