無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2006年11月18日(土) 『イッセー尾形のつくり方2006in博多』ワークショップ」九日目/続・発表会本番! LOVE IS FOREVER(笑)

 1回目の芝居に何の自信も持てないまま、第2回目の時間が迫ってきた。

 セイノさんと入れ替わり、子供役の本キャストのTさんもやってくる。だいたいの流れを説明するくらいしか、時間はない。
 「ともかく、思い切り、駄々をこねてください」
 それだけだ。

 第2回目の出番。

 Tさんのハジケぶりは凄かった。
 何を買ってほしいのかは分からないが、「買うて買うて!」と、ヒキツケを起こしてるんじゃないかというほどにTさんは舞台の上でのた打ち回った。
 そのものすごさは、とても言葉では表現しきれないが、セイノさんの演技が「買うて買うて!」程度だとすれば、Tさんのは「買うて買うて買うてえええええ! 買うてええええええ!」くらいに違う。
 彼女の演技だけで客席に笑いが起きるが、それも当然だろう。
 それなのに、その後ろで私とKさんの夫婦、おばちゃんのオカダさんはどこ吹く風と関係ない会話や喧嘩を繰り返している。
 舞台にいても、この喧嘩が殺伐なものではなく、「この家族のいつもの日常的な風景」であることが分かる。

 その時になって、気が付いた。

 さっき、セイノさんがバタバタしていた時に、私は思わず立ち上がって夫婦喧嘩を始めた。
 けれども、今度は立てない。それくらい、Tさんの駄々は、猛烈なのである。
 後ろにいる私が興奮して立ち上がれば、この芝居を壊してしまう。
 さっきは、セイノさんの駄々が弱かったので、それを助けるためには立たないことには仕方がなかった。
 けれども、同じシチュエーションでありながら、今回は全く別の芝居になっている。主役は喧嘩をしている私たちではなく、完全に駄々をこねているTさんになっているのだ。
 喧嘩はしていても、私たちは動いてはいけない。
 そう気がついたのだ。

 イッセーさんが絡んでくる。
 「おたく、布団買った? あれ、事件の証拠品だって」
 Kさんが「いいえ」と答える。
 Tさんがアドリブで仕掛けた。
 「ウソやん、買うたやん」
 私が「言うな!」と叫ぶ。
 オカダさんが「どうしよう、私、あの上でしかぶったばい」と“おろたえる”。
 それで前回とは違った「落ち」がついた。
 1回目より、2回目の方が、より面白くなった。
 それがはっきりと分かった。

 もし私が、自分のために舞台に立とうと考えていたとしたら、この機微はつかめなかったと思う。
 イッセーさんが先日のNHKの取材に答えて、「みんな舞台の上では孤独なんだけれど、孤立してはいないんですよ」と仰っていたことが実感できた。
 私は今、妻であるKさん、娘であるTさん、おばちゃんであるオカダさんのために、ここにいるのである。


 他の出演者の方々のシーンに、全て触れる余裕はないが、いくつかだけ触れておこう。

 8番、「都会から来た嫁」は、1回目では声が素に戻りかけていたあきこさんが、見事にキャラクターを取り戻していた。
 「前のお年寄りにちょっかいかけてよ」という森田さんのダメ出しに従いはしたが、ここであきこさんはアドリブで「あんたたち誰ね!?」と言い放った。
 つまり、誰だか知らないが、どこかのお婆さんたちが、勝手に家に上がりこんだ、という状況に変わってしまったのだ。
 森田さんは、「この社宅には知り合いでない人間は誰もいないからね」と言っていたのだが、その前提を覆す発言である。

 正直、私はハラハラした。
 公演後の最後のダメ出しで(明日の公演がなくてもダメ出しはあるのだ)、森田さんに何を言われるか、あきこさんはもしかしたらこの場で泣きだすのではないかと思った。

 公演終了後の「交流会」で、森田さんが口を開いた。

 「うまく芝居ができたとかできなかったとか、そんなことは関係なく、ともかく自分が前に出るんだと。ここにいるのはみんな知り合いだという前提を崩してまで『あんた誰ね』と言い放っていると。貶してるように聞こえるかもしれないけれど、これまで引くことしかできなかったこの人が、前に出ようとした、このことがワークショップの成果だと思うのね」

