かっしーのつぶやき
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2006年08月30日(水) 君の描く放物線 2

2006年、東京ヤクルトスワローズでは、神宮球場への観客動員数増加をはかるためにF-Projectと称して様々なイベントに力を入れとります。
その中で、日を決めて「××day」と称し一人の選手や事物をフィーチャーするというのがあるんですが、本日はそれの「宮出day」でした。
そうです、あの“セ界一の美脚外野手”・宮出隆自選手の日だったんでございます。

イベントの主眼は
「宮出選手のリストバンドと同じ水色のグッズ、もしくは宮出選手の背番号43にちなんだグッズを身に付けてご来場の方にペアチケットプレゼント!」。
無料チケットは別にいらないけど、やっぱりひいきの選手の名を冠したイベントであるからには少しでも賑やかしになればと現地に馳せ参じたくなるのがファン心理ってもんじゃありませんか。

で、

行ったね!

水色のポロシャツ(しかもこのために買った)着て!!

いやー…
恥ずかしかった恥ずかしかった…
いやあのその、やっぱりその、宮出dayに合わせて宮出カラーの水色シャツ着てひとり神宮球場へ向かう女37才、という図は客観的に見て相当痛い事象なんじゃないかと…。我ながら外苑前へ向う銀座線の中あたりからじわじわ恥ずかしくなってきて、外苑前駅から神宮球場への道はもう強烈に恥ずかしくなって小走りで駆け抜けました。あああすみませんごめんなさいこんなアタシでも宮出を応援したいんですどうか見逃して下さい世間の皆様、みたいな。ああなんて小心者のファン。こんな私がいわゆるレプリカユニ着てスタンドで応援する日はきっと永遠に来ない。宮出グッズ売上に貢献できなくてごめんよ宮出。


それはさておき。

今日もまた私は、神宮球場で、宮出選手のホームランの瞬間を見ることができたのでした。

彼が今季打っているホームランは本日8/30現在で8本。そのうちの2本をこの目で、しかもホームの神宮球場で見ることができたということは、考えてみればファンとしてはとてもラッキーなことだと思います。ありがとう神様仏様ご先祖様。


彼のホームランは、やっぱり今日も、とても美しかった。
彼のバットから、またあの放物線とともに白球がバックスクリーン横へ吸い込まれていくのを見たその瞬間、私はしばし茫然、それから、あろうことか涙が溢れてくるのを止めることができませんでした。

なんてことだろう、私の頭は、どうしてもどうしても宮出選手の描く放物線の軌跡に、自分の記憶の中にあるあの一番美しかった放物線のかたちを重ねてしまう。
バットの芯とボールの芯が激突するそのたった一点をめがけて弧を描くスイング、迷いなく踏み込んだ細い左足、小気味よく回転する身体の軸、そして夜空へ一直線に伸びていく、あの、放物線。

硬球を握ったこともない私に、所詮「野球」はわからない。
けれど、あのホームランなら、あの放物線なら、私にもわかる気がする。

ああ、きっとこんなの本当に単なる私の思い込みに過ぎなくて、ちゃんとものの判っている人が見ればそれぞれ全然違うホームランで、私が感動してるこの気持ちも妄想とか幻影とかその類のもので、当の選手だって昔の誰かに似てるなんて言われても面白くもないに決まっているのだけれど、ああ、それでも、そういうこと理屈では判っていてもそれでも、快音が響いたその一瞬間、私にはどうにも抑えることができなかったあの激情、あの涙を、いったいなんと呼べばいいんでしょう。


試合は勝って、宮出選手がヒーローインタビューで、宮出dayとしては最高の試合となりました。

以前、宮出選手のホームランを目撃した時はわりと素直に喜びながら球場を後にしたのだけれど、今日はあんまり自分の内で勝手に思い出イリュージョンに浸っているのが現在を生きる選手達に申し訳ないような気がして、どこか切ないような何か物悲しいような、そんな気持ちのまま、帰途に着いたのでした。


