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となり町の漁業基地で行われた「水産まつり」
毎年、多くの人が朝早くから訪れます。お目当ては「牡蛎」たくさんの牡蛎が格安で手に入るとあって、遠方から訪れる人が多いのです。そして、写真のように、殻つき牡蛎、牡蛎汁、牡蛎フライの試食も!おなかいっぱいになります。僕も生牡蠣を買って帰りました。一昨年も訪れたけれど、そのときは、午後から大雪だった記憶が残ってる。今年はあたたかいんだなぁって感じました。みんなおいしいものを食べている顔は幸せ♪


地元の駅の山側に、ひときわ赤い本堂が目立つ「大師寺」で、きのうから、「毘沙門天大虎大祭」が行われている。わたしは、まーったく詳しいことはわからないけれど、ただ、「火渡り」が行われることは知っていて、以前から気になっていた。そこで、時間がちょうど空いたので、行ってみることに。
この街に住んで20年以上になるけれど、はじめてこのお寺まで上がった。かなり大きい!街が一望できて気持ちがよかった。そして、多くの人でにぎわってて。お接待ということで、参拝者にうどんが振舞われてた。大きなドンブリのたっぷりの麺と具。これだけでおなかいっぱいなのに「お替りは?」までおっしゃっていただいた。



火渡り式までに、火をつけるまで儀式が行われる。弓矢を放ったり、塩や水で清めたり、大きな数珠で火を囲んで回ったり。その後、護摩を火にくめて、参拝者の財布やかばんを火に近づけて「エイッ」と願をかけて、その後、火渡り。みんな次々、熱い上を歩いていきました。
宮島では、風物詩で親しまれてるこの儀式が、地元で体験できるとは思ってもいませんでした。(宮島と同じ派のお寺なので、すべて宮島と同じ)
僕もご利益あったかな?
その後、急いで、友達に会うため宇品まで・・・以前仕事場で同僚だった人
いろいろお話聴いてほしいような感じだったので、ちと心配でね。胸のうちを吐き出して、少しでも、元気になってくれればいいのだがねー。
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「旅は人生そのものだと思います」
この言葉、きょうの夜、FMで、秋川雅史さんがおっしゃった言葉。秋川さんは、「千の風になって」という曲で、とても話題になっている人。
葉加瀬太郎さんの番組で、毎週最後に、ゲストの方に、「あなたにとって旅はどんな言葉になりますか?」という質問をします(ANAが提供の、旅がテーマのトークが中心の番組だから)。僕もこの番組をたくさん聴いてきたけれど、
「人生そのもの」と答えた人は、おそらく初めてでしょうね。
私は元来、「人生は、旅のようなもの」
と、言い続けている。
人生とは旅・・・
出会いがあり、別れがあり
時に感動したり、苦しかったり、
方向も、自分で決める
時に誰かに助けられ、時に誰かを助ける
旅も、人生も、
出会いと別れが凝縮して形となっているものだと思います。
たとえ、別れがあったとしても、ここで立ち止まることもできない。一歩いっぽ、その先の何かに出逢うために、何が待っているのかわからないその先の道を、歩いていく。そこには期待と、出会いを求めながら。
雨がふっても、嵐が吹いても、やがて晴れはやってくる。
陽が沈んで、満天の星空に感動し、また朝の陽の光にこころ動かされる
人によって、各駅停車の旅もあるだろう。新幹線や飛行機の旅もあるでしょう。ときに遠回りしたりもするでしょう。また発着点に戻ることもあるでしょう。
ただ、レールが続く限り、
人生も、旅も続いていく
振り返ることはゆるされない。
時間を戻すこともゆるされない
それが、ルール
そして、
人生はしんどいことも多い。辛いことも多い。
だけれど、ひとりじゃ生きていけない。旅もそう。
だれかが、いてくれること。見守っていること
そのことはわすれないように・・・
人生の旅の道程は、まだまだ先は長い。
ゆっくり、ときに立ち止まって、休んで、
立ち止まると、見えなかったことが見える。
そして、何が大切で、なにが必要で、なにをもっとも愛してるのかが、
(誰が大切で、誰が必要で、誰をもっとも愛しているのか)
気づくのだと。そう思います。
写真は、きょうのわたし。
なんだか、初夏のような写真だね。気持ちのよい空でした。
すーっと深呼吸して、日差しをあびて。
さ、あしたも、元気だしていこう。
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いやぁ、今夜の「僕らの音楽」見ごたえありました。
だいたい、
「椎名林檎×イチロー」
なんて番組、想像できなかったもの!
