無責任賛歌
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| 2003年09月27日(土) |
のべつ差別/アニメ『妖獣都市』/『仮面ライダーSPIRITS』5巻(石ノ森章太郎・村枝賢一) |
昨26日、民主党の小沢一郎氏が、京都市で開かれたパーティーの挨拶で、小泉首相の自民党総裁再選を批判して、「日本人は(世界から)特殊学級扱いされている。ばかじゃないか」と発言したとか。 詳しい経緯としては、小沢氏がまず、自民党橋本派の青木幹雄氏らが首相を支持したことについて、「看板政策の郵政民営化の法案が出てきたらぶっつぶす、と言っている人が『小泉支持』を打ち出すという、ばかげたことがまかり通っている」と批判した上で、「心配なのはそれを許している日本社会。ほかの国でこんなことは通用しない」として「特殊学級」発言となったということである。更に畳み掛けるように「特殊人間扱いされている」「本当にそうですよ」とも述べたんだと。 記事は「障害児教育への偏見を助長する発言とも受け取れ、批判を招きそうだ」とあるが、こういうのを批判しなきゃいけないわけよ。これ、「言葉遣いが悪い」ってんじゃなくて、「特殊学級」を「差別されて当然のもの」って認識してるってことなんだから。決してこの場合の糾弾は「言葉狩り」にはならない。 いやね、どうせまた、「そういうつもりはなかった」とか適当な言い訳をするんだろうとは思う。そりゃ、確かに「『つまはじき』という意味での比喩として適切ではない」という意味での言い訳は成り立ちはする。けれども、それで本人に「差別意識がなかった」ということにはならないんだから、誤魔化されちゃいけない。 政治家としての力量をこの「失言」だけで測ろうなんてことは思っちゃいないが、「そういう失言はしなさそうに見える」小沢さんからこの手の発言が出たという事実は、結構重要だと思うのである。やっぱ政治家って、殆どが田舎おやじ(←これは差別語ではなくて批判をこめた悪口ね)の集団だってことがあからさまになったってことでね。
なんかまあ、いろいろあちこちで囁かれてたようだけれど、マンガ家の西原理恵子さんとカメラマンの鴨志田穣さんが離婚されてしまったようである。 マンガの中でギャグっぽく「リコン」をほのめかしてたことはあったけれど、これが現実になっちゃうと、シャレですまなくなっちゃったのかな、と淋しくなる。
昔ながらの日本人のムラ意識がそうさせるのか、日本人は特に他人の冠婚葬祭についても何やかやと言いたい傾向があるようだ。ネットをちょっと散策してみたが、西原さんの離婚についても、同情から揶揄まで、様々な感想が書きこまれている。ヒトのことだからほっとけば、という気もするが(それを言い出しゃ、この日記も余計なこと書き連ねてるんだが)、西原さんが読んでないことがわかってるにも関わらず、「お節介」な道学者めいた説教を書く人間も結構いるのである。赤の他人が自分の勝手なイメージを相手に押しつけて、喜んだり泣いたり怒ったりするのだから、いったんそういうのを意識し始めれば。たまったものではあるまい。「有名税」と言ってしまえばそれまでだが、私的に結婚・離婚一つするにしても、「世間の眼」というヤツを気にしなきゃならないのはツライところであろう。 テレビで芸能人の離婚記者会見が報道されることがあるが、昔はたいてい涙・涙の愁嘆場となるのが常であった。ところが最近は意外に「せいせいした」って感じの夫婦や、「ちょっと結婚してみただけだから別れるのもフツー」みたいな感じでニコヤカに離婚する夫婦もたまにいる。実家が床屋なもんで、そんな様子を見ながら、悪態ついてるお客さんとかも見かけるんだが、これがもう、本気で怒ってたりするのである。 「離婚するってのに、なんであんなにサバサバしてるんだ」。 そんなの当人同士の勝手やん、と心の中で思いながら、こちらもその様子を見ながら苦笑してしまうのだが、なんかもうこと結婚・離婚に関する限り、「ヒトゴトにできない」人ってのは多いのだね。実は私もそういうお節介な人間なんで、つい西原さんの離婚に関しても勝手に胸を痛めてしまうのである。
西原さんのマンガは、たとえそれがギャグマンガであろうと、この人の体験してきた苦労って、並大抵のもんじゃないな、と感じさせるものがあった。こういう人には幸せになってもらいたいと、つい願ってしまうのだが、無情なことに現実ってのは、不幸な人間はずっと不幸のまま、というパターンが多い。 マジメな人間、苦労人ほど不幸になるというのは、そこにすがり付いてくる人間が増えるからである。この人なら苦労は人一倍してるから、きっと心の痛みも分るだろうとか、優しくしてもらえるだろうとか、甘えたい人間が群がってくる。でもって、すがりつかれたほうが実際に優しくしてあげるもんだから、それ見たハイエナが次から次に来るのよ(T.T)。なんかねえ、麻雀で負けつづける西原さんのマンガ見てたときもねえ、みんないい人そうに西原さん描いてるけど(悪逆非道に描かれていても、マンガ表現になった時点で「いい人」にしか見えなくなるものだ)、こいつらただの寄生虫じゃん、とか思っていた。鴨志田さんがそうだったと思いたくはないが、明確に否定できるものでもない。引き受け過ぎて、もう疲れちゃったんだろう。 そういう西原さんに対しても、ファンは「マンガ家」としての西原さんのイメージを求める。ここで西原さんは泣いたりはしない人だ。明るくふるまい、笑ってリコンの顛末もマンガにしちゃう人だ。そんなイメージを持ってる人は多くないか。私もそう思うし、そうあってほしいともつい思ってしまう。 でも、西原さんの心の内なんて、ホントに分るはずもないことだ。たとえ西原さんのことを「思いやる」書きこみであっても、それが読者の勝手な「期待」である以上は、ただの「思いこみ」に過ぎない。西原さんにとってはかえって迷惑なことであろう。けれども、その迷惑に晒されずにいられるはずもないこともまた、一方の事実なのである。 だからあえて、私は今、「西原さんのマンガが読みたい」と思う。離婚のことを書こうが書くまいが構わない。ただ、マンガが読みたい。西原さんのホームページには、「必ず帰って来ます」とメッセージが書いてある。そのことを信じたい。
本日は休日出勤、しかも残業まであったので、帰宅は9時。 同僚の中には連日帰宅が午前様、という方もいらっしゃるので、文句は言いたくはないけれど、ムダな仕事をカットして行かないと、本気で死人が出てもおかしくない。つか、毎年必ず過労による入院患者が出てる職場って、環境改善しようって気がハナからないってことにならんか。「休めるときに休む」ってアタリマエなことが非難されるようじゃ、仕事なんてやってられない、という気分が蔓延してくる。それでも去年までよりはちょっとは楽になったような気がするのは、一番アホだった上司がすっ飛んでったおかげかな。
CSファミリー劇場で、マッドハウス特集、アニメ『妖獣都市』を見る。 菊池秀行原作のモダンホラーアニメシリーズ第1作を川尻善昭監督が忠実に映像化。1987年劇場公開及びビデオ発売、ということだから、これももう17年も前のアニメなんだなあ。そんなに経つかよ(~_~;)。
長く争ってきた、人間界と魔界。その抗争に終止符を打つべく、不可侵条約を締結しようという動きがあらわれる。その鍵となる人間界の霊能者ジュゼッペ・マイヤートを護衛する任務を与えられた“闇ガード”滝蓮三郎は、魔界から派遣された美女・麻紀絵とコンビを組む。条約締結を阻止しようと、次々に襲いかかってくる魔界の妖獣たち。そして、一瞬の油断を突かれて、マイヤートは魔界の女に取りこまれてしまう……!
