ケイケイの映画日記
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2008年01月04日(金) 「ある愛の風景」




本年初鑑賞作品。重たい作品だとは予想していたので、お正月早々からどうかな?と思いましたが、大阪では二週間足らずの期間、それもモーニング上映だけということで、急いで観てきました。とても重く厳しい内容ですが、親子・夫婦の在り方、反戦、人の心のもろさ・強さを盛り込みながら、全てが繊細な演出の中、きちんと描きこまれている作品で、掛け値なしの傑作だと思います。珍しいデンマークの作品で、監督は女性のスザンネ・ビア。

デンマークのエリート兵士(階級は少佐)のミカエル(ウルリク・トムセン)は、美しい妻のサラ(コニー・ニールセン)と可愛い二人の娘に恵まれ、幸せに暮らしています。気がかりなのは半端者の弟ヤニック(ニコライ・リーロス)のこと。昔から家族の中で浮いている弟を、老いた両親に代わり、何くれとなく世話を焼いています。そんなある日赴任の命が下り、戦禍のアフガニスタンに赴いたミカエルのヘリが、敵に追撃されます。ミカエルの死を受け入れ難いサラや子供たちを、ヤニックは支えようとします。時が解決するかに思えた日々を送る家族に、ミカエルが生きているという報が入ります。しかし戻ってきたミカエルは心に傷を負い、別人のように変わり果てていました。

今回たくさんの描写にとても感銘を受けたので、ネタバレで感想を書きます。冒頭笑顔で刑期を終えた弟を迎えに出向くミカエル。いかに兄が弟を父親の如く思っているか、弟はそんな兄をありがたく思いつつ、鬱陶しくも感じている様子を、車中の短い様子で繊細に描いています。

兄一家も含めて、総出でヤニックの出所を祝う家族。善良な暖かさが滲む中、父親とヤニックの間には不穏な空気が流れます。しかし決して冷たくやりきれないものではなく、どんなに幸せそうに見える家庭にも、悩み事は潜んでいるのだという、平凡で当たり前の光景を、的確に映しているに過ぎません。

そんな平凡な家族が、ミカエルの死の報告を受けて一変します。家族のそれぞれの哀しみの表現に、ミカエルが夫であり父であり、息子であり兄であり、それぞれにかけがえのない存在なのだと深く感じさせます。

ミカエルは奇跡的に助かり、アルカイダの捕虜となっていたのです。虐待され悲惨な日々を送る描写が、哀しみに包まれ、立ち直ろうとする家族の様子と交互に描かれるのが、観ていてとても心が痛みます。哀しみに包まれてはいるが平和に暮らす家族。毎日死の恐怖と怯えながら、狂いそうになりながらも、家族を思うことで正常な心を保つミカエルと部下。この対比が、のちのちのミカエルの変貌にとても同情させられます。

いつも優等生で自慢の息子だったミカエルの死に落胆する父は、厄介者のヤニックに辛く当たります。「俺が死ねば良かったんだな」と言うヤニック。辛さに身を縮ます母。優秀な遺伝子を持つ子どもを選別し、良き能力を伸ばすのに力を入れるのが父性。子供の優劣に関係なく、どの子にも等しく愛を注ぐのが母性。そういう件を読んだことがありますが、まさにその通りの父母の様子です。しかし人は備わった本能だけで生きているのではありません。自分の無神経な言葉を悔い、ヤニックに謝る父と、それを後ろ向きながら受け入れる息子には、血の繋がりの持つ情と執着を感じます。

夫を失ってからの、妻であるサラの描写がとてもリアルです。泣き叫ぶこともなく、一見淡々とした様子に見えます。しかしもう着てもらうことのない夫のシャツを一生懸命アイロンがけしたり、その服を人にあげてしまったり、急に涙ぐんだり。動揺しながらも必死になって夫の死を受け入れようとしつつ、波のように押し寄せる哀しみを耐える様子に、観ていて何度も涙ぐみました。知的で普段は感情のコントロールが効くサラなので、激情が押し寄せる時の一瞬の様子が、とても彼女の心情を表わしています。

演じるコニー・ニールセンは、ハリウッドで活躍中の人ですが、故国デンマーク映画に出演するのは初めてだそう。長身でクールビューティの彼女にサラの造形はとても合っており、大変好演だったと思います。

嫁のサラを元気づけるため、ヤニックにミカエルに代わって台所のリフォームをするよう、さりげなく促す父。男手のなくなった心細い女所帯の支えとなることで、今までお互い苦手だったサラとヤニックは、急速に接近します。

