ケイケイの映画日記
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2008年01月18日(金) 「その名にちなんで」




いやー、もうびっくり。アメリカに渡った在米インド人夫婦と、アメリカ文化の中で育った子供たちの葛藤の25年間の話と聞いて、私自身とリンクする部分が多々あるだろうとは予想していましたが、これほど理解も共感も出来るとは。元を辿れば、インド人と韓国人は親戚なんじゃなかろうか?と思ったほどです。監督は「モンスーン・ウェディング」(未見)のミーラ・ナイール。

カルカッタの学生だったアショケ(イルファン・カーン)は、祖父に会いに行くための列車で事故に遭い、瀕死の重傷を負います。全快した彼はその後博士号取得のため渡米、お見合いのため帰国します。相手は若く美しいアシマ(タブー)。無事結婚の運びとなり、挙式後二人は共に渡米。幾多の困難にも手を携えて乗り越え、息子と娘にも恵まれます。しかし長男ゴーゴリは(カル・ベン)次第に自分の名を嫌うようになり、大学生になるとニキルと改名してしまいます。しかしゴーゴリという名は、父アショケにとって、格別の思い入れのある名でした。

冒頭事故からお見合い、挙式からアメリカに二人で渡るまでを、簡潔ながらまとまりよく描いています。特に列車の中の会話や、アショケの靴を履いてみるアシマの様子などは、まだまだ当時(1970年代)のインド人は、西欧社会の文明に、憧れと畏敬の念を抱いていたのだともわかります。

私がまず泣いてしまったのは、後ろ髪をひかれながら、夫と共に機上の人となる時のアシマの様子です。私も見合い結婚だったのでわかるのですが、まだよくお互い知らないまま結婚している上、誰一人知った人がいないアメリカに渡るのです。その心細さや親兄弟との別れの辛さは、筆舌に尽くし難いはず。たったあれだけの描写で?と思われるかも知れませんが、姑初め、一世のお婆ちゃんたちから聞いた話や、自分の体験がない交ぜになって、1を描いているだけで10感じてしまうのです。

以降雪深い凍てつくアメリカでの生活で、カルチャーショックに耐え時には泣きながら、家庭を守るアシマの様子が、情感豊かですがさらりと描かれます。特に私が滂沱の涙を流したのは、アシマにとって辛い日常を映しながらも、母への手紙には正反対の、安心してもらえる良きことばかりをしたためた手紙です。うちの姑も韓国に帰りたいと泣きごとばかり書いては破り、心配をかけたくないため、良いことだけを書いた手紙を母へ送ったそうです。

そして故郷へ送った画像の写真です。インドでは母や兄・妹が、「アシマに子供が出来た」と、あちこちに見せて歩きます。これも姑が義兄が出来て三人の写真を実家に送ったとき、姑の母がやはり泣きながら、「娘に子供が出来た」と近所中に見せて歩いたそうです。その時の夫の祖母の思い、姑の思いがオーバーラップして、私の涙線はもう大変なことに。アメリカでも経済的には心配はないアシマですらこうです。うちの姑はお嬢さん育ちなのに、韓国では考えられない生活苦を日本では強いられていました。その時の夫の祖母の娘を心配する心は、いかばかりであったろうと思うと、もう泣けて泣けて。

映画が終わるまでに体中の涙が出ちゃうよ、と思いながら観ていた私は、ふと、これは韓国とインドが似ているのではなく、移民した人、そんな子供を持つ人は、全てが同じ思いを抱くのではないかと思いました。ハワイやブラジルに移民した日本人一世を描けば、きっと全く同じものが出来るのでしょう。ベタに感情を煽るのではなく、人であれば素直に心が揺さぶられるような、節度をもった演出が好ましいです。

私が救われた気持ちになったのは、アショケがとても穏やかで誠実な夫であることです。心細い妻の心を抱きとめ、良き夫・父たらんとする姿は、彼が良い意味でアメリカナイズされつつあるからでしょうし、事故で九死に一生を得た、生への感謝の気持ちも感じ取れます。

私自身は日本生まれで日本の教育を受けた二世なので、アメリカ生まれのゴーゴリと妹が成長に伴い、気持が変化するのも、よーくわかります。初めて訪れる文明の遅れたインドにげんなりする兄妹。私にもよーく覚えがあります。私が初めて韓国を訪れたのは14歳の思春期の時。今では信じられないほど発展した韓国ですが、当時父の故郷は済州島の中でもとりわけ田舎で、、農耕の牛が堂々と道を闊歩し、どの家も鶏が早朝から啼く中での三日の滞在は、大阪のど真ん中で生活する私には死ぬほど辛く、ソウルに着いた時は、涙が出るほど嬉しかったもんです。

ゴーゴリたちは自分がインド人であるとは、普段は全く意識する事はないでしょう。アメリカ育ちなので、血筋や同じインド人のとの付き合いを重んじる、インド式の思考や文化などは鬱陶しく感じるでしょう。親も友達感覚、自由闊達な周囲のアメリカ人が羨ましいのもすごく理解出来ます。それ故ゴーゴリが「とあるきっかけ」で湧きあがる父母への思いは、理屈ではなく彼の体に流れているインド人の血というものを際立たせます。

二世・三世にとって避けて通れぬのが異民族との結婚です。ゴーゴリのアメリカ人の恋人との行く末は、予定調和でいささか古くさい気がしましたが、同民族の女性との描き方は秀逸です。同じ民族であっても各々が別の価値観を持って生きており、別の人間です。結婚相手は民族の血ではなく、相手の人柄次第だという結論は、古くて新しい真理だと思います。

アショケが何故ずっと名前の由来を息子に伝えなかったのかは、自分の思いを息子に押しつけたくなかったのでしょう。何度も出てくる「アメリカは自分が決める国」という言葉。幼児であってもそうでした。アメリカ式の思考を重んじたのは、子どもの未来はインドではなく、アメリカでの生活にあるのだと、この聡明な父にはわかっていたからでしょう。なので息子に名前の由来を初めて告げたシーンは、親の思いが伝わる情感豊かなシーンとして、とても盛り上がりました。

私が本当に感情移入して観ていたアシマ。一世女性らしく常にサリーを着る姿は、映画ではあまり描かれていなかった偏見や差別を跳ね返す、彼女のインド人としての誇りで包まれ、本当に美しかったです。いつも良き妻良き母であることを一番にしていたアシマ。子どもの成長に伴い時間に余裕が出来ると、その時間は向上心に費やし、車の免許を取り司書の仕事に就くなど、女性の一生のモデルケースにしてもいいような半生です。子供を思う気持ちを残しながらも、子どもへの執着を捨て、見守りつつ互いに自立する道を選ぶ姿は、本当に見習いたいと思います。

この作品で唯一物足らなかったのは、アショケ一族と一家を、ハイブローなお金持ちに設定していることです。実際の移民は、頭脳流出より出稼ぎが多いはずです。そのため貧困や差別に対しては、希薄どころかほとんど描いていません。しかしお陰で、自分の体に流れる民族の血を思い起こさせるという、万人に観易く共感を呼ぶ作品になったとも言えるでしょう。同じような立場の私には、郷に入れば郷に従うが、決して民族の誇りを忘れないアショケ一家の心映えは、とても共感出来るものでした。監督の繊細な感受性で紡いだこの作品、あぁ観て良かったと思わす力のある内容だと思います。


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