びっと日記
びっと



 「セカンドシリーズを作った男たち」(中後編)




「セカンドギグを作った男たち」(後編)

 鳥羽と草戸が事務室のドアをくぐると、そこは上へ下への騒ぎの真っ最中だった。全ての電話が絶え間なく鳴り響き、本来担当ではない、営業以外のスタッフまでが慣れぬ電話応対に四苦八苦している。
「…いったい、何があったんだ」
唖然とする鳥羽に、蓮が答えた。
「あの、椎尾さんの劇場新作の話が発端なんです」
 鳥羽と草戸は顔を見合わせた。椎尾の新作劇場作品に、そんな大騒ぎになるような何かがあっただろうか? いや、むしろ逆に何もなさすぎたぐらいだった。しかも、椎尾の新作は封切られてからもう大分経っている。今さら何があったというのか。
 二人の疑問に答えるように、蓮が続ける。
「実は昨日、例の劇場版の打ち切りが決まったんです。動員数が目標の半分だか、三分の一にも達しなかったらしくて…」
 『それはそうだろう』と、鳥羽は思う。監督の名前だけで劇場に足を運んでくれるファンというのは、実はそんなに多くない。公開直後の評判、これが劇場作品の動員数を大きく左右する。今はインターネット全盛の時代、掲示板に書かれたたった1行の「面白くない」という一言で、作品の運命が決まってしまう。
 それともう一つ。アニメ作品の劇場動員数を決める大きな要素、それはリピーターの存在だ。アニメ作品のファンは、同じ作品を繰り返し観るために、何度も劇場に足を運ぶ。リピーターの数が作品の人気のバロメーターだといっても過言ではない。だから、山上が前に制作に関わった劇場作品は、本編終了後のおまけ映像として、数パターンの異なる映像作品を追加し、リピーターを確保する工夫をしていたのだ。
 だが、今回の椎尾の作品は、そういったリピーターの心を掴むための要素も皆無だった。これで劇場動員数が伸びるわけがない。
 しかし、それは椎尾の新作の話であって、このスタジオとはなんの関わりもない話のはずだ。鳥羽の困惑をよそに、蓮は続ける。
「で、バカな雑誌記者が椎尾さんをつつきに行ったらしくて…椎尾さん、苦し紛れにブチ上げちゃったらしいんですよ!」
「ブチ上げたって…まさか次の作品の話か?」
 蓮は肯いた。噂には聞いたことがある。椎尾監督が構想しているという、次回作のことを。しかし、それだけではブチ上げたとは言えない。噂のレベルだが存在は知られているし、織り込み済みの事態のはずだ。
 …そこまで考えて、鳥羽は目を見開いた。ブチ上げたって、まさか。
「…公開予定を繰り上げて発表したのか!」
 公開中の作品の不振を問われ、苦し紛れに新作の発表。それも、公開予定の時期を大幅に繰り上げたのなら記者はそっちに飛びつくだろう。矛先をかわすには絶好の材料だ。
 だが、現場から叩き上げで出世した椎尾なら、十分すぎるほどに理解しているはずだ。公開予定を繰り上げることで、現場がどれだけのしわ寄せを食うのかということを。
 鳥羽の驚愕に、蓮が止めを差した。
「それで、椎尾さんがウチのスタッフを引き上げるといってきたんですよ!」
 鳥羽は青ざめた。
 『椎尾塾の連中がいなくなってくれればちょうどいい』などと、甘いことを言っていられるような状況でないことは、鳥羽自身が誰よりもよく知っていた。脚本だけではない。作画、音響…もうスタッフの半分は椎尾の息がかかった人間なのだ。
 その全員が引き抜かれたら。このスタジオは、いや、作品の制作ライン全てが動かなくなる。そう、椎尾はそれを計算して、人を送りこんでいたのだ。
 鳥羽は目まいがする思いだった。セカンドシリーズは今、シリーズの中盤だ。これから作業も日程も厳しくなる時期に来ている。よりによって、今。スタッフの半分がいなくなるなんて。
 ふと気付くと、隣にいたはずの草戸の姿が見えない。事態の深刻さを知って逃げ出したのだろうか。仮にそうだとしても、責める気にはなれなかった。鳥羽自身、ここから逃げたしたくて仕方がなかった。
 ただ、何かが彼を押し止めていた。作品への思い入れだろうか。…いや。
『山上さんの顔を、最後に見ておこう…』
ふと、何故だかそう思ったのだ。