 森田さんは芝居の完成度なんて、やはり気にしてはいない。
 演劇の意義とは、芝居の出来不出来、役者の演技の上手下手などとは別のところにある。
 これはそういう言葉である。

 演劇を見て、好きか嫌いかで判断してしまう人間は、実は芸術の本質を何も見てはいない。客が面白がろうがつまらながろうが、何かをそこで感じ、考えることができる演劇が演劇なのである。
 劇場を一歩出れば、また日常に返り、舞台上のことなどはきれいサッパリ忘れてしまう演劇に、何か意義らしいものがあるのだとすれば、そういうことなのではないだろうか。


 9番、「貧乏神」は、例の貧乏神さん(ひどい呼び方だが、しげ。は更にひねって「死神さん」と呼んでいた。確かに見た目が髪も長くて「貞子」なのである)の出番がある。
 ところが彼女は結局、1回目には間に合わず、そのときは「貧乏神」はそこにいる(という設定の)犬の名前であった。

 2回目、彼女がようやく到着し、犬の名前は「アントニオ」に変更された(もっとも犬の名前は家族が勝手に呼んでおり、祖母と孫は「ラッキー」と呼んでいるのである)。
 そして、貧乏神さんは、「本物の貧乏神」として、妻にしか見えない存在として舞台に立つことになった。

 貧乏神さんは、たわいのない世間話を延々と妻役の人に話し続ける。
 夫役は、前回の北九州公演で、しげ。の夫役を演じた「草莽の志士」さんだ。
 志士さんは、自分には見えない貧乏神に向かって、声をかける。壊れた妻をどうにかしたいと声をかける。しかし貧乏神は無意味な井戸端会議を続けるだけで、妻もまた殆ど無言である。
 前では祖母と孫がアントニオと遊んでいる。

 この家族は壊れている。
 しかし、壊れてはいるが離れてはいない。
 壊れているのに、彼らは一緒にいるのだ。そういう家族のあり方もあるのだ。
 志士さんが語る。志士さんは、もう妻に声をかけることはできなくなっていいる。だから、見えない貧乏神に声をかけるしかなくなっているのだ。
 「貧乏神さんよ、俺にはお前さんが見えないけどよ、心の声は届いてるよな」
 気がつくと、私は、目頭が熱くなるのを感じていた。

 イッセーさんがこの家族に「奥さんを社宅祭の女相撲に」と絡んでくる。
 壊れた妻はあっさりとこれを引き受け、夫も行事をやると言い出す。やれることがあるなら何でもやる、といった雰囲気が流れる。もちろん、それは観客である私が勝手に感じていることで、舞台上の人々は即興で適当なことを会話しているに過ぎない。
 けれども、「そう感じる」ことが大切なことだと、私にはもう分かっている。

 イッセーさんが、ここで、「大失敗」した。
 貧乏神に「そちらのおきれいな方」と声をかけたのだ。
 イッセーさんは、1回目と設定が変わっていることに気付いていなかった。
 志士さんが、すかさず「見えるんですか?」と畳み掛けた。
 イッセーさんは慌てて「あ、見えない見えない!」と言って退場した。

 会場が笑いに包まれる。
 失敗ではあるが、逆にこれで落ちが付いた。
 イッセーさんは自分のミスを見事に利用したのだ。
 交流会でイッセーさんは、「あれ、幽霊だったんですねえ」と笑われていたが、何があっても、「とっさ力」で演劇は成立するのだということを証明したような瞬間だった。

 貧乏神さんは、公演のあと、これ以上はない、という笑顔になり、今や弁天様に変貌していた。
 森田さんに「貧乏神」呼ばわりされていた時の彼女は、確かにそのようにしか見えなかったのだが、今、改めて見ると、顔立ちの整った紛れもない“べっぴんさん”である。
 北九州の時もそうだったが、女性の方はみなさん、ワークショップを終えたあと、泣いたり苦しんだりした人ほど、美しくなっている。
 あきこさん、じり子さん、なつさん、眞夢さん、Lisaさん、yucaさん、今だから言えることだが、実はワークショップの最中は、私は殆どたいした印象を持っていなかったのだ。

