ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 15
 ギンの小さく小さく呟かれた言葉に、乱菊は目を見開いた。そして、一度、ゆっくりと瞬きをすると、また目尻から涙が零れた。
「そうね、ギン。寂しいね」
 ギンの胸に顔をすりよせて、乱菊はただ泣いた。ギンの鴉色の装束にぱたぱたと涙の染みができる。微かに震えている肩を感じて、ギンは顔を歪めた。
 ギンは何も言えないでいた。口にできる言葉など何一つなかった。
 乱菊を一人にしたのは他ならぬ自分だった。一人になった乱菊の傍に自分がいられないようにしたのも、他ならぬ自分だった。ギンはそれをよく自覚していて、だからただ乱菊を抱きしめるしかできない。

 しばらくずっとそうしていた。

 泣きはらして白目の部分が紅くなった眼で、腕の中から乱菊がギンを見上げた。ギンは黙って見つめかえす。その柔らかい視線に乱菊はかすかに表情を和らげ、そして囁く。
「ギン、約束して」
「何やろ」
「頼むから、生きていて」
 ギンは何も反応を示せない。乱菊は続ける。
「仲良くできなくても、傍にいなくても構わない。あたし達の過去を捨ててもいい。だからお願いだから生きていて。怪我もしないで、病気もしないで。危ないことにも関わらないで……あんたは自分から突っ込んでいくから」
 そこで何かを思い出したかのように、乱菊の口元に笑みが浮かんだ。
「約束して……ギン。あたしはあんたが元気でいれば、それでいいから」
 ギンは苦くにがく笑った。そして眼を伏せて、喉につかえる重いものを飲み込む。そして目を上げると、背を曲げて額を乱菊の額につけた。青い眼を真っ直ぐに見る。
「大丈夫や、乱菊」
 囁くように、声の響きに苦さが出ないようにそうっと、ギンは言う。
「昔、言うたろ。乱菊が空に落ちそうなったら、ボクが手ぇ掴むて。病気なったり死んだりしとったら出来ひんやないの。大丈夫や。大丈夫…………ボクは乱菊の手を放さん」
 自分が空に落ちていくまで。
 ギンは最後の言葉を飲み込んだ。

 目の前の緋色の眼を見て、乱菊は静かに息を吐いた。ギンは約束するとは言わない。約束できないとも言わない。ただ大丈夫だと繰り返すこのことが、ギンに言えるぎりぎりのことなのだろう。まだ皆が生きていた頃よりも前からずっと、自分の中にひっそりとあった微かな不安をふと思いだし、けれどギンの精一杯の言葉に乱菊はそれを胸の奥にしまい込む。そんな諦めにも似た思いを抱いて、乱菊は腕の中で唐紅の衣に包まれた友人を抱きしめた。
 ギンは額を離し、空を見上げた。そして乱菊を抱き直し、柔らかく包み込んだ。その腕の中で乱菊もまた空を見上げた。





 空は高く高く、どこまでも深く青かった。
 底のないその空は、いつか見たときと同じように、時間に寄らず場所に寄らず、どこでも誰に対しても公平に、ただそこにあった。それは不条理で理不尽なこの世界でただ二つだけ、全てのものに公平に与えられたものの一つだった。
 その底なしの青を、手を繋いで二人は穴のへりから覗き込んでいた。

 時の流れに押し流されて、いつか落ちていくその日まで。





---終---





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06月18日(日)
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