かっしーのつぶやき
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実家にて両親と私と兄一家で夕食をとっていたときのこと。
食事前、テレビを見ていた甥っ子1号がなにやら真っ赤な顔をしてボーっとしていました。あまり体が丈夫な子ではないので、また熱が出たか、と家族中が心配したのですが、とりあえず夕食をとらせてみたところ、いつのまにか普段と同じ顔色に戻り、言動も元気になってひと安心。
大事なくて済んでよかったよかった、と話すうちに、食卓の話題はいきおい、兄や私の子供の頃の病気の話になりました。 兄はいわゆる「運動会や遠足には前日にテンパりすぎて当日熱を出す」というタイプの子供で、しょっちゅう熱を出したりはしゃぎすぎて怪我をしたりしており、その性質は甥っ子1号に一部受け継がれています。 私はといえば三種混合予防接種を受けた日の夜に高熱を発し、(いわゆる熱せん妄という症状だったのだと思いますが)部屋の中に巨大な虫がいて自分に噛み付いてくると言って泣き止まず、かかりつけのお医者様に深夜かつぎこまれたという経験があるのでした。
そんなふうに、あの時は大変だったよねえなどと大人たちが盛り上がっていると、同じ食卓でその会話を聞いていた甥っ子1号が、自分のおかあさんのひざをゆすりながら、ちょっと小さい声で言いました。
「ねえ、病気の話、やめてよ」
虚をつかれた大人たちはみな「昔のお話をしてるんだよ、今のことじゃないよ」などと取り繕ったのですが、甥っ子1号はそんな大人の言い訳にはごまかされず、
「だって、みんなでご飯食べてるといつも病気の話になるんだもん。 病気の話すると、暗くなるから、嫌だ。」
心底嫌そうに、そして恐そうに、言うのでした。
なんというか、胸をはっと掴まれたような気分でした。
甥っ子1号は、あまり体が丈夫ではありません。大きな疾病を持っているわけではありませんが、生まれつき体が細く小さくアレルギー体質で、小学校に上がってからも熱性けいれんを起こして救急車で大病院へ運ばれ即時入院、精密検査を受け脳波まで取られるという経験を何度もしています。
うちの実家は、甥っ子1号がやってくるまでは、丈夫な体だけがとりえのような人間ばかりでした。そのために、重い病気や怪我を得た人に対する配慮のようなものが、どこか決定的に足らないところがあるんだと思います。 大人たちに、子供の頃の病気の話を「もう完全に過ぎ去ったこと」としてまるで武勇伝のように語られることは、今現在、自分の思うようにはなかなかならない体をかかえて毎日を必死で生き抜こうとしている小さい彼にとって、どれだけつらく、恐ろしく聴こえたことでしょう。
ごめんね、もうしないね、と大人たちは皆平謝り。 その後、所構わず病気の話をするのは控えようね、と大人たちは話し合いました。
甥っ子1号は、すでに彼だけの人生を背負って走っているのです。 私が私だけの経験や記憶を人生と呼んで背負って生きているように。 そんな当り前のことを、改めて彼から学んだ日でした。
実家に帰省にすると家人が開口一番「おお、いい時に帰ってきたな、雛人形を飾れ」
…うちの、というか私の雛人形はおばあちゃんが買ってくれた豪華7段飾りです。押入れから何箱にも分納された道具一式を出し、アルミ製の段を組み立て、一年間たたまれていた緋毛氈にアイロンをかけ、総勢15人の雛人形たちの髪の乱れを直し装束のほこりを払い烏帽子やら簪やら笛やら太鼓やら弓やら沓やら持ち物をそれぞれ持たせ、…まあ一年一度のひと仕事です。
甥っ子1号があれこれ手伝ってくれて楽しかったです。 普段ガンプラや微細なギミックのおもちゃに慣れ親しんでいるため、たとえそれが雛人形でもひとつのジオラマを完成させることに燃えるらしいです。 手がまだ小さいので、大人の私にはもう結びづらい五人囃子の烏帽子の紐が上手に結べる彼でした。
