心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

ホーム > 日々雑記 「たったひとつの冴えないやりかた」

たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
もくじ過去へ未来へ


2004年09月30日(木) メアリー

去っていった台風の名前はメアリーというんだとか。
もっとも、英語の女性の名前じゃなくて、北朝鮮の言葉で(韓国語か)やまびこを示す言葉だそうです。命名規則については こちら を(現在はコラム垢鮖藩冀罅法

ETCカードが届きました・・・しかし通勤費の支払いには「領収書を持って来い」という話ですので、ETCをそのまま使っていると高速料金自腹ということになってしまいます。
いままでどおり入り口で発券機を通過→出口で現金かハイウェイカードで支払いというのが一案(ETC導入の意味がありません)。他の案は、入り口でETCを通過、出口では有人のゲートでETCカードを提示して「利用証明書」を受け取るという手段もあります(なんだか間抜け)。

ペットボトルビール白紙に アサヒ、環境団体の反対で
「ペットビール」発売白紙に アサヒビール、反響殺到で

ペットボトルのお茶などが売れた原因は、飲んでいる途中でもキャップしてとっておけるからだとか。朝ペットボトル入りのお茶なりコーヒーなりを買って、仕事中に時々飲むんではまたキャップを締めておくという飲み方が広まったからだそうです。

果たしてビールに、そういうのみ方が似つかわしいのかは激しく疑問であります。だいたい半透明のPETボトルの中に飲み残されたビールが泡を吹いている様子は、なんか純水よりキレイだけど心理的に飲めない液体を想像させます。
まあ、アル中さんなら「一気に飲み干し」てしまうんで、あまり気にならないかもしれませんが。


2004年09月28日(火) ひと段落

2ヶ月の休みも終わりを告げようとしています。

ステップ5を終わりました。
今回使ったのは、恨み(怒り)の表、恐れの表、行動(含むセックス)の表というやつです。結構期間があった割には、日曜の晩にあわてて書いていたりしました。少し項目が偏っている気もしますが、

「何をやってもうまくいかないときは、言われたとおりにやってみろ」

という格言にしたがってみました。
自分なりのやり方を見つけるのは良いことですが、自己流でいつまでたってもステップ4が始まらないのなら、フォーマットを使うのも悪くないと思ったのです。
偶然『ACの12のステップ』という本を拝見する機会があって、そこのステップ4のところにも「恨みと恐れ」が先頭に挙げられていました。

ミーティングが終わったあと、教会を借りて30分ほど話をし、その後は僕の車に移って15分ほど話をしました。終わったあと相手の方が30分ぐらい話をしてくれて、最後に平安の祈りの長文のものを一緒に読んで終わりました。
すうっと心が軽くなった感じがしました。

今日は10月から僕がやる仕事の打ち合わせに行ってきました。曖昧模糊として不安だったものに、どんどん形が与えられて具体化していきます。恐れはゼロにはなりませんが、少なくなっていきます。

ふたたびサラリーマンをやるというのは、僕の望んだことではないですが、周囲の状況にしたがっているうちにそうなってしまいました。どうやら神様は、僕が自宅でごろごろしているの好まれないようです。
僕という人間はそう簡単には変わらないですが、周囲の状況はどんどん変わっていってしまいます。


2004年09月26日(日) 男声・女声

金曜日のカラオケで、ボイスチェンジャーという機能があったので遊んでみました(前にも書いたかな)。ようするに男声を女声に、女声を男声に変えるわけです。
といっても、男→女の場合には、アニメ声とかギャル声とかいう名前のキンキンした声に変わるだけです(おそらく1オクターブ上がっているのでしょう)。
原理はシンプルで、サンプリングされた声を半分に圧縮しているだけです。ギターをやっている人は、ピッチシフターというのをご存知でしょう。
半分に圧縮すると時間も半分になってしまうので、適当にリピートを入れるのでしょう。そうすると音程が代わるついでに、フォルマントも変わってしまいます。フォルマントを変えずに、音程だけを変える機器は数十万円するので、カラオケなんかに使われているはずもありません。なので、アニメ声になってしまうというわけです。
それでも、中年男のだみ声で「あーたしサクランボー」とかいう歌を聴いているより、いくらかはマシであります。

子供の頃は男も女も似たような声なのに、変声期を過ぎると男の声と女の声に分かれます。
女性の場合には変声期を過ぎても、子供の頃と声帯の同じ場所を使い続けるので、高いトーンの声のままだそうです。男性の場合、変声期に今まで使っていた場所を使うのをやめ、別の場所を使うようになるので、大人と子供で違う声になるとか。
そして、男の子が変声期に意識的に子供の声(女性と同じ部分を使った声)を出す訓練をすれば、男の声と女の声の両方を出すことができるようになる・・・とか。もっともこれは実例の報告を聞いたことがないので、理屈の上の話にすぎないのかもしれません。
もっともそんなことを実現しても、カラオケやるときぐらいしか役に立たないかもしれません。

