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野村胡堂あらえびす記念館ホールでの練習会。 例によって、ぐるぐると順に弾くだけなんですが、 このごろ、ちょっとした変化がみられるのです。 それは、それぞれ自分の番のとき、 ちゃんと「練習している」っていうこと。
ちゃらっと1回通して、はー弾いた弾いた、じゃなく、 そのあと何度か部分練習をする。 あるいは、通す前に、ちょっと片手の確認をしとく。
そういうメンバーが増えてきました。 今日のメンバーさんはみんなそうだったな。 私も今日は、家で弾いているみたいな練習をしました。 これがスタンダードになると、 練習会はもっともっと気楽になるし、 そのうえ身にもなる、一石二鳥じゃないかい?
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いつものことではありますが、今日も、 たいへんに有意義な語り合いができたように思います。 なにしろ、ピアノが好きで好きでたまらん人たちの集まり。 それぞれの、ピアノに向かうキモチとかスタンスとか、 将来の展望、平たくいえば、なにを目指したいかとか、 何度話し合っても、「それ、前にも聞いた」ってならないのは、 人が日々、ちびりちびりと変化しているからなのでしょうね。 それにともなって、ものの見方考え方も、 音に相対する姿勢も変わってくるからなのではないか。
かく言う私も、自分のことゆえ、いまいち分析しきれないながら、 確かに、1年前とは何か違っているなと感じます。 えーっと、具体的には、練習する曲の選び方とか、 自分の振り返りのためにしか録音しなくなったこととか。
1日の練習時間が少なくなっているし。 それは、季節の問題もあるんですけどね。 あと、デジピが壊れていることも関係あり。 指に問題が生じてしまったことや、 やたらに疲れやすくなったことも、大きく関係あり。
そのために、練習のしかたが以前とは違ってきたのかも。 やみくもに弾きまくるんじゃなくなってきたな。 いちいち、すんごく考え込むようになった気がします。 楽しい悲しい激しいといった一次的な気分だけじゃなく、 もっと微妙な、移り変わりや揺らぎまで、 なんとかして音で表現できないだろうか、 この1音をどう弾くか、って 前よりうんと考えるようになった。
たぶん、サークルのメンバーさんたちから 多種多様な刺激を受ける機会が多くなって、 思考半径(造語〜〜)が広がったんじゃないかと。
まったくもって、サークルさまさま、メンバーさまさま。 そういった意味においても、 数人の中で弾いたり喋ったりすることには 大きな意義があると感じます。
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