Allyssa
Dad
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 娘さんを膝に乗せて運転(駐車場内)

朝、急に朝予定を聞かされて驚く暇も無かったのですが、どうやら朝に娘さんを車に乗せて実家へ帰しに行くというスケジュール進行とのこと。娘さんとわたわたと家を出て娘さんを乗せたまま車を運転して機械式駐車場をしまいこみ実家へ向かいました。その後、バスに乗って駅へ行きました。

なんとかにんとか締めが終わってほっとしました。売上は見込みに未達成でしたがハードな月です。売れない月ほど忙しくなるものです。

帰りはあっさり帰れました。途中、ビデオ屋に寄って「アドレナリン」「サンキュースモーキング」「上海の侯爵夫人」を借りました。なんと旧作半額だったそうですが手持ちの金銭が少なかったのと観る時間を鑑みてこの三本にしました。

部屋に戻ると奥さんと娘さんが起きていました。三人でわいわいして眠りました。

2007年11月30日(金)



 失敗

昨日、義母さんの車を借りたようなので朝、娘さんを病院に連れていってもらいがてら、駅まで送ってもらうことになった。うちの駐車場は機械式なので小さい娘さんが居ると非常に危険です。ですので、夜間まで近くのスーパーの駐車場に置いてもらい、パパが帰宅時に駐車場に入れるという話になっていました。

締めも明日を残すのみですが突然の提出書類作成云々の仕事の依頼が多くきてしまい、参りました。そのため、深夜残業を続けていましたが、午後十時半に奥さんからメールが来て朝の車入れの約束を思い出しました。急いで帰りましたが奥さんが娘さんと共に車入れをしてくれていました。真夜中に幼児を外に出してしまいパパ大反省です。

まだ娘さんと奥さんは起きてましたが暗くなった部屋でクリスマスツリーがデコレート済みで光っていました。うちは帰国子女の嫁さんのおかげでクリスマスツリーを飾るのが早いです。

部屋に行くと怒った奥さんと娘さんが起きてました。娘さんはニコニコとパパ、パパとなついてきます。寒い思いをさせて申し訳ないです。

仕事が興に乗るのは良いことですが大失敗でした。

2007年11月29日(木)



 めんどくさい

週末は締めだというのに、なかなかやる気が起きなくて困っている。やる気がないようだ。風邪と薬の副作用で頭があまり働いていないようだ。バイオテロのおかげで会社全員が咳や鼻水や高熱を訴えています。感染源は私かも知れませんが違うかも知れませんし何とも言えません。

ところで、奥さんは派遣社員で働いており、年収が配偶者控除にひっかかるくらい稼いでしまったので控除から外したのですが、日付がまずかったらしく派遣会社の契約うんぬんの関係で弊社のほうで書き直しをしなければならないことに。めんどくせーな。

2007年11月28日(水)



 パパやーや

今日は娘さんと朝から一緒です。パパも風邪ひいているので薬を飲んだら異常に眠気が襲ってきました。

娘さんはママが居なくなると同時に「お菓子食べたい」と甘えてきます。パパと半分子と二つ取っても全部娘さんが食べてしまいます。ここは親として躾なきゃな、と言う事で、びしっと怒りました。娘さんは泣きそうな顔になり「ごめんなさい」と謝りました。

それでも甘えて御飯を食べないのにお菓子食べたいと言うので厳しくしたら「パパやーや」と早くも嫌われてしまいました。

それでも一緒に御昼寝をしました。今日は一日四回うんちをするほど快便のようです。

ママが帰ってきて御飯を食べました。

2007年11月27日(火)



 風邪は伝染すにかぎる

朝は奥さんと義母さんと娘さんが病院なので一緒の登園ではなくパパのみバスに乗りました。

さて、どきどきでしたが何とか明日、どさくさにまぎれて休暇を得ることが出来ました。良かったです。娘さんと一緒にすごせます。しかし、皆、意地悪なのか新手の嫌がらせか分かりませんが明日の休暇なのに回答を求める仕事ばかりです。頭にきたので少し早めに帰りました。

昼間に風邪薬を貰いに病院に行きました。会社の近くにあり、利便性に富んだ病院ですが中国人医師なので何かとイソジンを処方してしまいます。今回はイソジン要らない代わりにトローチをたくさん貰いました。のど飴買うよりトローチ処方してもらったほうが安価です。

娘さんも異状はないようなので安心していますが油断は出来ません。といいますか、むしろ大元気です。しかし、何事も経験とはいえ幼児のけいれんを見るのはこれっきりにしてもらいたいです。精神的に辛いです。

会社中に風邪菌をばらまいてしまったようです。バイオテロですね。

2007年11月26日(月)



 娘さんの絵の才能

娘さんの熱も引き、平熱が続いたのでほっと一安心です。ですが、けいれんを起こした後なので来週一週間は保育園お休みです。寂しい思いをさせたくないので何曜日かに有給休暇を取得したいとパパは考えています。

あまりにもお目目が痛いので眼科に行ってきました。角膜には傷ついていませんが、風邪による結膜炎とのことです。で、そそくさと帰ってきました。

夕方、娘さんと一緒にお絵かきをして遊んでましたが、娘さんはこの齢にして物体の視覚解析能力が凄いと思います。ちゃんと「まーる、おめめー、おめめー、おはなー、おくちー、おみみー」と位置が分かって書いているので思わずパパとママは写真を撮ってしまいました。

ところで、時間もなくなってしまい、ゾディアックを観ました。なかなかよく出来た作品です。デビッド・フィンチャーということで期待したんですが、映画的かつ映画的な作りで好感を持った作品です。確かに70〜80年代の作りっぽい作品で全体的にまとまった形で面白かったです。

