無責任賛歌
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記
| 2003年02月09日(日) |
見た、読んだ、食った、太った(^_^;)/映画『今宵ひと夜を』/『仮面ライダーSPIRITS』4巻(石ノ森章太郎・村枝賢一)ほか |
またもや寝過ごして、日曜の朝のアニメその他の番組を見られなかった。 仕方なく(と言うのもヘンだが)、CS日本映画専門チャンネル(長いなあ、省略した呼び方はないものか)『今宵ひと夜を』を見る。 昭和28(1953)年度の芸術祭参加作品、とタイトル前にクレジットが出る。記録を見ると実際の公開は翌年の2月なので、あわよくば「受賞作」という振れこみで上映したかったのが、受賞を逸しちゃったんでしょうがなく「参加作品」ということだけで売ったものか。 原作は広津和郎の『入江の町』で、昭和24(1949)年に小津安二郎が同じ広津和郎の『父と娘』を原作として、名作『晩春』を撮っているから、その顰に倣ったものか。ただ、もともと広津和郎の小説は「心境小説」と呼ばれるくらいに登場人物の内面描写に拘っているものが多く、ハッキリ言っちゃえば相当辛気臭いのである。小津安二郎も『父と娘』を「映画」にするために随分脚色をしたようだ(原作は随分前に全集か何かで読んだ記憶があるが中身は全く覚えてないのでこんな印象しか書けません)。だいたい、娘がファザコンでなかなか結婚しないってだけの話だし。逆に言えばたったこれだけの物語を見事に「映画」にしてしまった小津の天才が光っていると言えるのである。 で、驚いたのがこの『今宵ひと夜を』で、監督の千葉泰樹、まるでミニ小津とでも言いたいくらいに小津演出を踏襲……と言えば聞こえはいいが、ハッキリ言ってほとんど模倣じゃないかと言いたくなるほどによく似た画面造りをしているんである。つまり、ローアングルなカットとか、人物の真正面からの切り替えしとか(^_^;)。でもそんなことしてちゃ、受賞はちょっと難しいよねえ。 しかも主演のお美代を演じている三浦光子、宿屋の飯盛り女中役なんだけれど、ほとんど演技が蓮っ葉な芸者って感じで(当時の田舎の女中にはそんなのが多かったのかもしれないけれど)、芝居の深みで見せるって感じになっていない。真正面からこれを見せられ続けるのはちょっとキツイぞ。 それでもドラマとしては『晩春』よりこの『今宵』の方が随分複雑である。複雑と言っても、今の目で見るならやはり随分あっさりしているのだが。『入江の町』という原作は全く知らなかったが(Google検索してもヒットしない。どうやったら読めるのだ)、「寿屋」という宿屋の女中三人を主役に、それぞれの幸せを求める様を、ある者は叶えられ、ある者は裏切られ、という形で描く。彼女たちの求める「幸せ」が、結局は「男にこの境遇から連れ出してもらうこと」であるのは時代かそれとも田舎町に対する揶揄なのか。 お美代(三浦光子)は、惚れっぽい性格から、何度も男に裏切られている。今度も小泉(中村伸郎)という男にくっついて、この町を出て行ったのだが、案の定、男には本妻がいて(中村伸郎を見れば、ひと目でこいつは信用できないと分りそうなものだ……ってムリか)、傷心のうちに町に戻ってくる。ところがそこで宿の息子・清一(中山昭二!)にまた惚れるのだが、自分みたいな汚れた女が、と思いを口に出すことができない。 まだ女中を始めたばかりのお春(八千草薫)も、清一に憧れている一人だが、酔客に絡まれて逃げ出したところを清一にかくまわれ、そこで関係を持ってしまう。てっきり思いが叶ったものと喜ぶお春だが、清一はまだ学生の身、結婚などは思いも寄らない。お春との関係は、大学休みの間だけのただのアバンチュールだったのだ。休みが終わればお春のことなどうち捨てて、さっさと大学に戻ってしまう。 唯一幸せになれたのがおしま(東郷晴子)。ドサ回りにやってきた歌舞伎役者の市村右左衛門(モデルは市村羽左衛門だろうね。でも演じているのは澤村国太郎)と同じ満州帰りということで意気投合して、「迎えに来るから」という彼の言葉を信じて、ただひたすら待つ。そして本当に右左衛門はおしまを迎えにやって来るのだ。 三本立てのドラマを一気に見られるのが売り、というところだろうか。でもちょっと定番過ぎて、印象は今一つである。だもので、興味はどうしても細部に行く。 右左衛門を演じる澤村国太郎は、もちろん、長門裕之・津川雅彦のご父君である。お顔がちょうどこの息子二人を足して2で割ったようなのが面白い。 右左衛門は、東京でもかなり有名な役者であるらしいのに、戦後すぐのこととて、地方回りでもしないことには食って行けない。田舎町の方でも、別に歌舞伎役者だからと言って、崇め奉るような雰囲気はない。「東京の歌舞伎もなかなかやるじゃない」なんて言われている。今時は歌舞伎役者をステイタスのように語る人って多いけど、戦後20年くらいまでは、こんな感覚の方が普通だったんじゃないか(私見だけれど、歌舞伎役者がなにかスバラシイもののようにイメージされだしたのは、NHK大河ドラマ『源義経』(1966)で、尾上菊五郎が義経を演じたころからではなかったか。菊五郎が静御前役の藤純子と本当に結婚してしまって、当時は随分話題になったものだ)。 この右左衛門が寿屋で口上を述べているときに、廊下からその様子を宿の主人の女房であるお浜が覗いているカットがある。これ、物語としては何かの伏線になっているというわけでもなく、全く意味がないのだが、実はお浜を演じているのが澤村貞子(NHKの朝ドラ『おていちゃん』のモデル……って、これも若い人は知らない)。国太郎の妹なんである。二人が絡むシーンがほとんどないので、これはまあ、楽屋落ち的なお遊びですね。弟の加東大介も出てればもっと面白くなったろうなあ(^o^)。 それにしてもこのころの八千草薫の美しさは目を見張るほどだ。前半はもうただのオボコ娘って感じでアカンベーなんかしてるんだが、段々艶っぽくなっていくんだよなあ、これが。女は男で変わるって表現? あるいは、結局、女は不幸だってことが言いたいのかな? でも、そういう旧弊なところがこの映画の古臭いところなんだけどね。 この「女は不幸」パターンのドラマが昔はどれだけ作られてきたかってこと、現代では解りにくくなってるけれど、そう考えると、ここ20年ほどの社会情勢の変化がどれだけ激しかったかってことを実感しちゃうんだね。 チョイ役で平田昭彦、堺左千夫、清水元、柳谷寛など、東宝特撮でお馴染みの面々も出演。平田昭彦の演じているのが思想犯らしいのが時代か。
しげはいつものように練習に出かけているので、昼は、ピザカリフォルニアでキムチ丼を頼む。 たいして用事もないのに休日に外に出るのも億劫だし、美味いのでついつい頼んでしまうのだが、1500円以上頼まないと届けてくれないので、ついでにチキンだのアイスクリームだのジュースだのを一緒に頼まなきゃならないのでおカネはかかるのである。それに体重が減らないのもこれじゃ当たり前だ。 ……って、久しぶりに体重計に乗ったら83キロまで体重が戻ってたんだよん。ヤバいってこれ(ーー;)。 やはり仕事帰りにスーパーに寄って食材を買い込んでおくのが安上がりだし、栄養コントロールもできるのだが、先週はしげの時間がないということでそれができなかった。 昼間の買い物ができればなあ、外食も控えられるんだけれど、今の状況じゃ当分は無理だなあ。ウチの職場が閑古鳥が鳴くくらいにヒマになれば昼休みに外出して買い物ぐらいできるかもしれないが、その時には給料自体が出なくなっているであろう(^o^)。……シャレにならんわ。
マンガ、冨樫義博『HUNTER×HUNTER ハンターハンター』16巻(集英社/ジャンプコミックス・410円)。 前巻あたりまではまた壊れかけてたんじゃないかって印象だったけれど、少し持ち直して来たかなあ。アニメの打ち切りが随分腹立たしかったようだから、それで切れかけてたつてのはあったのかな。……というような裏事情を読者に想像させるより、マンガを面白くしてほしいと思ってるファンも多いんじゃなかろうか。 つまりはようやくゴンの父のシンの影が見えてきて、寄り道してるだけに見えていたグリードアイランド編が、重要な意味を持つんじゃないかって感じになって来たのがいい方向に進みそうな気配なんである。 この作品が『幽遊白書』と似たような構造を持ちながらもなんとか破綻せずにすんでるのは、やっぱりゴンのキャラクターがジャンプマンガの伝統に則って、ただひたすら「真っ直ぐ」だからだと思うのだ。おそらく、『幽遊』の時みたいに、「幽助は実は魔族だった」なんて、思いっきり階段からコケ落ちるような展開にだけはならないだろう。 ビスケとヒソカの「腹の探り合い」も、疑心暗鬼で病的な印象の方が強かった『レベルE』のときよりは随分「建設的」になっている。このままの調子で横道に逸れないでいてくれたら嬉しいんだけど、ヒソカの○○○○の描写とか、冨樫さんがまだまだアンバランスな精神状態でマンガ描いてるらしい様子はチラホラと見えるのである。 次巻がどうなるか分らない、というハラハラ感だけはあるか(^_^;)。