 山上は、監督室にいた。取り巻き(椎尾の取り巻き、だ)の姿はなく、彼は一人で何かを思案しているようだった。そして、初めて気付いたように、鳥羽に目を向けた。
 山上は笑っていた。あの、へらへらした追従の笑いではなく、絶望に狂った者の笑いでもなく。
 なぜだか鳥羽には、その笑いが、勝利を確証した人間の笑いに見えたのだ。

2005年01月22日(土)



 「セカンドシリーズを作った男たち」(中篇)

 山上は変わった。誰もがそう噂した。そう、あの椎尾との打ち合わせのあの日から。

 セカンドシリーズの制作開始直後、山上の信頼しているスタッフ数名が更迭され、代わりに椎尾塾から数名のスタッフが送り込まれた。彼らはいわば椎尾の代弁者だった。
 ファーストシリーズで、全員が納得いくまで脚本を叩き合った制作会議。それはもう、昔日の思い出だ。どれほどいい脚本を書いても、それは椎尾の一言であっさりと覆された。シリーズは次第に、ある時は少しずつ、ある時はあからさまに、しかし確実にスタッフたちの目指していた方向とは違う方向に向かい始めた。それはつまり…原作を熟知し、また愛していたスタッフの望まない方向…原作から乖離していく方向だった。
 ファンも即座に反応した。彼らは敏感だ。ある意味ではスタッフよりも。ファンは第2シリーズが椎尾の影響を強く受けていることに気付き始め…そして序々に、作品から離れていった。
 それら全てを知りながら…山上は何もしなかった。ファーストシリーズでスタッフたちの間を精力的に歩き回り、激を飛ばし、発破を掛け、作品のあり方についてところ構わず激論を交わした山上は消え、代わりに椎尾と彼のスタッフの顔色を窺う山上の姿があった。
 制作会議から、すぐに議論が消え、次に会話が消えた。制作会議は椎尾と彼の取り巻きが書いた脚本を追認するだけの場となった。
 ファーストシリーズのコンセプトなら絶対にあり得ない会話を、主人公たちが交わす。活気というものが消え失せた現場で、作画レベルだけが一定を保っているのは奇跡的だった。

 その作画レベルが確保できるのも、ファーストシリーズの栄光があってこそ。それももう、間もなく終わる。
 作画を総括する助監督の鳥羽はそう思い、自嘲気味に唇を歪めた。彼は今日、脚本を巡って山上と喧嘩したばかりだった。
 セカンドシリーズになって、脚本が彼の意に染まぬものになったのは仕方ない。今日までは黙って耐えてきた。しかし、ついに彼の堪忍袋の緒も切れた。
『特殊部隊である主人公たちの部隊は、大人数の敵に抗しうる力がない』
そんな台詞を敵が主人公にぶつけるシーンの作画で、鳥羽は激怒した。
「どこのバカだ、こんな台詞入れやがったのは!」
 どこの誰が「殺し屋」に「浮気調査」を依頼するというのか。主人公たちは「公安警察」だ。そんなものは軍隊か警察の仕事に決まっている。
 原作の思想を真っ向から否定している。この「敵の台詞」に主人公たちが反論しないこと自体、原作をいかに軽んじているかの証明ではないか。
 鳥羽は監督室に乗り込んだ。山上はちょうど、椎尾塾のスタッフと打ち合わせをしている最中だった。
「監督! この脚本はなんとかならないんですか!」
山上はにへらっと笑いを浮かべた。
「どうして? いい本じゃないか」
「正気ですか?!」
椎尾の弟子が舌打ちするのをあえて無視し、机に脚本を叩きつける。
「本当に、あなたの書きたい本はこんな本なんですか! 監督!」
だが、山上はへらへらと笑いを浮かべるだけだった。
『ダメだ…こいつは』
鳥羽は直感した。もう、山上監督は終わりだ。後は、この作品がスタッフもろとも沈んでゆくのを待つしかない。鳥羽の知っている山上は死んだ…。