で、「バベル」なんですが返却期限も迫ったこともあって夜更かしする体力も風邪っぴきには無かったので早送り4の速度で観ました。映画好きはやってはいけない荒業ですが大体のストーリーは分かりました。子供がいる身で鑑賞するとかんがえさせられるものがあります。

2007年11月25日(日)



 とりあえず超安堵

熱はあまり下がりませんが一応、病院に朝一番で連れていきました。義母さんが送り迎えしてくれました。けいれんも再発しなかったので月曜日に改めて再び病院に行くことになりました。

帰りにマックのドライブスルーで朝食を買ってきて家に義母さんも上がって食べました。娘さんは39度、40度近くを彷徨っていますが行動的には元気です。

昼近くまで睡眠をして、奥さんの友人が遊びに来ました。以前にも来た事のある同郷近くの人です。娘さんも御機嫌です。私はスーツのズボンの修繕をしに店に行きました。帰りにビデオを借りて帰りました。「ダイハード4.0」「バベル」「ゾディアック」です。TSUTAYAで半額でした。

娘さんが夕方近くになって40度近くになってしまい、坐薬を入れました。熱が下がるように一生懸命に夫婦揃って祈りました。

娘さんが早めに眠ったので「ダイハード4.0」を観ました。期待はしてなかったんですが意外と面白かったです。奥さんもシリーズ中、最高の出来と言ってました。youtubeで断片的には観ていたんですがエレベーターシャフト内のSUVのアクションシーンはなかなか良かったです。ただ、F−35の自爆行為は余りにも酷かったです。けれど、大画面で見るとさすが迫力は格段に違います。しかし、ヤマカシ、「007カジノロワイヤル」に続いて世界的に仕事しているなあ。このヤマカシのおっさんのビルからビルへ飛び移って腕だけで飛び降りる場面を俯瞰に撮影している所と冷却タワーでの壁を水平に走り回るところとか動きが人間ではないよ。

ビデオ鑑賞ですが背後で娘さんが動いたり、寝言や寝息を立てると急いで夫婦揃って布団に飛んでいきます。あんなけいれんはもう二度とごめんです。

2007年11月24日(土)



 私の人生の終わりかと思った

昼過ぎまで娘さんはテンションが高く遊ぼう攻撃が凄かった娘さんです。寝ている私にキスをしたりして様々な魅力と誘惑で娘さんはご機嫌だったんですが、熱が出はじめたので安静ということになり東京へ外出の予定ですが取りやめ、お昼寝で眠りたくないと愚図るほど元気だったのですが、一緒にお昼寝をし、二時ごろ、一回起きたときに、いつもは「もう、起きようよー」と言うのですが、具合が悪いのか、そのまま眠りました。

三時ごろ、抱っこをしながら眠っていて、ふと起きると娘さんの手が震え、けいれんを起こしていました。目が白目を向いて震え続け、驚いて思わず(本当は身体を揺すったりしてはだめ)咽喉に何か詰まっているのかと思い、洗面所に抱きかかえ横にしたり、口を吸ったりしましたが歯をくいしばって何も出来ません。奥さんが救急車を呼びました。少し、震えも収まったので布団に横にして病院へ行く準備をしました。問い掛けに頷くまで収まったので心の底から安堵しました。けいれん中に目を閉じて息をしなくなったときは、私自身の人生も終わりかと思い、心の中から強く絶望しました。

救急隊員が三人も来てくれて、懇切丁寧に状況を優しく教えてくれて非常に安心感を得ました。急に体熱が上がって熱性けいれんで、小児にありがちな症状だそうです。担架も来ましたが抱っこして救急車に乗っていきました。奥さんに抱かれた娘さんはけいれんの時にびっくりしているのか怯えています。救急車の屋根の上にみかんみたいなものがあったので娘さんに「みかんだね」と言うと娘さんは頷きました。元に戻ったようなのでパパも安心しました。

病院に行って待ち時間なく病棟に行き、診断を受けると、やはり熱性のけいれんだそうです。パパママ互いの兄弟とも幼少の頃に経験はないのですが、最近の子供は多いようです。うちの弟の子供も娘さんと同じ年齢の年に三回経験しています。

会話も出来るように落ち着き、泣き叫んだりすることが出来たので良かったです。但し、24時間は絶対監視のもとでケイレン再発に気をつけてくださいとのことでしたので油断が出来ません。熱さましの坐薬を貰いました。後でネットで調べてみると大半の子供は一回で終わりとのことです。

もうこんな経験一回だけでたくさんです。本当に驚き寿命が二百年くらい減ってしまいました。びっくりしました。なんでも二、三分間、続くので身体をゆすったりしないで刺激を与えないでください=そのままに、なんて出来るわけがありません。二回目があったらそれらを傍観することが出来るか不安です。一回で終わりであることを祈ります。

ところで、十月から受難続きの娘さんですが、ある法則があることが分かります。パパかママのイベントのときに大病を患います。パパがイベントや出張のとき、今日はママは勤務先の送別会に行く日でした。出かける前で娘さんがこういう状態になったのでパスになりました。もしかすると、娘さんは「行かないで」とこういう形で自己表現しているのかも知れません。

2007年11月23日(金)



 お目目が痛い

もう二、三週間になりますが、目が痛くてどうしようもありません。真っ赤になってコンタクトが確実に浮いてきて目やにがたくさん出て起床時に目やにが固まって開かないくらいです。それでもパパは労働をしなければいけません。

娘さんを登園させましたが、最近甘えん坊屋さんで直ぐに抱っこしてとせがみます。

仕事は激務でした。今週はギリギリまで海外提出書類に泣かされました。

お目目の眼科に行かなきゃな。

2007年11月22日(木)



