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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2004年09月23日(木) 改めて信仰というプログラムについて 白樺湖でラウンドアップの現地打ち合わせ。
白樺湖というのは堰止湖なので、平地側から上っていけば必ず下流側から接近するはずなのに、なぜか上流側から近づいてしまいました(道を間違えたことを素直に認めたくない)。
朝8時に起きたのに、昼間「辛くてたまらない」という感じがないのは、欝の周期を乗り越えつつある証拠かもしれません。ともかくお昼ご飯がおいしかったです。
4時に終了して、そのままホームグループのミーティング場へ。
今夜は仲間の1年のバースディミーティングでした。
ハンドブック(ビッグブック)の5章の先頭は、この簡単なプログラムに自分を徹底してゆだねれば、回復できないことはまずないと断言しています。
その「簡単なプログラム」というのを、私たち(と言って悪ければ僕)は、新しくミーティングにやってきた仲間に提示できていたのかな、というのが最近の疑問です。少なくとも僕は、自分にも理解できない「不思議なもの」を新しい仲間に手渡そうと悪戦苦闘(といったら言い過ぎか)してきたように感じるのです。
私たちが語るのは自分自身の経験でなければならないのは間違いがありません。でもそれは、自分がどのように酒で落ちぶれていたかという話に終始するのではなく、自分が「この簡単なプログラム」にどのように取り組んできたかを示す必要があると思うのです。
AAには道を究めて究明するような「真髄」があるわけではないでしょう。あるのは、Keep It Simple(単純に保とう)という合言葉によってシンプルに保たれたプログラムだけです。
「ともかくミーティングに通っていれば何とかなる」という言葉に対して感じる胡散臭さは、カルト的思考停止の不気味さに似ています。
AAのプログラムを受け取るためには、信仰という言葉を受け止めて消化することが避けて通れないでしょう。日本には日本のAAがあっていいはずだというのも何か違うと思います。
神前結婚式の変わりに人前結婚式を編み出したように、神前式プログラムを人前式プログラムに編みなおそうとしても、そいつはちょっと無理がたたるだろう、と思うのであります。
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