かっしーのつぶやき
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2007年03月30日(金) 遥かなる開幕

今年もこうしてのんきにプロ野球見て無責任にグチをたれていられるその幸せに乾杯。

今年はちょっと仕事が忙しく…いや例年とはケタちがいにゴタゴタするのが必至の状況になったので、去年のようにのんびり神宮球場に通ってるヒマはありそうもない感じです。ちぇ。せっかくファンクラブのプレミア会員特典で宮出のレプリカユニフォーム作ったのになー(苦笑)

なにはともあれ自分で自分の口に糊してゆくためには仕方がない。
今年はちょっと遠くから、見てますね、Ys。


2007年03月29日(木) 年度末残業族

年度末、常に自転車操業のうちの会社もなし崩し的に忙しい。
そして私もぐざぐざな感じで忙しい…

同じ残業でも日付が変わってから帰宅するとげっそり感倍増です、そう思いませんか現代日本を生きる残業族の皆さん。
でもってこのごろ気候だけは変に生暖かくなってきてるもんだから、忙しさにぶちギレついでにキリン・ザ・ゴールドなんか買って帰って深夜に飲んだりしてしまうわけじゃないですか、でもって速攻寝たりしてしまうわけじゃないですか、というわけでこの数日間だけで如実に太ってしまいましたわたくしですよ。とほほほほー。

まあそれでも、我らが日本国憲法第27条にも「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」って書いてあることだし。
なんとか目前の波を乗り切って進んでまいりたい所存です。私としては。はい。


2007年03月25日(日) はらいっぱいのひ

てなわけで甥っ子1号のリクエストによりそのまんま兄宅にお泊りした翌朝。
ゲキレンジャーのBパートが始まる頃にリビングに降りていけた私は早起きさん(笑)。甥っ子1号はなんとか電王が始まる時に半覚醒くらいで起きてきましたが、その父は結局スーパーヒーロータイムには間に合いませんでしたとさ。

そして私が起きた時には、義姉は既に一歳児の世話をしつつ私らの朝ご飯の支度をしてくれていたのでしたよ。
もう頭が下がるばかり…

朝ご飯は親戚から到来のお祝いのお赤飯と、実家経由の常磐もののさんまの干物。美味すぎて胸も腹もいっぱい。

甥っ子2号@一歳児が既にさんまの干物の焼いたのを食べていたのには驚きました。もちろん自力では食べられないけど、小さくほぐして口元に運んでやれば喜んで食べるんですよ。離乳食のおかゆとかあげようとするとむしろ嫌がって「それじゃないの、あっちのおいしいのちょうだい」って感じでさんまの干物に向かっていくんですよ。まさに赤ちゃんまっしぐら状態。恐るべし、常磐もの。

…なのに。
昼時をすぎると兄と甥っ子1号は昼ご飯を所望!
何故だ!ついさっきあんなにゴージャスな朝ご飯をあんなに力いっぱい食べたのに!!恐るべし、育ち盛り男子。

義姉においしい朝ご飯を食べさせてもらったうえに更にまた昼ご飯を作ってもらうのが申し訳ないのと、甥っ子1号が「休みの日のお昼って言ったらさあ、ねえ、決まってるでしょ?」的なオーラを出しまくっているのがヒシヒシと感じられたのとで、協議の結果、兄と私と甥っ子1号の3人のみで近所のファミレスへ行くことに。当初、甥っ子1号はラーメン屋さんに行きたかったらしいのだが、「た、頼むせめて軽めのメニューが選べるところにしてくれ…」という私の直訴によりファミレスに方向転換(遠い目)。
まあ、ね、私も子供の頃は、お休みの日に外食にいくのって、ただご飯食べるだけで訳もなく嬉しかったものですよ…。

できるだけ喉越しのよさそうなスイーツを見繕ったりしている私を尻目に、甥っ子1号は力いっぱい「包み焼きハンバーグセット」を注文。
ああ、以前いっしょにファミレスに行ったときは君はまだキッズメニューしか食べられなかった筈なのに。あの時と今と、コ○スのドラえもんキッズメニューの内容は変わっていないのに、君はもう大人と同じサイズのハンバーグに挑めるようになったんだねえ。
注文の品が来るやいなや、あとはひたすら物も言わずにばくばくとたいへんな勢いでハンバーグとご飯をほおばる甥っ子1号。包み焼きのホイルをフォークで「わーい」と勢いよく切り開いてご満悦になった後、自分じゃナイフが使えなくてハンバーグ本体はパパにさいの目に切ってもらってから食べてたりするくせに、その食べてる姿はなりは小さいけどそれなりにワイルドな雰囲気も出てきてて、なんだかちょっと、小さい恐竜みたいだなと思いました。


結局、この週末は、お餅やお赤飯やお刺身やお祝いケーキ等々、ひたすらおいしいものを食べ続けていたような気がします。
ケーキ…3個くらい食べた…ははは…
ごちそうさまでしたふるさと、そしてお義姉さん。またごはんたかりに来ます(笑)


2007年03月24日(土) はるのひ

甥っ子2号のお初の誕生日なのでお祝いのため帰省。

私の実家の在のあたりで一歳の誕生日ときたら「首かけ餅」をやらねばなりません。

「首かけ餅」とは。
いわゆる「誕生餅」のことです。「三つ目のぼた餅」同様ベーシックな通過儀礼のひとつで、幼児の成長を祝い寿ぐ意味をこめて、その子の一歳のお誕生日に一升餅(一升分のもち米でついた餅のこと)をつき、それを鏡餅のように丸めて背負わせるというもの。地域によって風呂敷に入れて背負わせたり実際に手に持たせたり挙句の果てにはわざと転ばせて泣かせたり、とその形態には様々なバリエーションがありますが、とにもかくにも一歳児には身に余るほどのでっかい丸餅を(無理矢理)身に付けさせ、たとえ幼児本人は嫌がって泣こうがとにかくその姿を見て「丈夫に育ってよかったよかった」と大人が喜び合う、というたいへん素朴なお祝い行事でございます。