マンガ、石ノ森章太郎原作・村枝賢一漫画『仮面ライダーSPIRITS』4巻(講談社/マガジンZKC・580円)。 ついに「ゼクロス編」に突入。ファンなら先刻ご承知、早瀬マサト氏による解説にもあるけれど、テレビシリーズとしての『仮面ライダーZX(ゼクロス)』という作品は存在しない。そのあたりの事情は解説を読んでいただくとして、もしこれがテレビシリーズとして作られていたら、当然このマンガも描かれることはなかったわけで、そう考えると「ゼクロス」が幻の作品となってしまったのは、必ずしも悲しむべきことではなかったかも知れない。 なにより「暗闇大使」の圧倒的な迫力! 故・潮健児さんも、もしこのマンガを読めば「俺がもっとやりたかった!」と悔しがるんじゃないかってくらいに悪辣でブキミである。1〜3巻まで面白く読んでいながら、もうひと味がほしいな、と思っていたのが「敵の大幹部」だったのだね。さあ、果たして「地獄大使」と「暗闇大使」の関係はこれから先どう描かれるのか。本当にこの二人は「イトコ」なのか(^o^)。
夜、CS日本映画専門チャンネルで黒澤明監督の『わが青春に悔いなし』を見る。ニュープリントでの放送、というので、ふと、DVDとの比較がしたくなって、DVDをかけながらチャンネルを切り替えてみるということをやってみる。 結論を言うと、画質はDVDの方が圧倒的によい。 テレビの方では、大河内伝次郎の洋服がベタッとつぶれて影になっているところが、DVDだと布地の目までハッキリと見える。何より、DVDはフィルムのキズや汚れを極力除去している。これくらいのことをしてくれれば、DVDを買っただけの甲斐はあるというものだ。
他にも本読んだり、DVD見返したりとかしてたんだけど、量が膨大になるので省略。だから書くこと多すぎるんだってば(自業自得)。
2002年02月09日(土) ほーりつも人が作るもの/映画『まあだだよ』/『仄暗い水の底から』(鈴木光司・MEIMU)ほか 2001年02月09日(金) お姫様を探せ!/アニメ『タッチ・CROSS ROAD 風のゆくえ』ほか
| 2003年02月08日(土) |
敬三の乗る船/映画『シミキンの無敵競輪王』/『ワンピース』27巻(尾田栄一郎) |
スペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故の後追いニュース、段々矮小かしてきている。 米連邦大陪審が5日、コロンビアの地上に落下した破片を盗んだとして、窃盗罪でテキサス州東部の住民2人を起訴したとの報。 「記念」に取っておくつもりだったのか、どこぞで売りさばくつもりだったのか、事情は明かされてないが、どうせ世間の「良識派」の人たちは「人が死んだというのに、なんという不謹慎な」と怒るんだろうね。 もちろんそれは「正論」であるし、別にそういった意見自体に反駁するつもりは全くないのだが、ただ誰がどの口でそれを言うかな、とは思うんである。 みなさん相変わらず「冥福」祈りまくってますけどねー、祈ってるだけなんだよねー。チャレンジャー事故のときもみんな祈りまくってたけれど、それで何かが変わったかね。「祈り」ってのは自分で考えることを放棄してる行為でしょ? 「自分以外の誰か」に頼ってるだけだよね? イヤな言い方になるけどさ、祈ってることで事故について考えることをやめちゃう人がほとんどだったんじゃないの? 伊丹十三が『お葬式』を作ったときに言ってたけどさ、「葬式」って、死者を悼むためのものじゃなくて、集まった人たちの人間関係を再構成するためのものだってんだね。それは実感するよ。死者について泣くことだって、結局はその人の存在を過去に押し流すための作用なの。 ここで、安易に祈るだけの人を私が批判しようと思ってるわけじゃないってことはちょっと強調しておきたいね。だって、実際、シロウトは祈って忘れることしかできないでしょ? NASAに今後の改善について建設的な意見が言えるわけでもなし。ただ、こないだも書いたことだけどさ、それは事態を傍観するしかないってことだから、ヤクザに絡まれてるねーちゃんを助けないってことなんだってことは自覚しとこうよってことなの。 野次馬根性と対岸の火事を決めこむことしかできない人間ばかりだってのに、誰に今回の犯人を「盗人」と非難できるのかね。 いやね、こんなどーでもいいことまで(多分こっそり破片を拾ったやつなんてもっとたくさんいるはずである)ニュースにしてるマスコミ自体、今回の事故をどんどん風化させていくことに大きな一役を買ってるんだよ。所詮は他人事のスタンスなのよ。 でもさ、破片が人体に及ぼす悪影響も懸念されてるってことだからさ、いっそのこと、未知の病気が流行するようにでもなれば面白いと思うけどね。そうなったら、他人事ではすませられなくなるよねえ。祈ってる余裕なんてなくなるよねえ。日本人の「祈り」の正体なんて、その程度のものなんだよ。
朝からCS日本映画専門チャンネルで『シミキンの無敵競輪王』。 もう「シミキン」が誰かってことから説明しないとわかんない時代になってるんだよなあ。と言っても、私も知識として知ってるだけで、実際に映画に出てるのを見たのはこれが初めてだ。 清水金一、というのがフルの芸名。浅草オペラの清水金太郎、続いて柳田貞一の門下となり、戦前から喜劇役者として活躍した。エノケンは兄弟子にあたり、映画での共演もいくつかありはするが、後、森川信の「ピエル・ボーイズ」に参加した後、古川緑波の「笑の王国」に加わる。戦後は主に堺駿二と組んで(すぐに喧嘩別れしたらしいが)30本以上の映画に出演、子供たちのアイドルとなった。 全盛期の人気は、エノケン・ロッパを凌ぐほどだったらしいが、1950年代に入ると人気は下降。本人の性格の悪さも祟ってか、晩年は不遇だったようだ。昭和41(1966)年死去。 『無敵競輪王』は1950年の制作、堺駿二とのコンビを解消した直後で、シミキン最後の主演映画。柳家金語楼・渡辺篤・小林十九二・三木のり平・朝霧鏡子が共演。脚力だけが自慢の貧乏学生が競輪選手として成功するまでを描いた、そう面白くもない喜劇。シミキンという人はタレ目で面長、茫洋とした表情の人だが口跡はハッキリしている。今見るといかにも善人っぽくはあるが、そう体技にキレがあるわけでもなく、どうして爆発的人気を誇っていたのか、この一本だけでは判断できない。 脚力のあるところを示すギャグが随所に出てくるのだが、輪タク(自転車で引く人力車。これも戦後の風物である)を引いたまま電車に追いついたりとか、工場の足漕ぎ式の蓄電器が爆発したりとか、そしてクライマックスの競輪シーンもそうなんだが、全て特撮などによるゴマカシだからまるで説得力がない。どちらかというとワキの役者の方に目が行く。 柳家金語楼は東宝映画の伝統のような調子のいい社長役を好演しているし、渡辺篤もこのころは後の黒澤映画出演時の飄々とした味わいとは違って、インケンで尖がってる役を軽快な動きで演じている。三木のり平はこのころからタイコモチっぽい(^o^)。『午後の遺言状』のボケた演技もすばらしい朝霧鏡子の娘時代のかわいらしい姿も見られた。 あと、タイトルバックが杉浦幸雄のマンガ。これが金語楼などはよく似ているのだが、肝心のシミキンが似ていない。辛辣な諷刺画で知られた杉浦さんにしてはちょっと手抜きの似顔絵であった。
映画に行こうと思っていたのだが、体調が優れず中止。 いつもは私にくっつきたがって離れたがらないしげが、朝から私を何となく邪険にして「今日は出掛けんとね」なんて憎まれ口を叩く。 「出かけなきゃいかんのかね」と言い返したら「邪魔やん」とミもフタもない返答をされる。 どうしてだろうと思っていたら、鴉丸嬢が来るとのこと。 「……何しに?」 「チョコ作りに」 そのコトバを聞いた途端、戦慄が私の背中を走った。 いや、そんな大袈裟な話ではないのだが。