懐かしのOVAの中でも、当時は出色の完成度で、第5回日本アニメ大賞オリジナルビデオソフト最優秀作品賞を受賞している。私も一見して驚嘆したものだったが、今見ても充分ハイレベルだ。CG映像に馴れちゃった若い人でも、これならファンになれるのではないかな。 もっとも、アニメであっても相当グロで気持ち悪いホラーですからねー、特に、虫とか蜘蛛とかがキライな人にはリアル過ぎる蜘蛛女の動きが気持ち悪いかも。 でも、ヒロインの麻紀絵がいいのよ麻紀絵が。アニメにおけるクール・ビューティの系譜は多々あれど、従来のアニメにおいてのそれは、やはりどこか「甘さ」のあるものであった(まあ、子供向けアニメがほとんどだったから、当然なんだけど)。そこにまあ、ナニでアレもしちゃう麻紀絵が登場したものだから……。しかも更にビックリしたのが声が『一休さん』の藤田淑子さんだったことだねえ。あのシーンなんか、延々とアノ声出し続けてるんですから、当時はもう充分にオトナになってはいましたけど、ちょっと「いいのか、おい、イメージ自ら壊してないか」とか思っちゃいましたね。まあ『パタリロ!』でもやってたんだけど(^_^;)。 ……思い出したけど、当時から若い子に「これはいいぞ見ろ見ろ!」と奨めてたなあ。確かよしひと嬢にも奨めてた記憶があるが、彼女は大の蜘蛛嫌い。知ってて言ってたような気がするから、もしかして苛めてたんだろうか(^_^;)。当時はどうもすみません。
マンガ、石ノ森章太郎原作・村枝賢一漫画『仮面ライダーSPIRITS』5巻(講談社/マガジンZKC・580円)。 サブタイトルに“The Legend of Masked Riders”と付いてるのにやっと気付いた。注意力ないなあ(-_-;)。「ライダーズ」とちゃんと複数になってるのが嬉しいね。 ページをめくると、石ノ森章太郎描くゼクロスの折り込みポスターが。このころになると、ライダー関連で石森さん自身が描くカラーイラストってのも少なくなってきてるだろうから、こういう付録は貴重だと思う。 本編のマンガについて言えば、「新しい仮面ライダー」はこういうのがいいよなあ、と思っていた一巻の頃とはかなり印象が変わってきている。中江真司のナレーションが聞こえないのは仕方ないとしても(でも目次にあらすじ付けて、名調子風に書くとかのサービスがほしかったなあ)、各キャラクターのセリフ回しがどうしても「村枝賢一風」になってるのが違和感を増してきている。 「滝はそんなひと昔前のマンガに出てくる不良みたいな頭悪いセリフマワシはしねーよー!」とかね。 それでも話自体が面白いから、悪いとは言えないんだけれども、どうしても『555』と比較して、“懐かしの”仮面ライダーを期待しちゃうんで、見方が辛くなってしまうんである。ニードルの反乱とか、あんな噛ませ犬の陰謀なんてポシャることは初めからわかりきってるんだから、あまり引くもんじゃないとか思っちゃうのよ。フツーのマンガだったら、この程度のありがちパターンは気にならないんだけどね。やっぱ『仮面ライダー』にも結構思い入れあるのか、私。 「ゼクロスとしての力が衰えながらも戦う」というのも、賛否は分かれるんじゃないかと思うが、若干の疑問符を付けつつも、私はこの設定を生かして、ボロボロになりながらも戦っていくゼクロスの姿を見ていきたいと思う。仮面ライダーもまた、他の石ノ森ヒーローと同じく、悲しみを背負って戦う姿こそが美しいと思うから。 アニメ化企画も上がってはいると、あとがきの早瀬マサトさんの文にあるが、これはやっぱり早瀬さん自身も仰ってる通り、ちょっと無理だろうね。
2002年09月27日(金) トンデモさんがいっぱい/オペレッタ『マリツァ伯爵夫人』 2001年09月27日(木) 「檸檬」って書ける?/『BLACK JACK ILLUSTRATION MUSEUM』(手塚治虫)ほか 2000年09月27日(水) とろける膵臓と行きずりの恋と膝小僧と/『おもいでエマノン』(梶尾真治)
| 2003年09月26日(金) |
真剣に死刑/『ワイド版 風雲児たち』16巻(みなもと太郎)/『サトラレ』5巻(佐藤マコト) |
全く、日記なんて短くチャッチャと書きあげちまおうと思ってるのになんで長くなるんだか。10行くらいで収めちまおうとしてるのに10行書いたら10行じゃ収まらねえなあと思うからダメなんである。指が痛み出して以来、休み休み書いてるから以前より2倍は時間がかかるようになってるのだ。そろそろ短く纏めるクセつけないとな。
一週間の終わりの日だけど、いろいろあって、明日は休日出勤しなければならない。同僚が「明日があるなんて信じられない」と口走ってるが、「明日はあるよいつでも」、と心の中で突っ込む。でも「ピンとこない」じゃなくて「信じられない」というコトバが実感こもってるんである。 その同僚は、私のようなぐーたら一代男ではなくて、至極マジメな方であるのだが、それでもなんでここまで働かされなきゃならんのやという感覚は持ってるのである。せめてもちっと給料が上がればなあ。……内実バラしちゃうとね、みんな実質的に5年も給料が上がってないのよ。つかまた減らされてる(T∇T)。 冗談ではなくて、DVDのボックス、欲しいやつ全部諦めたからね。小津安二郎ボックスも座頭市ボックスも。もしも中古屋に流れてきて半額以下になってたら買いたいんだけど。
テレビのニュースで、今朝方、北海道十勝沖で、マグニチュード8.0の地震が発生したことを知る。重軽傷者は450人以上に上ったという。 地震の規模自体はでかいけれども、死者は今のところそんなに出てはいないようである。地震による死者って、殆どが二次災害によるものだから、避難態勢がしっかりしてれば、怪我人は出ても死者は出ずにすむ。北海道なら広いから逃げられるとこ一杯あったんじゃないかなあ(行ったことないからテキトーに言っとります)。 九州にはもう何10年も目立った大地震の記録がないけれども、エネルギーがたまりにたまってるんでなければいいけどね。