 いま、できること。いま、夢見ていること。

なんだか重労働に加えて目の痛さで目の周りが荒れてきてます。ストレスも関係してるのかな?みずみずしさが失われていってます。まずいなあ。

小さい頃から保守的だったのかも知れないが、なにか夢があるときはそれに100%捧げることなく基本の生活を並行して近づいてゆく方法をとっていた。そのため、どれも極めるということには、ならなかったが、か細い満足感を少しは得ることが出来た。しかし、完全な征服感を味わうことはなく、使いたくない言葉だが中途半端な人生だったような気がする。それでなあなあで生きてきたのは一人の人生だったからかも知れない。

但し、今は違う。子供も居る家族を構築している。逆に危ない橋を渡れない制約はあるにしろ、安定した経済力と生活力を維持、若しくは拡充していかなければいけません。金と煙草はいくらあっても困りません。頑張らなきゃいけないのですが、

言い訳では無いのですが、どんな事象や状況であれ、いま、できること。できないことの二種類があります。

2007年11月21日(水)



 感染

二。三週間前から風邪をこじらせ、マスクもせずにプチバイオテロをしていたら会社の人のほとんどに感染したらしく欠勤者続出です。申し訳ないな、と思いきや自分の風邪が治ってないのも悲しいです。普通、ホスト(宿主)より新しいホストに移ったらアポトーシスする筈なんだが・・・

今日も帰りがすごく遅かった。疲れた。海外出張の清算支払い申請しなきゃいけないし、っつうか、経理のでぶちんが休んでて立て替え金申請したのに払ってくれないのは何故だろう。六千円は大きいのに。早くくれ。まっすぐ奥さんに行くのだが、俺が使い込んでいると疑われてるから。早くしろ、でぶちん

2007年11月20日(火)



 リポDの力を借りる

出張明けで机の上には書類がどっさりで残務も溜まりに溜まっています。残務に追われて残業という形になりました。しかも、月曜日早々、海外への資料作成を命ぜられ、休む暇が無いです。以前からこの仕事を旧勤務先用語で上司達はタコ部屋(一度、ブタ箱と言い間違えてしまい上司に怒られましたが)と読んでいるのがよく分かる仕事です。プロジェクターに投影しながら皆で部屋の中でカンヅメになりながらドキュメントをその場で作り上げていくという仕事なんですが、ハイレベルな仕事なので大変です。英文タイプも必死レベルの極地で働いています。

出張明け、週初めなのに十時過ぎまで仕事をしてました。なんとなく疲れています。上海で土産に買ってきたローヤルゼリーが全く効果が無い。さすが中国産。不信感が高まります。なのでリポビタンDを飲んでます。

2007年11月19日(月)



 ねて曜日

昼間まで眠っていましたが、家の掃除とかを極力手伝いました。娘さんが風邪を引いているので外に出さないようにしました。

なんだかだるい一日でした。まあ、出張明けだったし、移動するのも結構疲れるんですよ。

2007年11月18日(日)



 娘さんのフェイバリットチャンネル

さて、出張明けの朝なので昼間まで眠っていましたが奥さんの色々と手伝えという命令に駆り出されました。

最近、ケーブルテレビ三昧で民放を観ていないのですが、娘さんはお気に入りのようです。娘さんは風変わりの番組が好きで、勿論一般的なディズニーチャンネル、子供向け番組なども観るのですがお気に入りが「Daddy & なんとか」というぬーぼーを擬人化したような親子が絵の内容を当てるという行為を淡々と毎回繰り返す番組と「パピヨン・デ・マミヨン」というフランスの二匹の蝶々が他の昆虫と遊んだりする番組で絵柄がキザクラカップ酒の絵みたいに統一感のない絵です。が、娘さんお気に入りらしく歌まで覚えています。あと、「TIGGA TOGGA」で、登園のときにパパが「ティガッ!」と言うと娘さんは「ポガッ!」と叫びます。

2007年11月17日(土)



 上海出張最終日 虹橋(ホンチャオ)空港の肉うどん

さて、最終日です。あいにくの雨です。コンビニとかへ行けません。ですので朝食を食べてオレンジジュースを飲んで部屋に戻りメールを何通か送り支度をしてロビーに下りてチェックアウトです。エビアン30元が大きいです。昨晩、ドライバーが迎えに来るだの云々を微かに言っていたので携帯電話に連絡を入れると寝ている最中で今朝は迎えに行かないとのこと。タクシーに乗っていくことにしました。

タクシーの中で上司とお話をしながら30Kmくらい走行して、やっと開発研究所へ着きました。ですが、中央分離帯がUターンできない車道でUターンが出来る交差点へ行くまで直線で2km(笑)中国は広大です。工業団地も日本と規模が完全に違います。なにせ工業団地の大通りで地平線が見えるくらいです。それでもタクシー料金は100元ほどで1500円。安すぎます。

開発研究所を見学してうちの会社の巨大さを知っていた筈だったのに改めて驚いて、研究所を後にしました。で、タクシーに乗って空港に着いて搭乗手続きを済ましました。上司が香港に居た頃に上海に来るたびに、この空港で肉うどんを食べるのが、いつも楽しみだということを話してくれたので食べようということに。出国手続きを済ませてターミナルに入り、肉うどんのカウンターを探したのですが年月が経っているので壁になっているとのこと。仕方なく唯一のレストラン「シャロン(日本語の看板)」に入りました。なんとそこに肉うどんがありました。55元。よくロンドンやNYで天ぷらうどんは食べましたが肉うどんというメニューは海外で珍しいですね。さっそく頼んで生ビールも。昼間から酒を呑みながら肉うどんを食べました。とても美味しく日本食の味が恋しくなった辺りのシメの食い物としては最高の味でした。私もホンチャオ空港の肉うどんは忘れられないメニューになりそうです。

