かっしーのつぶやき
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厳冬の日本海は、詩人の比喩を待つまでもなく本当に空を呪っているのです。 温暖な太平洋岸で育った私にとって、猛吹雪の中で荒れ狂う日本海はあまりにも恐ろしい風景でした。
というわけですみません雪国の冬甘く見てました。帰り道、乗っていたタクシーが田んぼの中の十字路を曲がった途端にごうごうたる地吹雪のためフロントガラスが真っ白になり前後左右が雪の白以外まったく何も見えなくなった瞬間、恐怖のあまり私の記憶もホワイトアウトしてしまいましたです。
冬がこんなにも厳しい土地で、冬の最中に行われるバレーボールの国内リーグ戦に、それでも地元のチームだからと足を運んで応援してくれる山形の人の心意気に思わず涙しそうになったことでした。
鶴岡公演、じゃなかったVリーグ鶴岡大会へ行ってきました。
どこでもそうですがちょっとした露店が出たりしてなんとなくお祭りみたいな賑やかなロビーに、愛らしい張り紙が。
「・コンニャク ・おにぎり ・パンフレット ・グッズ 」
この場合、地元名産・玉コンニャクの煮付けが先です!Vリーグのパンフもグッズもさしおいて、玉コンニャクが筆頭です! あまつさえ「毛筆の手書き」「墨字に朱筆でポイント波線入り」なのでもう昔なつかしお習字テイスト満載。あんまり素朴で愛しくて、しばらく眺めておりました。
で、戦う吉原知子ですが。 今日の彼女は、真水で洗いぬいたが如く美しかったです。
そして壮絶なまでに痩せていました。 それはもう、美しき阿闍梨とか言っておちゃらけてた自分を心底恥じなければ見て居られないほどに。 試合前のアップで、そんな彼女の頬に次第に血の気が通ってくると、まるで薄いガラスのランプに灯がともるかのように見えました。
この人はどこまで己が身を削って戦うんだろうと素で思いました。 一流のアスリートだからいわゆる一般人が痩せたのやつれたのというのとはまったく質が違うのだろうけど、それでもそれは傍から見守るしかない私にとってはどうにも言葉を失わせる程の凄絶さで。
そしてそれでもそんな彼女をどうしようもなく美しいと感じてしまう、私の業も相当深いです。
風邪っぽいらしくしきりに手を口元に持っていってはこほこほ咳き込んでいたトモさん。誰かの手のひらから、包み紙をむかれた喉飴らしきアメ玉をひょいと指先でつまんで取ってぱくりと口に入れる仕草が、なんだかとても愛しかったです。
| 2005年01月26日(水) |
エーベルバッハ少佐は吉原選手の夢を見るか? |
「ばかものーーーっ!!」
申し訳ありませんっ!! ででででっ、でもね、
1. 眼光が鋭くて 2. 部下に恐れられつつ、凄く愛されてて 3. 外見はハードだけど結構おちゃめな所もあって 4. そして何より怒号とベタフラッシュの背景がシビれるほど良く似合う
ってあたりがものすごく共通してると思うの>クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐と吉原知子選手。
…でもそうするとモトコ様が伯爵になっちゃうなあ(笑)
| 2005年01月25日(火) |
匈奴が郷土で強度に強弩の絵を描いた |
匈奴て!<timutaんの日記1/24付参照
王昭君かい。(でもtimutaんのイメージは蔡文姫のほうだと思う)
匈奴云々はともかくとして、ええ出ますよ納豆。学校給食に。ねばーん<同日記1/21付参照 給食には納豆が出るし蕎麦はけんちん汁だし夏祭りの目玉イベントはマンボウの解体ショーだし浜にはウミガメだのジンベエザメだのやたら漂着するしそれに群がる土地者の言葉はケンカ上等だし、おおなんだかそう書き連ねていくともーのーすごい田舎、というより既に異界に近い私の匈奴、もとい郷土。 同じ関東なのにー(涙)
| 2005年01月24日(月) |
フロイライン・ロッテンマイヤー |
22日のスナップ写真の数々を、早速会社の人がCDに焼いてくれました。 当日の私の髪型、本人的には夜会巻きアレンジにしてもらったつもりだったんですが…
写真にうつったその姿は、どう見ても「ロッテンマイヤーさん@アルプスの少女ハイジ」だったんでしたよ。