話は、一週間ほど前に遡る(おお、何だか司馬遼みたいな展開! ……どこがや)。 外から帰ってきたしげが何やら銀色に光る怪しいものを「抱えて」いる。 よく見るとそれは金ダライ。ちょうどドリフのコントでいかりや長介の頭に落ちてくるような、やや平べったい感じのアレである。 「何だよ、それ」 「見てわからん? タライ」 「タライは分るよ! 何に使うのかって聞いてんだよ」 普通、こんな質問は愚問である。タライと言えば、赤ん坊やペットを洗ってやるとか、洗濯に使うとか、用途は限られている。 けれど、うちには赤ん坊も動物もいないし、ましてや、あの電気洗濯機すら使いこなせない無精者のしげが、タライで洗濯しようなどと考えるはずもない。 だからこそ、しげ with TARAIという姿が異様に見えたのだが、一拍置いて答えたしげの言葉を聞いて、私は耳を疑った。 「バレンタインチョコの型だよ」 「……はああ!?」 ちなみに、そのタライの直径は48センチ。深さも5、6センチはあろうか。これを型にチョコを作るって……いったいどれだけの量のチョコが必要になるのだろうか。 いや、量の問題ではない。 「……おまえ、本気でそれでチョコ作るん?」 「いかんと?」 「いかんって……モノには限度ってものがあるやろ。やめとけよ」 もちろん、一度暴走し始めたしげが、私の言うことなど聞くはずもないことはわかっちゃいたのだが……。
てなことがあったのが1月31日のこと。 私もタライのことはすっかり忘れていたのだが、やっぱり本気でタライチョコを作る気なのだ。 私も私生活の中でバカな冗談を言うのは好きである。バカなプレゼントをして、相手がちょっと困ったような顔を見るのも楽しかったりする(←悪趣味)。 しかし、しげのは「冗談」でそんなモノを作るのではない。 しげはマジなのだ。 そもそも一昨年、直径30センチくらいのバスケットボール大の球形チョコを作った頃からしげは壊れていったのだが(もともと壊れているという説もあるが)、よしゃあいいのにそれを「挑戦」と受け取った其ノ他くんが、見事に食べ切ってしまったおかげで、しげは自分の行為が「正しい」と思いこんでしまったのだ。 しげは既にこれを「プレゼント」だとは思っていない。「真剣勝負」である。其ノ他くんがハッと気がついたときには遅過ぎた。しげの作るチョコは毎年「エスカレート」していく。そしてもう、後には引けないところまで追いつめられてしまっているのだ。ここで「もう結構ですから……」なんてことを言い出そうものなら、しげはショックでいつまでもいつまでも泣き続け、そのあと心に誓うだろう。 「コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ」 そして其ノ他くんのウチの前に、毎年2月14日になると、中にたっぷりチョコを埋め込んだ呪いの藁チョコ人形が置かれ続けることになるのだ。
昼前にやってきた鴉丸嬢、私の暗い表情とは裏腹に、嬉々として、チョコをいかに壊さずに作るかのレクチャーをしげにしている。自分の彼氏が苦しめられるハメになるというのに、何を喜んでいるのか。 「いいじゃん、面白いから」 とけらけら笑っているが、この子もしげが「本気」だということがまるでわかっていないのだ。
チョコ造りの合間に、鴉丸嬢、本棚を何気なく見て、『蟹工船』のビデオを見つける。 「何? この『カニエぶね』って。蟹江敬三が乗ってるの?」 そう言って大笑い。 バカだバカだと思っていたけどこんなにバカだとはなあ。思わず「オレ、40年生きてきて、『蟹工船』を『かにえぶね』って読んだやつ、初めて見たよ」とイヤミを言う。 悪い子じゃないんだが、自分の無知を全く恥じないところが鴉丸嬢の人間としての成長を妨げてる気がしてならない。知識がないことは恥でもなんでもないが、無知を咎められて何も反省しないのは無知よりもずっと罪悪である。 鴉丸嬢、中島らものファンだったらしく、らもさんの逮捕を嘆いている。その気持ちは分るんだが、「大麻くらい、いいじゃない」と不穏なことまで口走るのはどうもねえ(^_^;)。そのうちどこかで舌禍事件を起こすんじゃないかと、それも心配である。もっとも、私もつい口が滑っちゃうことってやたらと多いんで、あまり人のことは言えないんだけど。
しげ、鴉丸嬢を送って行ったので、晩飯は博多駅まで出張ってラーメンを食う。そう、博多で一番不味い餃子を食わせるアノ店である。 なんでそんな無謀なマネを、と言われそうだが、そんなのただの気まぐれであって理由なんてない。強いて言えば、急に思いっきり安い食いもんが食いたくなったってだけのことである。もっともそれはラーメンだけのつもりで、餃子まで食う気はなかったのだが、これも天のイタズラか、ラーメンだけ頼んだつもりが、セットで餃子も付いてきた……(゚゚)。 相変わらず皮はベトベト、中の具は生煮えと、食えたシロモノではない。けど食い残すわけにはいかないので、吐き気を抑えて食う。そこまでして食わんでもいいように思うが、ともかく私は食いものを残すことくらい嫌いなことはないので、仕方がないのだ。で、食えばともかく食えるものである。 しかし、定連でこの餃子食ってるやつもいるのかなあ。いったいどういう味覚してるのか、一度聞いてみたいんだが、ムリな話だしなあ。 誰か福岡在住者で、「そんなに不味いならいっちょ俺が食ったろか」ってバ……いや、アドベンチャラーはおられないだろうか。率直な観想をいただきたいものである。
マンガ、尾田栄一郎『ONE PIECE ワンピース』巻二十七(集英社/ジャンプコミックス・410円)。 スカイピア編に入ってから、以前にも増して、ずぇ〜ん、ずぇん、面白くなくなってるって感じてるの、私だけですか。 キャラクターもドラマ展開も前に出て来たパターンの二番煎じ、三番煎じだし、何よりルフィたちがここに何のためにいるのかがハッキリしないままお話が進んでいる。読んでるこちらは何か事件が起こっても、「ふ〜ん、それで?」ってな気分なのである。 ラストでメンバーがバラけちゃうのも、「もうやめてくれ」って言いたくなるくらい、ジャンプマンガで繰り返されてきたことだ。こんな陳腐なドラマになっちゃっても修正する気配すらないのは、尾田さん、もう余裕なくなってるんじゃないか。 早いとこ、最終シリーズに行っちゃおうよ。本人は「100巻越すネタがある」と『オモ!』で豪語してたけど、それ錯覚だから。もう才能は尽きちゃってるから、次の連載、今から考えとこうよってば。(2003.3.9)
2002年02月08日(金) サルでもわかる『ハリポタ』/『パワーパフガールズ』2巻(クレイグ・マクラッケン原作)ほか 2001年02月08日(木) ザッツ・エンタテインメント!/2000年度キネマ旬報ベスト・テン
| 2003年02月07日(金) |
ベスト?/『赤ちゃんをさがせ』(青井夏海)/『じつは、わたくしこういうものです』(クラフトエヴィング商會)/映画『白夫人の妖恋』 |
朝、いきなりしげから叩き起こされたら、動悸が激しくなってナマ汗が出てきた。私の具合が悪いときに看病しないだけならまだしも、悪化までさせるか。 時々マジで夢に見るんだけどさ、夜、私が寝ていたら急に頭痛がして、「あ、頭がイタイ!」って叫ぶのよ。そしたらしげが、「どしたん! だいじょぶと!」と言うやいなや、私を揺さぶって振り回すのな。 「アンタ起きりー! 寝たらいかんちゃー!」 それは雪山の遭難だ(-_-;)。で、私の脳の血管がプツッと切れてオダブツ。 ……なんか現実にそうなりそうでシャレにならんぞ。 仕事に出かけても頭痛と動悸が激しく、便所でもちょっと吐いちゃったので、半日で帰宅して寝る。しげも昼間なので当然寝ている。だからメシはやっぱり自分で作るんだよ(T∇T)。
『キネマ旬報』2月下旬号で、2002年度のベストテンが発表されている。 こういったベストテンと興行収入のそれとは無関係、というのはわかっちゃいるんだが、それにしても選考委員たちのアニメ無視の傾向は目に余るほどである。 以前、ニフティのオタアミ会議室で、私が「『キネ旬』はアニメを無視している」と書いたら、「昔に比べればよくなってる」と反駁された方がいた。そりゃマシになってることは私もずっと読んできてるから分ってるんだが、例えば、57名の選考委員のうち、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦』に投票したのはわずか5人である。 0が5に増えたからって、アニメが許容されたとは言えんてば。しかもこれが32位で、昨年のアニメの最高位だよ。 ついでだから、昨年のベストテン、及び、アニメ・特撮作品の順位がどうなってるか、書いておこう。これでもアニメが映画として認められたと言えるかどうか。