出発の時間まで御土産を購入しようとしましたが、まともな免税店が全くなく奥さんから頼まれた義母産と義妹さんへの御土産、ランコムのマスカラが売ってませんでした。この居ない間、風邪気味の娘さんの面倒を見てくれた御礼です。しかし、目的の品物が無いので焦って高価な月餅を買いました。他にも会社の人への御土産を買い、娘さんへはパンダのバッグとパペットを買いました。

以前、奥さんと海外に行った際はスワロフスキを御土産として買ってきて集めようと話をしていましたがホンチャオ空港は一時的に国際線を止めていた空港らしくマジでまともな免税店が無いです。

で、時間になったので飛行機に乗りました。けっこう行きと同じように混んでましたが三座席の窓側通路を取ることが出来ました。しかも真ん中は空席です。しかし、なかなか飛びません。管制塔の指示待ちのため一時間飛びません。上司も退屈になってしまったせいか、眠ってしまい、私も飛び立つ前まで眠りました。

ANAスカイチャンネルで「トランスフォーマー」をやっていたので観たかったのですが残念ながら上司が起きているなか、一人で観ているわけにもいかないので止めて話をしました。

羽田空港に着いて上司を駐車場に送っていって安堵して煙草を吸いました。そこから電車に乗って帰りました。

家に帰ると久しぶりの我が家の家族です。娘さんもパパーと抱っこしてきます。もしかすると中国でSARSに感染しているかも知れませんのでキスはしませんでした。

娘さんにパンダさんの御土産を渡すと喜んでいました。食べ物は危険なので娘さんには食べさせないようにしました。奥さんへは金を使ってこないことが奥さんへのお土産ということで納得してもらいました。

久しぶりに家族で眠りました。

2007年11月16日(金)



 上海出張第三日目 赤シーファン

眠る暇もなく朝七時に車がやってきます。なんとか五時半に起きてモーニング・バイキングを流暢に食べに行きました。再びオレンジジュースです。煙草を吸おうと思ったら上司が来たので辞めました。朝の挨拶をして部屋に戻り支度です。。眠たい目をこすりながら事務所へ一時間かけて走りました。地平線が見えるほど中国は広いです。

事務所に着いて八時半から講義開始。不思議に昨日ほど眠くはありませんでした。ですがニコチンの禁断症状は抑えられえません。警備員の詰め所に行って煙草を吸いました。私は一度に二本吸うのですが警備員から「一度に二本吸うのは身体に良くないよ」と健康を気遣われました。いい人だ。というか、上海空港のタクシー仕切り屋と空港の売店で大きい袋をくれなかったケチ女以外は皆全員いい人達でした。

で、三日間の講義の予定でしたが、上司の粋な計らいで二日間に凝縮させ、明日の三日目は、弊社でも人員があまり行ったことのない開発研究所に行くことになりました。ですので八時くらいまで講義は密度濃く行われました。終わった後の飲み会も無い事務的なトレーニングだったので御土産に持ってきたジャパニーズ・サケを講師に渡したら非常に喜んでいました。

で、今日はあっさり帰れて会議の予定も無いのでホテルの横にあった気になるレストランに行きました。そこで、よく中国映画に出てくる白身魚の蒸し料理(シーファンだったかなんだったかの赤いやつ)の話になり、「食べたことないのか?頼もう」という話になり夢にまで見た料理を頂きました。中華街でも要予約の高額な魚料理です。食べ方は身を食べながら白飯にタレをかけた頂きます。美味過ぎます。しかも、魚全体をひっくり返さないで骨を器用にウェイトレスさんにとって貰いました。もう嬉しくて嬉しくて再びチンタオビアを飲みました。上司はラオチューを一本空けました。凄いです。あと、茄子料理を食べたのですがインゲンだと思って日本ほど食べたものが唐辛子で再び辛い料理の洗礼を浴びることになりました。

ホテルに十一時くらいに帰り、また一杯ということでロビーラウンジで再び長話をしました。色々と会社のことや人間関係のことを聞いて話が長くなりました(私の意向で)部屋に戻り、廊下の喫煙所で煙草を吸って眠りました。今日は電話もメールも出来ませんでした。

上海オフィスの向かい側が小学校らしく子供たちの声が聞こえましたし、ホテルに滞在している子供たちも身なりがよく台湾のような格差を感じてはいませんでしたが(大人の浮浪者は多かったです)早く娘さんに会いたいな、とホームシックならぬドーターシックに少しなりました(ワイフシックもね)

2007年11月15日(木)



 上海出張第二日目 あっぷあっぷの自己紹介

昼間からのセミナーで現地が車を手配してくれたので10時に玄関で待ち合わせです。ブレックファースト・インクルーディングなので1Fのレストランへ行ってサインをして朝食。またもやバイキング形式でありがたい。牛肉のソーセージや臭いのきついチーズ(食べましたけど)など土地特有のメニューでした。勿論、オレンジジュースがあったので飲みました。やはり出張中の朝のオレンジジュースは格別の味です。食べ終えて部屋内の飲み物に手をつけると痛い目にあうのでコンビニに行きました。サントリーウーロン茶500ミリリットル3元=45円。ポテトチップス1元=15円を買い入れました。なんとゆう安さでしょう。けど、台湾よりは少し高い気もします。

で、車が来ない。駐車場に行って探してドライバーに聞いても違うとのこと。上海事務所に電話をするともう居るとのこと。英語が少ししか通じないドライバーなので先に確認した運ちゃんでした。

次のホテルに行くとインド人が三人乗ってきました。一人はターバンを巻いた人で名前はシンさんと非常に分かりやすい人でした。で、上海オフィスに着きましたが大使館並の警護で警備員が四人もいます。メールでやりとりしたことのあるてきぱきとした管理部の人が、とても優しそうなおばさんで上司と共にイメージが違うなあ、と思いました。