大阪児童殺傷事件の犯人で、既に大阪地裁に死刑判決を言い渡されていた宅間守被告が、弁護団が行った大阪高裁への控訴を取り下げた。弁護団は取り下げを無効とする異議申し立てはしない方針だそうで、これで宅間被告の死刑判決が確定した。一審判決での死刑確定は極めて異例という。 弁護団が控訴していた理由が「責任能力について十分解明されたとは言えない」「責任能力があったとしても被告に贖罪の意識をもって刑に服してほしい」といこちだったってのは、充分納得できることではある。けれど一般的な感情として、「責任能力の解明なんてことが出来るのか?」「仮に責任能力がなかったということになったら、無罪になってしまうのか?」「いずれまた社会に舞い戻ってくる可能性もあるのか?」「あの被告に贖罪の可能性なんてあるのか?」などなどといった疑問符を抱く人が多いのも確かなことだろう。 弁護団がこういった疑問に対する答えを明確に示さずに、ただ控訴のための控訴をしようとしてるって見えちゃうから、感情が更に煽られるのである。しかも、被告を説得しきれなかったから控訴取り下げ無効の異義申したてもしないって、そりゃ何なんだよ。法を遵守する立場の人間が、法による権利の保証を最後まで貫かないってんじゃ、やっぱりやる気なかったんじゃねえかって思われても仕方がないぞ。 法の厳正な運用という点では、この判決は大いに疑問が残る。けれど、現実的な観点からは、被告の死刑が確定してよかったという結果オーライなところがあるのも否めない。実際、まかり間違って宅間被告が釈放されるような事態になれば、第2、第3の池田小事件が起きる危険はかなりの確率で高いと言っていいのだ。世間に「早く殺してしまえ」なドス黒い情念が渦巻いてるような雰囲気は何とも気色悪くて仕方がないんだけども、これはもうしょうがないことなんだろうねえ。
マンガ、みなもと太郎『ワイド版 風雲児たち』16巻(リイド社・680円)。 今度のオビの推薦文は松尾貴史。「日本史が苦手な私にとって居酒屋で使える歴史ネタを学ぶ手段はこの作品以外にない!!」だって。無精してないで図書館に行きなさいよ(^_^;)。 物語は天保の改革にやっと辿りついた頃だけれど、つい最近の連載だったような気がしてたのに、『ウゴウゴルーガ』ネタが頻出してるところから考えると、もう10年も前のことなのだ。 なんでつい最近って気がするかっていうと、物語内の時間もたいして経ってないからなんだね。当時の編集部から「進みが遅い、幕末に速く行け」とせっつかれながらも、今巻ではじっくりゆっくり、天保11(1840)年から13(1842)年までのたった2年しか時間を進めていない(^_^;)。今の『幕末編』が丁度黒船来航だから、嘉永6(1853)年のこと。連載中断がありはしたが、11年しか経ってない。ほぼ1年=1年のペースじゃん。 もちろんそれだけの時間をかけてるだけ、教科書的な知識しかないこちらにしてみれば、無味乾燥にしか思えなかった天宝の改革が、まさしく人間と人間がぶつかり合い絡み合うドラマとなって目の前に現れて来る。 政治欲に燃え、江戸を二百年前の始原に戻そうとする改革の遂行者・水野忠邦、政的を追い落とすことにのみ腐心する醜悪な妖怪・鳥居耀蔵、精錬の士なるがゆえに陰謀の被害者となり憤死を遂げる矢部定謙、矢部の跡を継ぎ庶民の味方となる遠山金四郎景元。 前巻から引き継がれている彼らの戦いは、とてもこの一巻でも終わらなず、次巻まで持ち越されて行くのである。
マンガ、『サトラレ』5巻(講談社/イブニングKC・540円)。 折り返しの作者メッセージ、「おぼろげながらラストの形が見えてきました」にちょっとホッとする。最初に面白い設定を考えつくのも作家の才能だけれど、それを面白くしていく展開を考えるのにはまた別の才能が必要になる。 「回りに自分の思念が悟られてしまう」という主人公たち「サトラレ」の設定は確かに抜群に面白い設定なのだが、それが現実の世界の中でどのように受け入れられていくかということについて、リアルな展開を創案していくのはかなり難しいことである。自分がサトラレだと自覚してしまえば、白木重文や木村浩のように「島」で暮らすしかなくなってしまう。「人間」として生きることを自ら拒絶せざるを得なくなるのだ。いかにサトラレが天才だとしても、そのような生き方しかできない人間を「なんとか」することはできないのか? という疑問に対する答えを、作者はその場その場でシミュレーションしながら模索していったフシがある。 その答えの一つが、「サトラレ抹殺」を企む山田一郎教授であったわけだが、もう一つのキーワードになりそうなのが今巻初登場の「サトラレでなくなったサトラレ」星野勝美である。 「今日、病院に来る前に妻とケンカしましてね、ささいな互いの勘違いが元でのくだらない、サトラレなら起こりえないケンカです。私にはそんなくだらないケンカがたまらなく楽しいんです」 不必要なケンカをしたいなんて人間は早々いないだろうが、人と人とが関わればそこに諍いのタネが生まれないはずはない。星野夫妻はそのささいなケンカかがもとで、離婚、自殺未遂の危機まで起こす。それでもなお、お互いの心が掴めない、「サトラレでない」生活の方を望むのだ。星野の述懐が正しい答えだというわけではない。「サトラレを守ろう」としてきた委員会の人々は、彼が言うように「サトラレの才能」だけに注目して来たわけではないのである。物語は未だにアンビバレンツの中で、明確な答えを見出せているわけではない。それがライトでソフトな描線で描かれているにも関わらず、この物語に大きな「重さ」を与え続けている。 それを、「サトラレのいない世界」にいる読者がどう受けとめるか。このシリーズの「物語」の持っている意味を考えるヒントがそこにあると思うのである。
2002年09月26日(木) 鮎川哲也、死去/『手塚治虫の奇妙な資料』(野口文雄)ほか 2001年09月26日(水) 彼岸の人/ドラマ『ブラック・ジャック�掘戞拭悒疋鵐�ホーテのロンドン』(鴻上尚史)ほか 2000年09月26日(火) 泊まりの仕事で本も読めねえ
| 2003年09月25日(木) |
文化の分化/『浪花少年探偵団』(東野圭吾・沖本秀子)/『探偵学園Q』12巻(天樹征丸・さとうふみや) |
Web現代の「あなたとわたしのGAINAX」、摩砂雪インタビューの第2回「アクションの血」、全くガイナックスの方々の発言というものには意気軒昂なものがあるのだが、今回も摩砂雪さん、ハリウッドのCG技術について、「やつらはセンスがない。なんか日本の物真似をやっているけど、演出の詰め方ひとつとっても職人根性がない」。とか、ハリウッド作品への日本のアニメの影響についても、「まっ、いいんじゃないの。好きでやってるのならば。ただ『マトリックス』をつくっている人たちが好きなアニメーションってのは、俺があんまり好きなアニメーションじゃないんですよね」とか、「アクションの真髄をわかってないんですよ。アメリカのような多民族が集まっている国だと、どうしても統一性を持った文化の様式がない分、そこから凝縮されて生まれてくるかっこ良さが出てこなかった」とかもう、言いたい放題である。 でも実際に的をちゃんと射てると思いませんかね?