というわけで夜会巻き・改め、ロッテンマイヤー巻き泥酔ゾンビ女。 こっ…怖い・怖すぎる…
いい夫婦の日、で1月22日だから忘れずに来て下さいよ--- というわけで、本日は会社の同僚の結婚式&披露宴にお呼ばれしました。 朝早起きして美容院に寄って頭巻いてもらって横浜へ。思ったよりも千葉からあざみ野はととと遠かった…
お式はキリスト教の教会でした。ちゃんと聖歌隊が歌って、牧師さんが祝福します。
しかしニンゲンの根がヨコシマに出来ている私は、教会に入るとまさに「カナリア」のヴィム状態@ビヨヨヨーーーン&ガクガクブルブルになってしまうんでしたよ(笑)。
逃げるわけにもいかんので、気を紛らわすために 「あー、賛美歌なんか歌ったの幼稚園以来、312番♪い〜つくしみふか〜き〜♪ってなんでこの詞で結婚式なんだろう・謎、“星の世界”の作詞者・川路柳紅はお台場を作った勘定奉行川路聖謨の実の孫…」 とか、 「あー、昔見た劇団四季版“ジーザス・クライスト=スーパースター”では山口祐一郎がジーザス役でカッコよかったっけ・でもヘロデ王@もんたよしのりの方が輪をかけてイカレポンチな感じでアタシ的にはそっちのほうが好みだったんだ実は」 とか、そういう愚にもつかないことをダラダラ考えながら牧師さんのありがたいお説教を聴き流していた私は本当に地の果て天の極みに至るまでの不信心者です。すみません。招待してくれた同僚君&そのご親族の方々にはただただ申し訳ない。ごめんねごめんねこんな罰あたりが式に出て、嗚呼神様もしも本当に天にましますのならばどうかこの善良なる人々に祝福を。
厳粛なお式の後は楽しく披露宴。なごやかに食べたり歌ったり。
で、まあいろいろあってその後、披露宴→ご来賓の取引先様接待、の実質ダブルヘッダー飲みでべろーんべろーんのずーるずるのゾンビ状態になって帰宅。夜会巻きの泥酔ゾンビ女。怖い・怖すぎる。
帰り道マジ寒かったしんどかった、よくやった自分、よくぞ自力で帰ってきた…(遠い目)
| 2005年01月20日(木) |
心の師はモトコ様 3 |
ダテハコといえばそりゃもうなんたって五稜郭で土方歳三でGo!ですよねモトコ様!!
というわけで心の師・O林モトコ様がご自分のコラム内でバレーボールにかこつけて熱くかつピュアに幕末トークかましているのを読んでいたく感動した私は同じく幕末ファン。
そうかー、そういやモトコ様はその昔宝塚歌劇団星組の楽屋にまで遊びにいったことがある程のヅカファンだし、だとするとあの「誠の群像」も知ってるはずだし、とすれば別に大河流れでなくたって函館に行ってヒマがあったらばその足で土方歳三めぐりしちゃうのは当然つか必然だよなあああ。
この季節この雪の中、お仕事前の早朝に、わざわざ五稜郭から一本木関門の碑まで歳三参りに行ったのか。 …。
なんてピュアなんだモトコ様!(落涙)
それはさておき、モトコ様のコラムの幕末ピュアトークは、同じように史跡めぐりを軒並みしてきた私のよーな幕末ファンにとっては「あー、そうそう、そうなのよ」って感じで親しみ深かったです。そうそう、八木邸とか寺田屋とかあの頃のまま残ってる建造物に行くと、「昔の日本人はこんなに小さかったんだなあ」って本当に実感するんです。私ですらそうなんだから、モトコ様くらいの身長の方ならその感はひとしおかと。壬生寺・光縁寺・西本願寺を「ベタ」と言うあたりに、いかにモトコ様が熱く幕末にハマッているかが伺えます。
そして史跡めぐりをするだけでもかなり愛しいのに、あまつさえいわゆる「ご当地ノート」に(芸能人なのに)ピュアに書き込みをして回るモトコ様。 …。
なんてピュアなんだモトコ様!!(感涙)
「バレー界だって今、幕末日本のような、変わらなくてはいけない時なのです。私だって…」 とコラムを熱くしめくくるモトコ様。嗚呼、あなたはやっぱり私の心の師匠でつ。
それにしてもモトコ様。我が心の師匠モトコ様。
貴女的に、どういうキャスティングしてますか?! 知りたい!それが知りたい!! やっぱり吉原知子=土方歳三?あなたが近藤でトモさんが土方?でもって沖田総司が(以下あまりにも痛いので略)
