初日 最新 目次 MAIL


日々。
サイ
MAIL

2006年09月26日(火)
酔いどれ。

上の人と後輩とに、送別会やってもらったんだけど。
居酒屋行ってカラオケに流れたら、、、

二時間後には皆潰れ気味。

次長が所長の面倒をみて、僕が後輩の面倒みて。
僕も酔ってるのにー!

精一杯タクシーのせ行き先告げ。
あいつ平気か?

所長達は泊まるトコまで連れてって。



あのー


今日送られるのは僕では・・・笑




2006年09月20日(水)
いやらし系。

この前彼女に会ったとき、こう言われた。
『自分はいつも忙しくしてるし、練習とかも根つめてやってるから、さやと居るときが一番ゆったりしてる』

えーと、多分大体こんな感じ。笑



僕の彼女は大抵いつも忙しい。忙しくしてます。
でも僕は、仕事してるけどオフ時はダラリ。


少ない休みの日くらいは、彼女をリラックスさせてあげられたらいいなと思いました。

それなら、僕にもできるんだな。
これなら、僕の得意分野だな(^^)


癒し系とともに台頭した、いやらし系。

関係ない題名。



2006年09月11日(月)
週末。

土曜は彼女の大学の学祭行って、演奏聞いて、歌舞伎町のお気に入りのタイ屋台街行って。
パイガーで飲んで、お泊りして、日曜は学校までお見送りして帰宅〜

もうちょっと学祭の雰囲気を見学してくれば良かったな〜なんて思ったり。
二週間ぶりに一緒居れたので嬉しかった♪


はぁ〜。
生活安定させなきゃいけないのはわかってるんだけど、早く東京引っ越したい。
早く近くに行きたい。
何かあっても何も力になれない自分が情けない。



2006年09月04日(月)
後半。

この世の中には幸いにして甘えの欲求を小さい頃満たされた人も居るし、不幸にして満たされなかった人も居る。
満たされなかったという人は、それを素直に認めて、どう満たそうかと考えるのが大人である。
認められず、合理化や正当化をしている限りいつになっても大人になれないし、神経症的人生で生涯をおわるしかなくなってしまう。



「何か分からない」のは自分に嘘をついているからである。
心の底の底では何でだか分かっている。
ただ、意識のうえで分からないだけである。
実際は幼稚でケチな人間なのに、立派な大人だと、意識のうえで錯覚しているから「何でだか分からない」のだ。



他人の「好き」と言う言葉に安心できない人は、自分が自分を心の底では嫌いなのである。
そして嫌いという感じ方から眼を背け、抑圧する。
そして抑圧したものを他人に投影する。
つまり他人は自分を嫌いなんだと、自分で思う。
そのような人は社会的な名誉を得ても、他人の好意に接しても、他人の言うことを信じることはできない。
表面的には好意を分かっても、どうしても信じきれない。
他人の好意に接して疲れるという人も同じだ。



あなたは自分の何を他人に隠そうとしているのか。
あなたは自分の何が他人に知られることを恐れているのか。
あなたは心の底で自分に自信がないことを知っている。
心の底で自分に失望している。
しかしそのことを他人に知られたくないから、他人には自信がある「ふり」をする。
欠点があったら見捨てられると不安になって、それを隠そうとしてしまう。



好かれているということは、何もしてあげなくても、相手は自分と一緒に居ることで満足しているということ。



小さい頃、自分は愛されない存在だと情報不足のなかで決め込んだのは自分なのである。
そして大人になって、それには何の根拠もないと気がついた以上、
今度は「自分は生きるに値する存在なのだ」と自分で決断しなければならない。



まず自分に本気で優しくすること。
自分が自分の理解者であり、自分の保護者になろうとすること。
日常生活で疲れたとき、無理に笑顔ふりまき立派そうにすることはない。
自分の気に入った服を着ることを自分に許すことだ。人に気に入られる為の服など着る必要はどこにもないのだ。




↑以上。学んだことでした!