兄のいない家庭で、人生で初めて信頼される場所を得るヤニック。兄の死の哀しみを共有するには、長い歴史や確執のある両親では、辛すぎたのでしょう。サラとてミカエルの弟であるだけで、それだけで安心出来たことでしょうから、この二人が支え合う様子は、とても説得力がありました。

しかしこの感情は、お互いの寂しさがなせることだと、理性的に一線は超えない二人の様子は清らかです。そして自分の気持ちを静めるように、ある夜は娘を抱き締め、ある夜は夫と共に眠ったベッドに裸でくるまり、夫の残り香を貪るように求めるサラには、同じ妻という立場の私は、本当に泣かされました。こういうきめ細かい女心の描写は、男性監督では演出出来ないと思います。

ここで帰ってきたミカエルとの三角関係が起こり、ウェルメイドなメロドラマが始まると思いきや、ここからの方向転換がすごく、大変感心しました。

ミカエルの変貌は、同じ捕虜として支え合ってきた部下を、アルカイダの命令によって、殺してしまったことに起因しています。今まで敵を相手に「殺人」を犯したことがあったかもしれないミカエルですが、相手は罪のない味方なのです。様子のおかしい夫に気づき、何があったのかとサラは尋ねますが、誰にも言えず悶々とする日々を送るミカエル。家族に話したとて、その場に居ない者には、理解されないという思いがあったのでしょう。

同じ兵士なら痛みを共有してくれるかもと、告白しようと同僚を訪ねますが、やんわり遮られます。同僚も人の分まで重荷を背負いたくはないのでしょう。「言いたくないことは、言わなくていい」。一見耳触りの良い言葉ですが、とても冷たい響きがあります。

妻と弟の仲を邪推するミカエル。深い中になる寸前で思い留まった二人は、困惑します。「本当のことを言えよ。俺は死んでいたんだから、仕方ないさ」。ただの嫉妬ではないのでしょう。あの時部下を殺さなくては自分が殺される。あの状況ではしかたなかったのだ。妻と弟だって仕方ないのだ。だからそうであってくれ。深い仲になった二人を受け入れることが、罰を受けること、部下に対しての贖罪になるという気持ちが、ミカエルにはあったのではないかと思います。

自分の罪にじっとしておれず状況を隠し、部下の妻子を訪ねるミカエル。部下も自分と同じく夫であり父親であるという事実を目の当たりにするミカエル。何も知らない赤ん坊が、自分の父親を殺した彼に微笑むことに、堪らなくなります。一連のミカエルの演出には、強く反戦の心が込められているのだと、感じさせられました。銃撃戦もなく血も流さないのに、こんなに切々と戦争の悲惨さをかんじさせる演出力に、また感嘆します。

神経衰弱に拍車がかかり、「みんな殺してやる!」と叫びながら台所をめちゃくちゃに壊し、暴力をふるうミカエル。ヤニックと警察に助けを求めるサラ。「ただの兄弟げんかだよ」と、血だらけで警察に言い訳するヤニック。しかしサラには守るべき娘たちがいるのです。私はサラの取った行動は賢明だったと思います。

刑務所に面会に行き、真実を話してくれ、そうでなければ二度と会いはしないと夫に告げる時のサラは、妻より母としての部分が勝っていたと感じました。今の私なら、夫が墓場まで持って行きたい秘密は無理に聞きはせず、自分から言いだすまで見守る方を選ぶと思います。しかし守るべき年齢の子がいるサラと同じ状況なら、私も痛みを共有するべく聞きたいと思うでしょう。何故なら待つ時間がないからです。そしておずおず泣きながら話し出す夫を抱く妻の姿が、トップの画像です。安堵した私は、ここでまた思いきり泣きました。

その才能が高く評価されているビア監督ですが、なるほどすごい力量でした。厳しい辛い内容の中、情に流されることもなく、的確にそしてきめ細やかな描写の連続で、観客にも「もしあなたなら?」と、常に登場人物一人一人の立場になって感じられるよう、そして理解出来るよう作ってありました。知的で冷静ではあるけれど冷徹ではなく、厳しいけれど辛辣ではなく、全編暖かい愛が流れていました。女性監督と言うと、情感豊かな母性か、ヌメヌメした所謂子宮感覚的な感受性が持ち味の人が浮かびますが、そのどれでもないけれど、正に女性が描いた夫婦や家族の愛、そして反戦の映画であると、まざまざ感じています。来週「アフター・ウェディング」を観るのが、今からすごく楽しみです。



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