 だから、一週間ほど経ったある日、皆が帰った後の作業ルームで、鳥羽がカップ酒をあけながら愚痴をこぼしたとしても、彼を責めるのは酷というものだろう。愚痴につき合うもう一人の助監督、草戸もいちいち肯く。
 椎尾塾の連中のやり方が目に余るのは確かだ。彼らは椎尾監督の作品は一万回見たかもしれないが…原作は一度も見たことがないんじゃないだろうか、とさえ思う。もし見た上でこき下ろしているつもりなら、なおさら質が悪い。それは原作批判ではなくて、原作を愛する者への単なるいやがらせじゃないか。
 そう思うからこそ草戸も相槌を打っていたが…最後にだけ、異論を挟む。
「本当に山上さんは諦めちゃったんでしょうか?」
鳥羽は吐き捨てるように答えた。
「決まってるだろうが。お前も見たろう。山上さんのあの顔を。俺たちの知ってる山上さんは死んじまったのさ」
 鳥羽が自棄になるのも当然だった。彼は、制作から外されたスタッフのその後を聞き及んでいた。美少女アニメの現場に飛ばされた者がいる。いきなりシリーズ展開の山場、修羅場のスタジオに飛ばされた者もいる。
 いや、それでもアニメ制作の現場に残れた者はまだ幸せだったろう。行き場をなくしてコンビニのバイトで食いつなぐもの。PCゲームの会社に移籍した者。皆、本人の希望とはまったく違う場所で不遇を囲っている。
 そして、遅かれ早かれ、鳥羽自身もそうなるだろう。
「今日は鎮魂の酒でも飲むとしようや。ほら、お前も飲め!」
しかし、そこまで聞いても草戸は納得していないようだった。
「でも、山上監督は僕に…」
言いかけたとき、スタッフの一人、蓮が血相を変えて部屋に駆け込んできた。
「鳥羽さん、草戸さん。来てください! 大変なことになったんです!」
二人の助監督は、思わず顔を見合わせた。これ以上、何が起こるというのだろう。
 しかし、事態は二人のまったく予想しない方向に急展開していたのだ。

2005年01月18日(火)



 「セカンドシリーズを作った男たち」(前編)

 この作品は、フィクションです。作品中に登場するあらゆる人名、地名、作品名等は、実在のものとは一切関係ありません。

 その日。アニメ監督、山上は上機嫌でスタジオの廊下を歩いていた。
 彼が監督したオリジナルビデオアニメが好評を博し、ついにセカンドシリーズが作られることが決まったのだ。プレス発表の後、仲間のアニメーターたちとささやかな祝杯を上げ、自分の城であるスタジオに戻ってきたところだった。
 今日は作業しているスタッフもまばらで、締め切り直前の慌ただしさはない。ただ、次のシリーズの下準備をしているスタッフや出入りの雑誌記者が数名、彼に会釈する。
 また、気心の知れた仲間と、自分たちの好きな作品が作れる。山上はそう信じて疑っていなかった。そう、この時までは。