1、たそがれ清兵衛 2、刑務所の中 3、KT 4、OUT 5、AIKI 6、笑う蛙 7、阿弥陀堂だより 7、ごめん 9、ピンポン 10、とらばいゆ 11、青い春 12、Dolls 13、助太刀屋助六 14、害虫 15、UNLOVED 16、ラストシーン 17、海は見ていた 18、なごり雪 19、元始、女性は太陽であった 平塚らいてうの生涯 19、突入せよ! 「あさま山荘」事件 …… 32、クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦 36、千年女優 47、WX�掘ゝ‘扱抻.僖肇譽ぅ弌治� 55、リターナー 61、ゴジラ×メカゴジラ 61、仄暗い水の底から 76、恋に唄えば♪ 76、名探偵コナン ベイカー街の亡霊
私もベスト20の中で見てる映画が『OUT』と『ピンポン』と『助太刀屋助六』しかないので(福岡未公開のものも多いし、ともかくしげがこういうベストテンに入りそうな作品を毛嫌いするのである)、たいした比較のしようもないのだが、少なくとも『青空侍』がこの三本に負けているとはとても思えない。 それに、お気づきだろうか? 昨年、興行収入トップだった『猫の恩返し』がただの一票も入っていないのである。『恋に唄えば♪』ですら一票入れたアホがいるというのに。 もっとも、読者選出ベストテンでも『猫』は全く票が入っていないから、『キネ旬』読者の満足度は相当低かったらしい。けれど、アレはそんなに『悪い』映画だったか? とかく教訓臭くなっていた最近のジブリ映画と違うものを作って見せたことはまさしくジブリの可能性を広げたことに他ならない。作画レベルも第一級だ。ところが『キネ旬』本誌では、例えば山根貞男が「宮崎駿のマネ」と的外れな批評をして、続く批評もほとんどそれに追随するような形になっていた。選考委員たちのほとんどにアニメを見る目などカケラもないと断じてよいと思う。 野村正昭も「『猫の恩返し』+『ギブリーズepisode2』の功績を忘れてはなるまい」なんて書くんだったら一票くらい入れろよ(-_-;)。 映画に「教訓」を求める人たちばかりだと、どうしてもこうなってしまうのである。たわいない映画を丹念に作ることがどれだけ凄いことか少しは気づけよな。
ちなみに、読者選出ベストテンでは上位はたいして変わらないが、『青空侍』は13位に、『千年女優』は23位に食いこんでいる。少しは洗脳効果があったと見るべきか。
青井夏海『赤ちゃんをさがせ』(創元推理文庫・672円)。 『名探偵コナン』なんてミステリでもなんでもない、ただのクズじゃと散々罵倒してるから、だったらオマエの考えるいいミステリってのはどんなんだよってツッコミたがってる人は結構いるかもしれない。 そういう人に一度読んでもらいたいのがNHKテレビ化のこの作品。 あの『スタジアム虹の事件簿』で、虹森多佳子というおばあちゃん名探偵を登場させた青井夏海さんが、またまたおばあちゃん探偵を創作。 しかも今度のおばあちゃんは元助産婦にして完全なる安楽椅子探偵! あ、ここで「安楽椅子探偵(アームチェア・ディティクティブ)」について説明しておくと、事件を実際に捜査するんじゃなくて、人から事件の話を聞いただけで見事な推理力を発揮して真相を見抜いてしまうっていう、天才型の探偵の総称なのね。その元祖はバロネス・オルツィの『隅の老人の事件簿』。日本でも都筑道夫の『退職刑事』シリーズなどが有名。純粋にデータのみで推理するってところがまさしく本格ミステリの神髄。 さて、物語の主人公は、見習い助産婦(今は助産師というようになった)の亀山陽奈。主役だけれども、後ろに探偵役の推定70歳・明楽知代(あきら・ともよ。なんだか名前が乱歩の明智文代夫人に似てるねえ)先生が控えているから、陽奈ちゃんは「走るワトソン役」というわけ。ワトソンというより銭形警部じゃないかってくらいにトンチンカンなことしまくってますが(^o^)。 助産婦っていうのは昔の産婆さん。つまりは自宅出産を希望する人のためのちゃんとした職業なんだけれど、病院で子供を産むことが普通になった現代では、かえって偏見の目で見られることも多い。そのせいで現実にトラブルもいろいろ起こってるみたいだけれども、この物語では一風変わったトラブルに陽奈たちは遭遇してしまう。 第一話『お母さんをさがせ』。 どうしても跡継の息子がほしい大富豪の苦肉の策とは、なんと妊娠した三人の妻(そのうち二人はニセモノ)のうち、誰か一人でも男の子を産んだらその子を自分の実子とする、というもの。そんな女性を子供を産むためだけの道具とするなんて、と怒り心頭に発した陽奈ちゃん、ホンモノのお母さんは誰だ? と探し始めるが……。 第二話『お父さんをさがせ』。 イマドキの女子高生、理帆は友達の透くんと「できちゃった婚」をすることに。でもカタブツの両親はとても許してくれそうにない。そこでわからずやの両親にナイショで子供を産む決心をする。 ところがそこに現われた二人の男は、まるで「赤ちゃんの父親は自分だ」と言わんばかりの行動を取り始める……。 第三話『赤ちゃんをさがせ』。 一番サスベンスフルな一編。陽奈の同僚、聡子が最近沈んでいるわけは、別れた元夫、宝田につきまとわれているから。折りしも自宅出産の依頼が続々とキャンセルされる。これも宝田のいやがらせのせいなのか……? 事件は、信仰宗教もからんで赤ちゃん拉致事件にまで発展してしまう。 毎回毎回、殺人の復讐の、とギスギスした物語展開が鬱陶しい最近のミステリマンガに比べて、青井さんの小説のなんと爽やかで清々しいことか。ミステリ読むなら、こういうのから始めましょうよ。
クラフト・エヴィング商會著・坂本真典写真『じつは、わたくしこういうものです』(平凡社・1995円)。 いわゆる「企画本」ってやつである。 体裁は、いろんな職業の人に取材して、その特徴を語ってもらう、という形を取っているのだが、もちろん、“そんな職業はない”。
一つめの職業。 「月光密売人」である。 小栗六郎・58歳。背広を着た目つきの悪い男が、空を斜めに睨んでいる。あの月の光を昼の日中に売る。夜売るのではないから「密売」と洒落た。そう小栗氏は語る。 シャミッソーの『影をなくした男』に登場する「七里靴」。あれを小栗氏は手に入れた。そこで思いついた「月光売り」。地球の裏側にひとっ飛び、中国の故事にあるがごとく、「杯に月を充たして」、瞬時に注文主のもとに戻ってくる。 「どなたにでもお売りします」 もう一枚の写真の小栗氏の手には、白く光る杯が。
二つ目の職業。 「秒針音楽師」。 世界で一番小さな音楽を作る人。 若林弓子さんは28歳、楚々とした美人が、木漏れ日の森の中で、小さな小さなバイオリンで曲を奏でている。 『一枚の落ち葉のための音楽』。 『一本の煙草のためのワルツ』。 ほんの数十秒、あるいは数秒で終わってしまう音楽。どうしてそんな短い局しか作らないのか? 彼女は言う。 「この世って、みんな小さな『かけら』でできていると思いませんか?」
三つ目の職業。 「果実勘定士」。 果物の品質を鑑定する人? いえいえ、「鑑定」ではなく「勘定」。 この木にはいったいいくつの果実が実るのか。 冬のさなか、一本の枯れ木を見ながら半年後の果実の数をピタリと勘定する。それが幸田紺さん、37歳の仕事。穏やかな顔の、ヒゲのおじさんである。 枯れ枝に優しく触れる幸田さんの横顔はなんだかあの宮澤賢治みたいだ。
四つ目の職業。 「三色巻紙配達人」。 三つの巻紙はそれぞれ、「過去」「現在」「未来」のためのもの。 坂口杏さん、24歳は、人の、言葉にできない思いを、赤・青・黄色の三つの巻紙に写し取り、その思いを過去のあなたに、今のあなたに、未来のあなたに届ける。 時はどうやって遡るのでしょう? 「遡る」とは「坂、登る」と書きます。そうです、そういう坂が昔から、ずっと昔からあるのです。 あなたも坂口さんに手紙を届けてほしいですか? けれどそのためには一つの条件があります。「赤巻紙青巻紙黄巻紙」って早口言葉を、スラリと言えないといけないんです(^^)。
こんな変わった職業の人が、全部で18人。 残りの人の職業だけを紹介すると、「時間管理人」「チョッキ食堂」「沈黙先生」「選択士」「地暦測量士」「白シャツ工房」「バリトン・カフェ」「冷水塔守」「ひらめきランプ交換人」「二代目・アイロン・マスター」「コルク・レスキュー隊」「警鐘人」「哲学的白紙商」「シチュー当番」。 さて、どんな職業か、見当がつくでしょうか?