さて。 そんな彼は私に例のデジモンセイバーズを教えてくれた張本人でもあるわけですが、彼は正月明けからニンテンドーDSでポケモン三昧の日々を送っており、こっちがデジモンの話を向けてみてもあまりビビッドには反応してくれませんでした(ちぇっ) 子供って残酷ね。
そんな私と甥っ子1号のやりとりを見ていた兄が「オレは基本的にカプセル怪獣を戦わせる式の話って萌えない」と言ってきました。 筋金入りの特撮ファン&メカフェチ野郎である兄曰く「自分がそのままそっくり変身するか、自分が中に入って操縦して戦うのが俺のロマンなんである」。なるほどー。「やはり男ってものは基本的に自分で操縦したい欲求があるからな」、ってあーあーそういう田舎マッチョトークはとりあえず脇においといてですね、なるほどそんな萌えポイントをお持ちでしたか兄上よ。
それに対し私は「えー、私は外から命令系がいいなー、巨神ゴーグとかジャイアント・ロボとかそういう大きい人つかロボっぽいすんごい強いひとが、彼に比べればずっと小さい人間である私の言うことをいちいち聞いてくれてうなづいてくれて私のために戦ってくれる、ってところが胸きゅんきゅんでモエモエなのよぅー」と反論してみましたが、いかんせん萌えポイントが真逆に異なる兄妹の話は永遠の平行線。
そんな兄に「なんでまたお前今更デジモンなの」と問われても、ガオガモンが東京ヤクルトスワローズの米野に似てるからとかいちいち「イエス、マスター」って答えて戦うところがロデムでフレンダーで蜷川新右衛門っぽいからとか説明してもきっとわかってもらえないと思ったので、「まあちょっとね、異世界突入バトル風なのが恐竜探検隊ボーンフリーみたいでアナクロいい感じなのよ」とだけ答えておきました(含笑)
宮沢賢治の生まれ故郷に近い温泉に行くにあたって、どうせなら前もって気分を盛り上げておこうと思い、このところずーっと宮沢賢治モノを読んでおりました。 草野心平編・中村稔編・天沢退二郎編の詩集を三冊読み比べてみたりしてけっこう気合いも入ってました。
が。 詩集や童話を読み倒すくらいにしとけばよかったんですが、書簡集に手を出したのは私としてはちょっと行き過ぎだったようです。
ことに、保坂君という友達に宛てて賢治が出したそれはそれは痛々しい書簡の数々をピックアップして読み倒してしまったのが致命的でした。 書かれた時期的な問題(若気の至り)もありますが、それはもはや手紙というよりは自分の妄想をそのまま相手に叩きつけているかの如き激しいもので、有り体に言うともしも自分が貰う相手の立場だったら間違いなく「ドン引き」な手紙でしたとです。
…。
でもまあ、当たり前です。あのころ、賢治だって普通の若人でした。どんなに偉い人の手紙だって、未熟な若い頃に心を許した(と当時の本人的には思っていた)友人に宛てて出したものなんて、他人が読めばドン引きの激痛内容で当たり前です。
…。
それでも、彼は天才でしたので。 彼が残した詩歌や物語は、あの不可思議な鉱物を透かし見るような輝きをもって、いまだ日本文学史上に孤高の光を放ちつづけているのです。
彼は、天才でしたので。
私の醜く荒れた表層がどんなに後付けの理を盾に引いていっても、その感覚だけは、消えない。
…。
分析なんかできません。 みんな愛のせいね、ということにしておけば、たぶん傷つく人は少なくてすむでしょう。うん。
余談ですが、後年(1985年)に作られたアニメ作品の『銀河鉄道の夜』(監督:杉井ギサブロー、キャラクターデザイン:ますむらひろし)は、ジョバンニ役の田中真弓の声が演技がそれはそれは素晴らしく、私の中ではかの作品の映像化としてはこれが永遠の決定版となっています。 amazonでなら今でもすぐに買えますからまだ見ていないひとはぜひ見てください<賢治先生ふう うん。