 一人のスタッフが、自室に入ろうとした山上を呼び止めた。
「山上監督。お客様です」
「客?」
それが誰なのか聞き返す前に、スタッフは自分の作業に戻ってしまっていた。
 誰が来たのかわざわざ断るまでもない相手ということか。…しかし、まさか。脳裏に浮かんだ顔を打ち消し、山上は客の待つロビーに向かった。
 ロビーで待っていたのは、彼が想像した通りの…そしてありえないと打ち消した相手だった。
 椎尾護。山上の同業である、アニメ監督。いや、椎尾と同じと名乗るなど、山上にはおこがましくて出来ない。
 かつて山上は、椎尾塾と呼ばれる、椎尾が若手を育てる私塾に参加していた。そこで山上は椎尾の助手を務めて技量を磨いた。椎尾こそ山上の才能を見出した師匠であり、恩人であり、偉大な先輩だった。
 で、ありながら。椎尾が山上のもとを訪れたことに、山上は言いようのない不安を感じていた。
 椎尾はそんな山上の不安を知ってか知らずか、珍しく(そう、椎尾はほとんど笑わない男なのだ)満面に笑みをたたえて右手を差し出した。
「山上、おめでとう。あの作品のセカンドシリーズの制作が決まったんだって?」
握手を交わしながら、山上は頭に浮かんだ最大の疑問をぶつける。
「椎尾さん、こんなところにいて大丈夫なんですか?」
椎尾は今、山上と同じ原作を持つ作品の劇場版の監督をしている。原作が同じとはいえ、普通のアニメ作品とは違い、スタッフはまったく別だ。まったく違う制作スタッフによって、まったく違うラインで作られる別作品。

 山上は今回そちらの作品には関わっていなかったが、スタッフたちの苦労は伝え聞いていた。世界最高級のCG技術を駆使したその劇場作品は、制作ラインに多大な負担をかけていた。しかも、その作品は続編物だった。前作のファンには受けるが、前作を見ていない人間にアピールできない。そのデメリットを打ち消すため、スポンサーたちはとんでもないことを思いついた。
 日本で一番有名なアニメスタジオとの提携である。椎尾の知名度とスタジオの知名度で、両方のファンを取り込む。最初この話を聞いたとき、山上は何かの冗談と疑ったものだ。
 これこそ悪魔に魂を売るに等しい。そのアニメスタジオのカラーと椎尾のカラーは、まったく重なるところがない。ファン層もだ。両方に受けようとしてどちらにも受けない作品が出来るだけではないか。
 そんなこんなでスタッフの苦労は並み大抵ではない作品なのだ。そして…椎尾は、自分の作品には隅から隅まで関わることで有名だった。山上も、彼の助手を務めていて、そのことはイヤというほど思い知った。

