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ゴム長靴とビニール手袋、頭に帽子を載せ、 首にはガーゼタオルを巻きつける。 こうして、菜園スタイルが完成する。
順序が違うな。 まず、首にタオルだ。 次に、帽子を選んでかぶり、 ゴム長をはきながら、ビニ手を装着。
首に巻くタオルは、この3年ほど、ガーゼと決めている。 よれよれ〜のクタクタ〜になったガーゼタオルが 全部で10本ほどあるかな。 くたくたなほうが、肌に優しいので 切れたり破れたりしない限り、使い倒す予定。
というわけで、本日、今シーズンの「タオル始め」でした。
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作物を植え付ける予定の部分に限り、草取りをした。 例によって、いーち、にーい、と数えながらである。 100本抜いたら、バケツにたまった草を捨てて山にする。 この山は、やがて土に戻ることになっている。
雑草のない状態は、せいぜい数日しかもたない。 根っこが残っていれば根っこから、 地中にタネがあればタネから、 彼らは次から次へと際限なく現れては、 作物に届く前に、肥料からの養分をかすめ取ってゆく。
タネとか、苗とか、そういう「弱小」なうちだけでも、 せっかく植えたもののほうを守ってやりたいので、 最初だけ、きっちり草取りをするのである。 自力で根を張って、養分ゲットできるようになったら、 周囲を歩くのに支障がない限り、草取りなんかしない。
義母はよく草取りをする人だった。 (過去形で書いていますが、存命です) (もう、畑仕事をしなくなったから) はぁ? と思うのは、 畝と畝の間の草は後回しで、 人が歩くところ、すなわち畑ではなく 畑のまわりの通路の草をこれでもかと抜く。 義母いわく、 「ほどりの草ぁ取らねばね」 (周りの草を取らねばならない)
畑の周りが黒々としていると、 ああ、ここは畑だなあ、と思えるのだそうだ。
うーーーーん。。。。。 畝の間こそ草取りすれば? って思う。 踏みつけるところよりも、作物のあるところを。
誰のための草取りなんだろう。
なーんつぅことを考えていた数年間があるので、 私は「作物周辺」しか草を取らなくなったのよ。 なんでも合理化するのがスバラシイとは言わないけれども、 どうせ汗かくなら、繋がる糸の多い方を、と思う。
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さて、2時間ばかり、最低限の草取りをして、 苦土石灰をバラバラと撒き散らし、 昨年トマトだったところにキヌサヤを植え付けるべく、 ざっくざっくとスコップで掘り返した。
今年もまた、ヤブガラシのおっさんが 図太い根っこを縦横に張り巡らせているのを 見える範囲、ブチブチと引っこ抜いた。 我が家の下の地盤を強固なものにするのに 一役買っている。。。のではなく、 めっちゃくちゃ邪魔くさいのである。 草なのに、、、草のくせに。
今年も、おっさんの根をため込むとしよう。 天日にさらして、パッサパサに干からびさせるんだから!
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結局、下準備だけでぐったりと疲れ果て、 種蒔きには至らなかった。 明日の朝、気力があったら、畝を立てて、 土にタネを預けるとしましょう。
そんなに何時間も働いたわけじゃないのに おそらく久しぶりの外仕事っていうことで疲れたんだな。 朝早いシフトの前日には、ほどほどにしておかないと 起きられなくて遅刻ギリで焦ることになるかもね。
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草取りという作業は、機械的に手が動くだけなので 活発に、自由に、好きなことを考えていられる。 脳にとっては、かなりリラックスした時間なのではないだろうか。 問題は、そうやって考えていたことが 記憶になかなか残らないっていうこと。 あとで、どんなこと考えていたんだっけ、と思っても ノーアイデアというか、片鱗すらも思い返せなくてがっかりする。
けど、一度は脳内をかけめぐったはずのこと。 じわじわと積み重なり、いつか溢れ出すことがあるかな。
それは、本を読むことと似ている気もする。 読んだ内容は忘れても、ほんの少し、何か獲得したものがあって、 いつか、形を変えて表に出てくるときがあるかも、というような。
できれば、生きているうちに、、、だな〜〜 そして、話したり書いたりできるくらいの元気があるうちに、頼むよ。
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