無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年01月29日(木) 長いようだが、前に比べりゃあっさりしてます。

 再開二日目であるが大した事件はない。
 ホントは職場の女の子たちから今度の入院について「頑張って下さいね!」と言われて結構嬉しかったりしたのだが、詳しく書くとまたしげが嫉妬するのでこれ以上は書かない。つか、これ以上も以下もないんだが。この程度のことでまたしげがやきもち焼くようなら、また日記書くのやめればいいのだから、以前より随分気が楽になっているのである。
 だいたい、私が浮気できるなんて思ってる(「相手にされる」含む)人間は宇宙広しと言えどもしげただ一人であろう。


 ここしばらく、しげの仕事が休みだったので待ち合わせて食事をすることが多かったのだが、今日は夕方からだと言うので、久しぶりに普通にバスと地下鉄を乗り継いで帰る。でもやっぱり車で15分の距離を1時間半かけて帰るのには理不尽な思いがするな。
 晩飯はコンビニで買った麻婆豆腐丼。糖尿病者にはまあ適量。でも帰宅してみると、意外なことにしげが昨日のカレーうどんを残していた。なんか悪いものでも食ったのか。
 これも捨てるわけにはいかないし、麻婆丼と一緒に食うと確実に血糖値が上がる。間を置いて食うしかないが、そうすると、時間的に12時過ぎまで起きてないといけないのである。全く、後始末のできないやつの頼みなんて、ホイホイ聞くもんじゃないなあ。


 ドラマ版『エースをねらえ!』、今日が3回目。原作への思い入れも全くないし、これを見た『エース』ファンがネット上でどんな醜態を晒すか楽しみで見ているだけなので(安岡章太郎流の「陰気な愉しみ」である)、感想はたいしてない。上戸彩は上戸彩で、それだけのことである。


 日記を再開したので、グータロウ君から電話がある。
 コンテンツの「Mystery映画館」、望外のお褒めを頂く。彼は友人でも不必要なお世辞は絶対に言わないので、誉められると素直に喜べる。いつだったか、押井守氏が何かのインタビューに答えて「見え透いたお世辞でも嬉しいってのはウソですよ」とかいう趣旨のことを言ってたのを読んだことがあるが、『天使のたまご』の大コケで生活苦に陥った押井さんの言だけに含蓄があることである。実際には見え透いたお世辞に有頂天になって夜郎自大に陥っている文化人、芸能人、作家、俳優、いくらでもいるんじゃないか。いいもの作る人々にハイエナが寄ってくるのは世の常ではあるのだが、自分を利することしか考えない人間と、そうでない人間を見分けることは、簡単なことではあるまい。
 もちろん、グータロウ君は、批判するときは寸鉄人を刺すがごときなので、私を甘やかすようなことは一切言わない。おかげで私も適当なことが書けないので、原稿をアップするたびに甘いところを突かれやしないかと、ヒヤヒヤものなのである。
 「原作と比較できるところがいいね」と言っていただけたのだが、映画に原作があるのにそれに触れない、読んでないというのは、学生の感想文ならともかく、批評としては失格だろう。これは知識の問題ではなく、原作付きの映画の場合、活字と映像の表現の違いをどう認識し分析するかが批評の根底に必然的に生じるからである。
 ただのあらすじの紹介や感想なら、これだけネットが広大な現在、誰でも書いているし、読む人にとってはたいした参考にもならない。最低限あの程度のことを書かねば読む人にとっては失礼であると思えばこそ、ないチエをふりしぼっているのである。もっとも、ふりしぼってあの程度であるから、実のところは鼻であしらわれても仕方がない。分析と総合によるその映画の新しい文化史的な位置付けを、とか、映画に普遍的な魅力はありえるのか、とか、思いだけは壮大なものを抱えつつ、そんなところに一歩も踏み出せない自分の愚鈍さに歯噛みする毎日なのである。