 …その椎尾が、何故ここに。自分の作品制作が佳境に入っている時、わざわざ祝い事を述べるために人のスタジオを訪れるような男ではないはずだ。
 だが、椎尾はあいまいに笑った。そして、ふと山上は気付いた。椎尾は自分の鞄を持ってきている。鞄の隙間から紙の束がはみ出していた。
『手ぶらじゃない…ということか』
これから自分の作品の制作を手伝えとでもいうつもりだろうか。いや…いくら椎尾さんでも、そんな無茶は言わないだろう。これから新シリーズをスタートさせる人間に向かって。
 だが、山上はすぐに知ることになる。劇場版を手伝えと言われる方がよほどマシなほど過酷な運命が彼を待ち受けていたのだ。
 椎尾は思い出したかのように、鞄を開けた。そこに入っていたのは、資料の山と、薄い企画書だった。それを指し示しながら、椎尾は、さもなんでもないことのように言った。
「山上、今度のセカンドシリーズ、俺も関わらせてもらうことにしたからな」
山上の頭が、一瞬真っ白になる。
「な…そ、そんな急に! 劇場版はどうするんですか?!」
「ああ、もちろん、放りだすわけにはいかん。だから関わらせてもらうと言っても、大したことじゃない」
「劇場版のキャラクターをゲスト出演させる話でも作れということですか…?」
同じ原作とはいえ、違う設定の作品のキャラクターとなると、脚本の調整は極めて難しくなる。シリーズ全体でも浮いた話になってしまう。既にシリーズ全体の青写真を構想している山上に、たやすく肯ける話ではない。ただでさえ、原作重視の山上の本と違い、椎尾の本は原作を無視していることで有名なのだ。
 しかし…山上の考えはまだまだ甘かった。
「俺はコンセプトワークをやらせてもらう」
山上は、今度こそ頭を殴られたような衝撃を味わった。
 コンセプトワーク。つまり、シリーズ全体を通した、監督よりも上位の存在。原作つき作品でありながら、もう一つ別の原作を持つようなものだ。山上の作品は、二つのベクトル、二つの超越者に縛られることになる。
 山上の動揺をよそに、椎尾は続けた。
「ファーストシリーズは見せてもらった。悪くはないが、原作を重視しすぎてるな。別の作品である以上、原作を越えるモノがなくてはいかん。後は敵だな。人形使い…だったか? 敵が弱い。だから今回は、俺が敵の設定を作らせてもらう」
「笑い男…です。人形使いではなくて…」
山上がかすれるような声で告げる。だが、椎尾は一顧だにしない。
「ん? そうだったか? まぁ、いい。どっちでも。とにかく、敵というものは体制側にいて、しかも思想を持った存在ではなくてはいかん」
その後も椎尾は話し続けていたが、ほとんど山上の頭には入っていなかった。
 椎尾のその思想は、実は原作者の思想とは真っ向から相反するものなのだが、椎尾は意にも介した様子はなかった。
「…で、だな。スタッフは俺の方で何人か工面しておいたから」
最後のその言葉に、山上の意識が覚醒する。
「ちょ、ちょっと待ってください。私はセカンドシリーズは、ファーストシリーズと同じスタッフで作るつもりで…」
椎尾は、ふむ、と言って右手を突き出した。
「見せてみろ」
「え?」
「スタッフの一覧表だ。あるだろう、持って来い」
山上が差し出したそれを、ざっと眺める。その間、およそ30秒もあっただろうか?
「こいつと…こいつと…あとこいつだ。外せ。代わりに俺のスタッフを入れる」
 椎尾が指差した名前を見て、山上は愕然とした。皆、ファーストシリーズの脚本を、納得いくまで共に叩き上げた仲間たちだ。原作を十分に理解し、それを形にする才能の持ち主たち。しかし…椎尾塾の出身ではない、いわば外様のスタッフだ。それだけが共通点だった。
 沈黙した山上に、椎尾はあからさまに不機嫌な表情になる。
「山上。お前、まさか不満なのか? 俺の言うことに、何か不服があるのか?」
山上は慌ててかぶりを振った。大恩ある相手に、まさか否やを唱えられようはずもない。椎尾は満足げに肯いた。
「そうだろうな。お前は俺の弟子の中でも一番見込みのあるヤツだったよ、昔からな。あ、そうそう。俺がコンセプトワークをやるって話は、スタジオに来てた雑誌記者に話しておいたぞ。
やたら嬉しそうだったからな。すぐにも記事にしてくれるだろうよ」
 廊下ですれ違った雑誌記者の顔が浮かぶ。記事にされたらもう後戻りは出来ない。退路を断たれたも同然だ。
 しかし…椎尾は業界の大御所だ。逆らえば、山上はもちろん、スタッフたちもただでは済まないだろう。二度とこの業界で職には就けないかもしれない。
 今や日本で一番有名になったアニメ監督、崎宮早雄に数々の伝説があるように、それぐらいの個性がなくては監督になることなど出来ないのかもしれない。
 しかし…。

 助監督の鳥羽と草戸がスタジオに戻ってきたのは、椎尾が帰ってしばらくしてのことだった。まだ何も知らない彼らは、監督室の扉を開けてあっけに取られた。
「誰か教えてくれ…俺はどうすればいい…?」
部屋中に散らばったコンテ用紙の山の中で、窓から外を睨みつけ、呟き続ける山上の姿がそこにあった。 


