無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年09月23日(月) なんだかいろいろ/『一番湯のカナタ』1巻(椎名高志)/DVD『ハレのちグゥ デラックス』第2巻/舞台『天神薪能』ほか

 9/22の続き。

 DVD『羅生門』デラックス版。
 いやもう、特典映像がすごいすごい。野上照代のコメンタリーを初めとして、今生きてる当時のスタッフのインタビュー、NHKスペシャルの『キャメラも芝居するんや』(撮影の宮川一夫のドキュメンタリー)と、これならン万円払った価値があろうってもの。
 もちろん特典がすごくたって、映像が悪けりゃしょうがないんだが、モノクロのコントラストが見事で、これが五十年前の映画か、と見紛うばかり。以前見たテレビ放映の時のや、リバイバルで劇場で見た時のより数弾優れている。
 日本語字幕がつくのも嬉しい。これは多分難聴の人のためにあるんだろうけど、もともと音声が割れ気味で聴き取りにくいんで、字面で確かめられるのは助かる。仮にちゃんと聞き取れたとしても、若い人には「検非違使」なんて、耳で聞いただけじゃなんだか分らないけど、漢字で出してくれてるから、辞書で調べられるだろう。
 音声の裏ばなしで言えば、東宝の火事でネガテープが失われ、急遽一部だけ録音しなおしたこと、そのセリフだけ音質が変わってしまっていたこと、今回のインタビューの中で明かされてたけど、それ、昔見た時、気づいてたわ。真砂が夫が縛られてるのを見て多襄丸に襲いかかるシーン、「俺はこんな気性の激しい女は見たことがない」というセリフ、ここだけ聞き取りやすいんである(^o^)。
 どうやら目と違って、耳は結構いいらしいな、私。


 東京のこうたろうくんから、「また東京に遊びに来ないかい?」と手紙が来ていたので電話をかける。
 今週は私もいろいろ舞台を見に行く予定があるし、飛行機の切符が取れるかどうか分らないから、とりあえずこうたろうくんと日程が合うかどうか、確認のためだったが、今週中はまだ無理っぽい。
 来月に入ったら行けるかもしれないが、そのときまで私の財布が持つかどうかの問題もある。しげは仕事が目一杯入ってるから、ちょっと厳しい。
 けど行きたいんだよな〜、豊島区のミステリー文学資料館で、横溝正史の『八つ墓村』の生原稿を来月12日まで展示してるんである。日曜休館だってことだから土曜に行くしかないけど、どうしても日帰りか、土曜に行って日曜の朝に帰る強行軍になっちゃうしなあ。
 二、三日うちに結論出さないとなあ。


 マンガ、椎名高志『一番湯のカナタ』1巻(小学館/少年サンデーコミックス・410円)。
 地球に亡命して来た星の王子様・カナタさまご一行が居候することになったのは、なんと潰れかけた銭湯・星の湯。跡取り息子のリョウは、大迷惑を被りつつも、持ち前の義侠心から、どうしてもカナタたちを見捨てることができない。そうこうしているうちに、王子様を追って、反乱者の刺客が地球に来襲し始めて事態は笑いごっちゃない展開に……って設定は、こないだ読んだあろひろしの『みこと日記』と似たようなものだけれど、椎名さんのほうが格段にマンガのテクニックが上手い。精進してる人間と、パクリをパクリとも思わない人間との違いが表れちゃってんだなあ。
 もちろん、椎名さんの設定だって、藤子・F・不二雄の『ウメ星デンカ』が下敷きにあることは明らかなんだけれど(口うるさいお目付けもいるしな)、やっぱりアレンジは加えてるんである。絵の構図までパクってる(でもその自覚はないらしい)あろさんとは比較にならない。
 それに、椎名さんは同様の設定で『ゴリガン』という短編を一度発表している。それを叩き台にして内容を換骨奪胎、更に面白くするためにキャラクターも増やしてるが、決して日常性と非日常性とのバランスが崩れて読みにくくなるような愚は避けている。例えば主人公の幼馴染の彼女は両作に共通して登場するが、あろさんの作品では怪力バカでドラマの邪魔にしかなってなかったけれど、本作のサヤカはボケをかましつつも、しっかりカナタたちが地球に受け入れられる素地を作る役割を果たしてるんである。
 キャラはやっぱり作りっぱなしじゃダメだね、ドラマに関わらせなきゃ、って当たり前のことなんだけれど。前回の『MISTERジパング』がやや不発気味だっただけに、今回はぜひとも長く続けてほしいもんである。ついでに『乱波SS』の続きもできたら。



