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この日記は26日月曜日の夜の執筆分
きのう今日で、4本の日記をまとめて書いています。セットで読んでくださいませ。まとめた書いた理由等の詳細は27日分で
ある番組で、渡辺淳一さんが、「恋の掛け持ちのススメ」をおっしゃっていました。
「一人を懸命に愛すると失敗する。強いてはストーカーになりかねない。逆に愛を分散投資すると、愛することにいやらしさがでない・・・」だそうです。二兎追うものは一兎を得ずではなく、二兎しか追わないから一兎を得られない。ふーむ。その理論もひとつの考え方かもしれないなって思いますねー。複数の異性への分散投資か・・・
僕が考える愛の理論のひとつとして
愛することの行き着く先は「慈愛」であると
慈愛・・・
いつくしむ愛。いつくしむということは、自分を投げ出しても愛する。この人には、すべてを許すことができる。相手のことをなにもかも許せる。無償の愛ということ。(すべて・・・まで行かなくても、大体のことを許せ、いつもどんなときも自分の味方になってくれる、相手の味方になれる関係が、どこまで突き詰めることができるかにかかってるように思う)
つきつめて考えると、最後に行き着くのだと考える。無論、命を懸けてもその人を愛している・・・それがベースで。
渡辺淳一原作の映画「愛の流刑地」のように、不倫の愛というは、その要素が強くあって。ある種家族を顧みず、お互い大きなリスクを負ってでも、ただ、その愛をこころと身体で激しく求め合う。「殺したいほど人を愛したことがあるか?」ほんとうの意味での、究極の愛であるように思う。
人を好きになることは、本能的なものだから。
愛することに、情熱を傾けるのはあたりまえ。
だからこそ、人は嫉妬もするし、憎しみも生まれる。人と人は、出会いと別れで形成されているから。
人を愛して、ドキドキする。相手の一言ひとことをこころに刻み込んで、全身全霊で言葉を、視線を返していく。抱きしめて、お互いの肌のぬくもりを共有しあい重ねあう・・・
僕で考えると・・・本来、そんな純粋で激しい愛を、どこかで欲している部分がきっとこころにあるはず。ひとすじに、ひたむきに。でも、それが、いまの自分ってね、おおらかで、おだやかな愛し方ももちろんある。そんな方向性にかわっているのかもしれないね。これって、例の「鈍感力」?なーんて思ったりするけれど。違うかな(笑)
苦しい恋をしたとき、最終的になにを得ることができるか?
それは、きっと、なにが自分にとって大切か?誰が、どんな人が、自分にとって、大切な存在なのか?自分の本質をしっかり気づかせることも、ひとつだと思います。
とにかく、みなさん、恋をしましょう。たくさん恋をしましょう。
ひとつひとつ、自分なりのストーリー紡ぎ、人生の中でひとつひとつ重ねていきましょう。そして、最後に本当の愛を見つけていければ。
僕は、前々から、
「人のこころはうつろいやすい」
「人は不確かなもの」
と、なんどもここで書いてきました。僕は、それだけ人に対して強い不信な部分がありますが、その分、人の「本質」を、静かに、しっかりじっくり見い出していこう。相手から投げられた分だけは、きちんと相手に返していこうと、それだけはいつも思ってます。孤独って、ひとりぼっちって、とてもしんどいもの。
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きょうもお疲れさまです。わたしはなんとか元気ですし、仕事もなんとかこなしてる毎日です。この週末も、フルにお休みがもらえなくて。
ただ、通勤の電車やバスに揺られてる時間、一人部屋でボーっとしてる時間、カフェでまったりしてる時間。それらの時間で、あれこれ考えることが多い気がしますね。
さて、次回は・・・「雑貨とわたしの部屋の関係」についてのこと、もしくは、「いろいろな場所」なんてこと書きたいなって思っています。とはいえ、次のページはもう3月なんですよね
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みなさん、こんにちは。現在日曜日の夜です。お間違えなく♪
ここでお知らせ!
○「Yahoo!セカンドライフ」に連載中のコラム
第3回を連載しました。小さなカフェの旅の2回目です。⇒クリック
○日記に、いろいろ書きたいことがたまっているので、きょうは特別。
きょうの日記は3つに分けて書きます!
日曜日=「牡蛎まつりと、火渡りと、おしゃべりと」
月曜日=「ルイス・バラガンの建築で思う色彩と美しさの概念」
そして、火曜日分のテーマは「コーヒー」
ちょっと前、「蛇舞珈亭」へ行ってきました。
昨年12月1日、いままでの東区牛田から、西区古江新町に移転されたのです。ですが、忙しくて訪れることできずじまいでしたが、やっと2月に入って、訪れました。街中ということで、車でも行きやすくなったしね
牛田の時は、住宅街にひっそりたたずむ、本当の珈琲好きだけが集う隠れ家のような感じだったけれど、広電古江駅前の商店街の一角に移転した現在のお店は、たくさんの人が訪れるにぎやかなお店になっていました。週末だったので、店の外まで待っている人も!