さて、着くなりフランス人の講師で一度日本にも来た事のある人です。自己紹介です。パパ、突然の展開に(予想はしていましたが)あっぷあっぷです。

講義の始まりです。ある程度、ヒアリングはOKなので良かったです。問題は喫煙。一緒に来ている本部長は煙草の匂いが嫌いな人です。今まで、この人の前で吸ったことはありません。というか、私はお客さんの前などでも煙草は吸いませんし、喫煙をしていない人の前では九割吸いません。で、敷地内を探したのだが灰皿が無い。そこで苦渋の選択で本部長に聞いたところ、「ここは中国だからポイ捨てでいいんだよ」と非喫煙者にあるまじき発言で喫煙者の私が「それはまずいですよ」と答えた。

で、どうしようもないので厳重な警備を敷く入り口の警備員詰め所に行って灰皿を聞くとありました、ありました。土方の人がよく使うようなドラムカンが。早速さの字で煙草を味わいます。厳粛な面持ちの警備員さんも笑っております。

そんなこんなでなんやかんやでセミナーを終えて帰路に着きましたが間髪入れずにホテルの上司の部屋で電話会議です。今回はNY、日本、フランス、上海とグローバルです。10時半までかかりましたが日本では11時半まで会議をしたことになります。その後、食べてなかった夕食をルームサービスで頼みました。またもや楊州炒飯を食べました。一時半くらいまでチンタオビールを飲んで部屋に戻って廊下の喫煙所で煙草を吸って眠りました。結構24時間拘束の出張になりハードです。

2007年11月14日(水)



 上海出張第一日目




午後から海外出張なのに午前中も隙間無く忙しかったです。目処がついて本部長と空港に向かいました。再び上司に運転をさせる状態で申し訳ない状態です。

成田の国際線は遠いので羽田から虹橋の路線で行きます。しかし、羽田の国際線はあまり施設が立派でなく食事をするレストランもありませんでしたので、カウンターで軽食という形になりました。免税店で先方の御土産にジャパニーズ・サケを買っていきました。キャビンマイルド1カートン2000円でしたが、荷物になりそうですし、本部長は煙草が嫌いな人なので(私へはかなり許容していますが)そういう姿を見られたくないので買いませんでした。

さて、出発です。上海航空の便です。これまた初体験なことが起こりました。機内食はあまりにも酷かったです。サンドイッチと漬物、海老の刺身とありえない組み合わせで唖然としました。またそばが硬い。しかも、本部長に「これ、豆腐ですかね?」と聞いたら「パウンドケーキ」とのこと。驚きました。見た目完全に豆腐です。

上海が見えてきました。非常に工場が多いです。空港に着き一万円ほど換金して610元20銭に替えました(1元=16円ほど)イミグレです。あっさり通りました。さすが、for business です。しかし、早速中国の洗礼を浴びました。タクシーの行列が終わったと思いきや、タクシーの配分を仕切っている人間が我々日本人と見るや否や違ったところに止まっているタクシーに連れていかれ、メーターも回さず「150元(2,500円)」と。こういうことに慣れた本部長は喧嘩を売り、降りました。ようやく英語の出来るドライバーを探し、ホテルへ。32元(500円)でした。危ないところです。さすがアジアです。

ホテルに着いて本部長が昔に懇意にしていたという和平飯店に行こうということになりました。そこは上海の租界の場所です、昔から租界のことは小説や映画などで知っていましたので人生で一度は行ってみたいと思った場所でした。まさか仕事で来るとは思いませんでしたが、私は基本的に仕事で出張に来た場所で観光をする主義ではありません。仕事が終わればさっさと帰る人です。人生で仕事の出張で観光などをしたことは一度しかありません。




ところで、ホテルはダブルでミニバー付きで18階と、少し引いてしまいました。いい部屋だな、と。

タクシーで租界に向かい和平飯店に向かいました。昔の様々な建築様式の建物が並び、ライトアップもされて幻想的な風景でした。対して河の向こうにはビル群が立ち並び素晴らしい景色です。いつか家族を連れてきてあげたいな、と思いました。上司の懇意にしていた和平飯店は残念ながら銀行になっていました。租界全体が金融街になっているようです。時代の流れはグローバルに変動しているようです。

そこで南京東路の歩行街という歩行者天国の様な通りで食事をしました。上海蟹を食べました。それよりセンマイの辛い料理と辛い野菜、鳥の脚みたいなやつを食べました。青島ビールはお酒の呑めない私でも飲めるので結構量を飲みました。最後に楊州炒飯を食べましたが美味かったです。

ホテルに戻ってパソコンが繋がる状態にしたので奥さんにメールを送ったところ、電話がかかってきました。奥さんは英語も中国語もお手の物で海外への電話は躊躇しません。色々とお話をして娘さんの無事などを聞き、バタンキューと眠りました。今日は会社を出てホテルの喫煙所までの10時間、禁煙していました。部屋は禁煙の部屋でしたが、それほど辛くはありませんでした。枕元のカウンターにあったエビアンを空けて飲みました。ミニバーの価格表を見ると30元=450円。ぼったくりで吹いてしまいました。

2007年11月13日(火)



 危険な酒を回避

出張と海外出張に挟まって会議です(涙)会議資料を全く用意してなかったので午前中は休む暇が無かったです。

午後から始まりましたが今回は不思議に眠くなかったです。ほぼ取締役が出席していなかったので時間通りに順調に進みました。何故なら今日は本国の本社のCFOが来ていました。そちらの対応で不在のようでした。

結局それでも八時くらいまで残業になり、明日、一緒に発つ本部長から呑みに誘われましたが準備をしていないので残念ながら断りました。本部長との酒の席は楽しく、時間を忘れてしまうので危険なのです。11月5日のときのように非常に危険な酒なのです。