使わない筋肉が衰えてしまうように、歌を歌うための喉のコントロールも訓練しなければ衰えてしまうものです。音痴というのは、単なる訓練不足なのだとか。

まだ喉が痛いのであります。


2004年09月25日(土) おなかがすかない

金曜日は一日ロクに食事をせずに過ごしてしまいました。
元従業員そろって前の会社に挨拶に行き、そのまま雀荘、居酒屋、カラオケボックスで、帰宅は2時過ぎの午前様でした。

ハムスターのケージに取り付けてあるねずみ車ですが、こいつの回転軸にぶれがあって、ねずみが走ると振動します。ケージごと「ごとごとごとごと」と毎晩うるさくてかないません。
かといって、ハムスターに運動させないわけにも行きません。
そんなわけで、ホームセンターに新しいねずみ車を買いに行きました。「スポーツタイプ」という謎の売り文句がついた新しいねずみ車は、高速性と静音性を兼ね備えた良品でありました。ハムスターも昨日より早いスピードで走っております(ここらへんがスポーツか?)。
その後、吉野家で豚丼を食べたのが40時間ぶりのまともな食事になりました。

食事をおろそかにするようになると、だんだん「食べること」が億劫になって、なるべく食事なしで済ませたいと思うようになってしまいます。もっとも、そういう時は、お風呂に入るのも面倒だし、歯を磨くのも面倒だという抑うつ状態になっていて、布団の中で丸くなって寝ているのが一番楽だという気分になっているものです。


2004年09月23日(木) 改めて信仰というプログラムについて

白樺湖でラウンドアップの現地打ち合わせ。
白樺湖というのは堰止湖なので、平地側から上っていけば必ず下流側から接近するはずなのに、なぜか上流側から近づいてしまいました(道を間違えたことを素直に認めたくない)。
朝8時に起きたのに、昼間「辛くてたまらない」という感じがないのは、欝の周期を乗り越えつつある証拠かもしれません。ともかくお昼ご飯がおいしかったです。

4時に終了して、そのままホームグループのミーティング場へ。

今夜は仲間の1年のバースディミーティングでした。

ハンドブック(ビッグブック)の5章の先頭は、この簡単なプログラムに自分を徹底してゆだねれば、回復できないことはまずないと断言しています。
その「簡単なプログラム」というのを、私たち(と言って悪ければ僕)は、新しくミーティングにやってきた仲間に提示できていたのかな、というのが最近の疑問です。少なくとも僕は、自分にも理解できない「不思議なもの」を新しい仲間に手渡そうと悪戦苦闘(といったら言い過ぎか)してきたように感じるのです。
私たちが語るのは自分自身の経験でなければならないのは間違いがありません。でもそれは、自分がどのように酒で落ちぶれていたかという話に終始するのではなく、自分が「この簡単なプログラム」にどのように取り組んできたかを示す必要があると思うのです。

AAには道を究めて究明するような「真髄」があるわけではないでしょう。あるのは、Keep It Simple(単純に保とう)という合言葉によってシンプルに保たれたプログラムだけです。
「ともかくミーティングに通っていれば何とかなる」という言葉に対して感じる胡散臭さは、カルト的思考停止の不気味さに似ています。

AAのプログラムを受け取るためには、信仰という言葉を受け止めて消化することが避けて通れないでしょう。日本には日本のAAがあっていいはずだというのも何か違うと思います。
神前結婚式の変わりに人前結婚式を編み出したように、神前式プログラムを人前式プログラムに編みなおそうとしても、そいつはちょっと無理がたたるだろう、と思うのであります。


2004年09月22日(水) 消える痕跡

いま僕は線路の近くに住んでいて、電車の音を朝な夕なに聞いているわけです。
アルコール依存症が最も重症(?)だった頃、僕は東京の調布で、やっぱり線路の近くに住んでいました。

1DK風呂なしトイレあり家賃4万5千円のアパートで、世間を恨んで飲んだくれて過ごしていました。不思議と飲む金だけはありました。
一人でひっそり飲んでいても、やっぱり昼間は落ち着きません。それが深夜になって、街が寝静まってくると、飲んだくれの気分もいくらか持ち上がるのでした。しかし無常にも朝はまたやってきて、東の窓が明るくなり、電車の騒音がひびいて、世界中から自分だけが取り残された一日が、また始まることを告げるのでした。

布団は敷きっぱなしでしたし、胃が荒れてゲロゲロ吐きましたし、酒も水もしょっちゅうひっくり返していたので、すっかり畳が腐っているだろうと思っていたのに、アパートを引き払うときにカーペットをはいでみたら、きれいなものでした。
手首を切ってふすまに飛び散った血の跡も、ぬぐえば結構きれいになってしまいました。
僕がその部屋に住んでいた形跡はすっかり消え去ってしまったのでしょう。

一昨年仕事で稲城に行ったとき、ちょっと足を伸ばして調布まで行ってみました。僕が住んだアパートは20年近い時を超えて残っていました。

そのアパートが取り壊されて、新しい基礎が建っているのを、電車の窓から見たよ、と友人が教えてくれました。


2004年09月21日(火) 日常

3連休明けの精神科は混み合っていました。
クラシック音楽を流しているテレビの前の席が空いていたので、底へ座ると、となりから「やぁ」と声を掛けられました。僕のAAスポンサーでした。今年になってからは、病院メッセージで会って以来の久しぶりの再会でした。
僕が現在無職だと知ると、僕の診察が終わるまで待っていてくれて、近くのショッピングモールの3階のレストランで、お茶をしました。
スポンサーは僕と30分ほど話をすると、「これから群馬のミーティングに行くんだ」と言って去っていきました。