店内は、以前より若干増えた席。そしてあの渋い色のカウンターは相変わらず。カウンターに腰掛け、おなじみのマスターが、静かに職人技で珈琲を淹れていく。その様子や手さばきを見るのが大好きです。
前のお店と違って、きちんとケーキのコーナーが設けられ、ショーケースにいろんな種類のケーキが並んでいる。蛇舞珈亭といえば、チーズケーキ。もちろんありました。お持ち帰りもできます。香り高い珈琲。いつものように、ロイヤルコペンハーゲンの器に注がれる。久々に味わったけれど、ほんと美味しかった。至福の時だわ。たしか、牛田移転の時から、自家焙煎を始められたはず。20種類の上質な豆を取り寄せて、すべてにこだわられている
それにしても、お客さんが絶えることがない。広島の珈琲好きなら、誰しも知られてる名店(並木通りにあった時代を知ってる人も多いのでは)ではあるが、やはりたとえ遠方でも、珈琲を味わいたいと足を運ぶものなんですよね。きっと。
深煎りコーヒー=500円
ケーキ各種=350円。セットで50円引き
蛇舞珈亭
西区古江新町1−30(アバンセの向かいです)
274−7277 10時〜21時 火曜日休み
と、いうことで、火曜日分まで書いちゃいました。
まだ、書きたいことがあるので、先まで書いてしまうかもしれません。
さ、今週もスタート。みなさん、ニコニコの時間を過ごしてくださいね!
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前々回(2月18日)放送の「世界遺産」にて
〜ルイス・バラガン邸と仕事場〜
が取り上げられていました。前々から、雑誌等で、ルイスバラガン氏の存在は知ってはいましたが、世界遺産登録の家って、珍しいでなぁって思って。きょうの放送は、保存版にしたいくらい、その建築の美しさに魅了されてしまいました。
http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20070218/onair.html
その美しく、こころうつ鮮やかで透明感あふれる色彩を大胆に使った家。僕の家という概念を突き破るような世界が広がってて。素晴らしい!
生涯独身を貫き、終の棲家として、建築された自邸と、その他の建築物。色というものを、再認識させらました。
日本の、とくに自分の周りにある、建築やプロダクツって、白がベースになていて、そこを打ち破るものがなかなかなかったりする。(皇居の近くに真っ赤のビルが現れただけで論争となる)その国には、その国の色彩感覚って存在するのでしょう。ただ、僕はとても魅了されてしまいました。
「住む」ということに、最大限シンプルに突き詰めると、こういう形になるのかもしれない。無駄なものをそぎ落とし、もっとも必要なものを突き詰めると、きっとモダーンで素晴らしいデザインへと結びついていくのかもしれない。それは、人間が生活するという基本的なことと融合する
「渡辺篤史の建もの探訪」も、よく見ている番組でね、狭小住宅でも、ここまで空間を最大限活用して美しく、ここちいい住まいができるのか!って見終わって、いつもすごい!って思わされます。
シンプルイズベスト。
シンプルから、美しさ、ここちよさは生まれる・・・
そんな気がしました。
僕はどうでしょう??
ふーむ。部屋は本と仕事の書類で乱雑になっています。やっぱりきちんと片付けよう・・・いちおう、出窓には、写真のように美しい草花は置いているけれど
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となり町の漁業基地で行われた「水産まつり」
毎年、多くの人が朝早くから訪れます。お目当ては「牡蛎」たくさんの牡蛎が格安で手に入るとあって、遠方から訪れる人が多いのです。そして、写真のように、殻つき牡蛎、牡蛎汁、牡蛎フライの試食も!おなかいっぱいになります。僕も生牡蠣を買って帰りました。一昨年も訪れたけれど、そのときは、午後から大雪だった記憶が残ってる。今年はあたたかいんだなぁって感じました。みんなおいしいものを食べている顔は幸せ♪


地元の駅の山側に、ひときわ赤い本堂が目立つ「大師寺」で、きのうから、「毘沙門天大虎大祭」が行われている。わたしは、まーったく詳しいことはわからないけれど、ただ、「火渡り」が行われることは知っていて、以前から気になっていた。そこで、時間がちょうど空いたので、行ってみることに。
この街に住んで20年以上になるけれど、はじめてこのお寺まで上がった。かなり大きい!街が一望できて気持ちがよかった。そして、多くの人でにぎわってて。お接待ということで、参拝者にうどんが振舞われてた。大きなドンブリのたっぷりの麺と具。これだけでおなかいっぱいなのに「お替りは?」までおっしゃっていただいた。



火渡り式までに、火をつけるまで儀式が行われる。弓矢を放ったり、塩や水で清めたり、大きな数珠で火を囲んで回ったり。その後、護摩を火にくめて、参拝者の財布やかばんを火に近づけて「エイッ」と願をかけて、その後、火渡り。みんな次々、熱い上を歩いていきました。
宮島では、風物詩で親しまれてるこの儀式が、地元で体験できるとは思ってもいませんでした。(宮島と同じ派のお寺なので、すべて宮島と同じ)
僕もご利益あったかな?
