ケイケイの映画日記
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2008年01月20日(日) 「女系家族」(京マチ子 名作映画まつり)

ただ今千日前国際シネマにて上映中の京マチ子特集で観てきました。年頭からの公開ラッシュで、現在大変なことになっている私の映画スケジュール。全部観たら二月いっぱいまで、毎週2〜3本観なくてはいけない計算です。仕事行って家事して感想書いて。絶対に無理!!!そんな時期に、何でこんな甘美でマニアな特集するかなぁと、ブツブツ文句言いながら、やっぱりフラフラ観てしました。何を隠そう、私は邦画史上で一番好きな女優さんは、京マチ子様なのですね。芳しくもエロティックな女の匂いを発散させながらも、はんなりと華やかで上品で、それでいて名コメディエンヌぶりもみせるなど、本当に素敵。この作品は山崎豊子原作で、何度もドラマ化された作品なので、内容は有名です。私も何度か観ました。しかし微妙な作り手の解釈の違いで、これだけ観た後の印象が変わるのだなぁと、ほとほと感じ入りました。今まで観た中で、一番怖くて超面白かったです。

大阪・船場で代々呉服商を営む「矢島商店」。矢島家は三代続いた女系で、娘に婿養子とり、商いを繁盛させていました。現当主嘉蔵の死去に伴い、長女藤代(京マチ子)次女千寿(鳳八千代)三女雛子(高田美和)の三姉妹、及び親族への遺産相続の遺言状が読み上げられます。それぞれが思惑を抱く三姉妹たち。しかし嘉蔵に七年面倒をみていた妾の文乃(若尾文子)の出現で、事態は思わぬ方向へ向かいます。

この作品は1963年の作品で、当時の大阪の様子をロケしたシーンが度々出てきます。これを観ると「三丁目」に描かれる当時の風景は、懐かしさを
素直に煽るため、少々建築物が美化されているように思いました。何しろ汚たなくて古い!それが広大で豪奢な家や、高価な着物に身を包む三姉妹とは対照的です。大番頭宇一(二代目中村鴈二郎)が、「何も仕事もせんと、贅沢ばっかりしくさって」と、三姉妹を陰で貶しますが、生まれついた家でこれほど暮らしに差が出ると、そら恨みごとの一つ(いっぱい言ってたけど)も、言いたなりまっせ。何か今の時代と似ているような。

船場の大店は特殊なところで、娘ばかり生まれると、昔は落胆する方が多かったでしょうが、娘と優秀な番頭を結婚させて店を継がせると、血筋と常に新しい商売の才覚が引き継がれると、返って喜ばれたと何かで読んだ記憶があります。雷蔵の「ぼんち」でも、「何であの子は女の子やなかったんやろ・・・」と、祖母と実母から出来そこない扱いされていましたし、「夫婦善哉」でも、放蕩息子の柳吉は廃嫡され、妹に婿養子が取られていました。

今まで観た中では、女の「いけずさ」の描き方は、この作品がダントツです。欲の皮をつっぱらさせながらの丁々発止のやり取りは、本音一本やりで、「京のぶぶづけ」のような立て前など全く無く、凄まじいです。一番若い雛子は、若いだけに一番心が清らかで、姉2人とは違うのですが、後見人としてしゃしゃり出る叔母(姉妹の実母の妹)を演じるのが、あの浪速千栄子なので、雛子100人分以上の迫力です。う〜ん、船場のいとはん(お嬢様)とは言え、やっぱり大阪の女。私はネチネチした意地悪は大嫌いなので、観ていてとっても楽しめました。格式こそ高いでしょうが、一皮むけば傲慢さと気位の高さが災いして、庶民のような暖かさが全くありません。お金の怖さも感じさせます。

私がびっくりしたのは、嘉蔵の子を妊娠している文乃を、長女・次女・叔母で取り囲み、押さえつけて内診させる様子です。こんなけえげつないシーンは、他の作品では観た記憶がありません。あぁびっくりした。文乃が「あんたら、それでも船場の嬢さんですか!」と泣きながら訴えますが、さもありなん。

文乃は親兄弟とは早く死に別れ、それ故か有馬で温泉芸者をしていた時に、嘉蔵に見初められます。娘たちの様子を見ると、妻にも「婿養子」と見下されていたと想像される嘉蔵。高慢な自分の家の女たちにはない、男を立てて頼って尽くしてくれる文乃を、愛おしく感じたのでしょう。文乃の欲のない様子や、陰膳をして嘉蔵の供養をする姿に、普通の不倫関係のような、爛れた雰囲気は漂いません。それは演じる若尾文子の、楚々としながら芯の強い文乃の造形が感じさせるものです。有馬の芸者上がりと聞き、娘らに嘲笑されるシーンなどと共に、耐え忍ぶ文乃に観客が同情出来るよう作ってあり、それがラストの爽快感を導きます。