2006年08月29日(火) 神宮球場の空遠く 幸い住むと人のいう

神宮球場に、東京ヤクルトスワローズを見に行きました。

なんか決して純粋に「野球」を見に行ったんではないような気がするのであえてこう書いてみました(笑)。

昔からそうですが、私という人間は球場に行くとちっとも野球そのものを見ずにただひたすらプロ野球選手たちの美しい身体のラインばかり眺めまくって(しかも双眼鏡でガン見して)、それだけに時間を費やして充分満足して帰ってこられるという野球ファンの風上にもおけないゲス野郎です。正しいプロ野球ファンの皆さんには本当に申し訳ないことだと思います。

でも、だからこそヤクルトが強かろうが弱かろうがバカ勝ちしようが逆転負けを食らおうが寸分も変わらぬ愛を注ぎ続けられるのかもしれません。
はっはっは。


てなわけで本日は久しぶりに神宮のライトスタンド、いわゆる「コアな応援団の人たち」のまっただ中くらいの席に座ってみました。
コアなファンに囲まれて、まあいろんな側面を見ました(笑)が、試合は勝ったし、おおむね楽しかったです。やっぱり野球場の外野スタンドというのは歌うし叫ぶし応援バット叩きまくるしで、手っ取り早くストレス解消できる場所としてはもってこいです。


昔、ヤクルトスワローズの(まだピュアな)ファンだった若い頃のこと。
神宮球場のライトスタンドで、たまたま、私の座る席の隣のすぐ脇にあの「ツバメ軍団の岡田さん」が立ったことがありました。

「ヤクルトの私設応援団・ツバメ軍団の岡田さん」といえば当時から既に神宮球場の生ける伝説であり知るひとぞ知る有名人だったわけですが、実際にすぐ隣に立ってほがらかに気炎をあげていた岡田さんは、意外なほどやせていて小柄なかただったのを覚えています。

あのころ、神宮球場の外野スタンドへ座れば、いつも必ず岡田さんは現れました。そしてたとえそれがどんなヘナチョコ試合でも、彼はいつだってそれはそれは生き生きとヤクルトスワローズの選手達を応援していました。神宮に行くたびに岡田さんのそういう姿に接していたので、いつしか私も、ヤクルトというチームを愛しこそすれ勝敗はそれほど気にならなくなったのかもしれません。

どれが優れた愛かなんてきっと神様にだってわからんだろうと思います。
岡田さんは今でも雲の上、月の彼方から、スワローズの試合を見ているでしょうか。


そんな懐旧の思いにひたりつつも、その一方では眼前にある宮出隆自選手の美しい腰やらすらりと長い脚やら筋張った腕に浮き出た血管やらをガン見していたりもしたわけなので(だってライトなんだもん☆)、もう所詮私の純情なんてとっくの昔に宇宙のかなたに永久冷凍&粉微塵だったりするわけですが。
いいんだ、私の目と頭は間違いなく私だけの所有物なんだ。

そう、

神宮球場に なお遠く、 幸い住むと 人のいう…


2006年08月27日(日) 輝きは君の中に

チャーちゃん@匠ひびきさんの茶話会に行って参りました。
詳細については、例によって殴り書きメモを元にしたレポートをtimutaんにupしてもらうので、そちらをご参照下さいませ。

チャーちゃんの茶話会とかトークショーって、なんか毎回毎回感動、というか嬉し涙というか、で、泣かされてるような気がしますが、今回もやっぱり泣かされました。

なんだかねえ、今年の「歌」は、沁みたですよ…。

改めて、よくわかりました。
ああ、あの人もあの人も、みんなちゃんとこの人の中に居る、と。

この人の中に、「あの人たち」は全部、いるんだ。
誇り高い青年貴族も、光源氏のライバルも、幻惑の精神科医も、優しい悪魔も、みんなみんな、今もちゃんとこの人の中に、ある。
そう思いました。
さっきまで演壇で朗らかに喋っていたときとは明らかに違うところに置かれた背筋のライン、腕のライン、脚の運び方。
一瞬、観客と合わせた視線の、その外し方、絶妙なそのニュアンスの残し方。
姿かたちはあの頃とは違っているのに、そんなことはお構いなしに、私の視神経は彼女の動きひとつひとつの中に「宝塚」の陰影を拾い出す。
止めようがない、とはこういうことかと思いました。


