The Green Hills of Earth

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☆★CF-W2関連:「分解/HDD交換」 / 「キー清掃」★☆

2006年06月22日(木) 昨日のつらつら(ep055/黒パン/同時進行) / 735万円 / 抗議書 / ベスト11 / 牛肉 / 石油 / 今日のつらつら(宗教/豆乳/ステキ)

先日悩んだあげく、スカパー110のアンテナを取り付けました。早いものでもう無料視聴期間が終わってしまうようです。どうしようか散々悩んだ結果、スカパーで契約したのは以前と一緒のフジテレビ721(と抱き合わせの739)のみ。以前は(結果として)アンテナの不良の為、受信レベルが安定せず殆どのチャンネルが受信できなかったので、どうせ見られないならばとパックを解約してF1を見る事のできる(そして、数少ない受信可能チャンネルだった)721(+739)だけを契約していたのですが、今は受信レベルが安定して、どのチャンネルも見られます。しかし、数少ないパックは無駄なチャンネルばかり多く、自分が見たいチャンネルが全部入っていないのに高いので、721(+739)とスカイA(探偵!ナイトスクープを見たい為)だけを契約しようとしたのですが、それでもかなりの高額(2000円超)となってしまう為、結局最低限の選択として、F1を見る為の721(+739)のみの契約としました。それでも、それと基本料金だけで1500円もかかってしまうんですよ。何か勿体ない話ですね。もう少し様子を見て、もしかしたらもう一度スカパーに戻る事にするかも知れません。でも、そうすると、アンテナの配線の問題が出てきそうで、頭を悩ますところです。一番楽な解決法は「金」です。パック料金+自分の見たいチャンネルの料金を支払う事が出来れば(アダルトが見たいなどと言わなければ)いちいちアンテナの事など心配する必要もない…でもそれはビンボ人には高嶺の花なんですわ。

兎に角今は無料視聴期間の為、見る事のできるチャンネルがたくさんあり過ぎて、またワールドカップに時間を取られていた事もあり、CS放送をじっくり見ることを殆どしていなかったのですが、昨日ちょっと空いた時間を利用して様々なチャンネルを少しずつ見てみたのです。そうして見つけたのが「ep055チャンネル」です。まぁ見つけたと言っても、CSが受信できる環境なら、チャンネルを回していればすぐに出てくるチャンネルなんですけれどね。
「いつか行く旅」という番組では、昨日はデンマークを紹介していました。ゴシック様式の建物が美しかった。「日本の色彩」という番組では日本古来から伝わる色を映像を通じて紹介してくれます。「日本の風景〜都会桜」では、都会に咲く桜の美しさを映し、夜は「チック・コリア ランデブー・イン・ニュー・ヨーク」なんて番組をやってくれていました。これは結構良いかな。見るものがない時はこのチャンネルにしておくのが良さそう。そう思う位気に入っちゃいましたよ
それにしても、チック・コリアも久し振りに見ましたが、その後で太鼓を叩いていたスティーブ・ガッド…老けましたねぇ。うちにはGADD GANGなんてLDもあるんですけれど、この当時はまるでラモスの兄弟?みたいな風貌なんですけれど、今はモーガン・フリーマンを若くしたみたいな風貌になっちゃった。でも、奏でる音楽は最高! 幸せな時間でした。やはり、JAZZはレコードで聞くのも良いけど、映像がついている方が楽しめます…本当はライブで聞くのが一番なんですけれどね。

スーパーで食料品の買い出し。一昨日も買い出しをしたのですが、足りないものがありましたので別のスーパーに行ったら、偶然こちらは今日が安売りの日って事でした。「しめた!」とは思ったのですが、反面「こんな事で運を使い果たしているような…」という気持ちにもなり複雑。
余り間食はしない方なのですが、映画を見る時などにはちょっとだけ食べます。その間食を買い足したのですけれど、棚に「黒パン」というものがありました。袋には「黒糖をたっぷりかけた昔懐かしい味」とあります。うーん「昔」ってどれ位昔なんでしょ。少なくとも私は「懐かしい」とは思えなかった。と言う事は戦中派又は戦前派の人が懐かしいというものなのでしょうか。試しにと思って買ってみましたが「昔懐かしい味」っておいしいものじゃないですね…

