ケイケイの映画日記
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2007年06月19日(火) 「ゾディアック」



こういう作品だったのかぁ。題材が実話が元の連続殺人、そして暗号文の解読がキーポイントと言うことで、てっきり猟奇的サスペンスだと思い込んでおりました。しかし作品の真のテーマはサスペンス部分ではなく、「ゾディアック」と名乗る殺人犯を追い詰める側の人たちが、その事にとり憑かれた様に次々破滅していく様子を描く人間ドラマでした。監督はデビット・フィンチャー。

1969年のアメリカ、カリフォルニア。ドライブ中のアベックが殺害され、その直後に「ゾディアック」と名乗る者から、警察や数社の新聞社に暗号入りの声明文が送られます。この暗号文を新聞に掲載しなければ、次の殺人が起こると予告する犯人。クロニコル紙の花形記者エイブリー(ロバート・ダウニー・Jr)とイラスト担当のグレイスミス(ジェイク・ギレンホール)は、暗号文の解読にに並々ならぬ執着をみせ、サンフランシスコ市警のトースキー(マーク・ラファロ)とアームストロング刑事(アンソニー・エドワーズ)の二人も、必死になって捜査するのですが・・・。

今から40年近く前の出来事なので、捜査の仕方がまず古い。別の所管で起こったゾディアックの事件の資料を、「ファックスで送ってくれ」とアームストロングが頼むと、「こちらにはない。郵便で送る」との言葉に時代を感じます。今でいうプロファイリングのような方法でも、なかなか犯人像は浮かび上がりません。遅々として進まぬ状況は、科学的捜査も加わった今なら、事情が違ったかもしれません。しかし所轄が違うと我先に犯人を挙げようと、お互い手の内を隠すのは今も同じようですし、マスコミと警察側の駆け引きや勇み足も今に通じるものがあります。

最初ある者は功名心から、ある者は職業的正義感や義務感から、劇場型犯行を繰り返すゾディアックを追いかけていたのが、いつの間にか周りを見失いゾディアックを見つけることだけに執着する過程が丁寧に描かれており、この辺はとっても良く理解出来ます。やっと目星をつけた容疑者がシロだとわかった時のトースキーの「彼が犯人であって欲しかった」のセリフは、トースキーの焦りと怒りを表わしていて、「殺人の追憶」のエリート刑事の変貌と重なります。こういうことに魅せられ執着するのは、男性の特性のような気がします。女性が自分を見失うのは、恋愛が多い気がする。

「他にも仕事があるんだ。彼だけを追いかけているわけにはいかない」の言葉を残し、次々自分の人生を破綻させながら、ゾディアックを追いかけるのから脱落していく者たち。彼らを尻目にグレイスミスだけが残るのが面白い。何故ならイラストレイターの彼だけが、直接の「自分の仕事」ではなかったから。エイブリーやトースキー、アームストロングたちは、大なり小なり記者や刑事という自分の仕事で成果をあげていたはずで、ゾディアックの件では、敗北感がいっぱいだったはず。しかしグレイスミスは本業での編集長の評価も芳しくなく、仕事仲間からは「うすのろ」と陰口を囁かれている存在です。

そんな彼が憧れていたろうエイブリーから声をかけてもらったきっかけは、ゾディアックの暗号文を説いたからでした。ゾディアックの追跡をあきらめなかったのも、エイブリーの一言から発奮したからです。仕事に恵まれず良き夫や父親だけの人生で終わることに、焦燥感があったのではないかと思います。グレイスミスにとっては自分の存在意義を掛けての戦いだったのでしょう。この辺の拘りも、男の人だなぁと思います。理解できる女性は多いでしょうが、こういう男性についていくのも難儀だと思います。

妻も何故夫がゾディアックにとり憑かれているのかわかっていたでしょう。理解したい妻、申し訳なく思う夫、でもお互い何故わかってくれないのだ?の気持ちが強くなるのも丁寧に描写していて、ドラマに深みを与えます。一人でグレイスミスが証拠集めをしている時、心理的にとても怖い目にあう場面があるのでお楽しみに。背筋がぞ〜としますよ。

疑問がちらほら。最初のシーンの生き残り以外で、もう一人ゾディアックの素顔を見ている被害者がいます。その人に面通しを頼めば済むことだったので、相手はゾディアックではなかったんでしょうか?その辺の説明がなかったように思います。それとラスト近くグレイスミスの妻が夫に差し出した封書の中身。どこで手に入れたの?

俳優はロバート・ダウニー・Jrが出色。麻薬で何度も捕まり再起不能かと言われた人ですが、自身を彷彿させるエイブリーの役で、インテリやくざとも揶揄される新聞記者の、華やかさといかがわしさが良くでており、腕があるがため尊大で破滅型のエイブリーを、魅力たっぷりに演じていました。ジェイクも坊やっぽい出だしから、ゾディアック事件を通して変貌していくグレイスミスを好演していたと思います。ラファロもエドワーズも適役でした。特にアンソニー・エドワーズは、長くテレビドラマ「ER」でマーク・グリーン医師役で出演してた人で、ワタクシごとで恐縮ですが、このマーク・グリーンと言う人ほど私の理想の男性像を具現化している人はおらず、マーク、いやアンソニーは私にとっては特別のおヒト。今回植毛したのか、ズラなのか、はたまたプロぺシア(毛生え薬)か?と言う感じで、毛がふさふさなのでびっくり!ハゲの方がセクシーで好きですが、これはこれでちょっといい感じでした。












   
  ↑左はマーク・ラファロ







全米を震撼させた大事件でも、一年たち二年たち、段々と風化してしまう様子は薄ら寒いです。日本でも当てはまることですね。こうやって教訓のないまま、事件は人々から忘れ去られて行きますが、かかわった人々は、一生忘れられるものではない傷を背負っていくのでしょう。実話をベースにした映画的な虚実を観るつもりだったのが、誰にでも身の上にふりかかりそうな悲壮な心の変貌を見せつけるサスペンスでした。カタルシスも感動もないけれど、見応えたっぷりの二時間半です。


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