そしてあの「カナリア」の曲が、こんなにせつない名曲だったなんて、私は今まで気がついていませんでした。
「あの頃」は、きっとチャーちゃんも私も、現実を受け止めるという作業だけでほんとうに精一杯で、心身ともに余裕なんか一切ない状態だったんだと思います。

今、あの歌を歌うチャーちゃん、そしてそれを聞く私。
私たちのそれぞれの背中に、あの時のチャーちゃん=ヴィムが、あの時の観客の私が、それぞれ透けて見える気がしてね。

目にいっぱい涙。
溢れて溢れて、困りました。


ビッグニュースが語られたので、この茶話会はいつものようにレポしていいものかどうか、とちょっと悩みました。
でも、他ならぬチャーちゃん自身が、はっきりと

「皆さん、どうか、今日来れなかった人にも、今日の私のこの気持ちを、伝えてほしいんです。」

と言っていたので。
その言葉、その心をこそ、まさしく皆さんにお届けすべきだろうと思いました。

チャーちゃんは、やっぱり、素敵な人です。


2006年08月14日(月) 日野行き多摩行き高幡不動行き

拍手ありがとうございます。

日野には一応回数は行っている筈なのですが、しょせん若気の至りの新撰組バカ詣での一環でしたので、今となっては詳らかとは言い難いヘンな記憶の断片が残っておるばかりです。そういえば以前「酒バトン」で失敗談のひとつとしてご紹介した「酔って連れを折りたたみ傘で叩いた」事件というのは、たしか日野の駅前での出来事だったような。お恥ずかしい限りです。

私が初めて土方歳三の故郷を訪れた日は二十一年前の初夏・五月、すばらしく良いお天気の日で、風は透きとおるように吹きわたり浅川の河川敷の緑もケヤキの梢の若葉もひたすらに颯颯と美しかったのを覚えています。こんなきれいなところで彼らは少年時代を過ごしたのか、と思うとそれだけで胸がきらきらとしたものでいっぱいになるような景色でした。たぶん何よりもその印象のために、私はずっと新撰組という存在が嫌いになれずにいるのです。
多摩は、いいところだと思います。


2006年08月10日(木) 君の描く放物線

神宮球場で宮出隆自選手の2ランホームランの瞬間を見ました。

スレンダーな長身のその美しいフォームから、乾いた快音の響きとともに外野スタンドへ向けて伸びていく美しい放物線。

その放物線が胸が痛むほど美しく見えたのは、
それはたぶん私の心の中にある、あの池山隆寛のホームランの記憶に
オーバーラップしてしまったからだと思います。
そう、あのころ、この神宮球場で私は、
来る日も来る日も彼のホームランの美しい放物線に見惚れつづけていたのでした。

何故いま突然宮出選手のホームランにその記憶が重なったのか、その理由はわかりません。
ホームランバッターなんて他にも沢山いるのに。
今季、ヤクルトの選手のホームランなんて他にもたくさん見ているはずなのに。
理屈では説明できません。ただ、私の心の中には、
神宮球場の夜空に伸びていくある放物線の軌跡こそが鍵になって開く引出しがあったのだとしか、言いようがないのです。


試合に勝ったことはもちろん嬉しかったけれど、そのたった1本の放物線の軌跡の記憶のためにこそこんなにも満ち足りた気持ちになってしまう精神性とは一体どういうものなのだろう、と自分で自分をかなり訝しく思いながら、それでもやっぱり気分がよくて、いいものを見せてくれてありがとう宮出選手、と思いながら神宮球場を後にしました。


