かっしーのつぶやき
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2006年07月30日(日) はーこだてー

朝市で食べた「八宗カレイ」が激ウマで動悸が。
海の近くで生まれて魚市場とれとれの魚ばっかり食べて育った私でも思わず我を忘れた空腹の猫状態になってしまうほど。
あたしのその食いっぷりを見ていたtimutaん曰く「…大飢饉があったみたい…」
そんなにガツガツ食べてましたか、そうですか。
「焼いたカレイを食べる時は手でむしって食べるのが一番美味い」というわが父の教えを忠実に守っただけなのだが。
魚の鮮度のよさはもちろんですが、何よりもその焼き加減が超・絶妙だったですよ。縁側もウマー、頭もウマー。
というわけで、皆様も函館へいらしたら朝ご飯は函館朝市「朝市ドーム」内、「朝市食堂あき」さんへGo!

幕末ポイントはスルー、のはずだったんだが時間が余ったので五稜郭へ。
五稜郭タワーが新しくなっててびっくりしました。
そしてピカピカで広々としたお土産コーナーにおける土方歳三グッズの充実ぶりにも愕然(笑)
高校生の時の私がここに来たら涙にむせんで土方モノを買い漁って帰っただろうなー。
さすがに今回は何も買いませんでした。
つかあたし、十数年前に買ったはいいけどもったいなくて開封できなくてずーっとそのままになってて既にヴィンテージの域に入ってきてるはこだてわいん「歳三の血」、まだ持ってるし(笑)

それはさておき、やはり北海道はおもしろいところです。
気候帯が違うし興味深いことがいっぱいあるし、なにより食べ物が何もかもみなおいしい。

timutaんによるとまたそのうち北海道に行くらしい(笑)ので、たのしみだなあ。


2006年07月29日(土) はるばるきたぜ

函館のんき旅行に行きました。
なんかヘンに函館に詳しくていろいろtimutaんに思い出語ってる私ですよ(笑)

幕末ファンやってるといきおい詳しくなっちゃう土地ってのが所々にありまして、日野とか京都とか函館とか、まあどの人物に興味を持つかで偏りは生じますが、なんだかんだ言って私はけっこう函館には回数来てたりするのでした。
でも、幕末に限らず歴史探索ツアーをやると皆そうだと思いますが、せっかく風光明媚な土地に行ってもどうしても「××最期の地」だの「××の戦いの跡」だの「××の墓」だの、そういう人死に系ポイントばかり回ることになってしまって、美しい景色を見るとかおいしいものを食べるとかいういわゆる普通の観光をせずに帰ってきてしまうという側面が生じがちです。

てなわけで、私は今回の函館旅行にあたり、事前に「幕末系ポイントは完全スルー」という方針を提示しました(笑)
だって、おいしいもの食べてきれいなもの見たかったんだもん!(だもん言うな)


2006年07月17日(月) 神宮球場は遥かなり

人呼んで帰ってきたヤクルトファン日記。(timutaんのここんとこの日記参照)

あたしゃ問われれば一応ヤクルトファンだと答えますがまあいろいろあって実は古田が入ってきたあたりから以後のヤクルトのことはほとんど知らんのです。
ははは。すんません。
先日からひさしぶりに神宮通いしてるのはいいものの、その当初知ってる名前は圧倒的にコーチ陣の方に多かったし。
そんでもまあ、かえって最近台頭してきた若手選手をまっさら新鮮な目で見ることができるので、それはそれでいいかなーとぼんやり思っとります。


さて、野球を見る際に「ひいきの選手」ってのを見つけるとその世界にぐぐっと深入りしやすくなりますね。宝塚と同じです(笑)
みーんな同じユニフォーム着て同じような動きをしているはずなのに、どういうわけか際立って見えてしまう人がいる。
深い根拠なんかなくてただもう「あ、この人、いい!」って思ったその瞬間から世界が変わって見え出します。

今のとこ私がヤクルトで注目してるのは宮出隆自選手#43♪

なんたって脚がいいんだ!脚が!
脚がいいって言っても走るのが速いってことじゃなくて、長くてタイトでカッコイイんだ!(笑)
身長190↑の長身&スレンダー選手なのでユニフォーム着た時の膝下ラインが他の選手達よりも明らかに長く細く、そのためそのあたりの布が綺麗なドレープになって下に落ちてるのが実に美しくそしてかっこいい。元ヅカファンのこの私に「あの脚なに?あの脚がきれいな選手は誰?」と思わしめたその美脚力は相当なもんだと思います。

