ケイケイの映画日記
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2006年05月18日(木) 「ナイロビの蜂」

本年度アカデミー助演女優賞(レイチェル・ワイズ)受賞作。その他脚色賞にもノミネートされた作品です。が、私が随分前から注目していたのは、監督があの「シティ・オブ・ゴッド」のフェルナンド・メイレレスだったこと。コンスタントに劇場通いを再開したここ4年くらいで、私が一番強烈に印象に残った作品がこれです。ブラジルのスラムの実話を元に、普通に描くと暗くてやりきれなくなるお話を、ラテンのパワー全開に描いて、とてつもなく面白い社会派娯楽作でした。なので今回期待大でしたが、全然雰囲気は違いますが、また社会派の秀作を見せてもらいました。

アフリカはケニアのナイロビ。英国外務官一等書記のジャスティン(レイフ・ファインズ)は、ガーデニングが趣味の温厚な人物です。妻のテッサ(レイチェル・ワイズ)は、情熱的は革命思想の持ち主で、ナイロビのスラムに出入りしては、彼等の救援活動に熱心でした。ある日友人の医師ブルームと活動中のテッサが殺害されます。ブルームとの痴情のもつれと見られる中、不信なものを感じるジャスティンは、妻が製薬会社の不正の事実を掴んでいたことを知り、彼女の意思をつごうとします。

二人の出会いのシーンで、場所柄をわきまえず猛然と演説をぶつテッサにちょっと引き、外交官の夫の立場も省みず、現地で猪突猛進で救援活動をする姿に閉口してしまい、これは私には苦手なヒロインかもなぁと、ちょっと心配に。何も夫の幸せが自分の幸せの内助の功が絶対良いとは言いませんが、夫婦と名がつく限りは、やっぱ連れ合いの立場も考えにゃ。この人は結婚してはいけなかった人ではないか、と思って見ていました。

しかし後から考えると、出合いのシーンにも鍵はあったのです。テッサの無礼を優しく受け止めるジャスティンは、温厚で静かな人ですが、彼の人間としての度量の大きさを表現し、テッサの情熱的だが素直な人柄は、演説した後すぐにジャスティンに無礼を詫び、意気投合した後の素早い肌の交わりに現れていました。この時のテッサの「あなたは私を守ってくれた」と「あなたといると安心するの」の言葉と感情は、死ぬまで彼女の支えだったことが、のちわかります。

妻の道程を追うジャスティンは、そこでいかに彼女が信念を持って、活動に心血を注いでいたか、知ることになります。その最もな事柄が、生前テッサがスラムの子を車に乗せてと願うと、ジャスティンは彼等だけ乗せても事態は変わらないと認めません。今出来ることからするだけなのに、と哀しげだったテッサ。しかしジャスティンが同じような、それももっと逼迫する状況に出くわすと、今度は賄賂を使ってでも、黒人の子供を飛行機に乗せようとするのです。貧困の人々と同じ場所で過ごし、同じ視線で見つめた時、ジャスティンはテッサと同じことをしました。この時、初めて本当に、ジャスティンは妻のしてきたことの意義を理解したのではないでしょうか?

製薬会社と国ぐるみの新薬開発に対する癒着、その利権に群がる他国の人間。貧困と病に苦しむアフリカの人々の命が軽いという現実に、私たちは何も出来ないのでしょうか?テッサを通じて、おとなしいジャスティンの変貌ぶりは、まずは貧困の人々と同じ場所に立つことで見えること、出来ることがわかるのではないか?と、観客に問うているように感じました。

テッサは自分が握った癒着の秘密を、一切夫に相談しませんでした。それは「あなたといると安心する」夫を、巻き込みたくなかったから。猛女に見えたテッサですが、命がけで自分の信念を貫く彼女が、自分に立ちはだかる権力に怯えもしたはずです。その怯えよりもっと、彼女の夫を守りたい気持ちが強かったのです。長い道程のあと、ジャスティンが独白する「見つけたよ、君の秘密」とは、妻の愛ではなかったかと思います。妻の心を掴みあぐねていたジャスティンには、何よりの天国からの妻の贈り物だったと思います。

オスカー受賞のワイズは、ケンブリッジ卒のインテリ女優として知られ、社会的意義がある作品での受賞は、彼女にとっても喜ばしいことでしょう。前半の意志が強く頑固さだけが目立つ頃と、フラッシュバックされたジャスティンの妻としての柔らかい姿の対比が、真実のテッサの姿を浮き彫りにしていて、受賞も納得の好演でした。レイフ・ファインズも温厚誠実が取り得の前半と、自分の安定した生活を台無しにしても、妻の気持ちに報いたい、夫の純情とでも呼びたい姿を、とても自然に力強く演じていて、かなーり高得点。どうして何も賞を取れなかったのかなぁ。

メイレレスは「シティ・オブ・ゴッド」でも、スラムに生きる人の貧困を、エネルギーいっぱいに描くことで、悲惨さを浮き彫りにしていましたが、今回も褐色の肌を極彩色の衣装に身を包むアフリカの人を、生命力溢れるたくましい人達にみせていました。あらゆる国から金のなる木のように扱われるアフリカ諸国ですが、そんな先進国を蹴散らす強さが感じられて、これは監督の願いが込められているかと思います。


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