 それは私だけではない。
 前回の北九州公演で、森田さんがLisaさんを見て、「こんなきれいな人が去年もいたかな?」と仰っていたが、Lisaさんもこの一年で、見違えるように美しくなっていらっしゃるのである。
 これは比喩ではなく、実際、別人ではないかと思うほどなのだ。
 女性のみなさんに朗報。イッセー尾形ワークショップは、美容に最も効果的です(笑)。

 セイノさんは、最後のダメ出しで、森田さんに「Tさんとの違いは分かるよね」と言われていた。頷いた顔の唇の端に、悔しさがにじんでいた。
 交流会のあと、時間の余裕のある人たちが集まって、居酒屋で2次会。
 セイノさんはもしかして凹んでいるかと思い、私は「また来るよね」と声をかけた。
 彼女は、元気よく「はい!」と答えた。

 私と組んだKさんは、私の向かいに座って、一緒にモツ鍋をつついていた。
 「今度のワークショップで、夫婦喧嘩は悪いものじゃないって思えました」とKさんは仰る。
 「うちの親はよく夜通し喧嘩してましたよ」
 「でも、喧嘩はしても、奥さんに手を上げる男だけは、許せませんね」
 私は、自分が舞台で席を立った時のことについて、その時の心情を説明した。
 「興奮すると、男は一応、手は挙げますけど、しまったと思って、降ろすんですよ。あるいは逃げ出す。あの時に立って座ったのは、ちょうどそんな感じでしたね」
 続けて、私は「博多の男は」と一席ぶっていた。
 「博多の男は本当は弱虫なんです。自分が本当は女には勝てないと知ってます。けれど痩せ我慢して、強く見せようとする。いつだって逃げ出したいのに、いざというときには自分が逃げ出せないことに気付くんです。逃げ出しても近所の居酒屋止まりですね。私も以前、女の子と一緒の時に、ヤクザに絡まれたことがあったんですけど、本音を言えば逃げ出したくて仕方がなかったです。けれども、逃げられない。かと言って喧嘩をするわけにもいかない。ただひたすらニコニコして、一発殴られてもニコニコしてたら、許して帰ってくれました。私は、森田さんが今度のワークショップで、そんな博多の男の心情を組んで芝居を組み立ててくれたことが一番嬉しかったんです」
 まあ、これは私のちょっとした自慢話ではあるが、若いころのことなので、今はとてもこんな勇気が出るかどうかは自信がない。
 そのこともちゃんと言ったのだが、Kさんは感動して涙ぐんでいらっしゃった。
 「そういう相手を見つけたい」とも言ってくれた。
 私のような小心者でも、少しは人の心を動かせたのなら、ありがたい話である。

 森田さんに散々へたくそ呼ばわりされたある男性は、「わけが分からん」と憤慨していた。
 彼を取り囲んで、みんなで寄ってたかって「森田さんの意図はね」と説明しようとする。
 みんな、さっきまで森田さんにクソミソにやられていたのに、その男性に同意するどころか、森田さんを援護しようとしているのがおかしい。
 森田マジックにすっかりやられているのだ。
 見ようによっては、まるで宗教の折伏のようだが、実際、そういう面もあるのかもしれない。

 みんな、何かを掴んでいる。
 それは言葉にはできないものではあろうが、確実に存在しているものだ。私はそのことを着実に感じていた。


 今回の舞台。
 時代を現代に設定しなかったのは、森田さんのアイデアである。
 「昔の夫婦喧嘩を再現したい」
 森田さんは、そう仰った。

 どうして現代人の離婚率が高くなり、家庭が崩壊するようになったか。喧嘩できる夫婦の方が本当は幸せで、一方が怒っても一方が黙り込むような、お互いに会話のない夫婦になってしまったら、あとは離婚するしかなくなる……。
 描かれる家族の点景は、すべて四人から五人で構成されている。「大家族」が生き残っていた時代で、夫婦の、あるいは親子の喧嘩は日常茶飯事。そこにいる婆ちゃんや近所のおばさんは、喧嘩を仲裁しようともしない。
 『ALWAYS 三丁目の夕日』のような、つまりはこれも一つのノスタルジーではあるのだが、あの映画のような物理的なアイテムに頼るのではなく、今回、森田さんが再現を試みたのは、ほぼ失われつつある「博多弁」の数々だった。