元は投手で今はスラッガー@外野手ってのも私的にポイント高いです。コンバート先でがんばる野球選手って好きなんで。


そんなわけで今日は雨をついて神宮に観戦に行きました。
私らはバックネット裏の二階というヌルい席(屋根付き)にいたので威張れたものではないんですが、そんでもいつ雨天コールドが告げられるかとヒヤヒヤし通しなくらいの本降りの中、しかも対広島戦を9回まで見届けたのはなんだかとても達成感があったことでした。

ところで後半、その宮出さんが塁に出て、三塁に向ってその長い脚からスライディングしたですよ。
三塁に到達したのはいいんですがそのあと地面からしばらく立ち上がらない。地面に両手をついてなんとか立とうとするんだけどなかなか立てない。その仕草はとっさに脚を傷めたみたいに見えて、まさか怪我?と蒼ざめました。が、やがて彼はゆーっくり立ち上がった。というか「地面から自分を引き剥がした」。見るとその長い脚のスライディングした側には、遠目にも厚さ数センチにはなろうかというドロドロのアンツーカーがべっとりと帯状に付着しておりました。そう、今日は本当にザンザン降りの雨、人工芝は水しぶきを上げアンツーカーはドロドロ。その状況下で思いっきり脚からスライディングをした宮出選手は、なまじ脚が長いぶんたくさんの泥を地面からこそげ取ってしまい、その重みに脚をとられてなかなか立ち上がれなかったわけなんですな。

うへえ、という顔で三塁からベンチに下がってくる様子は、なんとなく「お役目中に田んぼにはまってしまって難儀をした背の高いお侍さん」みたいな感じで非常に愛らしかったです。


そんな宮出さんどろんこ事件の一部始終をカール・ツァイスでガン視していたらtimutaんに
「あんまり宮出さんの脚とか腰とかばっかり観てないで試合もちゃんと見なさいよ」
と注意されちまいました(笑)

球場に行っても野球を見ずに選手の身体の動きの美しさばかり見てるというこの悪癖は、その昔池山ファンだったころから今も変わりません…
人間の本性はちょっとやそっとのことではそうそう変わらんということですな。とほほ。


2006年07月16日(日) 友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱 2

「次のお仕事は舞台、脚本はマキノノゾミさん」

前回のチャーちゃんのお茶会でそう聞いた時、私は驚きのあまり体温がぐわっと上がったような気がしたのでした。
そしてさらに「舞台の時代は明治時代、役柄は管野須賀子で途中から幽霊になって登場」と聞いた時にはもう心の中で思わずガッツポーズ。

だって私にとってマキノノゾミ氏って、いまだにHAPPYMANでピスケンのイメージだったから。学生時代に大好きでたくさん観ていた、幕末とか明治とか大正とかの時代背景を暑苦しくもいとおしい人々が切なく右往左往するってそういうお芝居。あれから月日は流れ、そのマキノ芝居に、私のチャーちゃんが出る日がまさかこようとは…


今を去ること十数年前、私が一番好きだったマキノ芝居が『ピスケン』という作品でした。舞台は大正の最後の年の暮れ、横浜の場末のバー。現世の端に引っ掛かったように生きる女主人とヘタレな説教強盗の邂逅、きらきらと現れては消えるアナキスト大杉栄と伊藤野枝の幻影、ドン・キホーテのような萩原朔太郎と自称新婦人の妻、そして淋しく恐ろしい亡霊のような甘粕正彦。みんな既に傷ついていて不幸で、疲れた空元気をまとって現れて、ひとときだけ美しい泣き笑顔を見せては去っていく。残酷だけれど愛しいような、辛いけれども優しいような、そういうお芝居でした。

『妻をめとらば』の話のあらすじを聞き、そして場所は新歌舞伎座と御園座、主演は藤山直美さんなら、これはきっと明るく優しいお話で、『ピスケン』をポジ反転したようなお話になるんだろうなと思いました。そして、そのピスケンのポジ反転的なお話の中で、「主人公を元気づけに現れる管野須賀子の幽霊役」ときたら、これはもう絶対に「いい役どころ」に違いない、と確信したのでした。『ピスケン』の伊藤野枝のように、きらきらした純粋さがそのまま凝ったような優しい存在に描かれるに違いないと。