ハリウッド映画を擁護する人たちは、やたらアチラの作品は「エンタテインメントのセオリーに則ってる」ことを強調して誉めるけれども、別にそんなのは当たり前のことなんで、そのセオリーの上に何を積み上げていけるかってのが職人芸なわけよ。則ってるだけで、あとは全部同じ印象のバカ映画にしかなってないのは、その「積み上げ」がないから。みんな似たような「肌合い」になっちゃってることに気付かないらしいのが私にはフシギで仕方ないんだが。 まあ、なんでも「最初に見た映画」は面白く感じるものだからね、そういうのを初めて見るような若い人がハマっちゃうのはもう仕方ないと私も諦めてるんだけど、これまでそれなりに映画やドラマを見てきてるんじゃないかって思うようないいトシしたオトナがさ、『マトリックス』あたりに群がっちゃうというのはどういうことなのよ? あれの何をどう面白がれというの? 「まあまあだね」ならまだしも、本気で感動したりしてるの見ると、もう「文化」とか「伝統」というものはこの国からなくなってくのかと暗澹たる気分になるよ。 時代は移り変わるものだ、というのは確かにそうなんだけれども、何かが全くの別モノに変わってしまうということはそうそうない。映画のルーツはたかだか百年だ。百年前の映画に、最新の映画のルーツを、そのプリミティブなスピリットを見出すことは充分可能である。もちろん、全ての映画を見るなんてことはかなわないまでも、ある程度の名作、傑作、駄作を追うことは決して不可能なことではない(ここで「駄作」だって見逃してはならないってとこがポイント)。ヒマツブシにテレビを眺めてたって、そういうものを眼にする機会はいくらでもあったと思うんだけれども、それを殆ど見逃してきて、そのくせ「なんとかって映画はいいですよね?」とか言われても困るのよ。 「伝統」とか「文化」ってのは、当然、前の時代のものが基盤になって、そこに新しいモノが積み重なったり入れ替えられたりしてじわじわと変化していくものである。自分たちのルーツが目の前に転がってるのに、それからあえて眼を背けちゃうってのは、まさしく「文化の否定」だし、結局は自己否定にしかならんのだけれどもね。
まあ、摩砂雪さんの意見には頷くところ大なんだけれども、やっぱり「じゃないですか」を乱発した喋りはどうもねえ(~_~;)。まあ私はそれを全部「なんですよ」とかに置き換えて読みましたが。
体調は少し回復してきたけれども、まだまだ仕事のノリがイマイチよくない。 疲れて帰宅したあと、気になる用件が一つあったんで、私用の電話。まあ詳細は書けないんだけれども、正直な話、悲しくなるような会話であった。「迷惑かけてないと主張してる人間が実は一番迷惑かけてることに気づいてない」ってことを証明してるようなもんなんだけれど、相手からは私の方がモノが見えてないように見えるんだろうなあ(T.T)。そうでないことを証明しようと思えば、いろいろ相手に支障の出てくることでもあり、それが本来の目的でない以上は、こちらが引き下がった方がよかろうなあとながなが喋った上で結論。
DVD『カレイドスター』の1巻を見ながら寝るが、4話収録分を見て、今んとこ面白くなりそうな要素だなあと思ったのはやっぱりフールの存在かな。ヒロインの苗木野そらにとって、ピノキオにおけるジミニー・クリケットのような「良心」となるのか、はたまただのおジャマ虫となり果てるのか(^o^)。声優さんが声優さんだけに、どっちに転んでもおかしくないのである。 カレイドステージのメンバーの声優にあびる優や大森玲子がいたけれども、ちょっと使えねえなあ(^_^;)という面があったとしても、出すなら出すで、もちっと美味しいところのある役に振らないと、ヒロインを苛めるってだけの役じゃ、ホントに使い捨てになってしまうんと違うか。それともベテランが支えて後進を育てるって麗しき伝統、声優の世界でもなくなってきてるんかねえ。
マンガ、東野圭吾原作・沖本秀子作画『浪花の熱血先生と教え子探偵団の事件簿 浪花少年探偵団』(秋田書店/サスペリアミステリーコミックス・540円)。 その昔(^o^)、NHK『ドラマ愛の詩』で、山田まりや主演で映像化された短編シリーズのマンガ化。原作小説自体読んでみたいと思いつつ、まだ見当たらないのでマンガで我慢。 一昔前に、講談社から有名ミステリをマンガ化した「コミックノベルス」なるものがシリーズ出版されてたことがあったが、ハッキリ言って、単行本1巻に原作小説をまるごと収めるのにはムリがあり、どれも原作の魅力を伝えるのには程遠い出来になっていたのには落胆させられていた。 中城健の『刺青殺人事件』(原作・高木彬光)は画面に動きというものが感じられず、名探偵神津恭介は眉目秀麗に描かれているわりにはどこかもっさりとしていたし、望月あきらの『アルキメデスは手を汚さない』(原作・小峰元)は、既に『ローティーンブルース』を描いていたころの鮮烈さを失っていた。まあ悪くない出来かな、と思ったのは古賀新一の『陰獣・人でなしの恋』(原作・江戸川乱歩)くらいのものである。 あのころに比べると、最近の原作付きミステリーのレベルアップには眼を見張るものがある。ページ数に「ゆとり」が生まれてきてるってのもあるだろうけれど、マンガ家さんたちの作画技術、演出力が格段に進歩しているのも大きな理由だろう。 沖本秀子さんの描くしのぶセンセは、ムネは山田まりやほどにはないかもしれないが、一文字にキッと結ばれた口元がぐっと魅力的である。必ずしも「名探偵」というほど頭が切れるわけでもなく、教え子たちに手助けされながらようやく事件の真相に辿りつくようなありさまだが、そこがかえって「人“情”的」でよろしい。乱歩の『少年探偵団』はやはり「東京」が舞台であってこそだが、「学校」を舞台とした大阪の少年探偵団の活躍は、こういう浪花っ子のセンセを仰いでこそ映えるんだなあ、と、この設定には感心すること頻りである。 願わくは、続編の登場を希望したいのだけれど、最終話でしのぶセンセ、……ちゃったからなあ。いやもちろん「復帰」は可能な設定なんだけれどもね。