 昨日の『トリビアの泉』、グータロウ君の家でも絶不評だったとのこと。
 作り手がネタを楽しむのではなく、馬鹿にしているのが誰の眼にも明白になってきているので、見ていて痛々しい。ネタが常識以下なのは小学生も見てるんだから文句つける気はないが、演出が相変わらずおたんちんのひょうたくれなのはなんとかならんのか、とか何とか話す。

 めんどくさくなって、昨日の日記では省略したけど、話題になったので、一応感想を書いておく。今更誰もが感じてることだろうから、取りたてて書かなくてもいいのだが、もう熱心に見る気はしなくなってるので、最後の記念のつもりで(とか言いつつ、また見て腹が立ったら書くかもしれんが)。
 最初の土方歳三が「モテてモテてこまっちゃう」という手紙を書いてていた、なんてのはまだ可愛いものだったが、後半に行くほどどんどん演出がひどくなるのである。
 走れないと分っているベン・ジョンソンをどうしてそう何度も使うのか(もしもベン・ジョンソンが自分が馬鹿にされていると知った上で、日本人がカネくれるならなんだってやるさ、というしたたかな気持ちでいるのならすばらしいが、たとえそうだとしても、スタッフのふざけた姿勢に妥当性が生じるわけではない)。
 黒部進の「ウルトラマンは何でも出来る」とのコメントのすぐあとに、萎むウルトラマンを見せるイヤラシさ。あれで腹を立てないウルトラファンはまずいまい。
 明らかに二百万もするわけがないクズダイヤの原石を(大きさはあっても、濁りがあってカットに向かない原石はある)コメントをうまくいじくってさも本当に高価なダイヤを割ったように見せかけるインチキぶり。
 でもって、「ヘリコプターはエンジンが止まっても墜落しない(着陸できる)」なんて金の脳にするかい。それがヘリコプターというものなんだから。こんなのは「ヘリコプターはヘリコプターである」と言ってるのと変わらん。
 スタッフが視聴者の知的レベルをそこまで低く見積もってるのかと思うと悲しくなるが、もういい加減であんなセコイ演出に騙される視聴者も減ってきてるだろう。たまに面白いものがあって見逃したら惜しいなあと思えばこそ、長いこと付き合ってきたのだけれど、そろそろ限界かもしれない。つか、『トリビア』見てると、しげの機嫌がむちゃくちゃ悪くなるのである(^_^;)。

 あそこまでひどいと、もうバイザーの唐沢俊一さんはマトモには関わってはいないのだろうな、と電話口で二人、頷きあう(電話の向こうなのでグータロウ君が頷いていたかどうかは分らないが、多分そうであろう)。深夜時代のほうがまだ面白かったよなあ。


 電話をしている最中に、しげが仕事から帰って来る。
 最初しげは、また誰かと電話してる、と嫉妬深そうな目で見ていたが、相手がグータロウ君だと気がつくと、「グータロウさんに『ゼブラーマン』見てと伝えて!」と喚き出した。なんだかしげの心の中では『ゼブラーマン』への期待度がやたら高くなってるが、三池崇史にそこまで期待するのはキケンな気がするのだけどな(~_~;)。


 ふと、久方ぶりに日記のアクセス数を調べて見たら、停止していたときには一日一、二件になっていたのが、もう20数件まで増えている。目ざとい人はいるものだが、既に私の主力は日記の方には殆どない。たまたま今は再開すぐだから、やや長目に書いてはいるが、一日一、二行ですます日もあると思うのである。ここ数日で読んだ本や映画についても一切書いてないので、そちら方面を期待している方にはひたすらご容赦である。

2003年01月29日(水) 雪がとっても白いから/『あひるの王子さま』5巻(森永あい)
2002年01月29日(火) 休み過ぎだって自覚はあるのよ。一応。/DVD『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』/『西岸良平名作集 蜃気郎�供戮曚�
2001年01月29日(月) 癒し癒され恋焦がれ。/アニメ『地球防衛企業ダイ・ガード』13巻ほか



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