 というわけで、ここからが23日の分。
 けど結構いろんなことがあったんで、凝縮して書かないと、またハミ出ちゃうな(^_^;)。

 北朝鮮拉致事件で最後に身元確認された曽我ひとみさんが、日朝首脳会談当日、外務省幹部との面談を「会いたくない」と断っていたとか。拉致議連の平沢勝栄議員は「本人の意思であるわけがない。言わされたに決まっている」と断言したようだが、何を根拠のモノイイかなあ。
 もちろん、北朝鮮側に言わされた可能性も否定はできないが、今まで生存していられたってことは、北朝鮮の工作員として働いてたってことなんである。アンタ、祖国を裏切って、なおかつ肉親に堂々と会えるものかね。世論は「拉致被害者を返せ」と単純な論調に終始してるが、実は生存者は既に洗脳され、被害者から加害者になってる可能性だってあるのである。帰国して、スパイ活動をしないと断言できるものかどうか。
 みんな忘れてるはずはないんだけど、「李恩恵」とされる日本人女性、田口八重子さんが死んだのは、まず間違いなく大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫・元工作員の教育係だったことがバレたからでしょう。
 ある意味、曽我ひとみさんが、「会いたくない」と言っている、というのは、北朝鮮が今後日本に対して非合法活動、敵対行動を取らない、と意志表示しているという意味でもあるのである。生存者がみんながみんな、「喜んで帰国したい」と言い出したら、そのときの方がよっぽど事態は危ういと見たほうがいい。
 そのことをマスコミだって気づいてるくせに、どうしてまた「感動の再会」を演出しようなんて姑息なこと考えてやがるのだ。政治に人情の問題をはさんだらどれだけ危険か、考えたことはないのか。
 「拉致被害者は帰らない方がいい」という意見が、家族の方々に対して厳しいモノイイだということは分るが、現実というのはそういうものである。たとえ国交が正常化しようが、真の解決などはありえない、という事実を、批評家でも芸能人でも誰でもいいから、テレビでちゃんと語ってくれよ。


 自民党の野中広務元幹事長、訪問先の中国で曽慶紅・中国共産党組織部長と会談したときに、「机をたたいて交渉していた時、既に6人が亡くなっていたかと思うと、無念で、言葉もない」と語る。
 さて、これが自らの「無能」を自覚した言葉なら、政治家にしては珍しく誠実な発言だけれど、それはまずあるまい。ある程度気づいてたのにウソついてるのか、それとも、ただの自己弁護なのか。
 曽氏が「中国は(北朝鮮の犯罪と)知らなかった」と嘘八百を堂々と並べ立ててることから判断しても、多分、野中さんは中国と北朝鮮の手にマンマと乗せられちゃってて、本気では動いてなかった、あるいは動き方がわからなかったと見るのが妥当なとこだろう。まあ、ここで曽氏がバカ正直に「スマン、実は知ってたけどオマエには言わなかった」なんて謝るわけないんだけど。
 そんなことにも気づかず、ここで曽氏を追求できないところが、やっぱりこの人が無能である証拠。騙される人間はどこまでいっても騙されるのだ。
 だから「騙されるやつが悪いんだよ」なんて霧島美穂みたいなこと嘯くやつが増えるのだ。
 もっとも、今更日本の政治家を批判したってしょうがないのよ、所詮そんなのは無意味な内紛なんだし。マスコミは、も一つ、北朝鮮の犯罪に中国がいかに後方支援したかを暴露していかなきゃならんはずだが、おそらくそんな発想はないんだろうな。弱腰だけならまだしも、バカってのは始末に負えない。
 政治家の批判はそれはそれでしていいんだけど、一番の批判の標的がどこなのか、忘れないでほしいもんだ。


 DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ デラックス』第2巻「ちょっとまってマリィたん/第二回」の2話。
 サブタイトルに“illusion”と付いてるのはやっぱりこの話が全部グゥに食われたハレの見てる夢ってことだからだろうか。
 それはともかく、なんだかテレビシリーズよりどんどんギャグが過激かつオタクっぽくなっていくように思えるんだが、放送コードがなくなってスタッフ暴走してるのかな。ベルの鼻血もテレビシリーズより三倍増し(当社比較。ってどこや)って印象だし。
 原作マンガ自体が相当オタク度は高いんだけれども、マリィがネコ耳少女のコスプレ(顔まで「でじこ」になってちゃ、既にコスプレとは言わんが)するだけならともかく、トラジマビキニ娘や太正浪漫キモノ娘やああっ女神さまの妹まで全くアレンジせずにそのまんま出すのは、これは既に著作権への「挑戦」ではなかろうか(^_^;)。あくまで「コスプレ」と言い張るつもりなんだろうけれども。
 もともと『クレヨンしんちゃん』作ってたころから、『鉄骨しんちゃん』だの『ターミネーター』だの、気がついたら濃いオタクネタをぶちかましてくれてたシンエイ動画だから、これくらいは普通なのかも知れない(更に古いこと言えば、『ドラえもん』のころから『ウエストサイド物語』のパロやったり、『こち亀』より10年以上早く『そのうちなんとかなるだろう』を本編中で歌わせたりしている。しかもママに)。
 原作の都会編をテレビシリーズではほとんどはしょっちゃったせいで、マリィとリタの恋のさやあてのエピソードが割愛されちゃったのはなんとも残念なのだけれど、ここ数年のギャグアニメとして出色の出来なのは間違いない。エンディングが特にキテて、脳内麻薬だだ盛れアニメになってるので、うなされたい人は寝る前にどうぞ。


 実は昨日が父の誕生日だった。
 しげも九月生まれだし、なんだか知り合いに九月度高いっつーか、乙女座度高いんだけど、何か私には乙女座の呪いでもかかってるんだろうか。
 父もとうに赤いちゃんちゃんこのトシも過ぎて、そろそろ平均寿命に近づいてきてるんだが、「もうダメだ」と言いつつ未だに仕事を引退しない。職人はやっぱり死ぬまで職人だってことかな。
 昨日は何かプレゼントを買って持っていこうかと思ってたのだが、しげが睡眠を優先したので断念。夕方から芝居を見に行くついでに天神コアでショルダーバッグとペットボトルのホルダーを買う。色はしげの趣味でどちらも黒。
 「父ちゃん、トシヨリだけど心は若いから若者向けの方がいいよね」とはしげの言。ある程度はそうだろうが、かと言ってあまり流行の最先端を行くようなファッションのものは身に付けても貰えないと思う。程よくシックな方が父も喜ぶだろう。父がペットボトルを持ち歩くかどうか、やや疑問ではあるが、あればあったで使いそうな気もする。そのへん、博多の人間と言うのは「おおまん」(「適当」ってことです。ヘンな意味はない)である。
 二つ合わせて七千円ぽっちというのは親へのプレゼントとしてはケチ臭いが、高いもの買っても「無駄遣いしやがって」とか、かえって悪態つかれちゃうからこのへんが妥当なところだ。高いばかりで役に立たない置物の類より、安かろうが使えるもののほうがいいやな。

 コアの8階、グルメパークの「さぼてん」でアスパラ巻き定食。
 とんかつ屋に入っても野菜中心のメニューを頼んでしまうのは、また少し太りギミだから。また少し本気でダイエットせねば、糖尿もヤバいが、足が自重を支え切れずに捻挫しそうなんである(^_^;)。やっぱりなんとか80キロ切らないとなあ。
 

 コアの屋上で、『天神薪能』鑑賞。
 演目は舞囃子「八島」、狂言「棒縛」、能「船弁慶」。
 街のどまん中で『薪能』というのは面白い試みだったが、正直なところ企画倒れである。
 まず、ビルの空調の室外機がゴウゴウ鳴り響いていて、半端なうるささじゃない。演者の方々は挨拶で「この音が波の音に聞こえれば」とか言ってたが、単調な機械音をそんな風に好意的に聞いてやらなきゃならないギリはない。結局、音声はマイクに頼らざるをえないが、自然との一体化を図る能のあり方として根本的に間違ってやしないか。
 いや、音より何より、流れてくるサバの味噌煮や何やらのマリネの匂いが臭いのなんの。波にドレッシングの匂いがあるかって。
 更に腹が立つのは照明である。
 事前に観客にはパンフレットで謡曲が配られるのだが(現代語訳までつけてある親切なもの)、客が公演中ずっと舞台見ずにこれ見てんのよ。で、その客のためなのか、公演が始まっても街灯型の照明を点けっぱなし。……薪能の意味ないじゃんかよ。
 いくらセリフの意味が分らないからって、例えば外人アーティストのコンサートで歌詞カード見ながら舞台見るやついるかよ。客もバカなら、それに迎合するスタッフはなんなんだ……とか思ってたら、狂言が終わった時点で、照明が消えた。
 単なる消し忘れかい!凸(`△´+)!