2007年11月12日(月)



 娘さんと遊ぶ

二日後には海外出張ですが、ばたばたとしててそれどころではなく、なかなか準備が出来ません。娘さんの病状もあるので慎重に扱っていますが、娘さんは元気です。当分、会えないので娘さんとたくさん遊びました。

病み上がりなのに最近、ボキャブラリーが凄く「その前は」とか「あとでね」と時系列の会話が出来るようになりました。凄いです。歌もたくさん覚えていて英語の歌もたくさん覚えました。

2007年11月11日(日)



 娘さんが川崎病の疑いを持たれる

三時まで呑んでいた広島の顧客と電車で帰ろうと相成ったので朝五時起きです。しかも本部長に起こされる始末です。別に本部長の車で帰ってもいいのですが、上司の車に乗せてもらうことの申し訳なさと、高速道路で私を下ろすために一度降りなければいけないことへの配慮です。

ホテルからタクシーで修善寺駅へ向かい、伊豆箱根鉄道で三島へ向かいました。天気は悪かったのですが、風景が田舎でとても良かったです。三島から新幹線に乗り換えて品川へ。そこで顧客とお別れして私は家へ向かいました。娘さんが高熱なので実家へ泊まっていることは知っていたのですが午前中に家に帰るとも聞いていたので家に帰ると誰も居なかったので疲れを癒すために眠りました。

奥さんと娘さんが家に帰ってきて二日間会えなかった娘さんと遊びました。確かに身体が熱く熱があるようです。

夕方近くになり、娘さんの咽喉が腫れていることに奥さんが気付き、急いで夜間休日救急へ連れて行きました。始めの診断で前回の軽い肺炎の入院から熱が続いていることと咽喉(リンパ腺あたり)が腫れていることから川崎病かも知れないと言われました。急いで血液検査をすることになり一時間待たされた結果、川崎病では無いけれど月曜日も病院に来てくださいと言われました。ほっとしました。良かったです。娘さんはすやすやと眠っています。

ところで、病棟の待ち合わせの場所で警察官と何やら押し問答をしているおっさんがいました。声がでかいので聞くつもりが無くとも聞いてしまったのですが面白い話でした。断続的で断片的な話をまとめると、まず旦那さんが奥さんが首を吊っていたので包丁でロープを切り助けたとのこと。奥さんは少し鬱が入っていたが、なんでもこの旦那さん至る所に不動産を持っているらしく、それらを狙った第三者の犯行ではないか?とのこと。ちなみに次女は精神病療養中。しかし、警察は包丁が無いので怪しいとみたらしく、おっさんを尋問するのですが、おっさん、逆ギレ。最初はおっさん、優しく「何でも聞いて」などと言っていた割には大人気ないです。警察ももう嫌になったらしく、途中で帰りました。そんなこんなで飽きさせない時間を過ごしながら薬を貰って二時頃に家に帰りました。疲れましたが子供は病に弱いものでこれから、こういうことが多くなることでしょう。大病で無ければ免疫をつけるために必要なので親ともども頑張っていこうと思いました。

2007年11月10日(土)



 出張の朝のオレンジジュース

本部長と昨晩二時くらいまで呑んだのですが、今日は昼間からの会議なので常識的なぎりぎりの時間まで眠っていました。朝風呂を浴びて眠気を覚まし、朝食へ。出張時のモーニングのバイキング形式が個人的に人生でとても大好きです。何処の国へ行っても大体のバイキングメニューは同じですが、チーズとかベーコン、ソーセージとかスクランブルエッグが好きで、飲み物は決まってオレンジジュースです。家で朝からオレンジジュース飲まないのにこういう時に常に朝、飲みたくなるのも不思議なものです。これは昔から出張で選んでいる定番メニューですね。

時間が近づくにつれ、弊社社員や顧客が来たので対応や準備開始です。ここでトラブル発生。うちの会社が呑気に決めてしまったせいか、顧客が二人部屋というので苦情が出ているとのことだったので急いでフロントと交渉し顧客全員を個室にすることが出来ました。顧客からも「大変だね」と労いの言葉を頂いたので少し癒されました。

そんなこんなでつつがなく会議が始まりました。過去歴代の会議はトラブル続きで喧嘩が発生するのが定番だったんですが本部長がそれらの状態を修復してくれたおかげか、恐ろしいほど厳粛に会議が流れ、円満なムードで進みました。途中、フランス帰りの技術部の人がそのまま成田から伊豆まで新幹線で向かってきて参加し、顧客に多大な安心感と信頼感を得ることが出来て凄かったです。

そのまま懇親会に流れました。ここで一番高価なメニューでしたのでイセエビとあわびが出ました。イセエビは好きですが、鮑は言うほど好きではなかったのですが、懇親会欠席者の都合上、二個食わされる羽目になりました。

で。懇親会のあと、スナックに行ってカラオケ接待です。奇跡的に弊社、顧客ともカラオケの腕に覚えありの人達が集まったので面白かったです。特に関西でいつも電話でやりとりしている方が凄く歌が上手かったです。

二次会が終わった後、本部長といろいろと話をしてスナック欠席だった仲の良い顧客の部屋で飲みました。朝の三時まで。しんどかったです。

2007年11月09日(金)



 娘さん再び高熱

パパは今夜から会議のために修善寺に出張です。いつもと違うトランク並みの収容能力を持つバッグと娘さんの荷物を手に一緒に登園です。

出勤して暫くすると保育園から奥さんへ連絡があったらしく熱が38度を超したとのことです。再び高熱です。義母さんが迎えに行ってくれました。今回、出張が無ければ良かったのですが、冗談かどうか分かりませんが先日のイベントの際に顧客への対応などの営業センスがあるのではないか?という上層部の誤解で今回の会議に参加と相成ったわけです。困ったことです。