この行事がなぜか私の実家の在のあたりでは、餅にぶすりと穴をあけて糸なり木の蔓なりを通し、一歳の誕生日を迎えた子供の首にかけさせるという「首掛け餅」が定番になっております。なんでそんな形態になったのか由来は不明。でも「三つ目のぼた餅」同様、実際に餅をついたり紐通したりしている地元の人たちにとっては「なんでそういう形になったのか」なんて民俗学的考察はどーでもいいことで、委細気にせず行事を進めます。


てなわけで当日。
朝もはよから台所裏で、だすんだすんと臼と杵の音。
甥っ子2号にしてみれば祖父と祖母がまさにその手で自分の誕生餅を搗いて祝ってくれたことになるわけで、お互いにやれ腰が痛い腕が痛いといいながらも嬉しそうに餅を搗いている両親を見ながら、あいつはつくづく幸せな孫だ、と思う私でありました。


ふかふかに搗きあがったお餅は、お米がよかったのか蒸かし具合がよかったのか、すばらしい出来でした。
神棚にお供えして、仏壇にあげて、あとは親戚縁者と、それからtimutaんのお父様にはオプションのつぶあん大盛りでお届け。
帰り道に見た桜並木のつぼみはぷくぷくにふくらんでいて、開花を待つばかり。なんだかしみじみと幸せでした。


夜は夜で兄宅へ押しかけバースデーパーティーへ突入(笑)。

じゃあはじめに乾杯しましょうか、と誰かが言えば誰ともなしに「ハッピーバースデー」を歌い始めたのには我が家族ながら素でちょっと驚きました(笑)。
ギャグでもおどけてるんでもなく、全員シラフの状態で、誰もテレてやめたりせずグラスを片手にニコニコ笑顔で「ハッピーバースデー」の歌を家族で合唱、って、何それそれ何のホームドラマ?!!
いや、もちろん私もその時はちゃんと歌ったんですけど、けどでも歌いながら実は内心では「うっわーーーっ、ハッピーバースデーツーユー♪って歌ってる歌ってるよアタシ!」ともんどりうって照れていた、というのは、優しい義姉にはナイショです(笑)


2007年03月21日(水) オープン戦、なのだけれども

毎日会社でヤクルトを買うヤクルトレディが、オープン戦のチケットをくれました♪
で、行ってみたら神宮はけっこう大入り。しかも内野が大入り。
各地のヤクルトレディによる地道な営業活動の成果でしょう。おつかれさまです。いつもおいしい乳酸菌を俺のおなかにありがとうヤクルトレディ。

てなわけでオープン戦だったんですけれども、肝心の試合は私の好きな宮出もtimutaんの好きな米野も出番がなかった上に負けてしまったので若干、いやけっこうショボーンでした。

帰りがけの居酒屋で、timutaんのお兄様(神宮の外野席が芝だったころからの古参ヤクルトファン)からの厳しくも愛に溢れた今季への展望をうかがいつつ、芋焼酎のお湯割。
厚さ寒さも彼岸まで、でも日が落ちればまだまだ肌寒い三月。
とはいえもうすぐそこに今シーズンが待ち構えておるのですな。

そう、またこうして野球見てはヤケ酒飲んだり気を取り直してみたりの日々が始まるのですよ。
たぶんそんなふうな何気ない日常こそ、幸せなこと。
忘れないようにしたいなあと思います。


2007年03月17日(土) げんこつ

わかったような顔でダラダラいいかげんに生きてると時々げんこつが頭の上に落ちてきたような気がする出来事に不意にでくわしたりします。

天から「ゲンコ、のすぞ、コラ」と声がします。

目から星が出ます。


2007年03月09日(金) 思うこと

一度は好きだと思った人に、人間のクズと呼ばれて別れたことがある。
共に笑い共に泣き、それでも今は私の存在を忘れ去っている人がいる。

私など一体どれほどのものだろうと思いながら生きている。



チャーちゃんが、あんなに楽しみにしていたOG公演に出演できなくなった。
以前患った脊髄炎の後遺症で、両足が感覚障害を起こし歩行が困難になったのだ。

最初はチャーファンの友人からの一報だった。
次にスポーツ新聞の抑揚のない記事を読んだ。
深く考えることができないまま時間が経った。

最後に届いたのが、ファンクラブの会報に添付された本人自筆メッセージのコピーだった。


私など一体どれほどのものだろうと思いながら生きている。
そんな私にも向けて、彼女は書いてくれたのだ、「ごめんなさい」と。


そんなチャーちゃんが
「頑張ります」と言うのなら、
「待ってて下さい!」と言うのなら、
私は、百年だって待つだろう。

彼女の笑顔も涙も痛みも恐怖も、そのすべてをあるがままに受け止めながら、
私は私の今日を生き、いつまでだって待つだろう。



願いの強さや思いの深さだけではどうにもならない大きな病を背負って、
これから先もいろんな風に曝されながら生きていくであろう彼女に、
せめてそれだけ伝えられればと思う。

私は、大丈夫だから、と。
気が長くて頑丈なのには自信があるから、安心して養生してよ、と。

桜の春も、若葉の初夏も、優しい雨の降る梅雨も、
夏も秋も冬もあなたの上に広がる空が決してなくならないように、
私はいつだってあなたの存在そのものを待っているから、と。


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