この中には、確かに変わっているけれども現実にありそうなもの、現実にあってほしいもの、ちょっと現実的には無理だけれどもなんだか可笑しいもの、などなど、いろんな職業が考えられている。 でも、中でもやはり心惹かれるのは、「ホントにこういう仕事、あるんじゃないか」って思わせてしまうもの。現実から離れ過ぎてしまったら、面白くはあるけれど笑って楽しむことしかできない。 ちょっと浮世離れしてはいるけれど、ホントにありそうなもの、そのバランスが取れているのが一番面白い。
私が特に好きな職業は最後の「シチュー当番」。 名前の通り、「シチューを作る当番」なのだけれど、働いている場所が問題。 羽深月子さん、36歳のお勤め先は「冬眠図書館」。冬の間だけ開いている図書館。しかも開館時間は夜の8時から朝の8時まで、夜の間だけ。 この図書館を作った人たちは本当の本好き。けれど、仕事が忙しくてなかなか本が読めない。ついに冬の間だけ、仕事をすることをやめて、みんなで本を持ち寄って、回し読みするためだけの「図書館」を開設してしまった。 でも食事はどうするの? 寒さに震えたら? というわけで、できたのが、「コーヒー当番」「コッペパン当番」「ブランケット当番」「シチュー当番」。羽深さんは司書兼、「シチュー当番」なわけ。 実は羽深さんの当番は交代制。だってそうしないと、羽深さんの本を読む時間がなくなってしまうから!
なんだかこの一つ一つの職業をもとにして、小説か戯曲が一本書けそうだよなあ(^o^)。
CS日本映画専門チャンネルで、『白夫人の妖恋』を見る。 中国民話『白蛇伝』に取材し、林房雄『白夫人の妖術』を原作とした日米合作のこの映画、ラストの大津浪のシーンなど、円熟期の円谷英二のハデな特撮で有名なのだが、実は今回が初見。 以前から見たい見たいと思ってたんだけど、ビデオ発売もなかったし、テレビ放映もあったんだかどうか。以前、ZUBATさんに「意外に有名なのを見てないんですね」と言われてしまった。こういう「見逃し」があるから「特撮ファン」とも名乗れない。……オレ、何かのファンだって名乗れるジャンルがあるのかな(ーー;)。 映画について語る前に、ちょっと気になることがある。というのがこの映画のタイトルの読み方である。 日本映画専門チャンネルのホームページでは、これを「びゃくふじんのようれん」と読ませているのだが、李香蘭……ああ、いやいや、山口淑子の演ずるヒロインの名前は、劇中では「白娘(パイニャン)」である。だとすると、このタイトル、「ぱいふじんのようれん」と読むのが正しいんじゃないのか? 私はずっとそう読んできたのだが。 不思議なことに、劇中でちゃんと中国語で名前を呼ばれているのはこの「白娘」だけなのである。お付きの「小青」はそのまま「しょうせい」だし、主人公の「許仙」は「きょせん」である。劇中、やたら「キョセン」、「キョセン」と呼ばれるものだから、そのたびに大橋巨泉の顔が浮かんで困った。 三年後にリメイクされた東映動画版『白蛇伝』では、「許仙」は「しゅうせん」、「小青」は「しゃおちん」とちゃんと中国語読みされている。なんでこんないい加減なことしたのかなあ。 映画自体は民話が現代的なドラマとして再生されたとは言い切れず、名匠、豊田四郎の演出もなんだか大雑把である。 なにより、白娘を演じる山口淑子が既にトウが立ち過ぎている上に、やたら眉間にシワを寄せて勘定的な演技ばかりするものだからまるで美しくない。戦前の『支那の夜』のころの方がずっと美しかった。もしかして、また「中国人」を演じさせられることに内心で反発でもしていたのだろうか。 白娘に比べると、小青役の八千草薫のほうが、ちょっとロリコン入っちゃいるけどずっと可憐だ。許仙と白娘を結びつける小悪魔みたいな役割(『白蛇伝』では魚の精だか、本編では小蛇の精。原典の民話自体にその二通りのものがあるようだ)を、楽しげに演じている。恐ろしいことに小青、東映動画版とは違って、最後には主人の白娘を裏切ってしまう。愛ゆえにどうしても許仙を殺せない白娘に愛想を尽かしてしまうのだ。……って、この二人を結びつけたのオマエじゃん(^_^;)。最後まで面倒見ろよ。 他の出演者も演技派揃いで豪華絢爛。 法海禅師(徳川夢声)、宿の亭主・王明(上田吉二郎)、許仙の姉・<女交>容(清川虹子)、その夫・李公甫(田中春男)、茅山道人(東野英治郎)、役人(小杉義男・沢村いき雄)、油売商人(谷 晃)、仙翁(左卜全)。 それからクレジットになかったので驚いたのだが、ほんのワンシーンのカメオ出演で、森繁久彌が露店商を演じている。ということは、森繁、実写とアニメの両方の『白蛇伝』に出演していることになる。「白蛇伝俳優」と呼んで差し支えないのではないか(^o^)。 ただ物語はヒドイ。 白娘が白蛇の化身と知った許仙が逃げ惑って、というパターンはこの手の物語の定番なのだが、最後にこの二人は和解する。ところが和解した途端に、法海禅師に殺されてしまうのだ。殺すくらいならなんで助けたかな。で、二人は手を取り合って極楽に向かうのだけれど、これっていったい、ハッピーエンドなのかアンハッピーエンドなのか。 理解に苦しむ映画だったなあ。(2003.3.8)
2002年02月07日(木) びっくりにびっくり/アニメ『七人のナナ』第5話/『なんだかコワレ丸』1巻(矢也晶久)ほか 2001年02月07日(水) ♪それ行け、不倫不倫不倫、どこまでも♪/『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』ほか
| 2003年02月06日(木) |
新聞がみんな同じに見えるのは気のせいですか(~_~;)/DVD『明智小五郎対怪人二十面相』/『D坂の殺人事件』(江戸川乱歩) |
スペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故(「爆発事故」ってずっと書いてたけど、こういう言い方のほうが一般化してきたみたいね)に関連するニュースがいくつか。
一つは出るんじゃないかな、と思ってたらその通りに出てきた「犯人探し」。 NASAの元保安担当技師ドン・ネルソン氏(なんか怪しい名前だな)が、昨年8月の段階で、コロンビア号の事故の可能性を指摘した手紙をブッシュ大統領に「直訴」していたにも関わらず、その手紙は科学担当のマーバーガー大統領補佐官が読んだだけで、大統領の手には渡されなかった、というもの。 記事のタイトルは、「事故の可能性指摘の手紙、黙殺されていた」といかにも煽情的。「この時、マーバーガー補佐官がきちんと対応していれば、事故は防げたのでは……」と読者に思わせようって魂胆なんだろうが、記事をよく読むと、「マーバーガー補佐官は安全面についてNASAと協議した後、ネルソン氏に『シャトルの安全強化策を取った。大統領が飛行の一時停止するのは適当ではない』と返事を送った」ということである。 黙殺してねーじゃん(-_-;)。 NASAの安全管理体制を批判することはまだできるとしても(それとても予想の範囲外だったと擁護する向きもあろう)、政府の対応を批判することは難しいんじゃないか。大統領の強権発動をしょっちゅうやられちゃったら困るよってことは、ブッシュ本人見てりゃわかることじゃん。アレに「俺が正義」って意識を持たせ過ぎるのは危険だって、マーさんも思ってたんじゃないか(^o^)。となるともしかしてこの人、すげえ実務屋さんかもよ。 ともかく原因究明中の段階で「こうしてれば事故は防げた」報道ってやたら出てくるけどさ、これって「あの戦争も、あの時こうしていれば」ってのと同じで、本当に判断ミスだって言えるものって少ないんだよ。偶然と不可効力の集積までも特定の人物に責任を押しつけたがる心理って、基本的には自己責任の回避と転嫁の意識が働いちゃってる結果だって解釈されるものなんだけどさ、どうして自分に責任が及ぶはずもないシャトル事故についてまで「責任は俺たち民衆にはないぞ、政府が悪いんだ」って方向に行くかね。 実はね、マスコミも民衆も、ハッキリと自覚こそしてないけれど、今回の事故について「責任」を感じてるんだよね。 だってみんな、今までずっとなーんも考えずにシャトルの打ち上げ喜んで見てたでしょ? チャレンジャー号の事故が起こったって、あのあとNASAがどう安全対策を取ったかなんてこと、興味も持たなかったでしょ? マスコミも全然報道してこなかったじゃん? 日本のH2ロケットが打ち上げ失敗するたびに「予算がもったいない」とか「識者」は煽ってたし、それ聞いてたアナタも「そのカネ、オレにくれよう」とか思ってたでしょ? その「予算縮小」の結果が今回の事故の可能性もあるんだよ? どう? 自覚はしてなかったかもしれないけれど、なんとなく罪悪感は感じてたんじゃない? つまり、電車の中でヤクザに絡まれてる女子高生を見て見ぬフリしたあとの後ろめたさと似たような罪悪感を、無意識のうちに感じちゃってるから、マスコミも民衆もみんな「犯人探し」をしちゃうのである。 これまでずっと無関心をきめこんでたんだったら、今更大慌てで「原因の究明」を、だなんて正義派を気取ってんじゃないよ。こういうときに「何か語らなきゃ」なんて考えちゃうのがそもそも偽善だというのだ。
あともう一つ、これもあるんじゃないかと思った「自粛」現象。 パラマウントが公開予定の『ザ・コア』の予告編に、スペースシャトルが制御不能に陥るシーンが含まれているということで、全館から引き上げたとか。本編からそのシーンをカットするかどうかは検討中、ということだけれど、まだまだ「ほとぼりが冷める」には間がないからDVD特典になるのを待つことになるんじゃないかな(^^)。 以前はこういうくだらん自粛シンドロームにも腹立ててたけど、まあモノによってはこうしてカットされたものが必ずしも完全に幻になっちゃうとは限らない、とわかってきたからね。どうせ一年も経てば世間はこの事故のことも忘れちゃうから(否定はできんだろう)、今だけの自粛、自粛。 でももしも完全カットで日の目を見ない、ということになっちゃったらやっぱり腹が立つから書いとくけど、そういう「現実と虚構」の混同を日頃は戒めてたのがマスコミじゃなかったのかね。映画会社も自分たちの作ってる「虚構」に自信を持ってるなら、安易に自粛なんてするなよ、みっともない。 日本刀を振りまわす殺人犯が現われたら、時代劇を全部自粛するか?