 「しろしかばい」
 「ちゃっちゃくちゃらやな」
 「どんこんならん」
 「ひっちゃんがっちゃんなってからくさ」
 「ふうたんぬるか」
 「どこさんでんそうつきなさんな」
 「とっとうとね」
 「ああもう、ぐらぐらこいた」
 「いっちょんすかん」
 「なんばしとらすとな」
 「すうすうするやん、戸ばせかんね」
 「しぇからしかったい」……。

 「むかつく」「〜なくねー」「〜だし」文化に一掃されつつある、これら博多弁文化、我々の世代まではごく当たり前の日常語だったものを見つめ直すこと。これが今回のワークショップのテーマになっていた。

 博多ネイティブである私も、博多弁を使えない若い人たちばかりの中では、言葉に思いを込められようもない。高校時代に気づいたことだったが、既に私の同世代の人間ですら、博多弁はろくろく使えなくなっていたのだ。
 そのころから私は、自分の中から極端な博多弁を封印するようになった。

 今に至るまで、私が一番熱心に会話した相手は母に如くものがないが、それは別に私がマザコンだからということではなく、博多弁を喋れる身近な人間が、他にいなかったからだ。
 この九日間は、私にとってはそのことを再発見する旅であったと思う。


 次は、おそらく五月。


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【ここから18日(土)の日記】

 昨日の2次会のあとも、路上で長いことみなさんとお喋りをし、さらにはしげ。とHくんと、深夜の散歩(天神から家まで1時間半かけて歩いて帰っただけだが)までしてしまったので、今日はもう一日ぐったり。

 朝方、父を車で迎えに行って、昨日の感想を聞いてみた。
 「作品の批評はせん」と父は言った。
 身内の出る芝居だから、誉めても貶してもよくない、と考えたのかもしれないが、夫婦喧嘩の話ばかりだから、多少、身につまされたのかもしれない。
 「ばってん、イッセーさんに森田さんが、素人を集めて何をしたいのかがよう分からんやったな。別に跡継ぎを育てたいわけじゃなかごたるしなあ」
 そのよくワケの分からない雰囲気が、私たちの足を何度もワークショップに向けさせている理由の大きなものなのだろうかと考える。

 ほぼ徹夜であったので、それから夕方までは夫婦揃って爆睡。

 夕方、出かける用事もあったのだが、どうやら向こうで勝手にキャンセルされたらしい。
 メールを送ってもウンともスンとも返事がないのである。
 礼儀の通し方を知らないなと思うが、腹が立つほどの元気もない。
 しげは、12時間寝て、ちょっと起きて、また寝た。
 さすがに今日だけは「起きてちゃんと家事をせんか」とは言えなかった。

 夜になって、「ウエスト」でうどんを食う。
 ようやく食事が喉に通るようになって来た。
 イッセーさんのブログに、コメントを書いた。どうしても「上ずった」表現になってしまうのだが、どうにも興奮を抑えきれないのである。


 ワークショップの間、日記を復活させたが、もちろん今後も続けるつもりである。
 やっぱり、一番書き応えがあるのは、いくら時間はかかっても、こちらの日記の方なのである。

2004年11月18日(木) 更新遅らせたくないのであっという間に書いた日記(^_^;)。
2002年11月18日(月) 爆走�А人獣量瓦�も……(-_-;)/『エンジェル・ハート』5巻(北条司)
2001年11月18日(日) 休日満喫テレビ三昧/『パワーパフガールズ』第46回/『サイボーグ009』第6話ほか
2000年11月18日(土) 今年はコンサートで眠らなかったぞ/福岡シンフォニック合唱団コンサート



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藤原敬之(ふじわら・けいし)