後ろ指差されても、口笛を吹いて答えていたあの頃。

ハムスターは昼間はぐっすり寝ていたのに、また夜になるとねずみ車をごとごと回しています。一晩で何百メートル走るのか、ロータリーエンコーダとカウンタを付けて図ってみたいところであります。


2004年09月20日(月) 売り物は強し

二匹目のハムスターを買ってきました(ロボロフスキーハムスター)。
売り物だけあって、大変に元気です。
ねずみ車をぐるぐる回しています。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐる・・・・。

夜中でも懸命に回しています。結構うるさいです。
ハムスターの寿命は2〜3年だとか。あと2年も毎晩この音に耐えなければならないとは。

さて、棚卸表のほうですが、「恐れずに、徹底して」というのは難しいです。
しかし、霊的な生き方は理論ではなく、実際に生きなくてはいけない、というのですから、ぶつぶつ言っていないで始めないといけません。締め切り(?)は一週間後です。
ミーティングに通っているだけで飲まないでいられるではないか、という言い訳が出てくるときに、不安な自分が大声で強がりを言っているように思えるのです。


2004年09月19日(日) 稲刈り

我が家の居間の時計は円盤型の掛け時計です。掛け時計というのは普通壁か柱に掛けておくわけですが、我が家の場合にはそのままごろんと、テレビの横に立てかけてあります。

鳴り響く電話に「むぅ」と言いながら出ると、かけてきたのは母でありました。
「来い、急いで来い、今すぐに来い」
という用件でありました。
例の時計を見ると、3時を示しています。
3時になっても、これから来い、というのですから、稲刈りはよほど遅れているのでしょう。しかたないので行くことにしました。
起きてコーヒーを飲みながら、ディジタル式の腕時計を見ると午後1時であります。あらためて掛け時計を見ると、やっぱり1時で間違いありません。ただ円盤型の掛け時計は、12時が真上に来ていなくて、10時ぐらいが真上に来ていました。さきほどは、12時45分ぐらいだったのに、メガネをしていないせいで文字盤が見えず、針の角度だけで3時と判断してしまったのでしょう。

僕が稲をはぜに掛ける作業を分担するようになったのは、父が死んでからです。それまで父ははぜ掛けをほかの誰にもやらせませんでした。掛けられた稲の束(上段)は、それ自身の摩擦力だけで固定されています。だから、バランスが悪かったりすると、天日に干している2週間の間に、はぜが崩壊してしまいます。下手な人間がやると、二度手間になるので、父は他の者にやらせるのを嫌がったのでしょう。
父の死の翌年から、僕と兄と母ではぜ掛けをしています。僕が2週間安心して放っておけるはぜを作れるようになったのは、ここ2〜3年のことです。

薄明終了とともに作業完了。雨が降る予報だったのに、一滴も降りませんでした。脱穀は10月3日の予定。


2004年09月18日(土) 水で煮た感情

精神的にきつくはないけれど、肉体的にきついのが今回の波の特徴でしょうか。
上の娘の運動会(小学校)だったのですが、ずっと寝ていて応援にいけませんでした。

母から電話がかかってきました。明日は稲刈りをしたいのだが、手は空いているかという用件でした。手は空いているが、体調が良くないのだという話をすると、
「お前そんなことで、来月から大丈夫なのか?」
と強い口調で言われました。
この場合「大丈夫なのか?」というのは、息子の仕事のことを心配しているのじゃなくて、明日の稲刈りに人手が足りなくなった怒りをぶつけているに過ぎません。
手伝わないわけにも行かなし、明日の体調は明日にならないと分かりません。天気もどうなるか微妙です(雨が降りそう)。明日また電話して決めることにしました。
稲刈りといっても、最近では出荷分は農協に委託していて、人手が必要なのは自家消費分だけです。稲は一週間刈るのが遅れても、胴割れが増えたり、穂がこぼれて収量が減ったりするぐらいで、自分たちで食べる分には困りません。

ただ、ラウンドアップで10月の3連休に脱穀の手伝いができません。そうなると、その一週間前に脱穀するとして逆算すると、今週末に稲刈りができるのがベストです。AAに時間を費やせば、必然的に他のことが圧迫を受けるってことを、またまた思い知らされています。

先週、今週と地獄を見た仕事の請求書を書いて送りました。こればっかりは、FAXでもメールでも送れないので、封筒に入れてポストまで投函に行ってきました。


2004年09月17日(金) 水に似た勘定

頭全体が重く痛む。胸が締められて苦しい。いつも口が渇き、軽い吐き気がする。便秘がちになる。性欲および快感の減退・・・。
うつ病の身体症状のさまざまですが、まさにそのなかにどっぷり漬かった感じです。
食欲がないので、食べることもせずにぼうっとしていると、時間が飛ぶように進んでいってしまいます。
内定先の会社からは、「10月1日から勤務してくれ」と言われているのですが、はたしてこんな状態があと2週間足らずで解決するのかどうか、心配になってしまいます。