定時が過ぎましたが奥さんの話では娘さんは熱は出ているが元気とのことです。安心はしましたが心配です。しかし、仕方なく出張前泊に出発です。上司である本部長の車に乗って出発です。基本的に上司の運転する車に乗るというのが苦手です。以前、寝てしまった経験もありますし、上司に運転させて部下が呑気に助手席に乗っているのは個人的には苦手なのです。

七時に出発して結局十一時半に現地に付きました。途中、食事をとったりの道中でした。車中、様々な深い話をしました。けっこう世の中、見かけにはよらんのだな、という話と本部長の家族の話を聞きました。息子さん、TOEICが930とのことです。そんな得点の人、今まで聞いた事ありません。うちの奥さんでも800弱なのに凄いです。

現地はすごく広いリゾートホテルです。そこで二時までビールを呑んでました。本部長は呑む量が凄い人なのですが饒舌になるのが好きで私は止める皆とは反してがんがん飲ませてしまいます。そのために翌日、体調を崩し休ませてしまったこともあります。

顧客以外の弊社社員は相部屋という形でしたが互いにいびきをかくということを知ったので安心に眠りました。

2007年11月08日(木)



 同僚の失言

娘さんも何とか風邪も落ち着いて保育園でも大丈夫なようです。

昼間、同僚と蕎麦屋にメシを食いに行って今週末の会議の話をしたところ、酒の話になり、育ちのいい真面目な同僚が、前回の北海道の出張の際のときに起きたことを懸念して「上司、お酒大丈夫?また喧嘩しない?」と言うので、「俺がいるから大丈夫」とまずいことは俺は言わないような対応をしていたらカウンター席の二人左がその上司達でした。もう私はそういう場に慣れていますし、二人きりで飲むときは問題ないので対応は慣れております。同僚は失言が聞こえちゃったか、と本気で怯えていました。私も変なことを言わなかったですが、油断はできないものだな、と思いました。

ところで、海外からの日本の法規制の質問があり、けっこう調べて調査結果を送ったら「君は質問の内容を理解していない」と全然違う内容の質問でした。フランス人で英語の使い方が甘い方らしいのでしょうがないですが、本部長ともども「なんなんだ、そりゃ」と憤慨しました。

さて、本部長は英国滞在が長かった英国紳士を絵に描いたような人で気さくで優しい方です。優しい上司と言うのは非常に困るもので期待や信頼を裏切れないという強力なプレッシャーを常に帯びる形になります。上手い社員教育法です。

2007年11月07日(水)



 書は恐れるものではない

はてさて、どっちが良いものか考えることがあります。いるかどうかは分からないけど世の中の酸いも甘いものうち、甘いしか知らない育ちの良い温室育ちの部類の人とか居ると思います。そういう人は悲劇(客観的に)とかを知らずに生きていってるんだと思いますが、突然のアクシデントやハプニングに対処できるのか、不安です。かたや、悲劇(客観的に)を知っている場合、対処方法を経験として学ぶことが出来ますが、それが果たして子供に良い影響を与えるのかどうか不安です。

私は結構ゴシックな知識環境と共に、田舎の大自然というバランスの元で育ったのですが、それが良いとも言えませんし。なかなか難しいです。ただ思春期の頃に、稲垣足穂や種村季弘とか読むと毒だな、とは思います(後々に娘さんがこの日記を読むようになったら種村季弘は大人になってから読むように)

私は小学生の頃は推理小説、自分のお小遣いで本を買うようになった中学生の頃はSFと幻想小説、そして海外小説へとシフトしていった経緯があります(その間、澁澤龍彦を並行していましたが)読む順番を間違えなければ良いな、と思います。けど、下手な路線にいってゴスロリ系、アングラ系、サブカル系になったら、ちょっと心配ですね。パパのことは棚に上げといて。

ゴスロリなんかは特にそうなんですけど、結局思想ではなくファッショなものなので人生に糧は殆ど与えないし、アングラもサブカルも知的探究心の満足をさせるかも知れませんが社会的な糧は全くないし難しいですね。まあ、パパはアングラ、サブカル系でしたが、ライト感覚という中途半端で適当でした。

娘さんは本好きなので長い間、本と付き合って欲しいです。まあ、これだけは本人の嗜好の問題なので絶対的な強制は出来ませんけれど。とにかく知の探究心があればとても嬉しいですね。

パパのようにそういう酸い話を知っていて精神的にタフになったとしても、それでも私でも聞けば気の滅入る話が多くなった世の中です。娘さんはそういう世界に入らず、幸せに呑気に生きて欲しいです。

2007年11月06日(火)



 危険な酒

またもや仕事の始まりと娘さん登園の始まりです。久しぶりの保育園なので泣くかと思いきや、あっさり皆と順応しています、が、パパに抱っこをせがみ甘えるし、最期のバイバイのときも怒っていたので辛かったです。

遅い時間に残業を終えて本部長にメシを誘われたので飲みに行きましたが、夜の十二時まで呑んでて本部長がべろんべろんになってしまい、勘定を私が支払い、私自身帰れなくなりタクシーを使う羽目に。確か七千円くらいの出費になりました。しかも、翌日、本部長休むし(涙)

2007年11月05日(月)



 娘さんの死んだふりに本気でびびる

前日早めに寝たせいか、今日はパパも珍しく六時に起きてしまったので午前中にお出掛けと相成りました。

アカチャンホンポに行ったらポイント10倍デーで凄い行列でした。バスの中で既に眠っていた娘さんとパパが行列に並びました。

その後、建物内でランチをとりました。珍しく娘さんがぱくぱく食べていてママの御飯が少なくなってしまいました。また、水をこぼしてしまい、先ほど買った洋服を着なければいけない事態に発展も。