優しく〜自己愛。自己愛。



2006年09月03日(日)

死ぬってどういうことだろう。

人が死んだら、僕にはわかる。
でも、僕が死んだら僕はわかるのかな。



どうやって死にたいのかな。





本当に身近な人が死んだら、僕どうなるのかな?
考えられないし、考えたくもないな…







や、映画見て思っただけなんだけどね。



2006年08月30日(水)
前半。

【甘えの欲求が激しいにもかかわらず、甘えを自らに禁じて生真面目に振る舞っている人間には、人間としての魅力がない。
皆から表面的には信頼されるが、誰からも心の底からは信頼されない。

甘えるということはそもそも要求することなのだ。
相手が自分の期待どおり動くということを求めているのが甘えである。
そのような甘えの欲求をよくないこととして抑圧する。
その結果は激しい欲求不満である。
その不満は敵意にもなる。
間接的に欲求を満たそうとするから、妙な理屈をつけてきたり、理想や正義を持ちだしてみたり、自分のやろうとすることを弁護しなければならなくなる。

仕事をしていないと不安な人は、決して勤勉なわけではない。
いろいろのことを達成していくことで、心の空虚を埋めたいと思っている。

いくじのない親は、外の人間には面と向かって何も言えないから、自分の子供を非難の対象にする。
子供は甘えの欲求を親から激しく叱責されることで、甘えを意識から排除する。
子供は認められる自分と認められない無意識の自分に分裂する。
そうして「私」という実感を失ってしまう。
だからたえず自分の存在感を感じようと焦り、生きているという確かさを必要とする。
自分の存在を証明してくれるような何かを見つけて、それにしがみついて生きていこうとする。



大人になって依存的でないのは、最高である。
しかし事実その人の中に依存の欲求があるなら、自分には依存の欲求があるということを自覚することが必要である。



自分の内面に自信があれば、どのような人と一緒にいても防衛的になることはない。
人は、自分の弱々しい内面の世界をのぞかれてしまう、攻撃されてしまうと感じるところから過剰防衛になる。】




本、半分読んだ。
痛いところばかり刺さるが、この通りだ。
明日また、半分読もう。



2006年08月28日(月)
僕の中の神経症的欲求。

コンビニで何気なく、『自分に気づく心理学』て本を手に取った。

読んでるうちに、買いたくなって、買って。



その中の『大人になって神経症的欲求を持って周囲の人間を苦しめる人』てフレーズ。
僕のことだと感じた。

今は少しづつマシになっていってるが、過去の自分そのものだ。
…これだ。訳のわからない、僕の感情の正体は。


『自分の依存心をそのまま認められず、なんとか正当化しようとしている』
『隠された甘えの欲求があると、相手に対して両立しない矛盾した感情を抱く』
『幼児的な甘えの願望を強く残している人にとっては、近くなりすぎた関係は傷つけあう関係になる』
『幼児性をそのまま心の底に残している大人はいつも不満である』
『隠された依存性を持つものは、疑い深く、同時に嫉妬深くもある』
『自然な感情を見失えば、やがて生きることに無意味感がでてくる』
『あなたがしがみついている“立派な自分”“良い自分”は本物ではない』




もうちょっと読み進めて、どうすればいいのか考えようと思う。




2006年08月25日(金)
最長。

今まで女の子と付き合ってきた中で、今『彼女と喧嘩してない期間』最長記録更新中。
しょーもないこと、て思われるかもだけど、僕にとっては記録的なんだよね。

でもかわいんだもん。
居心地いいし、楽しいし。



このまま『お付合い記録』最長も更新したいな。
ほんで、ずっと一緒に居られたらな。

彼女次第だ、て思ってたけど、僕次第だなと思うようになってきた。
外見に気を配る努力と、経済力をつける努力と、包容力を高める努力。


不安でいっぱいだ。

だけど、できることをやるしかない。
試行錯誤しながら。



昔から僕は意志が弱い。
だらしない。
甘い。


こんな自分を好きでいてくれる彼女に感謝しなきゃな。


これからのことを、毎日考えてる。

一緒に居たいから、どうしたらいいのかを。



2006年08月22日(火)
癒し。

土日月火と、4日お泊り。
久しぶりに一緒にゆったりまったり過ごした。
土曜、うちのオカンと一緒に新宿でお昼。お買物。夕飯♪
オカンと別れ二人で映画。スーパーマン♪

強すぎて笑う。
日曜はおうちでダラダラ。夜は買い物。帰って酒盛り♪
酒の勢いで燃え。笑
月曜夜は焼肉。DVD。


とにかく笑って、仲良く愛しく過ごせた4日間。


仕事一日サボっちゃった
明日から頑張るぞー!



今週の彼女のお気に入り。
『クサイけどくやしいけど好きっ!!』

今週の僕のお気に入り。
『モデルポーズ・引き出しが多い!』



2006年08月08日(火)
さわさわ。

彼女と居るときずーっと触ってるんだけど・・・まぁ今までこんなことなくて、初めてなんだけど。

触らずに〜〜〜〜〜〜いられない〜〜〜〜〜〜笑




ふにふにプリプリふわふわ・・・はにゃ〜〜〜



↑いつもフヌケ。


彼女、段々慣れてきたって。

ふふふふふ・・作戦通り・・