それでも薬のおかげか、動こうと思えば動けるから不思議です。
毎日高速道路で通勤になりそうなので、ETCの車載機の取り付けに行きました。ついでに、リモコン側を洗濯してしまって(ポケットから出すのを忘れた)電波の到達距離が縮んだエンジンスターターも付け替えを頼みました。
カー用品店で車を預けて、待つこと3時間以上。普段だったら当然イラついているのでしょうが、なんとなく頭も心もどんよりと濁って、知らぬ間に夕方まで待ってしまったという感じです。

ラウンドアップの申し込みをようやく済ませました。
長野でラウンドアップをするのは5年ぶりです。前回のラウンドアップのときにも、「転職」だとか「うつ病」だとかのキーワードがありました。今回とよく似ています。
そのことを思うと、「ああ、あれから5年が過ぎてしまったんだなぁ」と感慨深いです。

紙の新聞を読まなくなって、新聞社のサイトを読むようになって、あらためて各社の報道がいかに似ているかを知りました。そして、自社の利害が絡むときには、食い違いを見せるという面白みも。

「天声人語が盗用」認めず、新潮社に賠償命令 東京地裁
「天声人語が盗用」は相当 週刊誌記事めぐり地裁判決


2004年09月16日(木) ちいさな命

木曜日に勝手にポストに投函されていくフリーペーパーの「あげます」欄に、ハムスターの子供3匹というのがあったのを子供が目ざとく見つけ、欲しいとせがまれました。

そうしてもらって来たのが月曜日でした。ハムスターは人気の愛玩動物だけあって、飼育キットも3千円ほどで一通りそろったものがあって手ごろでした。
子供たちは喜んで、手でつまんでみたり、手のひらに乗せてみたり・・・

ところがこのハムスターは、生まれてからまだ3週間で、やっと乳離れしたばかり。水もウォーターボトルからは飲めません。しかたないので、スポンジを湿らせて吸わせてみたりしました。餌もヒマワリの種を与えてみたところ、カリカリと齧って頬に溜め込むものの、胃のほうに入っていく兆しがありません。

そんなこんなで、ストレスが溜まったか、乾きすぎたか飢えたか、我が家に来て3日目の水曜日にポックり死んでしまいました。哀れ短い命であります。皆で少し反省しました。
今日は庭の片隅に、ハムスターのお墓を作って、線香をたきました。

ケージだけ置いておいても仕方ないので、来週末あたりには、今度は大きくて丈夫なハムスターを買いに行こうという話になりました。

先月買ったメダカ4匹は、一匹死んでしまったものの、残りが卵を産みました。これが全部孵ると、狭い水槽の中にうじゃうじゃということになります。


2004年09月14日(火) また徹夜(自業自得とも言う)

火曜の昼は、『いま、会いにゆきます』 を読んでしまいました。完全に現実逃避してました。

夜通し働き続けて、今(水曜の朝)やっと出来上がりました。

これからしばらく仮眠を取って、お昼ぐらいに出発の予定です。


2004年09月13日(月) 身体的症状

頭の筋肉が硬直した感じがします。肩こりとは違う意味で、腕や首の筋肉が硬くなっています。脳内物質のバランスが崩れて、うつ病の身体的症状が出てきているのです。

用があってAAミーティングに行ったのですが、調子があまりにも悪いので、始まる前にメンバーに挨拶して帰ってきてしまいました。車の運転もあまりうまくできなくて、途中でベンツに突っ込みそうになり、パンチパーマのおじさんににらまれてしまいました。

横になったら寝てしまい、起きると夜の10時すぎでした。布団の中で目を覚ましたまま、横になっていると、なにか昔の習慣がよみがえるような気がします。

一人暮らしで飲んでいたころ、僕はうつ病の身体症状に悩んでいました。時に頭が重く、考えることも鈍く、体も自由に動きません。しかし、アルコールを飲むとその症状はたちまちのうちに緩和されました。そして、アルコールが切れると同時にその症状はまた戻ってくるのでした。

精神安定剤の代わりとして、アルコールを使っていたあのころ、うつ病はちっとも良くなってくれませんでした。布団の中から、とりあえず最初の一杯に手を出していました。

今はアルコールを解決に使おうとは思いませんが、代わりの解決手段が見つかったわけでもなく、ただまんじりと耐えているのです。


2004年09月12日(日) 行ってみたいと思いませんか?