マンガ、天樹征丸原作・さとうふみや漫画『探偵学園Q』12巻(講談社/少年マガジンコミックス・440円)。 しかしホントに天樹さん、「ダイイング・メッセージ」が好きだねえ。 『魔矢姫伝説』にも『光と影の絆』にも、どちらにもダイイングメッセージが出て来る。 もう私だけじゃなくて、ミステリの専門家がみんな指摘してることなんだけれど、この「死者の伝言」くらい、ミステリのトリックの中で不自然なものはないのである。「犯人に気付かれずにメッセージを残す」ことの困難さをどうクリアするかってことなんだけれども、結局、シチュエーションそのものを操作して、メッセージを残すタイムラグを無理矢理作らないと、お話が成り立たなくなるのである。『魔矢姫』でも、ある事情から犯人が被害者を「即死しないように殴った」ために、そのタイムラグが生まれたって説明なんだけれども、そんな器用な殺し方がそう簡単にできるかい(^_^;)。被害者が呻き声を出して周囲に気付かれない程度で、しかもダイイングメッセージを書き残そうって意識はあって、手も動かせる状態なんて、なんて都合のいい状態。つかありえるのか。 『光と影の絆』の「フリーメーソンの暗号」ってのも、「それなりにてこずるダイイングメッセージ」なんてハッタリかましてるけど、見て恥ずかしくなるくらいに簡単過ぎる暗号。下手すりゃ『名探偵カゲマン』よりもレベル低いぞ。でもネット散策してみると「ヒント言われてやっとわかった」なんて書き込みが堂々としてあったりするのよ。つか、そのヒントである「N」に注目しない方が犯人が誰か特定できちゃうんだけど。 いや、暗号のレベルが低いってことが問題なんじゃなくて、読者のレベルをやたら低く見積もってるところがちょっとなあってことなんだけど。 『心霊カメラでスクープ』のトリックについては、もうこれやめようよと言いたくなった。某有名アニメでも『Q.E.D.』でも使ってたやつだよ。節操がないというかなんつーか……(-_-;)。
2002年09月25日(水) まあ、冷静な人間なんていないんだけど/『小説ウルトラマン』(金城哲夫)ほか 2001年09月25日(火) リアル・ホームズ/『トンデモ本の世界R』(と学会)/『けだものカンパニー』3巻(唐沢なをき) 2000年09月25日(月) 日記のネタはどこにでも/ビデオ『労働戦士ハタラッカー』ほか
| 2003年09月24日(水) |
クノイチのミノウチ/『新天地無用!魎皇鬼』5巻(奥田ひとし)/『全日本妹選手権!!』5巻(堂高しげる)ほか |
東区の一家四人連続殺人の犯人の写真、ようやくイラストから写真に切り替わる。まあ似てると言えば似てるか。モンタージュ写真が一般的だったのが似顔絵に切り替わって久しいが、効果の方はどんなものなんだろう。いや、今回の似顔絵はまあ上手い方だと思うんだけれど、たまに小学生の描いた「うちのお父さん」みたいなイラストが放送されることがあるから(^_^;)。署員に絵心のある人がいるとは限らないものねえ。 その、中国公安当局にとっ捕まった王亮容疑者と楊寧容疑者、取り調べに対して、「殺害は誰からも頼まれていない」と供述しているとか。動機はただの物取りで、顔を見られたから殺したってんだが、金目当てなら、空き巣狙えばいいじゃん。ダンベルやら何やら予め用意しておいて、こんな言い訳が通用すると思ってんだから、ふざけた話だけど、それだけ「黒幕さん」が怖いんだろうなあ。あるいはよっぽど「信義」で結びついてるとか? なんかね、そのヘン突っ込んでくとね、まあヤバげな話になってくるので避けときますが(^_^;)、最後まで警察が追い切れるのかどうかなあ、という心配はもう募ってきてるんですよ。なんやかやと犯罪者には甘いんだもんねえ。
休日明けの仕事、今一つ調子が出ず。 軽い風邪だろうとは思うが、あまり発熱しないでただひたすらからだがダルくて重い、という感じになるのがいつもの症状。それでも声だけは張り上げることができるので、仕事をこなせないわけではないのだが、急に目眩がして意識が遠のきそうになるのが怖いんだなあ。傍目からは「なにフラフラしてんだコイツ」みたいに見られてるらしいのがまたツライんだけれども。うう、速く休日来い。
ずっと前の日記に実は『SASUKE』が好きだ、なんてことを書いたことあるような気がするが、あれは比較的「ヤラセ」が少ないと思うからなんだね。有名タレントでも、失敗したらその場で脱落、さっさと消えちゃうからね。多少は事前の練習くらいさせてるかもしれないけれど、本番一発撮りなのは間違いなかろうから。 『SASUKE2003・秋最強の女性No1決定戦"KUNOICHI"』、笑い取るためのイロモノ出演者もいるけれど、前回(未見)は第1ステージクリア者が5人だったのが、今回はぐっと増えて13人。出場者のレベルアップが競技を面白くしてるってこと、ちゃんと分かってるんである。 まあ、根本はるみみたいに最初の舞踊石ですっ転ぶことが分かってるようなタレントも、何人かくらいなら出場させても構わないけど、だったらビキニで出場させろよ。「狙い」は「そっち」なんだろうからねえ(^_^;)。もう一人、明らかに「そっち」狙いな大原かおりがインタビューもなく、ちょっとしか映らなかったのは、芸能界の栄枯盛衰を象徴しているようで、ちょい涙。 でも平山あやは運動神経もホントにいいみたいだから、もうちょっと頑張ってほしかったなあ。まさか風車渡で落ちるとはなあ……って前回も舞踊石で落っこってんじゃん。事務所、も少し練習させとけよ。なんかこの人、正統派アイドルだってできるのに、下手にいろんな方面への「個性」があるものだから、どう売ったらいいのかわかんなくなってて、損してる気がするねえ。そういう子には、特撮ヒロインやらせりゃいいのよ(^o^)。 けど、今回恐れ入ったのは、C.C.ガールズの森洋子と水野裕子。森洋子は第3ステージまで、水野裕子はラストステージまで行っちゃうんだから、彼女たちの実力は本物だろう。いや、円柱渡とか、崩れたバランスを即座に戻してるとこ見ると、確かに二人ともバランス感覚がスゴイぞ、こりゃヤラセでもCGでもない(^o^)ってのがわかるから。 特にエントリーナンバー100、しんがりを務める水野裕子の負けん気、根性、凛々しさには、つまらんテレビバラエティ嫌いの私が、一瞬、胸を突かれて見入ってしまうくらいのオーラまでが感じられた。プレッシャーに整った顔を歪めたり、大声張り上げたりするところなんかは、アイドルとして見た場合、マイナス要因とも言えるのだが、それ以上に、彼女が全身で表現している「やってやる!」というエナジーが、見る者を感動に巻きこんでいくのである。下手をしたら『SASUKE』の色物バージョンとしてしか見られかねない危険のあった『KUNOICHI』を立派な一つのスポーツショーとして見せられている功労者が水野裕子なんじゃなかろうか。 ああ、こういう人こそ特撮ヒロインに抜擢して……って、そればっかりかい(^_^;)。そうだよなあ、日曜朝の特撮番組になかなか乗り切れないのも「なんでこの役者使ってんだ」ってコンセプトの見えない部分が大きいからなんだよなあ。