2006年08月06日(日) 80'sサンライズ系の絵で東京ヤクルトスワローズを想像してみる

甥っ子1号のせいでずーっと80'sヲタ文化漬けだったこの週末。

そのせいで我が愛する東京ヤクルトスワローズの面々を考える際にもうっかりするとなにもかもが80'sサンライズ系の絵に…


以下相当オールドヲタ系ネタなので耐性のある方だけどうぞ。

「米野はどうしてあんなにキリコ・キュービィに似てるんだろう」
「青木はいい男だから誰キャラでもハマるけど、ヨネノリコンビだとなんか塩山キャラなんだよねー」
「宮出は顔といい美脚といい埃っぽい感じといいどう見ても湖川キャラでしょう!」
「真中のまーるい感じは安彦キャラ感が溢れてるなあ」
「宮本って連邦軍の制服がめちゃくちゃ似合いそう」
「あー、安彦キャラのターフルが見たい、というかすぐ想像できるよなベンチで首傾げてるとことか」
「そうかー、古田ってヤクルトのブライトさんだったのかー」
「確かに左舷は弾幕が薄いかもしれんなー」

…すみません。

まあファン層の裾野の広さ=人気の高さ、ということで…


2006年08月05日(土) 嗚呼日本の美しき伝統文化

それはヲタク文化…

いや無論それだけじゃないけど。ヲタ文化も伝統文化の枝葉の一本くらいにはなってきてるかなと。

なんでかっていうと、私の甥っ子1号(8才)がこのところとみにガンダムにハマっとりまして、これがなまじ親(私の兄)も筋金入りのヲタなものだからガンガンの純粋培養&英才教育を受けた挙句、私のもともと持ってたガンダムの基礎知識なんて目じゃないくらいのガンダム博士(笑)になってまして。
まさに世代を超えて受け継がれる知識と共有される感動。「シャアが来る!」のアホらしさは現在を生きる8才男児の心にもヴィヴィッドに響いておるようです。

というわけで、このまま行くと私の薄れたヲタ記憶だけでは「なぁんだ、そんなことも知らないの?」と彼にオールドタイプ扱いされてしまう日も近い気がしてきた今日この頃。

夏休みイベントで親戚縁者が兄宅に集うことになった今宵、叔母の沽券にかけてもヲタトークで遅れをとってはならぬと勝手に使命感に目覚めた私は、実家にある80'sヲタ文化の第一級史料の数々を発掘し、にわか復習をいたしました。時間にも限りがあるので、選んだ史料は『ニュータイプ100%コレクション10 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』角川書店、ってまあ要するに『逆シャア』のロマンアルバムです(笑)。ZとかZZとかはシリーズ長いから全話フォローするの大変だけど、逆シャアなら劇場版一本だけだからお手軽だしー、時間軸的に1stから続く因縁の結末に当たる話だからその間のことはかっとばして語ってもカッコがつくしー。(大人って汚い…)

何が悲しゅうて真夏の昼下がりに18年前に買ったアニメのムック本を精読しているのだろうとふと我に返らないこともなかったですが。
仕方ありません、だってこれもまた日本の伝統文化なんですもの。

果たせるかな、兄宅でのヲタトークバトルでは甥っ子1号からの尊敬のまなざしを獲得することに成功しました。
富野作品はいいなあ、「小難しく語り込んだ後に身も蓋もない一言でまとめる」って論理展開がとっても有効に作用する宇宙なんだなあアレは。

「ママがついてこれないくらい濃〜い話をするんだよ!」
と意気込んでいた甥っ子1号ですが(何の濃い話なんだ何の)、結局は昼間のサッカーの試合の疲れと夕食時のハイテンションの反動がドカンとやってきたらしく、10時にならないうちにおふとんの海へ轟沈。

ちょっと偏りはあるけど(<ありすぎだ)、それでもこんな一日が彼の小3の夏休みの楽しい思い出の一ページとして記憶されてくれるならば嬉しいなあ、と基本的に無責任なヲタ叔母は一人勝手に感慨にふけるのでありましたよ。

嗚呼、ビバ日本の伝統文化。


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