誘っても誰ものってこなかったので、例によって一人で高速バスで東京に向かいました。
夢の島に行ったのは、多分生まれて初めてだと思います。
一泊研修会と名がついていますが、雰囲気は気楽なものです。そして、皆の真剣さ、まじめさに圧倒されました(と言いながら寝てたりしましたが)。

僕のシェアリング・パートナーとなってくれたのは、ソブラエティ7ヶ月の青年でした。彼がスポンサー役となってくれて、ステップ4・5の表を作り、一緒にステップ8・9の埋め合わせのプランを立てました。

夜の「経験交流会」のお話も楽しかったです。
AA全体に共有されているものがprinciple(原理)であり、人それぞれの解釈がstepであるというお話には納得しました。one's step(だれそれのステップ)という言葉が、やっと理解できました。

誰かがビッグフットはAAではないと言っていましたが、僕にはその真意は理解できません。
確かに「AAとはこういうもの」という固定観念を激しく揺さぶるものではあるのですが、多くの人たちにとって見れば、単なる「食わず嫌い」現象が起きているだけなのでしょう。

感想を記すなら、ステップ全体への見通しが良くなってステップへの信頼が増したこと。
日ごろステップに取り組んでいない自分が少し恥ずかしくなったこと。
「単純にしよう」という言葉の意味が実感できたこと。
そんなとこかな。

そういえば こちら のグラフですが、土曜日の訪問者数がかなり落ち込んでいます。そのぶんの人が夢の島にいたということなのでしょうか?


2004年09月10日(金) 面接

内定をもらった会社の管理部門との面接に行きました。
形式としては「請われて入社する」という形になっているものの、管理者たちは決して僕らを歓迎してはいないことを思い知らされました。自分もその管理システムの一環に組み込まれるかと思うとぞっとします。
会社に属するってことは、なるべくなら手渡したくない何かを、会社に手渡してしまうってことなんだなと感じました。

1時間の面接が終わった後、「ほかに何かないですか?」と促されましたが、なにかが記憶の片隅に引っかかったままで思い出せません。帰り道の高速道路の上で、「AAのことを話すのを忘れていた」ことを思い出しました。
一緒に働いていた連中には、AAのことは話しておいたのですが、彼らの理解では、私はボランティア活動をやっていることになっているのです。金銭的な利益を得られないことを、好んでやるのは、ボランティアであろうという推測でしょうか?
そういえば、面接で「何かボランティアをやっているとか?」と聞かれたので、「えっ」と答えたのですが、「会社としてはプライベートなことには立ち入りません」ということで、その話題は終わってしまったのでした。思えば、それを話のきっかけにできたのかもしれません。しかし、話は「転勤は難しいね」という話へ転がっていってしまいました。

帰ると、アマゾンに予約しておいた「酒とバラの日々」のDVDが届いていました。
裏面のうたい文句に「仕事のハケ口を酒で紛らわせる夫に、妻もまた・・・」とありました。変な日本語であります。「ストレスのはけ口を酒に求める夫に」とか何とかならなかったものでしょうか。「お互いのためにも子供のためにも力をあわせて必死に更生しようとする」・・・こ、更生ですか。まるで犯罪者ですが。「立ち直る」とかになりませんか。
ジャック・レモンの名演であります。

十分睡眠は取れているのに、睡眠不足であるかのように、頭の真ん中に芯ができたような鈍い痛みが取れません。どうやらまた「うつ」の季節がやってきてしまったらしいです。最近調べたところでは、うつの深さは薬で浅くできるけれど、良くなるまでの周期は薬では短縮できないのだそうです。季節が巡るのをじっと待つばかりです。


2004年09月09日(木) バランス

土曜・日曜と泊まりのAAイベントに行く予定です。
純粋に自分の回復のために、泊りがけでAAイベントに行くのは久しぶりです。それだけに楽しみであります。
土曜日の朝早く高速バスで出て、日曜日の夜に戻る予定です。

が・・・、仕事のほうも押していて、来週火曜日から現地へ泊りがけで出かける予定です。
うーん。普通にやっていては追いつきません。また徹夜する日々が戻ってきそうです。
仕様追加のメールが入ってますし・・・。
最悪、火曜日夕方まで自宅で作業して、火曜夕から移動、晩はホテルに泊まるだけで、水曜朝から現地入りまで延ばしたにしても、間に合うかどうか。

仕事に火がついていても、AAイベントに行っちゃうときは行っちゃいます。そうは言っても、いつも仕事をけ飛ばしているわけではなく、病院メッセージみたいな大切なことを仲間に押し付けて、仕事にいそしんでいる場合もあります。
どういう基準で判断しているのか、自分でも判然としません。

今回もすっかりAAイベントのことは半分忘れて、半分諦めていたのですが、土曜日に泊まる施設から、宿泊の確認電話がやってきました(リコンファメーションというやつですか)。そこで「キャンセル」と言ってしまえばそれまでだったのですが、寝ぼけた声で「はい」と答えてしまった時に賽は投げられたのでしょう。

仕事に無責任なAAメンバーは、ともするとAAに対しても無責任なことをする、と僕は考えています。かと言って常に仕事優先だと、自分の回復がおろそかになります。仕事もAAも大切だから、常にそのバランスに悩んでいます。
まあ、うつ病者なので、仕事もAAもバリバリの時もあれば、どっちも放り出していることもあるんですけどね。

えっ? もっと前に、ヒマだと言って寝ていないで、せっせと仕事していれば良かったじゃないかって? 「それを言っちゃおしめーよー」というやつです。

「仕事が3、AAが3、家族が3、自分が1」というのが、いつか昔スポンサーに提案された(精神的)バランスの割合です。たいていいつも、最後の「自分」ていう項目が一番になっていて、後から後悔するんですけどね。