刮目して待たれてしまったので取り急ぎ「オレが語るtimutaん」。
●うらやまP〜なところ ・頭がよくて、論理的 ・申請等の書類を書くのを苦にしない ・服の組み合わせを考えるのが上手
●意外なところ ・論理的だから冷静なのかと思ってるといざ実戦では火の玉突撃系 ・実は可愛い小物が大好き ・おいしくないものでおなかをいっぱいにすると本気で不機嫌になる
●爆笑なところ ・一見起きているように見えて実は寝ていることがある (立って歩いていても実は半覚醒くらいだったり) (普通に会話してるのかと思ったら実は寝言だったり) ・「もー、今日は飲んじゃおっかなー!」とか息巻いて言うのでどんなに痛飲するのかと思ってると 「これはお酒です」と大きく書いてあるピンク色の可愛い缶のやつとか買ってきて挙句飲んですぐ寝る ●弱点なところ ・煮魚キライ (お刺身は平気だし〆鯖は大好物、でも煮魚はダメらしい) ・きたない音や声キライ (絶対音感があるせいか、いやな音や声を聞いていると本当に気分が悪くなるらしい) ●マジかよ!なところ ・アイスやかき氷を食べるのが異様に速い (同時に食べ始めるとこっちがフタについたアイスをこそげたりしてる間に全部食べ終わっている) (「かき氷を急いで食べると頭がキーンとしない?」と聞いてみたら宇宙人を見るような目で見られた)
●物申す!なところ ・自分の精神的な内圧の高さに自分で耐えられなくなって時々バーストしてませんか。 心の空気孔はいつも忘れずに。って私も人のことは言えないけどな。
●好きなところ ・理想は高くはてしなく ・思いついたら即実行 ・好きになったら一直線 ・人にものを教えるのが上手、使うのも上手(→チームスポーツの監督向き) ・なのに時々とんでもなくぽかーんと抜けてるところがあったりするのがまた面白い ・いろんなことを知っていてまるで「おばあちゃんみたい」<誉め言葉
まあ他にも書きたいことは多々あるが今日はこのくらいでカンベンしといてやろう<何様
| 2007年02月03日(土) |
他人の空似(笑) 2 |
米野つながり(笑)でその後もデジモンセイバーズを毎週見ているバカ日本晴れな私。
ところで、その米野似のガオガモンに変身(進化ってのか)する前のガオモンというキャラはトーマという人間の男の子の指示に従って戦うという設定なんですが、そのトーマ君からの指示に対するガオモンのお返事は、いつでもどこでも必ず 「イエス、マスター!」 なんですな(なんで英語なのかは知らん)。
彼のそのノリって昔どこかで見聞きしたことがある…ってずっと考えてたんですが、先日やっと思い至りました。 昭和アニメの名作「バビル2世」に出てきたロデムに似てるのですね。バビル2世に忠誠を誓う地のしもべの彼のお返事はいつでもどこでも「はい、ご主人様」。ってそのまんまだー。
昭和アニメといえばその他にもご主人様に忠誠を誓う犬キャラで「新造人間キャシャーン」のフレンダーってのがいたなあとか、でもその場合むしろフレンダーよりキャシャーンが残酷な天使様に似てる(というか青木の顔って往年のタツノコ顔)ってほうが気になるなあとか、そんな感じでいつもの如く妄想はアメーバのように闇夜に広がっていくわけですが、まあなんにしても私にとって「ナイーブ天才肌タイプの美形くん&その傍にいつでも影のようにつき従う下僕獣もしくはくっついて回る大型犬タイプな彼」というのは気持ちよーく萌えのツボにはまってしまうパターンなわけですな。君は光僕は影。あわわわわ。
…
とはいえ「一休さん」の一休と蜷川新右衛門もその路線なのかも!とまで思い至ってしまったのはいくらなんでもアタマ腐れ過ぎだとは思います(笑)
だってロデムと新右衛門さんて声まで同じ野田圭一だしぃー!<いいからそれを仕舞え
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