2人とも、意気投合して、真剣に語り合ってましたね。
林檎嬢が、こうしてトークのホスト役(今回の場合、イチローではなかった)として、語る番組ってあまりないでしょうし。イチローも林檎嬢の曲を聴いているんですねー。
椎名林檎という人は、妖艶で色気があって、独特の佇まい。
ただ、それらを打ち消すような、美しい言葉での語りが、印象的です。美しい日本語を、丁寧に言葉にして発する。だからこそ、そのギャップがあいまって、凛とした印象を受けるのだと思う。(歌詞も、こと古い難しい日本語が使われていることが多々ある)
久々の「椎名林檎」としてのアルバムが先日発売されて、そこからの3曲を歌われていた。(蜷川実花監督の映画「さくらん」の音楽アルバム)
「さくらん」も、けっこう話題になっているが、私はそれ以上に、椎名林檎としてのアルバムということ。最近は東京事変としての椎名林檎さんだったもの。とっても久々です。
ちなみに・・・東京事変のアルバム「教育」に、
「夢のあと」
という曲が収録されている。この曲、よく車の中でひとり運転していて聴いていると、つい涙ぐんでしまう。私の涙腺が弱くなる楽曲リストのひとつですねー
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私は、みんなが思うほど、強い人間でもなければ、いい人でもなく、どちらかといえば、人間不信であり、恋愛や人との付き合いに、どこか「限界点」を敷いてしまっているところもある。ま、それで、過剰に人に期待しない代わりに、自分も、ここからは、人の中に立ち入ってはいけないというブレーキが働くのでもある
そういう自分を、いままでの経験や辛かったことで、よーく思い知らされたから、自分の中で、わりと人格を分けている部分が大きいのもまた事実。
恋愛にしても、かっこ悪い恋をしていたり、しんどい苦しい思いもしたり
それがすべて糧になる!って、言い切りはしないけれど、そうした辛いしんどい経験や時間で、いまの自分をよくも悪くも築き上げたことだけは事実だもの。
仲間や恋人を、楽しませたり、元気付けたり、頼られたりする人もいるし、逆に、それが不得意だったり、目立たない人だっている。僕はどちらも必ずしもいいとも思わないし。
ただ、存在感を持ち得たいと思うのは、誰しもですよね。
存在感も、いろいろ。私はそんな存在感はないですが、自分の中にブレないものは持っている。誰と接していても曲げることのないこと。時に、人と衝突することもあるけれど。
それを持っているのが、存在感にもいくつかつながるのかもしれない。
「目だって何かすることよりも、結果的に、何かをしたことになった」
「いつも、ふっと、「いてほしいなぁ」と思われる人でありたい」
そんな、ふんわりした、感じの存在でいたいものです。
最近は、人に自分のことを話すことはなくなった。
人に考えを押し付けたり、こうだああだと人を決め付けたりするのはよくないし。静かに聴いて、考えて、その中で、相手のことで、忘れてはいけないことは忘れず、忘れるべきことは翌日には忘れる(愚痴なんかそうだね)。そんな具合のスタンスでいようとは思っています。
あと、笑わせること。
ニコニコの笑顔ってうれしいもの。笑いはこころの潤滑油
それらは、逆に言えば、弱い自分の予防線の意味もあるのです。
あまり自分を見透かされたくないのでしょうねー。そして、相手にとって、プラスになる時間にしたいなと思うから。