『トリビアの泉スペシャル』、10分延長の拡大版だけれども、特にネタが増えた印象がない。 つかねえ、今回の「種」なんか、凄い不快感感じるんだけど。 動く歩道を一流のスプリンターが走ったら、どのくらい速くなるものなのか? という実験なんだけど、そのためにわざわざ連れて来てるのがベン・ジョンソンなんだよ。正直な話、私はこの結果が出たとして、それがどういうトリビアと認定されるのかが全く理解できないし、そもそも番組スタッフが何をしたいのかも分らない。 「動く歩道」なんて、あんな走るのに全く適してない場所を走らせたところで、記録が出るはずがないなんてことは初めから解りきってる(トリビアの種に送ってきた投稿者もドアホウだ)。スタッフだって、仮に好記録が出たとしても、それが記録としては何の意味もないことは承知の上でやってるんだろう。わざわざ一流のスプリンターを呼んで走らせて、「ホラ、記録は出ませんでした」って笑いたいんだったら、最初から「冗談がわかる」人に依頼しないとシャレにならない。 ベン・ジョンソンは40歳になろうとする今もなお陸上復帰を夢見てトレーニングを続けているとか。そんなの無理だよと誰もが思ってはいても、かつての彼にまつわる出来事を思い返せば、そう簡単にそのことは口に出せまい。そんな彼にこんな「冗談企画」を持ちこんだ時点で充分シツレイだとは思うのだけれど、もしも彼が「本気で」記録を出すつもりだったとしたら、スタッフは彼にとてつもなく酷い仕打ちをしたということにはならないか。それとも金メダルを剥奪されるようなやつには何をしてもいいって言いたいのか? 結果、ベン・ジョンソンは、動く歩道の上100メートルを、10秒越えて走ったのだが(それだけでもトシを考えれば充分スゴイのだが)、記録を見たあとで「ここじゃなきゃもっと速く走れた」といかにも悔しそうに呟いていた。その様子を見る限り、やはりマジメに記録を出してやろうと思っていたんじゃないかという気がどうしてもしてしまう。会場はねえ、それ聞いて笑ってたけどさ(笑い屋さんかもしれないが)、「笑いものにしよう」という意図がミエミエのシチュエーションで、あえて笑えるものか? こういうのを、悪趣味とギャグセンスを混同してるってんだよ。 タモリはこの「トリビアの種」に「満開」をあげていた。気休めにもならないだろうけれど、せめてそれくらいはしてあげないと、って気持ちになっちゃうよね、ホントに。
特撮ネタ、アニメネタはマニアの突っ込みが激しいからなのか、最近はあまり目立たなくなった。「ウルトラマンと仮面ライダーは握手したことがある」ってのも今更なネタだけれども、これがトリビアとして通用するということは、オタクがいくら一般人化しつつあるとは言っても、世間知から言えば「そんなもん見てるやつはヘン」と思われてるってことでもあるのだ。つか、イタいオタクって、知識が偏ってるだけなんだけどね。「アニメや特撮のことに詳しい」人と、「アニメや特撮のことしか知らない」人とじゃ、そりゃナカミが違って当然。 でも、『ウルトラマン』も『仮面ライダー』も、実作品を満足に見たことない人が一杯いるってこともやはり淋しいもんなのである。他になんか熱中してることがあるんならともかくも、それが例えば「野球」だけだったりすると、なんかもうこの人とは何をフックにしてコミュニケーションを取ればいいのか、と暗澹たる気持ちになるしなあ。
今回一番面白かったトリビアは「『しばらくお待ちください』は地方局によって謝り方が違う」で、実際に全国ネットのそのテロップ映像を全部流したこと。これはもう、見ようったって見られないものばかりだから、こうしてまとめて紹介されると「圧巻」の一語に尽きる。「へぇの本」の第4弾が出た時には、これはぜひ見開きで、デザインがハッキリ判るように紹介してほしいね。フジテレビ以外の系列局のも知りたいけどそれはさすがに無理だろうな。
こういう「地方もの」が『トリビアの泉』の中で一番面白いってのは、結局、他のトリビアが「知の切り取り方」としては下手だからなんである。やっぱ「へぇ」で終わる程度じゃ面白くないんだよね。補足トリビアがもう少し充実してくれればそのへんは大分解消されると思うんだけれども。「大相撲の力士は本場所中全員まわしを洗わない」というのも、理由は? ということのほうが気になる。補足トリビアで、インタビューを取るのならそこまで聞いてほしいんだけど、「臭くないです」で終わりだからなあ(ホントは相当臭いらしい)。 ゲンかつぎなのかと思って調べてみたら、「絹製のマワシは洗濯するとすぐ柔らかくなってしまって使い物にならなくなるから」というのが正解のよう。もっとも力士一人一人はそんな疑問も持たずにただ「習慣として」洗わなくなっちゃってるようだけれども(^_^;)。
マンガ、奥田ひとし『新天地無用!魎皇鬼』5巻(角川書店/角川コミックスドラゴンJr.・588円)。 何か気がつかん間に掲載誌が「ドラゴンジュニア」から「ドラゴンエイジ」に移行してたのである。いやもう全てのマンガ雑誌のチェックなんてしてらんねーんだってば。だいたい勘違いしてる人も多いんだけども、私がこれこれこういうものを読んでますよ、ってご披露してるのは知識をひけらかしてるつもりじゃなくて、これこれこの程度しかモノを知らん人間だから、他のネタ振られても困りますよって意志表示してるだけなんである。その点で私のことを「すごいですねえ」と言って下さる人も、「知ったかぶりめ」とけなしてる人も、文意が読めてない点では同じなのだ。ちゃんと何度も書いてるのになあ。人はホントに自分の思いたいようにしかモノを思わない。 かと言って、『天地』シリーズについて色々振られても困る点では、やっぱり同じなのである。前の第2期OVAシリーズからもう8年、第1期シリーズの内容も、既に記憶の彼方にスッとんじゃってるのよ(^_^;)。なんたって最初のOVAを、私は近辺では箱崎に1軒しかなかった「レンタルLD」で借りて見ているのである。一体いつの時代の話だ。 だもんで、作中に「遥照」って名前が出て来ても、「それ誰だったっけ? ああ、天地の親父さんか」と、思い出すのに時間がかかるのだ。テレビシリーズに付いて行けなくなってきたのもトシのせいなんだろうなあ。『新天地』の途中まではなんとか追いついてたんだけれども、『GXP』はもう深夜枠だったこともあって見られなくなってしまった。 それどころか、一番好きだった「鷲羽」の声優さんの名前がすぐに出てこないのである。