嘉蔵の遺言により、文乃の出産した男子が店の後継者として定められます。今まで耐え忍んでいた文乃は、別人のように気丈です。反対に憑きものが落ちたような上の二人(蚊帳の外気味だった雛子は、サバサバ)。今まで観たものは、文乃は本当はしたたかな、やっぱり妾を出来るような女、嘉蔵は今までの怨念を、死して晴らすといった風情でした。

しかし今回の文乃は、自分自身の思いより、何とか恩人の嘉蔵の心に報いたい一心が、彼女を強くさせたと感じました。彼女の器の大きさも、宇一の数々の不正を暴きながらも、「今までの番頭さんの功績に免じて、故人に代わり免責をお願いしたい」と言う姿に表れていました。

そして一番店を継ぐのに固執した長女が、「お父さんに、しっかり生きろと言われている気がするわ」と言い、家を出る決意をするのです。嘉蔵の遺言は、欝憤を晴らしたものではなく、世間知らずで高慢ちきな、人として未熟な娘たちが、それに気付くように仕向けた、父親としての愛情のように感じました。監督三隅研次の暖かい愛情の籠った解釈のおかげで、この通俗的なお話は、一段も二段も格上の、普遍的な意味を持つ秀作になったと感じました。

キャストが超豪華で、他にも長女をたぶらかす踊りの師匠に田宮二郎。最初から長女をたぶらかす気満々なのがわかるのですが、それでも乗ってしまうわなぁと思わす、男前ぶりです。キザではないのがポイント。大阪の女は、いくら男前でもキザな男が大嫌い。小悪党らしい怪しさもチャーミングに感じさせ、本当に素敵。もし田宮二郎主演の作品をリメイクするなら、阿部寛が似合うと思いますが、いかが?

鴈二郎も狸親父の番頭を演じて出色。北林谷栄の愛人相手に、しっぽりとしたシーンもあるのですが、老人なのに艶っぽい風情を醸し出し、とぼける時の絶妙の間合いで笑わせます。こんな大役者なのに、貫禄を押さえて女性陣を立てながら、強く自分を生かす芝居が出来るなんて、腕のある人はひと味もふた味も違いますね。

次女の鳳八千代は、姉妹の真ん中でうっ屈して生きてきた恨みを、あちこちにぶつける気持ち、よーく理解できる好演でした。清楚で優しげな美貌は、こんなことに巻き込まれなかったら、穏やかな養子婿の夫と幸せに暮らせたろうなと思うと、ちょっぴり同情出来ます。

三女の高田美和は、自由奔放ながら、人としての良き素養は姉妹で一番持ち合わせている雛子を、伸び伸びと演じていました。彼女は「女系家族」には縁が深く、ドラマで長女や文乃を演じています。最近見かけませんが、どうされているんでしょうね。またテレビでお目にかかりたいです。

そして期待の京マチ子。わ〜、もう綺麗で可愛い!私はいっくら綺麗な人でもね、可愛いげのない人は好きじゃないのです。「お母さんから、総領娘はどっしりとしているもんや、と教えられていますのや」と、一番難しいこと言う割には、養子も取らんと勝手に嫁入りして勝手に出戻るなど、妹たちや店のことなども全然考えていない自己チューぶりです。しかし、その華やかさと貫録は、皆を圧倒して黙らせてしまうのも納得の艶やかさです。それと裏腹の世間知らずさで、田宮二郎に騙されてしまうのですが、普通はそれ見てみぃと、溜飲が下がるもんですが、コントラストの鮮やかな演技で、思わず可哀想だと感じさせます。う〜んやっぱり千両役者ですね。満足満足。

この作品はミナミ地区に映画館が激減していることに憂いた、有志の方たちの尽力で実現した特集上映だそうです。その甲斐あって、平日ながら劇場はシルバー世代の方々で盛況でした。京マチ子特集は二月半ばまで。次は溝口健二の特集らしいです。でもそんなミニシアターでも上映してくれるような特集ではなく、一般大衆に愛された、銀幕の大スターの特集の方が観たいなぁ。またお相伴に預かりますね。


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