日本映画製作者連盟(映連)が、昨年(2002年)の興収10億円以上の映画を発表している。日本映画の方だけ紹介しとくと、
1位 『猫の恩返し』『ギブリーズ episode�供� 64.6億円 東宝 2位 『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』 34.0億円 東宝 3位 『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険』 27.1億円 東宝 4位 『劇場版ポケットモンスター 水の都の守護神 ラティアスとラティオス』『ピカピカ星空キャンプ』 26.7億円 東宝 5位 『ドラえもん のび太とロボット王国』『ぼくの生まれた日』『ザ・ドラえもんズ ゴール!ゴール!ゴール!!』23.1億円 東宝 6位 『千年の恋 ひかる源氏物語』 20.8億円 東映 7位 『2002年春東映アニメフェア ONE PIECE 珍獣島のチョッパー王国』『デジモンテイマーズ 爆走デジモン特急』『ワンピース 夢のサッカー王』 20.0億円 東映 8位 『模倣犯』 16.1億円 東宝 9位 『犬夜叉 時代を越える想い』 15.4億円 東宝 10位 『ナースのお仕事 ザ・ムービー』 14.4億円 東宝 11位 『仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』『忍風戦隊ハリケンジャー シュシュッと THE MOVIE』 14.3億円 東映 12位 『ピンポン』 14.0億円 アスミックエース 13位 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』 13.0億円 東宝 14位 『リターナー』 12.9億円 東宝 14位 『トリック 劇場版』 12.9億円 東宝 16位 『たそがれ清兵衛』 12.0億円 松竹 17位 『突入せよ!「あさま山荘」事件』 10.0億円 東映
「10億売れたらヒット」ってコトバはよく聞くけど、あれって興行収入じゃなくて配給収入のことだから、実質的に映画だけでペイしてるって言えるのは7位あたりまでだろうね。あとの映画はビデオだのテレビ放映権の収入だの、二次収入でなんとか資金回収ってとこだろう。 それにしても強いね、アニメと東宝(^o^)。10位までに実写が三本しか入ってない(『ハムゴジ』は当然『ハム』に比重があるから)。こういうのを見てすぐに「映画が子供のものになってしまった」ってワケシリ顔で嘆く映画評論家がいるけど、大人も見てるんだよ、アニメ(--#)。 もっとも、大きいお友達がハマッてしまう『クレしん』なんかは13位だから、これをして「アニメブーム」と呼ぶのは妥当ではない。親子連れを期待しない社会現象としてのアニメブームは、やはり『エヴァ』が最後なんである。「アニメは子供のもの」と思われないためにも、せめて10年ごとにそういうブームが起きてほしいもんなんだけれど、劇場アニメでそれを起こすのは至難のワザなんである。庵野秀明が『エヴァ』をテレビシリーズとして送り出すことに固執してた意味を考えてみようよ。宮崎駿や大友克洋、押井守の新作も、劇場アニメである限り、ヒットはしてもブームは起こせないよ(ヒットも危ういと思うが)。 じゃあ期待できるテレビアニメがこれから出てくるかってことについて言うと、私が一番注目してるのは、果たして4月からの『鉄腕アトム』がその起爆剤となり得るかどうかってことなんで(^o^)。 いや、冗談ではなくて、これヒットさせないと、手塚プロ、もうあとがないでしょ。死に物狂いで力入れるんじゃないかって思うわけよ。あそこ、手塚治虫の遺産は、もうほとんど食いつぶしちゃってるんだから。
さてさて、これはビックリというか、全然意外じゃないというか(どっちなんだよ)、中島らもが逮捕されちゃいました。 大麻所持ということなんだけれど、過ぎった思いは「なんで国内で吸うかなあ」ということだけ。今度の件については、「大麻を吸うことがいいことか悪いことか」、なんてくだらん談義はしないよ。 柳美里のことに触れたときにも書いたが、作家や芸術家が非常識で反社会的なのは、それが既成概念に凝り固まって硬直しきった社会に対するカウンターカルチャーたりえるからで、その点、中島さんが大麻を吸うことは、日本の法的には犯罪であっても、作家の魂としては正しいのである。「廃人としての作家」の道を選ぶのは本人の自由だし、作家に規範を求めるのがそもそもの間違いだ。 中島さんにとってはタイホもまた「経験」である。こうなったら、絶対に反省や謝罪などせず、できるだけ重い刑を受けてもらいたい。作家として復帰するのに時間はかかるだろうが、法を遵守して道学者めいた駄文を書き連ねて細々と生きてくよりは、「犯罪犯して何が悪い」と開き直って人間として壊れていってくれたほうが、らもさんらしいし、そうでなきゃ面白くない。 どっちかというと、かつての僚友、わかぎえふが「最近はほとんど会っていないので、経緯は分かりませんが、今後は十分に反省し、社会的にも大人として作家として、しっかりと謝罪をしてほしいと思います」と保身に回ったコメントしたことのほうがガッカリだね。「あれはやめられないよ、病気だし」くらいのことは言って欲しかったな。世間の批判を気にするくらいなら芝居やるなよ。 寺山修司は唐十郎に黒い花輪贈ったとき、「シャレだ」で済ましたぞ。怒った唐に乱入されたけど(^o^)。ノゾキをしたときも「芸術だ」と言い張ってたな。それでこそ演劇人。 ただ気になるのは、中島さんだって自分が「作家」であるためには、国内で大麻吸っちゃマズイってことはわかってたはずだし、実際に「日本では吸わない」と発言もしてたようである。だったら、何で海外に行かなかったのか。 もしかしてドビンボで行けなかったのか。まさかタイホされればタダでメシが食えるし、アルコール依存症も治療できるから一石二鳥とか考えてワザと吸ったのか。これって、結構可能性高いと思うんだけど、どうでしょう。
今日はなんだか書くことが多いな、もうそろそろ簡単に行こう(^_^;)。 朝方、夕べの残り雪で、道が凍結している。 しげが山を越えて行けるかどうか心配してたので、早目に家を出る。 「あの、雪道用のタイヤとかないの?」 「そんなカネない」 あっても買わんだろう、おまいは。その日の食を優先する人間が、年に1回使うか使わないか分らないタイヤを買ったりするわけがないのである。幸い、坂道もなんとか登れたんだけれど。 いつもより30分以上早く出たのだから、帰宅したしげの睡眠時間、いつもより余計に取れてるはずである。なのに、夕方、駐車場に車の姿が見えないので連絡を入れたら、やっぱり寝ていた。 「……ごめん、カラダ動かん、一人で帰ってへへへ(←息の漏れる音)」 はいはい、いつものことだ。あとでタクシー代、払えよ。 昼間、6、7時間寝て、朝方3、4時間寝て、どう考えても1日9時間くらいは寝てる計算になるんだが、やっぱり睡眠を二回に分けると熟睡できないものなのかな。でも1回にまとめるとあいつ、15、6時間は軽く連続して寝るからなあ(-_-;)。 一緒に食事はできなくなったので、セブンイレブンに寄って、新発売のスープスパゲティトマト入りを買う。トマトソース、だけじゃなくて、トマトをそのままミックスしてるのが売りなわけだね。これだけでも食ってみるとちょっとゴージャスなもの食った気になるから、見た目の錯覚ってのは恐ろしいものである。 しげが料理を作らないのも、「自分で作ると美味そうに見えないもん」と弁解するのだが、つまりは外食の外見に騙されてるのである。自分に中身がないから安々と他人の手にノっちゃうのだ。だから日頃から「自分のアタマ使え」と言ってるのになあ。