「オレげのほうで蕎麦っつったらばはーけんちんそばだぁー、んだけんとも、かけでねーぞ、つけな。オレげのほうでは、つゆサけんちんで蕎麦さ食べんだー。んでもアレだよ。東京のスラーッとした蕎麦みたぐ蕎麦の先っちょのほうだけちょこーっとつゆサ浸けただけですすっちゃあーんと違あかんね。あったけーけんちんのつゆに冷たい蕎麦サドップリつけて、身と一緒によーく噛んで食べんだー。んだってはー、水府のあだりの蕎麦はホレボッツボッツしてっがら、あんまし噛まねーで飲み込もうとすっとはーのざえっちゃーかもしんねべよ。んだがらよ、オレげのほうでは蕎麦猪口もあんまし使わねーんだ。蕎麦猪口じゃー小せえがら蕎麦入れたらけんちんの身が出っちまーべ、だがらオレげのほうでは蕎麦のつゆは小どんぶりによそって出すんだわ。 うそでねーて!信じろて!」
対訳:
「私の故郷の土地では蕎麦を食べる時の付け汁はけんちん汁であることが多いです。とは言っても、かけそばにするわけではありません。つけ汁です。私の故郷の土地では、けんちん汁で蕎麦を食べる風習があるのです。でもお間違いなきように。東京の洗練された蕎麦のように、蕎麦の先端に濃いそばつゆをつけて粋にすすりこむようなものとは食べ方が異なります。温かいけんちん汁に、冷たい蕎麦を大いに浸けたのち、けんちんの具と一緒に噛みしめて賞味するのです。なぜならば、常陸秋蕎麦で名高い奥久慈近郊の蕎麦は往々にして蕎麦粉の割合が多く非常にエッジの立ったハード系麺である場合が多いので、そんな蕎麦を東京流に粋にすすりこもうとしたら、喉越しが悪くて咳き込んでしまうかもしれないでしょう?。そんなわけですから、私の故郷の土地では蕎麦猪口もあまり使用されません。蕎麦猪口では口径が小さすぎて、つけ汁に蕎麦を浸しこむ際にけんちん汁の具が溢れ出てしまう危険があります。ですから、私の故郷の土地では蕎麦の付け汁は往々にして小型の丼に盛られて供されることが多いのです。 嘘ではありません、信じてください」
って一生懸命説明したんですけどtimutaんはなかなか信じてくれないんですうぅぅぅ(涙)。 でもお汁粉のチェイサーとして彼女の作ってくれたけんちん汁はおいしかったです、サンキューtimutaん。
| 2005年01月15日(土) |
心の師はモトコ様 2 |
そこで、そこで、よりにもよってそーこーでー画面を切り替えるかッNHK-BS1ッ!!(ガシャン)(乱暴はやめて下さい!)
とご多分にもれずTV画面の前で逆上したレオトモ者なわたしであったよ。
まー何というか。 これですよ! この「並びの美」を!この一瞬値千金の花、美しきレオトモを!!これを他人のカメラアングルに惑わされることなく自分の目で納得いくまで見届け尽くすために、たとえ前に見た時と対戦チームが同じだろうがTV中継があろうがなかろうが、とにかくもう野越え山越え海越えて出来る限り試合を見に行っちゃうわけですよ!!特別観覧席代3000円払っちゃうわけですよ!!
というわけで今回実際に会場に実際に観に行っていた皆々様が本当にうらやましい…
いっ、いいんだ、私が見られない分もきっとあのO林モトコ様が、すべてを(いや、トモさん限定ならば120%くらいの勢いで)見尽くしまくって来て下さるに違いない。
よろしくモトコ様、お願いモトコ様。私の分までトモさんをよろしく<かなり混乱している模様
入船に近い築地のはずれに、和風甘味処むけの製菓材料を販売している「川梅」というお店があります。 一般のお客さんにも販売してくれていて、私なんかがひょいと入っていっても、たとえば粒あんだけ400g、豆かんの中に入っている豆だけ200g、あんみつの中に入っている求肥だけ100g、なんていう買い方が可能です。 基本的に問屋さんなのであんまり愛想はありませんが、詰め過ぎず粗過ぎずの味加減が私好みにちょうど良く、最近わりと足しげく通っております。 平日のみ営業、イートインなし、しかも店頭販売は10:00〜17:00と、ご近所でもない限りなかなか利用しにくいのが難と言えば難ですが…まあそんなところも、ある意味で築地っぽいというか。
ここでの私のイチオシは「豆かん」。つるりと粋で絶妙な、江戸の喉ごし。 それもそのはずこのお店、元は「海藻加工業」、つまり寒天屋さんです。 寒天屋さんが始めた甘味処と言えば、知る人ぞ知る門前仲町の「いり江」がありますが、このお店の豆かんも負けず劣らずなかなかいなせなお味です。近くまでお運びの際は、ぜひどうぞ。