魎呼の折笠愛も、阿重霞の高田由美も、砂沙美の横山智佐も、美星の水谷優子もスラッと出て来るのに、「小林優子」だけがブラックボックスに入り込んじゃってるのはなぜなのか。昔のイベントでも、前記の4人の露出は多かったけど、小林さんは控え目だったのが原因になってるのだろうか。 まあ、それはそれとして、今巻の白眉は何と言っても34話「餐」の寿司グルメ合戦であろう(異論却下)。こんなとこにも「トリビア」の影響は見て取れるが、「なぜ寿司は二貫ずつ出すのか」について、「江戸時代当時、オニギリ大だったのを半分に切ったのが始まり」、とか最初はマトモなウンチク披露の話だったのが、いつの間にか「キュウリに蜂蜜をかけるとメロン味になる」とかどんどん胡乱な方向にズレて行く。 「プリンに醤油をかけるとウニの味になる」 「味噌汁に牛乳入れるとバター味になる」 「バナナにマヨネーズをかけるとメロン味」 「イカ刺しにポカリスエットをかけるとナタデココ味」 「酢メシに生卵とコーラを混ぜると旨い」 「ウニに納豆とアイスクリームを混ぜて……」 誰かためしてみなさい(^o^)。 なんかもう別に『天地無用』でやらんでもい〜ような話になっちゃってはいますが、面白ければいいのである。
マンガ、堂高しげる『全日本妹選手権!!』5巻(講談社/アッパーズKC・540円)。 まあこのマンガについてはもうあまり細かいことは言いたくないのであるが(いやまあ面白すぎるからなんだけどね♪)。新キャラに関しては特に「触れてはいけない」と私の背後霊が囁いてるのでパス(^o^)。 「世間で叩かれがちなものを弁護しまくってあげる」っての、これまでの地雷踏みまくりネタを逆手に取っての堂高さんの大逆襲という感じで今巻抜群の面白さを誇っており、でもやっぱり地雷は踏みまくっているのであるが(^_^;)、やっぱり「○かほ○さと○」を嫌ってるオタクって多いんだなあと再確認。 実際、悪口しか聞かんのに未だに需要があるというのはやはりどこかにファンがいるんだろうけれども、見るからに頭悪そうな中坊でも、やっぱり「あ○○りはねえ」とか言ってんの、よく耳にしてるんだぞ。どこにいるんだファン。 で、あ○ほ○さんをどう誉めているかと言うと、「エンタテインメントに徹せられるのはすばらしい」。……えー、やっぱリコメントは避けます。 更には何をどう俎上に上げているか、あとのネタをちょっと列挙してみよう。
「○崎アニメの声優」→「自然な演技のスキルを持った人を抜擢するのは必然」 「アイドル声優」→「人間美しいに越したことはない」 「○原めぐみ」→「どんな役でもこなす技巧派」 「ガンダ○シー○」→「『サイバーフォーミュラ』はよかった」 「子安のアレ」→「女子中高生の妄想をあおる術を熟知して(以下略)」 「声優使った特撮」→「本家の特撮の俳優も昔からあんなもん」 「○渕裕」→「社会現象まで起こしたもんね、『エヴァンゲリオン』」 「自分の漫画のエロ同人誌出してる漫画家」→「(省略)」
誉めてるなあ(^o^)。いやもう、オモテで語れるネタとしてはこれがギリギリの線なのだろうなあ。 でも、「宮○アニメの声優」についてはちょっと異論がある。確かに『もののけ姫』のアレとアレとかがひどすぎたんで、どうしてもマイナスで見られる傾向があるのは納得するんだけれども、みんながみんなハズレってワケでもないでしょ。『もののけ』で言えば、西村雅彦や美輪明宏はちゃんと評価しないとイカンと思うんだがねえ。アニメ出身だろうが、実写出身だろうが、要するに役者としてその映画にハマッてるかどうかってのを判断しないと結局はただの印象批評にしかならんのである。例えば、『となりのトトロ』のメイちゃんは坂本千夏でいいけれども、『火垂るの墓』の節子は“当時の”白石綾乃ちゃんでないといけないってのは、そもそも作品の「質」が違うから、ってことなんだよ。 前にも書いたことあると思うが、「結局有名俳優を使うのは、客寄せのためじゃないか」って批判を一蹴できるのは、『カリオストロの城』の頃から、宮崎さんだけじゃなくて大塚康生さんも含めて、「演出家としては」、アニメ声優の誇張されすぎた演技がイヤでレギュラー声優を変えたがっていたことを指摘しとけば事足りるのだ。クラリスやカリオストロ伯爵に、当時は声優専門ではなかった島本須美や石田太郎を起用したことまで否定するかねえ? も一つ言えばよ、ただ客寄せのためなら、サンやアシタカにあの人たちを使わんでもジャニーズ系の人選んだ方が得策でしょうに。アレで客寄せになると判断する感覚がもう、オタクの平常感覚が偏ってることを逆証明してるんである。それで言うなら、小宮悦子やらイザムやらをゲストに呼んだ『クレヨンしんちゃん』のほうがよっぽど「客寄せ」に熱心じゃん。批判と難癖の違いくらいはハッキリさせてよね。 オタクがさあ、林○めぐみの小器用さがイヤだって言うなら、○崎さんの声優起用の仕方には賛成してもよさそうなんだが、なぜか批判の声が大きいのは、「苦楽を共にしてきた仲間が有名になったことへのやっかみ」に近い感覚があるようで、なんかちょっとウジウジし過ぎてんじゃないかって思うんである。
2002年09月24日(火) チチに弱い男ばかりじゃねーぞ/『アフター0 著者再編集版』3・4巻(岡崎二郎)ほか 2001年09月24日(月) 荒らしを起こして♪/DVD『マジンカイザー』1巻/『KUNIE』1巻(ゆうきまさみ)ほか 2000年09月24日(日) ○○と○○はどちらが臭いか…汚ねえな/『いつも美空』1巻(あだち充)ほか
| 2003年09月23日(火) |
お盛んな大阪/映画『總篇 佐々木小次郎』/『Q.E.D. 証明終了』16巻(加藤元浩)/『魁!! クロマティ高校』7巻(野中英次)ほか |
昨22日に行われた大阪府の緊急アンケートで、道頓堀川への飛び込みに、大阪人の83%が否定的、との結果が出たそうな。 なんだ、結構大阪人も良識ある人って多いんじゃん、とウッカリ思ってしまいそうな数字であるが、果たして残り17%の中に「賛成」者がどの程度いるものなのか。仮に10%だとすれば、それはいったい「何人」くらいになるのか。 9月1日現在の大阪府の人口は、8,831,220人。ということはその10%は、883,122人ということになる。これ、全然少ない人数とは言えないと思うんですけど(^_^;)。そりゃ六千人くらいは飛び込むわなあ。 街中で石を投げれば、10人に一人の確率で「そういう人」に当たっちゃう可能性が高いのである。やっぱり今の時期の大阪には行きたくねえなあ、という判断は当たってんじゃないかと思うが。