2004年09月08日(水) 口臭

徹夜明けだったこともあるのでしょうが、配偶者に「口が臭い」と言われてしまいましt。
だいたい徹夜明けってのは、歯肉がぶよぶよして自分でも気持ち悪いぐらいです。座り続けているせいか、腸の働きが鈍くなって「バスッ」と大きなおならをしたりして、なかなかに最低の状態です。

胃腸が悪いと口臭がすると言いますが、病気というほどでもありません。思い当たることがあるとすれば、「虫歯」でしょうか。実はここ2〜3ヶ月、下の左の奥歯2本の表面がざらざらしています。痛いということがないので、ほったらかしにしているのですが、十中八九虫歯に違いないでしょう。一生懸命キシリトールで歯磨きしていますが、多分意味はないでしょう。

中学生のころ歯医者に行ったきりで、20年以上行ったことがありませんでした。(今のところ)最後に精神病院に入院していたときに、ヒマだったので歯医者に通いましたが、なんだかすごい下手な医者で、噛み合わせが悪くなって頭痛の原因になってしまいました。

酒をやめて、車のローンも片付いて(親に片付けてもらって)、金銭的に若干余裕ができたころ、まとめて歯医者に通いました。20年分の歯石を取ってもらうのは、すごく大変でした。頭痛の原因の歯も再治療してもらいました。上顎の親知らずを両方とも抜いてもらいました。
下顎の親知らずも「虫歯の原因にしかならないから、抜こう」と先生に言われたのですが、お断りしました。そして、案の定、虫歯になったというわけです。

昔は、健康保健が社保本人だと1割負担でしたから、会社を辞める前には歯の治療をしたものだと聞きました。今は国保でも社保でも3割負担は変わらないので、会社が閉まることになっても、あわてて治療したりしませんでした。

あんまり歯医者好きじゃないんですよ。酒を飲みすぎたせいか、麻酔の効きが悪くて、痛い思いばかりするからです。でも、10月になって少しヒマになったら行こうかな・・・と先延ばししています。


2004年09月07日(火) man at work

水曜日締め切りの仕事のために、徹夜でがんばっております。
そろそろ台風も通過したようで、窓の外も静かになってきました。
明るくなったら、コンビニにマンガ雑誌でも買いに行きましょう(息抜き)。
完成したら寝ます。


2004年09月06日(月) すべては過ぎ去る

そう、すべての事象は過去になってしまいます。どんなに自分で苦しんだことも、人を苦しめたことも、すべては「過去」という名でひとくくりにされてしまうのです。

過去に囚われて生きるのか、過去から自由になって生きるのか?
例えば進行したアルツハイマー病の患者のように、記憶という牢獄から自由になった人間であれば、「過去を忘れて、過去から自由になる」ということが可能なのかもしれません。
でも、過去から自由になるのに、過去を忘れるという手段は、必ずや失敗を伴います。例えば、とても恥ずかしい思いをしたことや、とんでもなく人を傷つけてしまったのに償いできていないことや、とんでもなく痛い思いをさせられたのに報復でいないでいること・・・。それらを忘れようとしたところで、神が人間に与えた「思い出す」という能力が、忘れることによる過去からの開放を許しません。

一人暮らしで飲んでいたころ、過去のちょっとした事象を思い出すと、たとえば悔しさだとか、無念さだとかも一緒に思い起こされ、感情がそれに支配されて一日が憂鬱になってしまいました。また、「あの時、これではなく、あれを選んでいたら、人生はもっと違っていたかもしれない」という後悔に付きまとわれていたこともあります。
そうした過去は、一刻も早く忘れて、永遠に思い出さずにいたいと思ったものでした。しかし、それは無理な話でした。

いまAAミーティングで時間を与えられると、僕はきょう以前の過去の話をします。「過去を探求しなさい」「なるべく正直になりなさい」「格好をつけないように」とアドバイスされました。そうやって、わざわざ思い出して話をするのは、過去に囚われることになるのではないかと思うかもしれません。しかし、人に話してしまうことによって、過去は客体化され、そして人は過去から自由になって生きていくことができるのです(たぶん)。
「思い出す」という能力が、過去の心の傷をえぐり出したとしても、もうその感情に支配されることはありません(だといいね)。

忘れようと努力することによって過去に囚われ、話そうと努力することによって、人は過去から自由になれるのでしょう。

僕は過去に母親が付けていた日記を読んで、その内容に戦慄しました。
僕はミーティングで正直な話をしようと努力していると自負していたのですが、自分の話より現実はもっと強烈でした。
アル中のぼやけた記憶が都合の悪いことを忘却させ、プライドが物語を装飾し、虚栄心が美化をし、目立ちたいという本能がドラマティックに仕立て上げます。だから、僕の話していることも(たぶん他のメンバーが話していることも)99%が虚構でしょう。

だけれども、僕の考えでは、正直さの絶対量なんか問題にする必要はないと思うのです。話したいという方向性、より正直にというベクトル、それが人を過去ではなく現在に生きさせる力になるのでしょう。