場所を移して娘さんの洋服を買いに行きました。パパと娘さんは屋上へ行き、滑り台のあるところへ。子供達がたくさん居ましたが娘さんは負けじと滑り台に乗って遊びます。いつかは大人になったらパパに見えない世界で遊ぶのかなーと思うと感慨深く思います。

ところで、咳風邪が治った筈の私ですが何故か鼻水がだらだらと出てクシャミも出ますので娘さんに伝染さないように気をつけていましたが娘さんもクシャミをし始めたので恐くなりました。ママに知れたら大変です。

で、実家に寄りました。ママが熟睡しはじめたのでパパも習って眠りました。娘さんも眠りました。

ママが買ってきたフッ素の歯磨き粉で磨いたのですがブドウの味がするらしく、パパがお布団を敷いている間に開けながら「ブドウの味するんだよ」と言うので驚いて取り上げました。飲んでないか?と聞いても「飲んでないよ」と言いますがうがいをさせました。結構、パパも心配になってしつこく聞いたら「ちょっと待って」としゃがみはじめました。娘さんはお風呂に入る直前だったのでオムツをはかせていなかったんですが、うんちをしていました。びっくりです。一瞬、しつこく聞いたので娘さんが恐がっちゃったのかな、と思いました。風呂上り、恐がってないかなと思ったあと、身体を拭いていると娘さんが時々する、死んだふり(目をとじて脱力するやつ)をやられてしまい、フッ素か!?と思いましたが、いつものごとく娘さんはけらけら笑っていました。しかし、本当にびっくりしてパパは叫びそうになりました。悪戯っ子です。

鼻風邪が酷いのでパパは寝室のほうで眠りました。くたびれていたせいか、すーっと朝まで眠りました。

2007年11月04日(日)



 養生家族

休日ですが病み上がりの娘さんをいたわってひきこもりです。パパも少し体調が良くないので養生しました。夜も早めに眠りました。

2007年11月03日(土)



 2007年は蟹(現時点)

前にも書きましたがそれなりの仕事や職業に就くと(上司は頭脳労働という言葉を使いますが)顧客の接待や、もてなしにそれなりのレベルを要求されたり、こちらが用意しなければいけません。もちろん会社の金で。

私は以前、努めていた会社の上司の言葉「会社から貰う金は給与と賞与だけ」と「自分の金を仕事で使うな」という言葉が長い間、胸に刻まれています。前者はつまり、横領や着服をするな、と言うことで、これは常識です、犯罪ですし。で、後者はシャープペンシルの芯一本でさえも仕事で使うなら自分の金を使うな、という意味です。これは社会人で無ければ分からない台詞だと思います。

今の上司の本部長の台詞で名言が数多くあります。以前、日記でも書きましたが「シンプルにクリアーに」という言葉はこの年になって頭が吹っ飛ぶほどの金言だと思いました。そして、「ホストはゲストをもてなす場合、ベストを尽くすこと」という言葉があります。本部長は世界中でマーケティングの仕事をしてイベントを企画してきましたが、その場所の最高のホテルを用意し、最高の料理を用意し、ベストであることをモットーにしていたとのことです。

前にも書きましたが「幸せのちから」の主人公ウィル・スミスはホームレスでありながら、仕事の関係上、タダでフットボールの試合を見に行けたり、ゴルフをしたり、高級料理を味わうことが出来ました。私も人生でそういう場面に何度も幸いながら出くわしたことがあります。育ちが貧しかったので戸惑うときもありますし、「ああ、自分だけこんな高級な料理や状況を得て、家族に申し訳ない」という気持ちが心を満たすときもあります。

今週初めにあったイベントのイベント企画業者との打ち上げがありました。私の上司と同僚の女の子と先方の二人で五人です。店がこれまた横浜で有名な店。そして出てきたのが松茸の土瓶蒸し。次に蟹の炭焼き。これが凄かったです。今年、奥さんの友人の粋な計らいで蟹を食べましたが、焼くのもなんとも素晴らしいことか・・・今年一年を漢字で表すと現時点では「蟹」ですね。それを食べ終わった際に、おしぼりの上にレモンが乗ったものがやってきました。私の上司はセレブな体験をしているので、レモンで指を洗い蟹の匂いを消すということを教えてくれました。あやうく、レモンを口に入れるパパでした(同僚の女の子も先方の業者も全員)そして、次に出てきたのが牛肉の石焼です。いやはや、これが肉かと思わせるほど柔らかく美味でした。今回の宴で梅酒の味を覚えたので青島ビールと並ぶOKアルコールの種類に入るようです。間違いなく現時点で今年最高の料理です(近々あっさり、入れ替わることになりますが)

一人当たり三万円超の宴を終えて業者の一人と珈琲を飲みにいきました。同じ年ですが、相手には中学生の娘さんが居ます。いろいろと育児や教育について話しました。先方は楽器の道に歩み、吹奏楽部だとのこと。うちの娘さんは将来、何になるんでしょうか?親として米軍全面協力並みのバックアップ体制で挑まなければいけません。



2007年11月02日(金)



 高度経済成長時代のサラリーマン

イベント最終日、昨日と出勤はしませんでしたがレポートや来訪者データ集計に勤しんでいたので何とか明けの仕事は激務ではありましたが順調に進みました。ただ、経理のバカが連絡ミスで監査の人に迷惑をかけたことに腹が立った程度です。

三日ほど空けていた状態なので残務が溜まっていて処理をするのに11時近くまでかかりました。なんだか最近高度経済成長時代のサラリーマンっぽいです。

2007年11月01日(木)
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