その後、急いで、友達に会うため宇品まで・・・以前仕事場で同僚だった人
いろいろお話聴いてほしいような感じだったので、ちと心配でね。胸のうちを吐き出して、少しでも、元気になってくれればいいのだがねー。
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「旅は人生そのものだと思います」
この言葉、きょうの夜、FMで、秋川雅史さんがおっしゃった言葉。秋川さんは、「千の風になって」という曲で、とても話題になっている人。
葉加瀬太郎さんの番組で、毎週最後に、ゲストの方に、「あなたにとって旅はどんな言葉になりますか?」という質問をします(ANAが提供の、旅がテーマのトークが中心の番組だから)。僕もこの番組をたくさん聴いてきたけれど、
「人生そのもの」と答えた人は、おそらく初めてでしょうね。
私は元来、「人生は、旅のようなもの」
と、言い続けている。
人生とは旅・・・
出会いがあり、別れがあり
時に感動したり、苦しかったり、
方向も、自分で決める
時に誰かに助けられ、時に誰かを助ける
旅も、人生も、
出会いと別れが凝縮して形となっているものだと思います。
たとえ、別れがあったとしても、ここで立ち止まることもできない。一歩いっぽ、その先の何かに出逢うために、何が待っているのかわからないその先の道を、歩いていく。そこには期待と、出会いを求めながら。
雨がふっても、嵐が吹いても、やがて晴れはやってくる。
陽が沈んで、満天の星空に感動し、また朝の陽の光にこころ動かされる
人によって、各駅停車の旅もあるだろう。新幹線や飛行機の旅もあるでしょう。ときに遠回りしたりもするでしょう。また発着点に戻ることもあるでしょう。
ただ、レールが続く限り、
人生も、旅も続いていく
振り返ることはゆるされない。
時間を戻すこともゆるされない
それが、ルール
そして、
人生はしんどいことも多い。辛いことも多い。
だけれど、ひとりじゃ生きていけない。旅もそう。
だれかが、いてくれること。見守っていること
そのことはわすれないように・・・
人生の旅の道程は、まだまだ先は長い。
ゆっくり、ときに立ち止まって、休んで、
立ち止まると、見えなかったことが見える。
そして、何が大切で、なにが必要で、なにをもっとも愛してるのかが、
(誰が大切で、誰が必要で、誰をもっとも愛しているのか)
気づくのだと。そう思います。
写真は、きょうのわたし。
なんだか、初夏のような写真だね。気持ちのよい空でした。
すーっと深呼吸して、日差しをあびて。
さ、あしたも、元気だしていこう。
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いやぁ、今夜の「僕らの音楽」見ごたえありました。
だいたい、
「椎名林檎×イチロー」
なんて番組、想像できなかったもの!
2人とも、意気投合して、真剣に語り合ってましたね。
林檎嬢が、こうしてトークのホスト役(今回の場合、イチローではなかった)として、語る番組ってあまりないでしょうし。イチローも林檎嬢の曲を聴いているんですねー。
椎名林檎という人は、妖艶で色気があって、独特の佇まい。
ただ、それらを打ち消すような、美しい言葉での語りが、印象的です。美しい日本語を、丁寧に言葉にして発する。だからこそ、そのギャップがあいまって、凛とした印象を受けるのだと思う。(歌詞も、こと古い難しい日本語が使われていることが多々ある)
久々の「椎名林檎」としてのアルバムが先日発売されて、そこからの3曲を歌われていた。(蜷川実花監督の映画「さくらん」の音楽アルバム)
「さくらん」も、けっこう話題になっているが、私はそれ以上に、椎名林檎としてのアルバムということ。最近は東京事変としての椎名林檎さんだったもの。とっても久々です。
ちなみに・・・東京事変のアルバム「教育」に、
「夢のあと」
という曲が収録されている。この曲、よく車の中でひとり運転していて聴いていると、つい涙ぐんでしまう。私の涙腺が弱くなる楽曲リストのひとつですねー