年月を経た人の話は、内容は悲惨であっても、どこか美しいドラマになっています(恨み節が含まれてなければね)。その人の中で過去が過去になった表れでしょうか。


2004年09月05日(日) 秋の訪れ

9月に入ると、あっという間に秋の訪れを感じます。
ついこの前まで、短パンに下着代わりのTシャツという姿で過ごしていたのに、今ではそれでは寒くてたまりません。長袖のパジャマで、靴下も履いております。

机の上においてあるディジタル気温計は、8月上旬は32℃あたりを示していたのが、今は26℃ぐらいであります。26℃でも十分暑いと思うのですが、寒いと感じてしまうのだから、人間の体は不思議であります。

外気温はそろそろ20℃ぐらいになっているでしょうか。車のオートエアコンが、冷房を切って送風だけになる季節であります。

そろそろ『酒とバラの日々』のDVDが発売になるようです。もうずいぶん前にアマゾンで予約してあるので、来週あたりには配達されてくるんじゃないかと期待しています。もう少し古い『失われた週末』も探しているのですが、現在在庫切れだそうです。

もっともここのところ何日か、日程的に追い詰められて仕方なく仕事に取り掛かっております。そうやって自分を追い込まないと始めない「小学生の夏休みの宿題」みたいな性分は、自分で叩き直さないといけないと思ってはいるのですが、直りそうもありません。
で、日程的に苦しい中で仕事をしていると、何かほかの事に逃げ出したくなるものです。例えばDVDを見るとか・・・。

『男が女を愛するとき』もまだ見てないし、『リービング・ラスベガス』もまだ見ていません。感想なんかをこの雑記に書いている日は、仕事から逃げ出した日だと思ってください。


2004年09月04日(土) ステータス希求の仮説

ステータスという言葉があります。辞書を引くと「(社会的)地位」とあります。
以下は、仮説です(実証しようとも思いませんが)。

AAにやって来る人は、ステータスを失っている事がままあります。
失っていなくても、それが脅かされているからこそ、やっと周囲の説得に応じて、AAのドアをくぐってきます。だが、現在の日本のAAのメンバーシップは、ステータスと無縁な人が多いことを示しています。だから「こんな連中と一緒にされたくない」という反発心を抱く人が多くても、決して不思議ではありません。
ステータスを追い求めることに、さしたる意味はないんだよ、とAAの本は説きます。だからAAを負け犬の集まりだと考える人は去ってしまいますが、いずれもっと強力な説得相手(アルコール)に説き伏せられてAAに戻ってきます(とは限らないか)。

AAのプログラムが謙虚さを説くということは、図らずも「人はそう簡単に謙虚にはなれない」と言う現実を照らし出します。人はステータスを追い求めることを諦められないものです。

文字通りの社会的地位というのは、失うと取り戻すのが一番難しいものです。信頼を回復することの難しさは、皆が身にしみて感じていることです。
金銭もステータスになりうるものですが、これも一挙に取り戻すのは難しいです。幸運を願ってギャンブルなんかに手を出すと、別の依存になりかねません。

(男にとっては)女という存在もステータスにすることができます。若くて美しい女を自分のものにするというのは男の功名心を満たしてくれるものです。アメリカの国務長官だったキッシンジャーは、チビでデブでハゲであったが、若く美しく背の高い女性と結婚しました。それは彼にとって「さらなるステータス」を意味したのでしょう。(女はステータスと結婚できるのか? という疑問がわきますが、女心はわからないので置いておきます)。

いくらAAのプログラムが霊的な成長をかかげていても、男は男のままであり、女の尻を追いかける性分です。AAの男女比は4対1。本能が異性を求めるという点では、男も女も同じでしょうが、男の場合にはステータス希求という面があるだけに厄介です。

そこらへんが根源にある以上、AAはストーカー問題とか、セクハラ問題とかを未来も抱えていかなければならないことなのかもしれません。なんか「うんざり」しますけど。

ちなみに、セクハラは「何をされたか(言われたか)」が重要ではなく、「誰にされたか(言われたか)」のほうが問題なんだとか・・・。気をつけましょうね。

ある男性オールドタイマーが、「独身の男性AAメンバーにとって、ソブラエティの最大の難関は、実はセックスの問題なのだ」と言っていました。そういうことは、公には語られないし、僕もそのときには「単なる性欲処理の問題」だと思ったのですが・・・。
そう言う僕自身、決して潔白ではないし。


2004年09月03日(金) あれこれ

ホームページの最下部に掲示してあるアクセスカウンターが、4万を超えました。
これも訪れてくださる皆様のおかげです。お礼申し上げます。

サイトの中身のほうは、最初はフロッピーディスク一枚に収まるサイズだったのが、いつの間にか10MBを超えております。そのうちには、日記もサイト内に収容する予定なので、ボリュームは膨らむ一方です。現在 ieji.org を収容している共用サーバーの容量は30MBなので、そのうちにどこかへ引っ越さなくてはなりません。候補としては ここらへん でしょうか。

新聞をとるのをやめてから、1ヶ月が経ちました。新聞のテレビ欄を見なくなったので、テレビを見ることがさらに少なくなりました(オリンピックは別)。
代わりに新聞社のサイトを見るようになりました。最近では Google がニュースリンク集を始めたのでお世話になっています。
アルコール検知器購入を半額補助、希望殺到 秋田県職員 という記事には「なんだかなぁ」という感じです。東北の日本海側はAAが苦戦しているところでもあるんですよね。

