ケイケイの映画日記
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2009年06月05日(金) 「路上のソリスト」




ロバート・ダウニー・jrに死角なし。ここ二年、彼の出演作は全て観ていますが、どれもこれも外れなし。今回「ゾディアック」に続く新聞記者役ですが、立ち位置も内容も全く違う役ですが、新聞記者の、胡散臭さではなく性を感じさせる役がらを、誠実に人間味たっぷりに好演。オスカー俳優ジェイミー・フォックスも難しい役を繊細に演じてとても良く、地味な作りですが、深々と人生について考えさせられる秀作でした。実話を元にしており、監督はジョー・ライト。

LAタイムズの人気コラムニストのスティーブ・ロペス(ロバート・ダウニー・jr)。最近記事に息詰まっていた彼は、ベートヴェンの銅像の前で二弦しかないヴァイオリンで、美しい音色を響かす、ホームレスのナサニエル(ジェイミー・フォックス)と出会います。ナサニエルが名門ジュリアード音楽院を中退したと知ったロペスは、何故彼が今の暮らしをしているか、俄然興味が湧きます。彼のことを書いたコラムは大反響。この事から、ロペスはナサニエルの人生に深く関わることになります。

最初記事のネタになるとナサニエルに近づくロペスが、彼の奏でる音色に聴き惚れ、才能に魅了される過程が、とても自然に描かれています。ナサニエルの演奏するクラシックの数々は、スクリーンを通じても、聞く者の心を落ち着かせ、安らぎを与えるのです。

音楽と人生に的を絞るのかと思いきや、映画は多角的に人生について問いかけます。ナサニエルの心を掴むため、自らもホームレスの保護地を頻繁に訪れるロペス。それはナサニエルを助けたい善意からですが、中々彼らを理解出来ないロペスの様子が描かれます。彼の戸惑いや、その場から完全に浮いた視線は、多分観客と同じでしょう。不潔で危険な様子を丹念に描いており、ロペスの心情は痛いほどわかります。彼の吐く言葉も正論。しかしそれは違うのだと、のちの展開で回答が出てきます。

ナサニエルはある精神疾患を患っており、それがためジュリアードで学ぶことが困難になり、退学。その傾向は神童めいた青春期から始まっていたのですが、自分の身に起こる恐ろしさを払しょくするため、一心不乱にチェロを弾くナサニエルの姿は、本当に痛ましい。その後も頻繁に恐怖にさらされるナサニエル。荒ぶる純粋な魂を鎮められない彼の辛さは、フォックスの素晴らしい演技で、思わずナサニエルと同化してしまい、涙が出ます。音楽の天分をという「恩寵」を受けた彼が、引き換えに失ったものは、あまりに大きいものでした。ナサニエルは頭髪も薄くなった中年のホームレスなのですが、まるで思春期の少年のように純粋に見えるのです。フォックスの渾身の演技は本当に心が洗われるようで、存分に彼の力量を見せつけます。

何故ナサニエルが路上を好むのか、閉塞的な場所を嫌うのか。広大な空間でないと、彼の心を受け止めてくれないのでしょう。それは両手を大きく開いて、彼を抱いてくれる人がいないことを表しているようです。自分に再び音楽を授けてくれたロペスを、ナサニエルは「自分の神」だと崇めます。彼を助けたい一心で上に立って引っ張ろうとするロペス。しかしそれが亀裂を生みます。お互いがお互いを認めているのに、噛み合わない二人の心がもどかしい。

同僚でありロペスの元妻であるメアリー(キャリン・キーナー)は、二人の様子を時には微笑み、時には嫉妬し見守ります。破綻した二人の結婚生活ですが、ロペスは彼なりに最善を尽くしたはず。しかし寸でのところで、逃げたのでしょう。ナサニエルとロペスの関係に、メアリーは夫婦であった頃の自分たちを重ねたのでしょう。夫であった男に、今回は逃げずに立ち向かって欲しいとの気持ちが、キーナーの好演によって、ひしひし私に伝わってきます。

ナサニエルには、適切な医師の治療と薬物投与が必要だと主張するロペス。保護地でボランティアのリーダーをしている男性は、「それは彼が望んだことか?」と、ロペスの問いかけます。望む望まないは関係ないと思っているロペス。ナサニエルのためなのだから。友情の名を借りた、その上から見下ろした視線を、ナサニエルに恫喝され、ロペスは自分の欺瞞に気付きます。

ロペスが保護地で浮いていたのは、懐に飛び込んだのではなく、彼らを観察していたからでしょう。ナサニエルに対しても、「保護者」からは逃げ、耳触りの良い「友情」の名で彼を引き上げようとしていました。友情とは対等です。相手の全てを受け入れること、傾聴すること、尊重すること。友情とは愛なんだなぁ、と強く感じました。一般的な弱者に対しては、表面に囚われ、どうしても難しいですが、ナサニエルのような特別の天分を持つ人を主人公に据えたお陰で、私はすんなりと納得出来ました。

それにしてもロバートの快進撃は本当にすごい。元々演技巧者ですが、薬物中毒から這い上がって以降、演技に大らかな豊かさが加わったように感じるのです。中年期に入り渋さと愛嬌を併せ持ち、とっても大事な男としてのゴージャスさも満開。ライバルはジョージ・クルーニーかな?私は断然ロバート派!

劇中、クラシック演奏をグラフィックで色を感じさせる場面が出てきます。私が中学生の時の音楽の時間、ヴィバルディの「四季」の中のヴァイオリン協奏曲「春」を聞いて、感想を書くという課題が出ました。「イエローやブルーなどの、明るいパステルカラーが見える」と書いた私の感想に、先生は「クラシックを聞いて色が見えるのですね。なんて素敵な!」と、線を引いて5重丸下さいました。あの時先生は音楽に携わる者として、単純に私の感想に感激してくれたのでしょう。そこには子弟ではなく、同じ目線に立った共感があったはずです。その喜びが伝わり、今でも私も覚えているんでしょうね。この作品のエンディングは、正にその大切さを表していました。


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