ケイケイの映画日記
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2011年09月08日(木) 「未来を生きる君たちへ」




観て二週間ほど経ってしまいました。デンマークのスサンネ・ビア監督の本年度アカデミー外国映画賞受賞作品です。今回は世間に不信感を抱く子供たちを軸に使い、人間の暴力性と親子のあり方に対して問うています。「ある愛の風景」「アフター・ウェディング」程の感銘は受けず、いささか小粒ですが、ハリウッドに渡り、自分の作風をセルフリメイクしたような「悲しみが乾くまで」よりは、ずっと出来の良い作品でした。やはり彼女には、デンマークが似合うようです。

別居中の両親に心を痛めるエリアス。スウェーデン人の彼は、学校で執拗ないじめにあっています。アントンとマリアンの両親も学校に掛け合いますが、拉致があきません。そんな時、転校生のクリスチャンが、エリアスをいじめる相手を叩きのめします。クリスチャンも母親を亡くしたばかりで、その事について父クラウスにわだかまりを持っています。家庭に不信感を持つ二人は、次第に親しくなっていきます。

学校以外でも、デンマークではスウェーデン人が差別されている描写が出てきます。映画友達の方にお聞きしたのですが、かつてはスウェーデンが属国であったため、まだその名残があるのだとか。どこの国でもこういった風景はあるのでしょう。

いじめに対して、学校の対応があまりに杜撰です。学校は日本でも兎や角言われますが、私の知る限りいじめに対しては、先生方はもっと熱意を持って解決できるよう対処していました。それが良い方向へ行くとは限りませんでしたが。他国の人から、住みよい国の筆頭に挙げられるデンマークですが、どうもデンマーク人から「それは違う」と言われているようです。

エリアスの両親は共に医師です。アントンはアフリカの難民キャンプで診察にあたっており、エリアスはそんな父を誇りに思っていて、父を許さない母を嫌います。しかし夫婦の破綻は、実はアントンの浮気によるもの。賢明なマリアンは、事の発端は子供には話していないのでしょう。よりを戻したい夫に拒絶する妻。この辺の微妙な夫婦の心の機微は、さすがはメロドラマの名手であるビアの演出は、冴え渡ります。

行き違いで全く関係ないのに、子供たちの前で中年男に殴られるアントン。何故やり返さないかと言う子供たちに、同じようにやり返すから、戦争が始まると説くアントン。それを証明するように、その男のところに出向き、何故殴ったのかと説明を求めます。野蛮な男は当然また殴る。殴られっぱなしでも、毅然と構えるアントン。そして子供たちに、あの男は哀れな男なのだ、お父さんは全然痛くない、これが正義だと教えます。

う〜ん、実は私はこのシーンがすごく嫌。ここに感銘を受けた方には申し訳ないですが、知識人の奢りを感じます。相手が同じようなインテリ層ならともかく、ブルーカラーの工員です。教養や嗜みがない奴だから、すぐ手が出るのだと、子供たちには綺麗事を並べるアントンの、腹の中が透けるようなのです。当然子供たちは納得せず、とてつもないことを仕出かそうとします。

しかしこれは、アントンと言う男性を通して、人間の複雑な多面性を表していたのですね。この直後、難民キャンプで「医師の良心」を真っ当していたアントンが、「人としての良心」に抗えず、行なってしまったこと。正直この時、私は胸がすく思いがしました。そして直後、この気持ちは正しいのか?と、自問してしまうのです。ここはビアの真骨頂でしょう。

公的には立派で聖人のようなアントンは、裏では妻を傷つけ下層の人を見下し、暴力には暴力で始末をつける。自覚もあれば無自覚な事もあります。しかし表の自分だけを子供に見せても、やがて子供はそれを見透かすのです。

その時期が来ていたのがクリスチャン。出来の良い息子が急に暴力的になり、その原因がわからない。転校を繰り返す息子は、今までも暴力でねじ伏せ居場所を作っていたのに、そのことに全く気づかない。家庭を顧みない父親は、母を介してコントロール出来ていた息子との関係は、母の死で問題が噴き出します。

張り詰めた空気の続く展開の中、やっと光を照らしたのはエリアスの行動でした。エリアスの行動は確かに崇高です。これで荒ぶる子供たちの魂を鎮めるのには充分。ですが、世間にはびこる「暴力」に対しての答えには、なっていないような。子供の純真な心を見習って、世界が平和になるようにと言う結論なら、些か陳腐な気がします。この出来事に、車の持ち主はどういうリアクションをしたのか?そこにこそ、暴力に対しての答えがあるのでは?

と、色々文句を言いつつも、常に射るような眼差しのクリスチャンが、子供らしい哀楽を見せる終盤は、ああ良かったと、涙が止まりませんでした。多少不満も残りましたが、手応えはまずまず。子供が題材という新境地も、それなりに上手く乗り切ったビア監督の次作も、期待したいと思います。


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