ワールドカップ・サッカー、昨日はグループDの2試合が同じ時間にありました。
ポルトガル対メキシコとアンゴラ対イラン。メキシコとアンゴラは勝敗の如何によって先に行けるか予選落ちとなるかが決まるという事で、片方の試合を見ていても途中経過が知らされるのには参りました。できれば結果は知らずに録画した試合を楽しみたいものですが、まぁ、結果を知ってしまったとしても楽しんでみるしかないですね。


735万円

兵庫県尼崎市の園田競馬で、3連単の馬券で同競馬場最高となる735万7640円の配当が出ました。10頭出走で720通りの馬券組み合わせの内700番人気で電話投票による1票だけ売れた馬券だそうです。これは地方競馬では5番目の高配当だとの事。(最高配当は2005年5月13日東京の大井競馬場での1300万390円)

「こう言うのがあるからギャンブルはやめられないんだ」と言う声が聞こえてきそうです。
100円がこれだけのお金になったら笑っちゃいますね。しかし、こんなのが出る事自体奇跡に近い確率ですから、これで味をしめてのめり込んでしまったら人生踏み外しちゃいますね。


抗議書

巨人が11日のロッテ戦で1塁ランナーの小関が3塁ベースを踏み忘れた為、本塁打を取り消された件について、「映像による再検証」「ビデオ等の判定方法の導入」を求める抗議書をセ・リーグに再提出しました。

私はこの件については見ていないのですけれど、言っている事はとてもまともな事ですが「これが実現すると、巨人の勝ちはまた減っちゃいますよ」と言いたいです。今までどれだけ巨人に有利な判定に他チームが泣かされてきたか…まぁこういう話は巨人が動く方が実現に向かう可能性は大きいでしょうから、そういう話をする事は大切なんですけれどね、目先の欲に目がくらんで、今までどれだけ贔屓去れ続けてきたか、その実態を忘れると万年Bチームの仲間入りになるんじゃないでしょうかねぇ…って言うとちょっと大袈裟すぎますかね。


ベスト11

先日は(ワールドカップの試合を評して)「日本のFWはゴールの20m前になると消えてしまう」と的を射た評を発表したイタリア紙ですが、そのイタリア紙が選ぶ第2戦でのベスト11にGKの川口が選出されたようです。
確かに第2戦での川口は光っていましたね。第1戦でもかなり頑張っていたのですが、あれだけDF陣に穴が開いては、カバーしきれなかったと言う感じですし…

不信に終わった11人というのも選出されたそうですが、その中にはイタリアのトッティやデロッシが含まれているそうです。
でも、その中に日本のFW陣は入っていないでしょう。まぁ元々世界の目からは全く期待されていない訳ですから、不信ではなく実力通り、定評通りと言う事なんでしょうね。


牛肉

牛肉の輸入再開が決まりました。
小泉首相は「これだけ時間をかけて、問題点や疑問点をぶつけて協議し、全国各地で国民の声を聞きながらようやく合意が出来て良かった」とコメントしました。

本当に言葉って言うのは便利なものです。
「全国各地で国民の声を聞きながら」ってどこでどれだけの人の意見を聞いたのでしょう。民間の調査では国民の8割が「輸入再開に反対(疑問)」といっていますし、小売店などでも「消費者の理解が得られていない」と販売を自粛するところも多いようです。「全国各地で」ということですが、実際にはどれだけの地域で、どのような人の声を聞いたのでしょう。実際には「ごく限られた地域で、ごく限られた人たちの意見を聞いた(吉野家の前で吉野家の利用者に等)」または、「まったく意見を聞かなかった」のどちらかであって、「自分は聞かれていないぞ」といっても「ほかのところで十分な意見を聞いた」といえる逃げ道のことばでしかないですよね。本当に国民の声を聞いたと主張し、国民の理解を得るつもりがあるなら公正取引委員会でも立ち合わせて厳密に行うべきでしょう。結局、日本の政治は今も国民不在のアメリカ追従金魚のフン政治でしかないという事ですね。
更に、「米国産牛肉が良いのか、国産が良いのかの好みもあるし、値段の高い、安いなどもある。さまざまな観点からどちらを評価するのかは個人の選択だ」と言うコメントも発しているのですが、これは大きな間違いですね。確かに自宅で肉を買うだけの話なら、すでに私は米国産の肉は牛だけではなく豚や鳥についても不買の体制をとっています。それは問題ありません。いくら低価格が魅力でも、健康について心配なものを金を出して買うというおろかな行為はしたくありませんからね。しかし、輸入が再開されることにより、外食産業の店が米国産牛肉を採用した場合、それを客がどうやって知ることができるのかということについて、明示することが義務化されていない以上「個人の選択の問題」では済まされないのではないでしょうか。