休日だけれど、終日無為。 昨日から体調を崩しているので、午前中はずっと爆睡。CS時代劇チャンネルで阪東妻三郎特集をやっていたので見るつもりだったのだが果たせず。 11児にようやく起きて、カレーライスを作る。「こくまろカレー」に焼肉のタレを混ぜて炒める。これがコクの上にコクが出ていいんだって。具は鶏肉のほかに、タマネギ、人参、ジャガイモのセット売りをそのまま使用。でも人参がちょっと古くなってへにゃっとしてたのは失敗(^_^;)。 まあ、ルーの出来は悪くなかったので食えないことはない。しげにもまあまあ好評であった。
昼からCS時代激専門チャンネルで『總篇 佐々木小次郎』(1951=東宝)。 大谷友右衛門(後の中村雀右衛門)の映画出演第1作で、時代劇の名匠・稲垣弘が監督に当たっている。武蔵ではなく小次郎にスポットを当てた原作は村上元三で、脚本にも一枚噛んでいる。もっとも武蔵以上に素性の分からぬ小次郎のことだから、実在人物とは言ってもその物語は殆ど創作である。巌流島対決で小次郎が死ぬことは観客には分かっているのだから、どうしても小次郎の言動に悲壮感が漂ってしまい、モノクロ映像も相俟ってか、映画のトーンが暗く沈んだ感じになってしまうのは否めない。しかも、6時間弱の三部作を一本にまとめてるものだから、どうしてもダイジェスト的な印象が強く、三船敏郎の武蔵がチョイ役にしか見えないのも残念である。
続けて、本作の同監督によるカラー版リメイク『佐々木小次郎 前編・風雲大阪城/後編・決闘巌流島』(1967=東宝)。 これも四代目尾上菊之助(現・菊五郎)の映画デビュー作。稲垣監督、歌舞伎役者の若手を小次郎に起用するという伝統でも作りたかったんだろうか。話は前のと同じなんだけれども、尾上菊之助の方が大谷友右衛門より「やんちゃ」な印象を受ける。こっちの武蔵は仲代達矢だけれども、影が薄いのは前作同様。小次郎の履歴を描写しようとするあまり、ライバルを軽んじちゃった印象がある。まあこのへんが吉川英治と村上元三の腕前の差ってことになろうか。
夕方、起き出して、ちょっとだけ日記を更新。休日こそ一気に一週間分くらい更新したいんだけれどそれがどうにもままならないのは、やっぱりこれも書いとこう、あれも書いとこうと欲が出るからである。 もっとサラッといかんものかと自分でも思っちゃいるのだが。
夜は民放で映画『ピンポン』をやってたのを見る。未だに原作マンガの方は完読してないのだが(買うこた買った)、松本大洋のコマ運びにはまだちょっと馴れないでいる。ひとコマひとコマが独立した静止画のような印象を受けてるもので、物語の「流れ」を掴みにくい。 映画にそういう「静止画」を持ちこむことはかえって困難なので(持ちこんでる部分はかえって失敗している)、私には映画の方がずっと「流れ」を感じることができた。批判喧しい窪塚洋介についても、演技がどうのより、役者本人に対する嫌悪感のほうが先に立ってるような感想も多いし、そういう偏見抜きにして、これはやっぱり「面白い」映画の一本だと思うんである。
マンガ、加藤元浩『Q.E.D. 証明終了』16巻(講談社/月刊少年マガジンコミックス・410円)。 『サクラ サクラ』と『死者の涙』の2本を収録。 シリーズも巻数を重ねてきてるからなのか、「異色」なエピソードが増えてきてる印象。 『サクラ サクラ』は殺人もなければ誘拐もない。事件らしい事件もない。佐藤春夫の『家常茶飯』のような、基本的にはただの「失せもの探し」の話である。こういうのを他愛ないと切って捨てる読者もいるだろうが、「日常の謎」を描けることこそが、その作家に本当に実力が備わっている証拠なのである。「闇の中でも文字が読める」ネタに、「はは〜ん」と気づく人も多いと思うけど、この話の眼目は更に「そのあと」にあるのだから、そこで即断してこの話を侮ってはならないのである。それにただの物探しの話じゃなくて、今回は燈馬想が完全に「安楽椅子探偵」に徹してる点にも注目しておくべきだろう。 ちょっとラブコメ要素が入ってるのはまあ、ご愛嬌ということで(^o^)。 『死者の涙』には、ちょい怪奇ミステリの要素あり。タイトルは比喩でもなんでもなく、“本当に”死者が涙を流す話なのである。別にそこに「トリック」はありません(このへんはネタバレの範囲外だし、この手のミステリに不慣れな人は予め知っといたほうがいいだろうと思うんで書いときます)。これもカーの『火刑法廷』ほか、「そういうミステリの系譜がある」ことを知ってないと、多分「んなことあるワケないじゃん」と突っ込んでしまう読者もいるだろうね。 つまり今回は二作ともすげえ「マニア受け」な話なんで(いつもそうだけど)、こんなん描いてお客さん付いて来れるんかいな、という心配が少しばかりしないでもない。けれどそのマニア性をそれと感じさせることなく、エンタテインメントなマンガとして成立させている点に加藤さんの非凡さがあると言えるのである。何度も書いてるけど、『探偵学園Q』とか『名探偵コナン』とか読んで感心してるようじゃ、ミステリの奥深さは全然味わえないってことなんですよ。
マンガ、野中英次『魁!! クロマティ高校』7巻(講談社/少年マガジンコミックス・410円)。 今度は「悲願熱涙編」(by『空手バカ一代』)です。この「〜編」ってのもいくらでもネタありそうなワリにもう随分マイナーなの選んできてるねえ。内容とはほぼ全く全然というほど関係ないのが常だけど、表紙のキャラが北斗武士だと、何となく意味ありげには見えるからフシギ(^o^)。 中身は相変わらずで、いったいこれは面白いんだかつまらないんだか分らないセンスでぶっ飛ばしてますねえ。もうゴリラの絵がヘタでヘタで。これじゃイエティだよ(^_^;)。いやそんなことが言いたいわけじゃなくて。 関係ないけど「ジェットコースターでは両手を上げる」なんてお約束、あったの?
2002年09月23日(月) なんだかいろいろ/『一番湯のカナタ』1巻(椎名高志)/DVD『ハレのちグゥ デラックス』第2巻/舞台『天神薪能』ほか 2001年09月23日(日) 行間を読んでね/映画『ラッシュアワー2』&『ファイナルファンタジー』 2000年09月23日(土) 昼寝とDVD三昧の一日/映画『スリーピー・ホロウ』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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