DVD『明智小五郎対怪人二十面相』。 あー、そこのミステリファン、溜め息つくんじゃありません(~_~;)。出来が悪かろうが、乱歩はともかく買うんだよ。 テレビで放送されたときより、画面のセピアな感じが強調されてる気がするのは、DVDの特性のせいかな。 特典として、メイキングが紹介されてるんだけれど、キャストがこぞって田村正和の明智を誉めてるのは原作ファンとしてはガックリである。やっぱりかつての映画やテレビ、映像のイメージの方が強いんだねえ。田村正和、「『怪人二十面相』は読んだかもしれないけど覚えてない」とか言ってたぞ。こんなやつに明智をさせるなよ。 それはビートたけしも同様なんで、「話が来たとき、自分は明智じゃないな、と思った」と言ってるけど、原作の明智は、「好男子ではないが、どことなく愛嬌のある、そしてもっとも天才的な顔を想像するがよい。(中略)指でそのモジャモジャになっている髪の毛を、さらにモジャモジャにするためのように引っ掻き回すのが癖だ。服装などは一向構わぬ方らしく、いつも木綿の着物によれよれの兵児帯を締めている(『D坂の殺人事件』)」「非常に無口なくせに、いつもニヤニヤと微笑を浮かべている、えたいの知れない人物(『何者』)」なのである。 それは初期の明智だ、と指摘する向きもあろう、しかし、後年、小林少年以下、少年探偵団を率いて颯爽としているように「見える」明智に変貌してからも、実はその本質は変わっていない。服は洋装に変わるが、その着こなしは無造作なままだし、モジャモジャ髪もニヤニヤ笑顔も変わっていないのだ。 なにより彼は、怪人二十面相との対決を心から楽しんでいる。彼は推理ゲームが楽しめればそれでいいディレッタントなのであり、世間並の正義感で動く人間ではないのだ。彼は大人にはなれない。彼は社会に認知された犯罪者であり、永遠の子供なのである。 となれば、田村正和とビートたけしのどちらが明智にふさわしいか、自ずと答えが出ようというものだ。……まあ、二十面相ももう一人の明智だから、ビートたけしが演じて構わないんだけど、やっぱり田村正和だけはなんとかして欲しかったなあ。まんま時代劇のキャラのままで演じてるんだから、歴代の明智の中でも最悪の一人だよ、これ。
口直しに原作の『D坂の殺人事件』以下、乱歩の原作を読み返す。 初期短編はまさしくあの松本清張をして「天才」と言わしめた珠玉の名編ぞろいである。幻想文学者としての乱歩を評価する人にとっては、これが乱歩の本質かどうか、異論を唱えたくもなろうが、乱歩は終生乱歩であったことが理知的な小説の中にもちゃんと見て取れる。乱歩作品を、これは本格、これは幻想、これは少年物、これはファルス、とか、単純化されたカテゴリーの中に入れて考えると、大事なもの見落としちゃうよ。 今、一番手に入りやすいのは創元推理文庫版の『乱歩』シリーズだろうが、これは先に『日本探偵小説全集』の『江戸川乱歩集』に含まれた短編は含まれていないので、明智デビュー編の『D坂の殺人事件』と『心理試験』の前後編がバラバラに収録されている。なんでこんな雑な編集したかな、戸川安宣。 これから乱歩の小説に触れようという方は、新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』一冊本が手ごろだろう。興味が湧けば、創元なり春陽文庫なりに移って頂ければいい。残念ながら講談社の江戸川乱歩全集は絶版だし、角川文庫もかつてほどのラインナップではなくなっている。これらで読みたければ、古本屋を博捜して頂くしかない。
ついでと言っちゃなんだが、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』も読み返してみる。 けれど岩波文庫の『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五編』の中野好夫の訳、ほとんど英単語を日本語に引き移しただけの素人訳で、文脈というものがなく、日本語として意味の通じるものになっていない。だいたいこの人、解説でも堂々と書いてるけど、ポーが推理小説の鼻祖であることもよく認識出来ていないのだ。名ばかり有名だけど、中野好夫ってただのバカだから信用しちゃいかんよ。 まだ、新潮文庫の佐々木直次郎の方が読みやすい。けれどこういう流布版の本では、できるだけ訳には慎重になってほしいものだね。
体調、夕方くらいからまたまた悪化。薬も尽きた。いったい私はどうなるの。(2003.3.5)
2002年02月06日(水) なんかもー、下血とともに生きる毎日ね/『幻竜苑事件』(太田忠司・大塚あきら)/『よみきり▽もの』1巻(竹本泉)ほか 2001年02月06日(火) 文化はやはり相対的なもの/『NOVEL21 少年の時間』ほか
| 2003年02月05日(水) |
タクシー慕情……演歌だね/DVD『銀座カンカン娘』/『総特集 江口寿史』 |
梅宮アンナが離婚してたんですってね。 いきなりどーでもいー話題から入ってしまいましたが、実は好きなんです、この手の話題。 え? バカをバカにすることで優越感に浸ってるんだろうって? まあ、そういう面がないとは言わないけど(^o^)、私ゃ若い人は20代のうちにいっぺんくらい結婚して離婚してってのを経験してね、そうして人を見る眼を育ててもいいんじゃないかって思ってるんで、梅宮アンナもそういうモデルケースに該当するかどうかなって注目してるってことなんですよ。 もうはっきり言っちゃいますが、どんなに若い人が否定しようと、20代までの人間はみんなバカです(そういうオマエはどうなんだ、なんて怒ったりする20代はやっぱりバカ。私ゃ別に自分がバカじゃないなんて言っちゃおりやせん)。バカでしかいられないんです。で、自分がバカであるってことに気がつくためには、それこそ何度でも失敗を繰り返さないとダメなんですね。どんなに自分が経験を積んだつもりでも、20代までのそれなんて微々たるもの、そんなものは屁の役にも立ってなくて、ただ自分の思いこみで行動してるだけなんですよ。 これもハッキリ言いますが、結婚して実質的に特することなんて何もないんです。岡田斗司夫さんの意見と似ちゃうんですけど、特に女性は損することばかりです。他人と一緒にいて、他人のために自分の時間が削られるわけですよ? それで何がどう得するというんですか? だからね、相手と結婚するんだったら、よっぽどどんなに損したっていいから、引き換えに二人で何かをしようって決意がないと、続かないんですよ。 梅宮アンナが結婚して「何かをしよう」と考えてたと思いますか? 「幸せな家庭」? どうやって? 具体的なビジョンもなしに結婚生活が続くほど、今は甘い世の中じゃないですよ? 「夫が定食につかない」って、離婚の原因はそれだそうですが、「梅宮アンナの夫」って肩書きの人間がマトモな就職ができると思ってたんですか? 「梅宮アンナ」って名前、ビジネスライクな世間じゃほとんどプラスな意味では受け取られてないんですよ。自分がどんな風に世間で受けとめられてるか、自分がどれだけ夫の足を引っ張っているか、まるっきり自覚がないんですね。 いや、そもそもそういうリスクを背負うとわかってて結婚した元夫も考えが甘いんです。だからもう、これは結婚当初から「いつか離婚するぞこのバカップル」って目でマスコミからは見られてたんですから。ワイドショーがいやらしげにこの二人につきまとってたのはそういうわけがあったからで。 これで梅宮アンナに少しは自分を見る目、男を見る目ができたんなら、それをネタに彼女はまた一冊、本が書けるかもしれませんが(^o^)。 ……でもなあ、梅宮アンナだからなあ。バカ女にゃ永遠にバカ男しかつかまえられないような……って、やっぱりバカにしてんじゃん(^_^;)。
ヤワラちゃんこと、田村亮子が書いた、自分の似顔絵や「Yawara」のサインなどが入ったキャラクターグッズ(クリアファイルや携帯電話のストラップ、タオル)の販売が決まったんだって。 団体ならともかく、個人の選手のキャラグッズが売り出されるのは始めてだそうな。 ……で、その売り上げはどこに流れるの? 肖像権の管理自体は日本オリンピック委員会(JOC)が一括してるそうだけど、当然、田村亮子本人にも、所属してるトヨタ自動車にもなにがしかは行くよなあ。 ……で、浦沢直樹には? 自分の似顔絵はともかく、「Yawara」は本当はマズイんじゃないのかな。もっとも浦沢さん自身について言えば、田村亮子がどんなに「Yawara」を名乗っても怒って文句をつけたって話は聞かない。多分、今回も海よりも広い心で許してあげそうな気はするけど、そうなると反作用的にますます田村亮子の増上慢が目立ってきちゃうね。 誰かアレをたしなめるヤツがいないのかって思うけど、田村亮子の周囲の人間って、結局みんな柔道家だからなあ(^o^)。……いや、これ以上書いちゃうと、柔道の人にも私が何を言わんとしているかわかっちゃうから書きません。ここまでで抑えとけば、ええ、絶対に大丈夫ですとも(^^ゞ。