確かに、国が頭ごなしに取捨選択をするというのはおろかなことです。質の悪いものであってもそれを必要とする人がいるのであれば、それを選択する自由があってもかまわないと思います。しかし、選択を国民に任せるからには、選択するための判断をも提供して欲しいし、国民がそれを望んでいないのに国が政策の都合で勝手に提供するものであるなら、それは「提供して欲しい」ではなく「提供しなければならない」ものなのではないでしょうか。この米国産牛肉の輸入再開の一連の流れを見ると、私はどうしても血液製剤の事件を思い出さずに入られません。あの事件も「世界では非加熱製剤は危険」と言う見方が主流になっていたのに、アメリカにその在庫が大量にあり、すでにアメリカ国内では使用禁止になっていた。そのとき、日本の基地外教授が「その製剤を使ってもなんら問題はありません」と言って、アメリカのデッドストックを日本で引き受け、医者が大丈夫と言う言葉を信じてというより、その危険性をまったく知らされずにいた、製剤を必要とする患者がエイズに罹るという事件に発展したのではないでしょうか。その事件では、その基地外教授も、お役所も、「そんな危険があるとは知らなかった」ととぼけて罪を認めようとしませんでした。しかし、今回の牛肉については、その危険性から国民は「No」といっている中で、政府に都合の良い人が「YES」と言い、更に問題は協議し尽くしたという事で再開となった訳ですから、もしこの状況でまた問題が起きた場合、その責任の重さは相当なものになると思うのです。しかし、そういう事があっても「そんな事になるとは思わなかった」「万事を尽くした」と言ってお終いになるのが日本なんでしょうね。そういう体質もそろそろいい加減にして欲しいものですねぇ。
兎にも角にも、アメリカ産の牛肉が入ってくるなら、残念ながら素性のはっきりしない店では、最悪食べずに出てくると言う失礼を許して貰うしかないようです。

因みに、吉野家は「9月にでも輸入を再開する」と言っていますが、すき屋は全頭検査実施などで安全が確保されない限り米国産は使わないとしており、スーパーでもイオンは「安心して変えるか検討中」ですがヨーカ堂などは「消費者の理解が進んでいない」と販売を見合わせる方向のようです。


石油

また値上がりしそうです。

いつも思うのですが、原油の値上がりに対しては敏感に反応して便乗値上げをするのですが、値下げはどうしてこうも鈍感に緩慢に推移するのでしょうね。「原油の値上がりを営業努力で吸収できない」というのはある意味理解できるので、値上げも致し方ないと思う事は出来ますが、原油価格が下がってもそれに呼応して値下げが進まないようではどこまでが言い訳で、どこから詭弁なのか判らなくなってしまいます。
今回はそんなに大幅な値上げではないようですが、それでも早めにガソリンは入れておいた方が良いのかも知れません。