2005年01月17日(月)



 ある質問に対する回答。

 一応、設問の前提条件とされていることについては事実である、と仮定する。
 なお、用語の定義については回答者の解釈に基づくものである。
 この設問におけるRPGとは、いわゆるTRPGのことである、と仮定する。

問1:

 なぜRPGは、「コミュニケーションの遊び」「社交的な会話の遊び」と常識のように言われながら、肝心のコミュニケーション技術に関して、具体的な上達方法がRPG畑から提唱されてこなかったのか、「社交的な遊び」であるはずのRPGがしばしば失敗や崩壊の憂き目にあう問題の原因は、一体どこにあったのか。これらの問題について、あなたの考えを述べなさい。(自由回答)


回答1:

 この設問は二つのことを同時に聞いているので、分けて回答する。

 もし「コミュニケーション」がいわゆる広義の会話全般、つまり設問者が「会話の上達方法」のことを述べているのであれば、それをTRPGのルールブックに求めるのはお門違いである。TRPGは会話を「ツール」に使うが、ツールの使い方まで解説はしない。「キャラクターレコードシートを綺麗に書くための書き方講座」や「ルールブックが折れ曲がらないように鞄にしまう方法」までルールブックに書かないのと同じことだ。
 TRPGをプレイする人間はゲームを楽しみたいからプレイするのであって、会話の上達方法をTRPGに求めているわけではないのだから。

 次に、TRPGがしばしば失敗や崩壊の浮き目に会う理由。それは、他のゲームでもありうるという点においてTRPGの特異性を証するものではないが、もし設問者が「他のゲームよりも失敗の頻度が高い」と考えているのであれば、それは「審判」(ジャッジ)の役目を「遊ぶ者のうちの一人(すなわちGM)」が担っているためだろう。
 日本のTRPGは、TRPG発祥の地である米国のTRPGと、その浸透過程において大きな違いがある。すなわち、日本ではTRPG以前にコンピュータRPG(以下CRPG)が既に広く知られるものとなっており、ゲーム上における各種数値の処理速度、視覚に訴えるインパクト、一人でも遊べるという簡便さ、などに代わるTRPGの「長所」を売りにする必要があった。
 それが自由度の高さという「幻想」である。
 すなわち、TRPGは人間同士でプレイするため、プレイヤーがどのような行動をとっても対処ができるのが長所だ、というものだ(特にSNEのリプレイなどにおいて今でも時折言われる)。
 これが転じて「TRPGでは、プレイヤーはどのような行動をとってもよい。GMはそれに必ず対処しなければならない」という誤解につながった。
 しばしばそういった誤解したプレイヤーは古今東西のあらゆるTRPGに共通の黄金律をしばしば踏み越えてしまう。ルールを破れば、手でボールを投げ合うサッカーや竹刀を投げつける剣道同様、ゲームにならないのは自明の理である。
 ちなみにそのルールとは先程の「TRPGは全てのプレイヤーとGMが楽しむためにある」というもの。相手に不快な思いをさせた時点でそのプレイヤーはルールを破っているのだ。
 このルールを守らなければならないTRPGは、「ゲームシステムが許す限りありとあらゆる行動が許される(バグ技であっても、食事中放置してもいい)」CRPGより「自由度の低いゲームである」はずだ(本来は)。

設問2:

 RPGは会話自体を楽しむ遊びであるとされるが、それでは単なる雑談とRPGセッションとの会話には明確な差がないことになる。RPGと雑談を比較した時の、コミュニケーションの“質”の違いについて、あなたの考えを述べなさい。(自由回答)


回答2:

 設問の意味も意図も不明だが、仮に雑談とTRPGの大きな差があるとすれば、その会話の内容がルールブックの記述やサイコロの目などによって、その場に同席していない第三者にもわかるように「相対化」されるかどうかということではないろうか。
 TRPGはルールブックの記述者の視点で、常にプレイヤーによって数値化される。これは、会話のやりとりによってプレイヤー双方に生じたイメージを、さらにその場にいる他の人間、時にはその場にいない人間の間で共有化する(あるいはそう錯覚させる)。
 ゆえに、キャラクターシートのないTRPGはほとんど存在せず、カードやサイコロなど違いはあっても「乱数発生装置」のないTRPGもほとんど存在しない。
 なお、会話の内容を直接比較しても、2時間雑談をしていた人間とTRPGを2時間プレイしていた人間の会話に優劣はまったく存在しない(当たり前だが)。

設問3:

 RPGのその“質”の違いがもたらす、RPGのコミュニケーション的特性とは一体何だろうか? あなたの考えを述べなさい。(自由回答)


回答3:

 TRPGのコミュニケーション的特性というものがもし仮にあるとするなら、それはTRPGをプレイしたことにより、プレイヤーとGMには共有するイメージが発生している(あるいはそう錯覚している)ということである。ゆえに、その共有したイメージを前提とする次の「TRPGセッション」が成り立つし、またそれはデータというものさしで相対化されているため、そのゲームに参加しなかった第三者にも、その内容をある程度評価することができる。
 ただし、それは「先週ガンダムSEEDディスティニーを見たヤツと雑談できたから、また今週も同じ話で盛りあがれる」と言っているのと同義であり、コミュニケーション手段としての「会話」について、なんら上達も熟練もするわけではないし、優位性を立証するわけでもない。
 キャラクターシートを100枚書いても字は上手くならないのだ。

設問4:

 RPGはコミュニケーションによって進行する遊びだとされるが、実際には他のカードゲームやボードゲームにも、似たような雑談は当たり前のように存在する。一般的な意味でのコミュニケーションは、RPGの専売特許ではない、と言えるだろう。むしろ本当のRPGの特異性は、会話“以外”の要素の欠如、すなわちコマやゲーム盤が存在しないことにある。RPGにいわゆるゲーム盤が存在しないことと、RPGがコミュニケーションによって進行することの2つの特徴の間に、どのような関係があるかを検証しなさい。(自由回答)

回答4:

 何故これが設問1ではないのかとまず逆に聞きたい(笑)。さらに検証せよという条件が意味不明。対照実験でもやれと?
 まず、TRPGにおける「会話」は、繰り返すが、意志疎通のために使用する単なるツールである。しかも、設問者はTRPGとは会話以外の要素が欠如しているというが、実際にはルールブックなど、会話以外に使用するツールは少なくない。
 もし、仮に駒やゲーム盤を使用しないことがTRPGの特性であるというのなら、パールシードやD&DアドベンチャーズなどのTRPGをどう規定するつもりなのか。
 もし、仮にであるが、駒やゲーム盤を使用しないことに対して特異性を見出そうとするなら、繰り返すがそれは「相対化」の道具として視覚的に強い印象を与えるツールが、比較的TRPGのツールとして適さない、という程度のことであろう。

自由欄:

以上の設問に答えた上で、あなたがRPGとコミュニケーションについて思うところを、自由に述べなさい。(自由回答)

 TRPGというゲームにとって、コミュニーケーション…会話はひとつの道具に過ぎない。しかし、道具として「会話」を使い、しかもそれ以外の道具(「想像力」なども含む)が目立たないがゆえに、「TRPGにとっては会話こそが主たる道具であり、しかもそれは使い続けることによって上達する」という悲しい錯覚を覚える人間が多数現れた。しかし実際は、TRPGをプレイすることによって会話が上達するということはない。
 TRPGプレイヤーだから会話が巧いはず、という思い込みと現実とのギャップは、これまでも多くの悲劇を呼んできたし、もしそう思い込む人間がこれからも絶えないのであれば、そのすれ違いによる悲劇はこれからも減らないであろう。

2005年01月16日(日)
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