それはまったく私の頭の中に立ちのぼった直感イリュージョンに過ぎなかったのだけど、でもなんだか激しく確信してしまい、なんと私はそのお茶会での握手タイムで、チャーちゃんの小さい手を握り締めつつ

「今度の管野須賀子役は、絶対、いい役だと思います!」

とえらい勢いで断言してしまったのでした。
チャーちゃんがあのおっきな目をくるくるさせて、ほんとですか?と笑顔で応えてくれたのを見て、さらに言を強めて
「はい!きっと、絶対、いい役のはずです!」
だからぜひ、頑張ってください!とやたら鼻息荒く断言するファンを相手に、今思えばチャーちゃんもさぞかしリアクションに困っただろうなと思います(笑)


実際に『妻をめとらば』を観て、私はチャーちゃんに嘘をつかずに済んだな、と思いました。
観てもいないのに「絶対いい役だから」と断言していった訳わからんファンのことを、チャーちゃんは思い出してくれることもあっただろうかとヘンなところに感慨無量になりながら、客席に座っておりました。

劇中、管野須賀子は与謝野晶子に向って言います。

「あなたの作品を夢中になって読んだわ。
 私、あなたを見つけた自分を、誇りに思うわ」

いい台詞だと思います。
そう、「じゅ・てーむ」なんて壮大な言葉を誰かが誰かに向かって笑顔で言い切れるのは、自分がその人を“見つけた”ことへの矜持があってこそのことだと、思うのです。
人が人を「視る」ことの深淵さとその熱さを誰より鮮やかに私に教えてくれたチャーちゃんが、この台詞を、ぽん、とこの舞台に置いてくれたことで、私にとってこの作品はきっと忘れられないものになるだろうと思いました。


観劇終わって、名古屋駅で新幹線を待つ間、Tさんとしばし歓談。
Tさんは、匠さんは印象的なおいしい役だった、着物の立ち姿の襟足や幽霊ポーズの手首のラインがとても綺麗でさすがだなと思った、等々たいへん誉めて下さいまして、私はもう我が子が誉められた親のようにほくほくと嬉しかったんでございました。またその誉めポイントが、匠ファンの私が「ここですココ!匠の、ここを見てやって下さい!」と指差し主張したくなるようなところを実に的確に見とって下さってて…ううう。私こそ、さすがTさんだなあと思いましたですよ。
そもそも、何をかくそうTさんこそその昔、私にマキノ芝居の面白さを教えてくれたその人に他なりません。そのご縁がめぐりめぐって今日こんなところで輪を結ぶとは、なんとも不思議な人生の妙じゃありませんか。いきおい「今回のこのお芝居って、明るい『ピスケン』みたいだね〜」と、思い出話もあれこれ出て、楽しかったです。「『ピスケン』じゃショボい警官役で脇をチョロチョロしていたあのもぼ鈴木が、共同脚本書くまでになったのねぇ〜〜」とか(笑)。

そして楽しい時間はあっというまに過ぎて、梅雨明け前のうすあかりの中、東京への帰路につきました。


今回の名古屋行はいろんな意味で「素」に帰る旅だったような気がします。
このごろ、自分の日常の中で、いろいろな事象を受け取る際にそのままの形ではどうにも受け取れなくて、仕方なしに心に入れる前に噛み砕いたり角を落としたりフィルターで漉したりしないと容れられない感覚みたいなものがずっと背中にくっついたままだったんですが、この週末に会った昔なじみの人たちの言葉や立ち居振舞いは、私にとってはそのまま丸ごと受け取ることのできる、慣れ親しんだところの優しいお水のような感じがしました。

7月半ばの名古屋はとても暑かったけれど、心はとても潤いました。
近いうちにまた、行きたいなあ、名古屋。

で、次はぜひ味噌煮込みうどんとひつまぶしとに小倉トーストにトライしたいです(笑)


2006年07月15日(土) 友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱 1

チャーちゃん@匠ひびきさんの出るお芝居を見るため名古屋へ行きました。

私にとって名古屋と言えば長年の畏友・Tさんの街。
今回も私らのアホアホツアーにお付き合い願ってしまいました。
いつもほんとにすみません&ありがとうございます>Tさん


さて、以前からずっとTさんに「こんど名古屋に行ったらシロノワール食べます絶対食べます!」と暑苦しく主張しつづけてきた甘党の私。Tさんはそんな私に呆れもせず(否、呆れつつ、かもしれないが)、最近名古屋駅地下街に出来たというコメダ珈琲のピカピカの新店舗へ案内してくれたのでした。