今日のつらつら

朝から録画したサッカーを眺めつつ、友達と電話。
友達は最近一時休止していた創価学会の活動を熱心に再開しました。しかし私は、「私は宗教に染まるつもりはない。関係するつもりもない。宗教抜きなら友達としてつきあえるけれど、宗教が絡むなら徹底的に排除する」と自分の立場を明確にした上で宗教抜きで友達付き合いをしています。
今日は、その友達のパソコンのウィルス対応ソフトがどうも訳のわからない状態(更新したいんだけど、するとダンマリになってしまう)になっており、どうしたらいいかと言う相談でした。その後、何となく宗教についての話になりました。そこで、「他意はないけれど、創価学会は信者こそ多いけれど、カルト集団と見られる部分もある。何を信じるのも自由だし否定はしないけれど、ただ君は、1つ信じるとそちらばかりを見て視野が狭くなる傾向があるから、意識して他の視点からもものを見た方が良いよ」と言う話をしたのです。友達はその「カルト」という言葉に反応し、それを否定します。「日本では誤解されている部分があり、理解を得られていないかも知れないが…」「だから、そういう理解を得られていない事がカルトという事なんでしょ?」「…」なんて会話もありましたが、基本的に私のスタンスは「どんな宗教であれ、心のよりどころになっているならそれは存在価値がある」と言う事。ただ「宗教は自分の心を救うものだから、『他の人も幸せにしてあげよう』と思った時点でそれは「傲慢」「驕り」となり、宗教の道から外れてしまう」と言う事。ですから、どの宗教とは言わず、何も判っていない素人信者に他者を勧誘させるような宗教は邪教だと私の中では位置付けている次第です。
その昔、縁あって知り合ったご老人が熱心に私を創価学会に誘ってくれました。1人では説得できないと思ったのか数人の老信者を引き連れて来たのです。一通り話を聞いた後、私は「別に創価学会ではなく、キリストを信じている人も、その宗教を信じて幸せを感じていると思いますよ」と言うと老人は「それは違う。創価学会は哲学的に証明された唯一の宗教です。だからキリスト教を信じている人はかわいそうです」と言うのです。「宗教はそれを信じて心を軽くするものでしょ。信じて救われればどれでも幸せでしょう?」「いいえ、哲学的に証明されたのは創価学会だけですから、他の宗教では幸せになれません」「じゃあ、その証明とやらをしてみてください」「私には出来ません。でも、創価学会だけが正しいのです」「それは信心ではなく、狂信というやつですね」と言う会話がありました。自分の信じているものだけが正しいと思うから十字軍は世界を席巻し、スペインやポルトガルもそれが幸せなんだとアジアやアフリカ諸国をどんどん植民地化し、強姦や略奪までもが宗教の為にと正当化されていった訳ですね。宗教は心を救うものであるのに、その宗教が他者の幸せを奪い、殺し合いを演出します。それは宗教が悪いのではなく、「この宗教は唯一無二の宗教なり」と「岡 エースをねらえ」という声が天から聞こえてくるのかどうかは知りませんが、兎にも角にも、その宗教の教えを拡大解釈し、自分の宗教を人に押しつけようとする傲慢な気持ちが戦争をもたらすのです。宗教を信じたからと言って空中浮遊が出来る訳ではなく、何の奇跡も起きません。そこにあるのはごく普通に人間らしく暮らす事と、辛い時に頼る事ができるものがある事で強くいられる自分があるだけでしょう。宗教とは元々とても単純なものなのです。それを金を儲ける為に、信者を増やしたいが為に、見栄の為に他の宗教を否定するから戦争が起きてしまう。そろそろそういう事に気付いて宗教を改革すると言う人は出てこないものでしょうか。
※ここでは創価学会を否定するような事も書きましたが、本文を読んでいただければ、私は別に私に迷惑をかけない限りどの宗教も否定するつもりはない事をおわかりいただけると思います。ただ、創価学会を含む新興宗教の勧誘には閉口している事も事実ではありますが。
本文にも書きましたように、宗教は人を救う為のものであって、それぞれ個々人が自分の為に信じるものだと思います。どうか、それを信じる事が「正しい事だ」と思う事が既に傲慢へ、そして極論すれば戦争への引き金になっている事を考えて欲しいと思います。

2000年くらいまでの10年程を夏期休暇は北海道で過ごしていました。その時行くのが楽しみだったのが音更(おとふけ)町です。帯広のすぐ北に位置しており、国道241号が通っていますので旭川方面から帯広に向かう時は通過する町でもあります。国道沿いはそれなりに町らしいのですが、一本道を外れると牧場が広がる風景は実は私のお気に入りの場所でもありますし、かなり初期からある「道の駅おとふけ」で虎豆や金時豆など豆の缶詰をおみやげに買って帰るのが楽しみだったのです。
北海道に行かなくなって、この豆を食べる機会もなくなってしまったのですけれど、先日、豆乳メーカーを買ったので、それ用に大豆を買おうとネットを検索していたら、音更町物産協会のページを見つけました。そして私が恋いこがれている音更の豆の缶詰も売っている事を知り、合わせて注文をした次第です。それが今日届きました。
以前買った豆乳メーカーは一度に数百ccの豆乳を作る為、一度作ったら「飲まなければ」という観念が働き、結局途中で挫折してしまいました。今回はコップ1〜2杯程度の豆乳を作る小型のものなので大豆を水で戻す事さえ厭わなければ結構楽しんで作る事ができるのではないでしょうか。豆乳を作る時にできる「おから」も産業廃棄物とはならずに、自分で消費できる量になると思われます。音更の大豆で作る豆乳…早くつくって飲みたいものです。

ozonelayerさんの「It's a Mousou World」を拝見しました。「あり得るかも知れない」と言う妙な説得力がステキ…って事で、勝手にリンクさせていただきます。


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