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■ 「セカンドシリーズを作った男たち」(中後編)
「セカンドギグを作った男たち」(後編)
鳥羽と草戸が事務室のドアをくぐると、そこは上へ下への騒ぎの真っ最中だった。全ての電話が絶え間なく鳴り響き、本来担当ではない、営業以外のスタッフまでが慣れぬ電話応対に四苦八苦している。 「…いったい、何があったんだ」 唖然とする鳥羽に、蓮が答えた。 「あの、椎尾さんの劇場新作の話が発端なんです」 鳥羽と草戸は顔を見合わせた。椎尾の新作劇場作品に、そんな大騒ぎになるような何かがあっただろうか? いや、むしろ逆に何もなさすぎたぐらいだった。しかも、椎尾の新作は封切られてからもう大分経っている。今さら何があったというのか。 二人の疑問に答えるように、蓮が続ける。 「実は昨日、例の劇場版の打ち切りが決まったんです。動員数が目標の半分だか、三分の一にも達しなかったらしくて…」 『それはそうだろう』と、鳥羽は思う。監督の名前だけで劇場に足を運んでくれるファンというのは、実はそんなに多くない。公開直後の評判、これが劇場作品の動員数を大きく左右する。今はインターネット全盛の時代、掲示板に書かれたたった1行の「面白くない」という一言で、作品の運命が決まってしまう。 それともう一つ。アニメ作品の劇場動員数を決める大きな要素、それはリピーターの存在だ。アニメ作品のファンは、同じ作品を繰り返し観るために、何度も劇場に足を運ぶ。リピーターの数が作品の人気のバロメーターだといっても過言ではない。だから、山上が前に制作に関わった劇場作品は、本編終了後のおまけ映像として、数パターンの異なる映像作品を追加し、リピーターを確保する工夫をしていたのだ。 だが、今回の椎尾の作品は、そういったリピーターの心を掴むための要素も皆無だった。これで劇場動員数が伸びるわけがない。 しかし、それは椎尾の新作の話であって、このスタジオとはなんの関わりもない話のはずだ。鳥羽の困惑をよそに、蓮は続ける。 「で、バカな雑誌記者が椎尾さんをつつきに行ったらしくて…椎尾さん、苦し紛れにブチ上げちゃったらしいんですよ!」 「ブチ上げたって…まさか次の作品の話か?」 蓮は肯いた。噂には聞いたことがある。椎尾監督が構想しているという、次回作のことを。しかし、それだけではブチ上げたとは言えない。噂のレベルだが存在は知られているし、織り込み済みの事態のはずだ。 …そこまで考えて、鳥羽は目を見開いた。ブチ上げたって、まさか。 「…公開予定を繰り上げて発表したのか!」 公開中の作品の不振を問われ、苦し紛れに新作の発表。それも、公開予定の時期を大幅に繰り上げたのなら記者はそっちに飛びつくだろう。矛先をかわすには絶好の材料だ。 だが、現場から叩き上げで出世した椎尾なら、十分すぎるほどに理解しているはずだ。公開予定を繰り上げることで、現場がどれだけのしわ寄せを食うのかということを。 鳥羽の驚愕に、蓮が止めを差した。 「それで、椎尾さんがウチのスタッフを引き上げるといってきたんですよ!」 鳥羽は青ざめた。 『椎尾塾の連中がいなくなってくれればちょうどいい』などと、甘いことを言っていられるような状況でないことは、鳥羽自身が誰よりもよく知っていた。脚本だけではない。作画、音響…もうスタッフの半分は椎尾の息がかかった人間なのだ。 その全員が引き抜かれたら。このスタジオは、いや、作品の制作ライン全てが動かなくなる。そう、椎尾はそれを計算して、人を送りこんでいたのだ。 鳥羽は目まいがする思いだった。セカンドシリーズは今、シリーズの中盤だ。これから作業も日程も厳しくなる時期に来ている。よりによって、今。スタッフの半分がいなくなるなんて。 ふと気付くと、隣にいたはずの草戸の姿が見えない。事態の深刻さを知って逃げ出したのだろうか。仮にそうだとしても、責める気にはなれなかった。鳥羽自身、ここから逃げたしたくて仕方がなかった。 ただ、何かが彼を押し止めていた。作品への思い入れだろうか。…いや。 『山上さんの顔を、最後に見ておこう…』 ふと、何故だかそう思ったのだ。
山上は、監督室にいた。取り巻き(椎尾の取り巻き、だ)の姿はなく、彼は一人で何かを思案しているようだった。そして、初めて気付いたように、鳥羽に目を向けた。 山上は笑っていた。あの、へらへらした追従の笑いではなく、絶望に狂った者の笑いでもなく。 なぜだか鳥羽には、その笑いが、勝利を確証した人間の笑いに見えたのだ。
2005年01月22日(土)
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