 『棒縛』、主人が所用で家を空ける間、使用人が酒を盗まぬかと、太郎冠者と次郎冠者を棒にカカシのように縛りつける。しかし、気転を利かした二人、器用に酒を飲んでしまう。すっかり酔っ払ってるところに帰ってきた主人、怒って二人を打擲しようとするが、逆に追い立てられる。
 演者の所作にキレがあれば当然笑える芝居なのだが、みんなトシヨリでただひたすら退屈。なんで二人で7千7百円も払って旦那芝居見せられなきゃならんのだ。いや、払ったのはしげだけど。そのかわり、しあさってのオペレッタは私が払ったんだからいいのだ。

 『船弁慶』、源義経は、兄頼朝との不和から、都落ちすることになり、静御前と涙の別れをする。義経の前途の幸を祈って、舞う静。
 海上に出ると、義経を狙って現れる平知盛の怨霊。しかし武蔵坊弁慶が折伏し、これを鎮める。
 これが主演目だけあって、一応、見られることは見られる。
 けれど、決して名演と言えるほどの所作ではないし、やはり街灯は消しても舞台上は脇からライトが当たっていて、能面には篝火の陰影一つ表れない。これで「薪能」だなんて、詐欺じゃないのか。
 後ろの席にいたご夫婦、「期待し過ぎたかな」と落胆されていたが、満足して帰った客なんて一人もいないんじゃないか。おそらく、この場所で薪能が開かれることは今後はなかろうし、あったとしても、今日来た客は二度と来ないだろう。
 主催は西日本新聞とRKBだそうだが、企画段階でこれだけ劣悪な環境だってこと、知ってたのかどうか。

 しげは「俺に能って合わないのかなあ」とか言ってたが、そんなことはないぞ。今回は企画が杜撰だったのだ。演者がシロウトだったのだ。本物の能はこんなものじゃない。野村萬斎を見ていればそれは分る。プロ中のプロと比較しちゃ悪いかもしれないが、あの人の芸はやはり傑出しているのだ。
 萬斎さんの来福公演のチラシがパンフレットに挟んであったので、これを見に行こうか、と話をするが、期日を見ると、丁度オタクアミーゴスの公演日。……間が悪いなあ。 


 マンガ、中津賢也『桃色サバス』2・3巻(少年画報社文庫・各620円)。
 2巻でカゴメの妹・ヘキサが登場するあたりまではよかったが、3巻で番外編「西遊記」をやったり、外伝で美少女雀士イーピンゴッデスが出てくるあたりでもう話はわやくちゃの大暴走。作者自身が登場して、「世界観が壊れる」とあせって見せるが、そんなもんもともとたいしてなかったろうが。
 もちろんこういう暴走は大歓迎。
 崇高なテーマなんぞクソくらえ、カゴメもマユもヘキサもみんな脱ぎまくれ! ってのがこのマンガのコンセプトだったはずなのに、この手のマンガによくある、感動話を時々盛り込もうとする悪いクセが出て来てるんだよねー。とり・みきでさえ、つい『クルクルくりん』で一回だけやってしまった。でも中津さんがそれやってもヘタなだけだよ。
 カゴメがいなくなるかも、なんて話、ありがち過ぎ。世代的には『うる星』の「君去りし後」なんかの二番煎じと見られても仕方がない。そういう話の方が妄想型のオタクには受けるのかもしれないけれど、そんなの描いててた中津さんは楽しかったのだろうか。
 やっぱり中津さんはエロとエロとエロいギャグを描くのが一番本領を発揮できると思うんだけど、案外本人は自分の資質に気がついていないのかもなあ。

2001年09月23日(日) 行間を読んでね/映画『ラッシュアワー2』&『ファイナルファンタジー』
2000年09月23日(土) 昼寝とDVD三昧の一日/映画『スリーピー・ホロウ』ほか



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