ケイケイの映画日記
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2007年04月29日(日) 「狼少女」(DVD鑑賞)

昨年とっても観たかったのに見逃した作品。ちょうど手術で入院する前日から一週間だけ、テアトル梅田でモーニング上映でした。入院前日の土曜日は仕事を休ませてもらったので、観に行こうと思えば行けましたが、うちの夫は普通の人なので、そんなことをすれば、後々何を言われるかわからないので、涙を呑んで止めました。その後映画館復帰後は新作を追いかけるのに忙しく、すっかり忘れていたのですが、高知のオフシアターベスト10で、日本映画の1位に選ばれた聞き、また観たい気がむくむく。「仁義なき戦い」の一作目といっしょに、久しぶりにレンタルしてきました(どんな組み合わせやねん)。正直に言うと細かい難点もいっぱいで傑作とは言い難いのですが、同じくらい繊細に子供達の心もすくい取り、視点が常に子供の目線であるのが素晴らしく、この小品を1位に選んだ高知の映画好きの方々の目の高さと暖かさに、敬愛の念が湧きました。

昭和40代年から50年代くらいの、とある田舎町。小学四年生の大田明(鈴木達也)は、この町で新聞記者の父(利重剛)と専業主婦の母(大塚寧々)と暮らしています。明は今、神社の境内でテントを張る見世物小屋が気になってしかたありません。そんな頃東京から手塚留美子(大野真緒)が転校してきます。利発で垢抜けた留美子は、すぐクラスの人気者に。このクラスにはもう一人、貧しく汚い格好のため、いじめの対象になっていた小室秀子(増田玲奈)がいます。クラスメートは、見世物小屋に出ている「狼少女」は、秀子ではないかと噂しあいます。

時代がだいぶアバウトなのが、一番の難点です。見世物小屋の代金が子供80円大人150円というのは、昭和30年代の終わりも匂わせますが、田舎田舎と何回も出て来る割には、子供達の服装など結構おしゃれであまりその時代を匂わせません。ゲイラカイトは確か私が中学に入るか入らないかの時分に出てきた凧ですが、それなら昭和40年代末。その割には秀子の不潔な身なりは余りにすさまじく、私は昭和36年生まれですが、あのようにぼさぼさのざんばら髪、皮膚疾患もそのままの子供は、あの時代にも見かけた記憶がありません。

画面に出て来る秀子の母(手塚理美)や幼い下の兄弟たちの身なりは秀子ほどひどくなく、これはどうしたわけ?父親は出稼ぎのようですが、いくら病身の母という設定でも、内職出来るのですから、娘の髪を梳いてやるくらいは出来るでしょう。体の早熟な秀子がブラジャーが買えず、留美子からお古をもらうのですが、そのことを秀子の母は、貧しくとも施しを受けてはいけないと娘に諭します。それは清貧の心を秀子に教える良い場面として挿入してありましたが、あのような不潔な身なりの娘に平気で、「仕事(朝晩の新聞配達)に遅れるよ」と声をかける無神経な母親に、そんなこと言えた義理かと私は少々憤慨。それに仕事に遅れるのはいけないのに、兄弟の面倒をみる為学校は遅刻していいの?そんなのおかしいよ。まだ小学生なのに家庭の犠牲にして、心が痛まんのか?優しく凛とした母のように表現していますが、私はこのお母さんは全然共感出来ませんでした。

対する明のお母さんは、専業主婦からの自立にもがき、秀子の母が30年代なのに対し、こちらの母の憂鬱は、昭和50年代からテーマになってきたもので、この辺の整理が出来ていません。大目にみて、明の父が電車賃として差し出す500円札は、このアバウトな時代設定を全て網羅して流通していた記憶があるので、全部を表したいのだという事で納得しましょう。明の両親の夫婦喧嘩の内容も、昭和を象徴するようなものでした。今なら、「子供のことは全てお前に任せているだろう!」と妻に怒鳴る夫など、ぶっ飛ばされますからね。

対する子供達の描き方は素晴らしい!ジャイアンがいて、スネオがいて、のび太くんがいて。意地悪で群れたがる女子気質もきちんと描けています(女性トイレで髪を整える子は、平成の女子だと思うけどね)。

小4というのは、女子の方は早い子は体の変化が現れ始め、それと同時に心も思春期に突入して行きますが、男子の方はまだまだガキンチョ。そして大人びて賢くなってもいくけれど陰湿にもなる女子対し、男子はあくまでおバカで健康的。その男女アンバランスな小学生の日常が、放課後の遊び、授業、寄り道の様子などで存分に描かれていて、懐かしさが込み上げます。
上に書いた胸が膨らみ始めた秀子の件は、秀子初登場シーンから私は彼女の胸の膨らみが気になっていたので、きちんと幼い性への関心と戸惑いが描かれていたのも、良かったです

秀子に肩入れする留美子は、彼女を守ろうと自分が気になる明も誘います。しかしそのことで明と秀子が噂になると、それぞれが自分の心をもてあまし、微妙に三人の関係に影を差すのが、大人の私が観るととても微笑ましい。好意と恋の間のような描き方に好感が持てます。

留美子には秘密がありました。観客にはそれがどんな秘密か、伏線が張ってあるのでだいたい予想がつきますが、彼女の賢さ、優しさ、強さがこの秘密にあると思うと、本当に切ない。「私は秀子ちゃんを可哀想だとは思ったことはありません。秀子ちゃんが大好きなだけです」と言う手紙に込められた、ありったけの留美子の想いに私は号泣。「カポーティ」で、カポーティは、自分とペリーを重ねて、自分は玄関から家を出て、ペリーは裏から出て行った人間だと表現しました。留美子も秀子と自分を重ねたのでしょう。秀子が玄関、自分は裏からと。

出演者はみんな良かった!子供達はみんな伸び伸びと演じて、とても好感が持てます。特に留美子役の大野真緒はきりっとした整った顔立ちから表の留美子を表現しながら、彼女の心の内の陰りもきちんと表現出来ていて、一番印象に残りました。田口トモロヲが留美子に寄せる優しさと情が、私には救いでした。留美子の生命力の強さを、陰で支える人のように感じました。先生役の馬渕英里香も、子供達を引き立てる演技で好感が持てました。

人というのは何かを背負って生まれてくるものでしょう。それは留美子だけではなく、秀子だってそう。明の家庭は決して豊かではないけれど、二人に出会ったことで自分の境遇に感謝し、それぞれの人の痛みを知ったのではないかと思います。それは明だけではなく、ガキ大将たちや他の子供たちもそうだと思います。そう信じさせてくれる平凡ですが素晴らしいラストの光景に、私は号泣。学校とは勉強や社会に出るための知識を身につけるだけではなく、豊かな心も成長させる場でもあって欲しいと、昭和の学校の風景から切に感じました。


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