というわけで到着するやもう取るものもとりあえず頼むはシロノワール(レギュラーサイズ)。
やがてテーブルにサーブされたそれは、まーさーに、魅惑の御姿…

大きなドーナツ型の温かいデニッシュパンの真ん中に、ソフトクリームがぐるぐるぐる。これにさらにメープルシロップをかけていただくのです。3人で2皿取りました。このシロノワール、なんたってパンは温かくソフトクリームは冷たく、したがってみるみるうちにアイスは溶ける溶ける溶ける、これをパンにからめて食べる食べる食べる。メープルシロップをかけてから以後は三人とも言葉少なくなりとにかくもぐもぐもぐもぐ一気に食しました。
Tさん曰く、「宴会のカニ状態(みんな食べるのに集中してしまうため会話がなくなる)」。

…ああ。
今思い出しても幸せになるくらいおいしかった…
魅惑という次元を超えてもはや既に禁断の味に到達してるんじゃないかってくらい…
名古屋のひとはいいなあ、いつでも好きなときに近所でシロノワールが食べられるなんて…


そのように幸せに浸りながらも、次は噂の名古屋名物「小倉トースト」を食べてみたいものだと更に思う甘党&つぶあん好きの私。
Tさんちには、テーブルの上に常時「トースト用あんこ」が置かれているそうな。うらやましがっていたら、Tさんご本人は実はあんこ嫌いだそうで、「あんこだけ食べるならまだしも、バターを塗ったトーストにあんこを載せるっていうごちゃ混ぜ感がイヤ」とおっしゃる。なるほど。

そこでふと思いついたので

「あ、でも私、あんこ蕎麦とかあんこうどんなら平気です」

と口に出したら、Tさんとtimutaんに凄い勢いでドン引きされました(笑)
そらもちろん「めんつゆ」は無しですよ。普通にお餅を入れて食べるいわゆるお汁粉とか善哉とかの中にお蕎麦orうどん入れて食べるだけですよ。ちゃんと炊いたおいしい小豆のあんこベースなら、お蕎麦でもおうどんでも単においしいだけだと思うんだけど… ダメ?


コメダ珈琲から茶店に流れ、夜は夜でまたTさんに案内してもらって引き続き飲み会。
世にもアホらしいヲタな話から結構シビアな話まで、ゆらゆら話しながら笑いながら美味しいビールでまったり酔っ払って、夏の宵は至極極楽上機嫌。

…で、ふと隣のtimutaんを見たらば、…
寝てるがな!!(驚愕)
うわー。「居酒屋で飲んでて寝ちゃうともだち」、って見たの学生時代以来かもしれん…

後の経過についてはtimutaんの日記参照。
つまりは、それだけ(つい寝込んじゃうくらい)リラックスできる面子で飲んでたってことだよね、うんうん。


2006年07月14日(金) 月日は流れ私は残る

約一ヶ月のご無沙汰でございます。



吉原選手引退の心の痛手がことのほか大きく何も手につかず…というのは嘘で、実を申せば、ここしばらくはずーっと、自分とバレーボールにまつわる文章なんぞをつらつらと書き連ねておりました。

私、バレーボールについては本当にいろんな思いがありまして。
この機会にきちんと自分なりにまとめて書いてみることで、長年の自分の気持ちの整理がハッキリつくかなあと考えたんですね。

という訳で、文章の出来はともかくつらつらと長文を書きました。
書ききる事で自分の気持ちの切り換えも自分の中でキッチリできました。

ですがその文章において、自分にとってのバレーボールへの思いと自分のプライベート(出身地とか家族とか)とを切り離して語ることがどうしてもできなかったんですね。
その結果、内容的に不特定多数の方に読んでいただくにはどうにも不適当なものになってしまいまして。

結局、その文章については自主的に封印することにしました。

一ヶ月も間あけて結局封印の報告かい、って感じですが、やはり自分以外の人に迷惑はかけられないので…。
すみません。





ところで、トモさんが引退してからこっちひたすら傷心を抱え涙とともに文章を綴っていたというわけでは全然なく、その合間には旅行に行ったりサービス残業続きでで心身ヘロヘロになったり実家帰ったりヤクルトスワローズ見に神宮へ行ったり神宮へ行ったり神宮へ行ったりなんかもしていたわけですが。

まあそれに関しては後日。

とりあえず、まずは再開のご挨拶まで。


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