今日は某所に出張だったのだが、拾ったタクシーの運転手さん、全然地理に不案内で、道を間違えること二度、三度。 これが不思議なことに、予め地図を見て道を確認しているのに、「左」に曲がるべきところを「右」と勘違いしているのである。 アレだね、「左、左、左、左」と心の中でずっと反芻してるときに、ついふと「もし間違って『右』って覚えちゃったらどうしよう」と考えちゃうと「右、右、右、右」と暗示かけられちゃうってそんな感じの人だったのである。 女性の方で、その白石冬美みたいな甲高い声で思い出したんだけど、前にもこの人のタクシーに乗ったことあったわ。確か、そのときもお喋りに夢中になっちゃって、道の曲がりどころを間違えそうになってたような。 おかげで、20分で着く目的地に、ちょうど2倍の40分かけて到着。当然、遅刻しちゃったんだけれど、なんとその方、「遅れたんで、お金はいりません」と言い出した。 ……いや、今までにも地理不案内なタクシーに乗ったことは何度もある。 で、当然メーターはバカ高くなるのだが、さて、その場合、運ちゃんはどういう対応をするか。 � ,修里泙泙涼傭覆鮴禅瓩垢襦� �◆‐�し割り引いて請求する。 ほぼこの二つのパターンで、私の経験則で言えばその割合は五分と五分。結構セコイ運ちゃんは多いのである。 それが「タダでいい」なんて人に出会ったのは初めてである。 こうなると私も逆に一定の料金は受け取ってもらいたい。 「ここまで2千円はかかるでしょう。せめてそれくらいは……」 「いえ、受け取れません。そんなことしたら私が会社から叱られます」 「せめて千円」 「受け取れません。謝らないといけないのは私です。お仕事に遅れてご迷惑をかけたんですから。もし先方に苦情を言われたら、タクシーのせいにしてください。なんなら、私が一緒に謝りに行ってもいいです」 ……私がウソ書いてると思ってる人もいるでしょ。 いやね、私だってね、自分でこんなヤリトリしてたってことが信じられないのよ。……白日夢? ドラマの脚本でこんなヤリトリ書いたら、絶対「リアリティがない」ってボツくらっちゃうよ(^_^;)。 ここまで言われたらもう、タダ乗りを納得するしかない。遅れたけど先方は怒らなかったよ、九州交通さん、ありがとう。
仕事は午前中で片付いたので、午後は出勤扱いになっちゃいるけど実質的には自由の身である。だもんで、帰りはしげに出張先まで迎えに来てもらって、食事にでも行こうということに。 途端にしげが「カラオケ行きたい!」と言い出す。平日の昼間にゆっくりできる機会なんて滅多にないから、ノっているのである。 半道橋のシダックスで3時間歌いっぱなし。4、5人だと3時間も苦痛じゃないんだが、二人だとなあ。 ハイパージョイ、久しぶりに見てみると、中身が結構更新されていて、『ボピー・ざ・ぱフォーマー』なんてのまで入っている。あんな意味不明の歌を歌って喜ぶやつがいるのか。それは私だ(^o^)。あだーまのなが、ぷーわぷかり♪ しかし何が嬉しいって、ついについに、『コメットさん☆』がオープニング・エンディングともに入ったことである! み〜らくる〜、あいじゃすと、せい、えとわ〜る♪ ……どこが苦痛なんだ(^_^;)。
DVD『新東宝映画傑作選 銀座カンカン娘』。 確か映画そのものについては以前解説したと思う。わざわざDVDで買ってまで欲しいってのは、ひとえに岸井明の歌声が聞けるのと、志ん生の落語が聞けるのと、この二点に尽きる。ってそんな見方するやつが世間にどれだけいるのやら。 特典は当時のスチール写真や監督・出演者の一部のプロフィールだけで特典ばやりの状況の中では甚だ寂しい。 そのプロフィールにしても、島耕二・高峰秀子・灰田勝彦・笠置シヅ子の4人のみなのである。脚本の山本嘉次郎(黒澤明の師匠だぞ)、撮影の三村明(ハリウッドで活躍したこともある日本映画創世記からの名カメラマン)、音楽の服部良一(親子三代の音楽家ってのもすごい家系だ)、出演者では古今亭志ん生、岸井明、浦辺粂子、水原久美子、一の宮あつ子といった人々について全く触れないというのはおかしかないか。 監督の島耕二についても、プロフィールから『宇宙人東京に現る』が抜け落ちてるからなあ(^o^)。まあ、大衆向けの映画も作ってたけど、堅実な演出で『風の又三郎』ほか、名作も数多く作ってるんで、アレは抜かした方がいい、とDVD制作のスタッフが判断したのかもしれないけれど。 オープニングが失われているので、資料から起こしてタイトルをつけているのだが、どうもこれに「抜け」があるように思えて、それも不満である。紹介されている曲が『銀座カンカン娘』(高峰秀子)と『わが夢、わが歌』(灰田勝彦)のみというのはどういうわけか。本編では笠置シヅ子が『酔いどれ天使』に続いて『ジャングルブギ』(黒澤明作詞!)を歌っているのに、字幕では無視されているんである。志ん生の演じる題目が「疝気の虫」と「替り目」であることにも一切の記述なし。 新東宝映画をコレクションしようなんてやつはマニア以外にいるわけないじゃん、もっと資料は充実させてほしいよ。
ひと眠りしたら、外は雪。もう2月なので、これがこの冬最後の雪となるか。 しげと深夜のドライブでジョイフルに行くが、車の天井に乗っかっていた雪が、ブレーキをかけるとそのままじわ〜っと、フロントガラスに布団をかけていくように降りてくるのが面白い。 平和なことである。
『文藝別冊 KAWADE夢ムック 総特集 江口寿史』(河出書房新社・1200円)。 澁澤龍彦とか黒澤明、ボブ・ディランなんかを特集してきたこのシリーズに、いきなり江口寿史が乱入(^o^)。マンガ家としては、岡崎京子に次いで二人目である。凝ったセレクトしてくれるよなあ、河出。 書き下ろしマンガのタイトルが『今日までそして明日から』である。もしかして江口さん、『オトナ帝国』を見たのかな、と一瞬思ったが、この人の世代なら、吉田拓郎はど真ん中なので、別にアレを見てなくても自然にこういうパロは出て来るのだろう、と思いなおす。 特別対談の相手が山上たつひこで、これはもうギャグマンガファンなら買わずにいられるかってなものであろう。 山上たつひこが永井豪の『キッカイくん』などに触発され、江口寿史が山上たつひこの『がきデカ』に影響を受けているのに、江口寿史は永井豪に全く笑えなかった、という、明らかに「世代」によるギャグ感覚の断絶が見て取れるのが面白い。そして二人とも、赤塚不二夫『天才バカボン』については、面白いけれど文法破壊の仕方に無理がある、と断じているのである。 で、二人とも、ストーリーマンガより、ギャグマンガの方がはっきり「上」だと認識している(^o^)。 これは全く正しい。イマドキの、ストーリーマンガにこじゃれたユーモアがちょびっと混じる程度のマンガしか知らない若い世代には、マンガの王道はギャグである、というかつての「常識」が既に通用しなくなっているのである(それは手塚治虫と梶原一騎のせいなんだけど)。 だったらなおのこと、この二人にはマンガを描いてほしいんだがな(⌒ー⌒メ)。ともかく、ギャグが“難し過ぎて”理解できなくなっている若い人たちにギャグとは何かを実作で示せる人が、今ほとんどいなくなってるんだから。 単行本未収録作品の掲載は『うなじ』。 誰もが一度は挑戦してみたくなるフランツ・カフカの『変身』のパロディだが、中年オヤジがいきなり女子高生になるのである。しかもパニックに陥るどころかすぐに順応しやがるし。おかげで色気づいた息子は父親をみておっ立つし、妻は「なによう、私だって昔は女子高生だったんだから!」と泣いて実家に帰る。泣いていいんだか笑っていいんだか(^_^;)。 しかしこの人には未収録作品があといくつあるんだろうか。(2003.3.4)
2002年02月05日(火) ゴーマンかましちゃ、いけまっしぇん/『コンセント』(田口ランディ)ほか 2001年02月05日(月) 恐怖のブラック・メール/『真・無責任艦長タイラー1 入隊編』(吉岡平)
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記
☆劇団メンバー日記リンク☆
藤原敬之(ふじわら・けいし)
|