というわけで、今日はtimutaんちの鏡開き用に、この川梅さんとこの粒あんこを買って帰ったのでした。
黒糖&甘味噌のハーモニー、まったりこっくりと甘いかごっまの味。
かたや蕎麦つゆは真っ黒醤油色、焼き締めて塩が真っ白に吹いた鮭の切り身がひとッペラあればドンブリ飯が三杯食えるというような塩っからい味付けで育った私にとっては、かごっまの味はあまりに優婉玄妙なやさしさに満ちているのでした。
鹿児島の食事処で、「お醤油下さい」とか「ウスターソースありませんか」とか言うやつが居たらそいつは間違いなく関東者だとか。
さもありなん。
というわけで、帰りの鹿児島空港でいきなり芋焼酎飲み倒して、空路東京へ戻ってまいりました。
霧島神宮は、とっても立派な鳥居と参道を持つ大きなお社でした。おお、官幣神社。
大学四年の時の卒業記念・九州めぐり旅ビンボー学生編では、宮崎は高千穂峡だけで霧島神宮は行きませんでした。恥ずかしながらわたくし学生時代はブンガク部で日本神話なぞ専攻(という名の薀蓄のつまみ食い)をしておりましたこともあり、今回はよい機会となりました。
とか言いながら、歴史ミーハー根性丸出しで参道に並ぶ石灯籠の奉納者名を読みながら歩いてたりもしたんですけどね。おお、樺山資紀。おお、西郷従道。
タクシーの運転手さんから「このあたりへんの人は神道が多く、ニニギノミコトゆかりのご神鳥だからという理由で鶏を食べない」と聞いて素朴に驚きました。 ところ違えば文化も違う。日本は広いです。
お宿でごはんをいただきながら、酔った勢いで古事記と日本書紀の記述の違いについてへれへれ講釈をたれていたら、うっかりお宿の方にも聞かれてしまい非常に恥ずかしかったです。
不穏な体調の機嫌をなんとか取り結びつつ松も明けなんとする今日この頃… でも行きます鹿児島・妙見温泉。朝早い便なので羽田に前泊。
ところで、元旦夜にガツンと胃腸がコケて以来ずっと薄味やわらか流動食系ばかり摂っていたので、今夜ホテルのラウンジで食べた、実にひさーしぶりの固形物であるサーモンのサンドイッチが、それこそ口に入れた瞬間に目の前が明るくなるほどおいしく感じました。
今年も、ごはんがおいしく食べられることの幸せをきちんと噛みしめつつ、日々を生きていこうと思います。
明けて2005年、今年もよろしくお願い申し上げます。
さて先日の日記でも、厳冬の蓼科に私の心身が耐え切れるだろーかと我ながら不安になっておりました私ですが…
やっぱり耐え切れませんでした(笑)
元旦から2日にかけての夜半、言うに言われぬ不快感に目が覚め、それから朝までほぼノンストップで激烈な身体症状の数々に見舞われました。下痢嘔吐悪寒発熱頭痛腹痛眩暈耳鳴り関節の痛み。いやー。久々にここまでフルコースでやらかしましたわ。 飲み過ぎか食い過ぎによる食あたりか、流行りのノロウィルス系胃腸機能破壊風邪か、はたまたその二正面攻撃かは定かじゃありませんが、とにかく自分史上屈指の大変な目に遭いました。
いやはや、見知らぬ雪山の宿で人事不省に陥ることがあんなにもあんなにも怖いことだったとは…。 外は雪!氷点下!自力脱出不可能!時間と共に落ちていく体力と気力!がーー!!! 私ゃ今後一切、いわゆる「雪山山荘クローズドサークル系ミステリ」は読めないと思います。いや、マジ恐いって!シャレになんないって!アタシただでさえ閉所恐怖症なんですから!ああああんなの、今回ちょこーっと実体験モドキしただけでもうもう充分充分じゅーうーぶーんーです、お腹一杯ですごちそうさまでしたありがとうございましたッ!!ってな感じで。
今回誘ってくれた家族や、歓待してくれたお宿の人には本当に申し訳ないことをしました。それもこれもみーんな惰弱な自分の心身が悪い。蓼科の美しい自然とそこに暮らす人々には、何の罪咎もないことです。とほほ。本当にすびばせん。
2日夜、ほうほうのていで自分の部屋に帰り着いて後は文字通り枕も上がらず、ひたすら死んだように寝てました。 七草粥を待つ間もなく、しばらくは和風流動食系で節制し回復に努めねばです。
というわけで、華々しくも激動の新年のスタートになりました。 こんな私ですが、どうぞお見捨てなきよう、お願い申し上げます(とほほ)。
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