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2009年12月09日(水) 台湾ゆ〜らりぶ〜らり 3/4



 恒春に行きたかった。台湾の最南端にある。
高校の山岳部時代に初めて天気図を書かされた。 ラジオのNHK第二放送で午後四時から始まる天気通報を聞き、天気図に書き込んで行く。石垣島から始まり、支那大陸を回り最期に富士山で終わる。海上からの定点報告の通報を聞き取り書き込み、高低気圧の位置を書き込み、等圧線をひく。習って半月経っても習得は出来なかった。それほど難しかった。

 聞きながら地名の位置に鉛筆を持って行き、読み上げられる「石垣島では北東の風、風力3、天気 晴れ、気圧 1008ミリバール(現在は ヘクトパスカル、hpa)、気温 22℃」をあらかじめ記されている○に書き加えて行く。

北東を瞬時に判断してそっちの方から円に接する形で一本線を引く。そして矢羽根のごとくに、最初引いた線の右側に一番上を大きく計三本線を引いて風力を、晴れなら円の中心を通って直線を引く。晴れや雨なら問題ないが、霧?みぞれ??あられ???ひょう????なんて出て来たらもうお手上げで、あれ?どうだったかなぁと考えているうちもう次の場所に行ってしまい分けが分からなくなってしまう。

山に行ったら、もしくは行く前に天気図を書き判断する…、は理想だが、地方の低山ではまず必要ないのに何でそんな訓練をしたか。
体育会系クラブ活動で競技中に筆記試験があるなんて言うクラブは山岳・登山クラブ位なものだろう。競技中に山の知識の試験と天気図を書かされるのである。総合で判断されて順位が決まる。いくらテントの設営の仕方が旨く体力満々でもだめなんである。

 国体予選など出発の駅で規定の重さに達していなければ、審査員の先生方が情け容赦なくリュックに石をほり込んで規定の重さにする。確か二十キロだったか。石を入れられたら、最期まで重さは変わらないので、部員達は工夫する。水なら飲んでる最中にこぼれる事?もある。その他、砂に水をしみ込ませたものや雑誌を濡らして入れて行き、蒸発を待つとか、猿の浅知恵でいろいろ考えた。

で、国体予選の場合、どんどん脱落して行き、(グループから遅れたもの、棄権したものはその時点で事実上、試験を待たず失格)へとへとになって山頂に着く頃には四人くらいになっていて、遅れたものを待ち、そろったら神社の境内を借りて、なんと!筆記試験が始まる。最初は知識の試験。次に天気図を録音したラジオを聞かされ、書く。
が、半日に及ぶ苦闘の末なので手が震えうまく字が書けない。下山した頃には心身よれよれで、数日肩から上に手が上がらなかった事を昨日の事のように思い出す。

 話を天気図に戻す。天気図記入に漸く慣れて各地名の流れをつかんだ頃、他にもいろいろ特徴的な地名があるが、台湾の恒春を覚えた。石垣島から始まり、日本列島を桜前線のごとく這い上がり、千島列島樺太を通り、今度は沿海州に沿って南下し、朝鮮東シナ海をまたいで台北に来、恒春にくる。ここから、次はポンと支那大陸の長春に飛ぶ。本当に特徴的に右斜め上に飛ぶ。
「恒春に来れば次は右斜め上だゾ」と次ぎに来る長春を意識する。
これが天気図を書かなくなった40年後の今も頭に焼き付いて離れない。

日本と切っても切れない関係の台湾を意識するようになって改めて、印象に残っていた恒春に今回の旅で行こうと思っていた。
結局、高雄からの交通の便が悪く、どうしても先にホテルを予約していた事もあって、距離的にも一日で行って帰って来るのは難しく、また次の機会の楽しみにとって置く事にし高雄を後にした。



→続く。


→2001年の今日のたん譚 ホテルの中のホテル
→2002年の今日のたん譚 食べて極楽、見て地獄 -上-
→2004年の今日のたん譚 すくう会から
→2007年の今日のたん譚 これは事件か?












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