仕事で山梨へ出かけたついでに、前から行ってみたかった 分杭峠 まで出かけてみました。ところが時間の読みを間違えて、現場に着いたのは午後7時過ぎ。あたりはとっぷりと暮れ、オカルト話 もある場所で、あまり言い気持ちはしませんでした(オカルト嫌いです)。
おまけにミーティングに遅れるし。

とあるメーリングリストでは、「共依存者がいたから、今の私の命がある」というお題で盛り上がっております。何が良いことなのか、僕にはさっぱり分かりません。


2004年09月02日(木) 回復への道

そういえば、先週の週末の深夜に少年犯罪のテレビ番組をやっていました。出演者は、金八先生とSMAPの彼と、若者多数。
そのなかで覚せい剤や麻薬を使うのは「自己責任だから本人の勝手」なのか、それとも「やっぱりダメなものはダメ」なのかという話し合いの後に、茨城ダルクの映像が流されました。

その映像を見ていて思ったのは、(若い連中ばっかりだなぁー)ということであります。みんな10〜20代で、それ以上は40代のおじさんが二人いただけでした。以前ダルクの代表が「20代後半になってからじゃ遅いんだ」と言っていたのを思い出しました。薬は肉体も精神も急速に蝕んでいくのでしょう。

その映像を見ても、まだ「こいつら意思が弱いだけだよ」と言っていたのに対し、出演したダルクの所長さんの言葉がとても重かったです。「ビデオに出てきた連中は、まだましな連中だよ。いままでダルクが預かった人の、7割はいわゆる廃人なんだ」
テーマが少女売春に移ったので、そこで見るのを止めてしまいました。

「心の家路」のリンク集も、いままではマックやダルクの情報へのリンクはしないでやってきました。でも、そうした情報を望んでいるのに見つけられない人もいるのでしょう。ギャンブルの中間施設のワンデーポートの名前もあまり知られていません。中間施設だったら数が多くないから(多くないのも悲しい話だけど)、取捨選択せずにリンクすることができます。

病院となると、リンクすることに暗黙の支持がこもってしまうから、難しいですね。でも、数はそう多くないけれど、Webマスターにいただくメールの相当部分は「家族がアルコール依存症なんですが、どこの病院がいいでしょうか?」という内容だったりします。

といっても、僕は長野県内の情報ぐらいしかもっていないので、県外で紹介するのは、神奈川のあそことか、東京だとあそことあそこ、あと群馬のあっこだとかの有名どころの名前を挙げて見せるのが精一杯なんですけどね。


2004年09月01日(水) 繰り返し繰り返し

長女が小学2年生で、二桁の足し算や引き算の宿題を持って帰ってきます。
まず国語が得意なので、そちらの宿題をまず済まし、苦手な算数の宿題は寝る前までほったらかしなので、眠い目をこすり、ぶうぶう言いながらこなしています。
なぜ二桁の足し算ができないかというと、まず一桁の足し算ができていないのです。指10本で収まる足し算ならいいんだけど、桁上がりが起こると頭が止まってしまいます。
しかたないので、指の変わりに1〜18まで数字を書いて、それを使って「6に8を足すときには、6に○して、そこから8個行った先が答えなんだよ」と教えました・・・が、時間がかかるばかりです。

基本的には算数ドリルか何かを徹底してやって、一桁の足し算を全部覚えて暗算できるようになれればいいのでしょう。ドリルをやるのは退屈でしょうが、算数は理屈じゃなくて、体で(というか頭か)憶えるものであります。

足し算の理屈なんて後から分かるものでしょう。国語だって、動詞の下一段活用とかの理屈を憶えてから言葉を覚えるわけじゃありません。
才女になって高等教育を受けてほしいと願っているわけじゃありませんが、基礎でくじけて学校の勉強が苦痛のまま十何年を過ごすのは、ちょっと可哀想であります。

演繹的に言うと、「酒のやめ方が分かりません」というアル中さんの言葉を聞くことがありますが、酒のやめ方なんて頭で理屈を覚えるものじゃなくて、体で実践して覚えるものじゃないのかなぁと思うのであります。

子供たちの夏休みはとっくに終わっていて、本来であれば妻は昼間を自由に過ごせるはずが、「おーい昼飯」だとか「ジュースがないぞ」とかしゃべるストレッサーが毎日家にいるおかげで、すっかりご機嫌斜めであります。これも家で仕事をするのを断念した理由のひとつです。でも、専業主婦なんだからなぁ・・・、もうちょっと・・・ぶつぶつ。

アル中妻の旦那さんの「酒なんかやめなくてもいい。家事育児をしっかりやってくれれば」という言葉に無理解を感じはするのですが、心情は理解できなくもないかなという次第。まあ、家庭と言うの名の鳥かごに閉じ込めておいたほうが安心で、自助グループになんか出してあげて、そこで自分の知らない人間関係を築かれたりすると、嫉妬心が生まれたりするんでしょう。


もくじ過去へ未来へ

by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


My追加