かっしーのつぶやき
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2005年02月27日(日) タイガー&ドラゴン

熾烈なり、その闘志。

審判の不味い判定に烈火の如く怒る吉原は、頬に瞳に生気漲り、その美しさたるやまさに燦爛。
情無用の寡黙な跳躍、雷の如く撃ち下し悉く敵陣を穿つ、佐々木の豪打はさながらトマホーク。

これだよ!
吉原の裂帛の気合と佐々木の胸すく豪打が同じコートの中でタイガー&ドラゴンだよ!!
これだよー!!
レオトモの醍醐味はこれなんだよーー!!(号泣無限)

でも、号泣ってけっこう本気で。
私が座ってた席の後方にやっぱりパイオニアファンのお嬢さん方がいたんですが、そのお嬢さん方のなんとも必死で可愛らしい観戦ぶりが、実にじつにピュアに、今の私の心に響いたですよ。
佐々木がスパイクの助走に入ればそれに合わせて必死な声で、「レオさん、レオさん撃って!」
吉原がベンチからコートに戻ればまるで修道女のような敬虔さで、「大丈夫、トモさんがいるから大丈夫!」

背後からのそのあかるい声を聞きながら試合を見てたら、なんだかだんだん泣けてきました。
そうだね、そうだね、レオが撃つんだもの、きっと決まるよ、トモさんがいるんだもの、大丈夫だよ。

というわけで、吉原の怒りに肩入れして激昂したり佐々木のスパイクに合わせて叫んだりするその合間に突如ハンカチで目頭押さえて泣いたりもしてたんで、傍から見るとものすごい不審な観客だったであろう私です。


で、戦う吉原知子ですが。
前述の通りたとえ烈火の如く怒っていても、その憤怒のさまさえ美しい人でした。

前回観戦までとは見た印象がまた少し変わっていて、なんだろう、重厚というか。荘重というか。
ベンチに控えるコーチ陣に立ちまじり、黒い上着を肩に羽織ってコートの中の若いもんに苛烈な檄を飛ばすその姿は、あまりに凛々しく、あまりに男前で、周囲の男性コーチ達のほうがよほど柔和に見えてしまう程。
そしてベンチからコートに戻る時、立ち上がりながら肩に羽織っていた黒い上着をすらりと脱ぎ捨てた、その吉原の所作が本当にゾッとするほどカッコよくて、思わずtimutaんと二人同時に顔を見合わせて「今の!今の見た?!」。
バレーボール見に行ってまさかあんなにも美しい所作の、「絵になる人」を目撃することになるなんて、思ってもみませんでした。

喜んだり怒ったりかなしんだり楽しんだり、たった一試合見る中で非常にヴィヴィッドな気持ちのうつり変わりを実体験しました。
今日のこの試合をこの目で見ることができて、本当に良かったです。


2005年02月23日(水) フランシーヌ・フールマンはラスト・サムライの夢を見るか?

そのタイトルの付け方いいかげんやめなさいよって感じですが。

いやその、各ファンサイトに皆様がupして下さるレッドウィングス美麗ショット巡りをして幸せに浸っていたら、脳内麻薬出過ぎてついうっかり
「フランシーって角度によってはトム・クルーズに似てるかも」
とかイキナリ思ってしまい。

吉原知子=ラスト・サムライってフレーズ、ちょっと前に某所であったなあ、って思って、じゃあフランシーがオールグレン大尉でトモさんが勝元、ってことだなそういうことだな?みたいな<違います

という訳でこれから私はフランシーのことを西から来た白い虎と呼びます<だから違うって


2005年02月22日(火) 流星

週末に実家に帰ったついでに買ってきた地元近くのお菓子「ままどおる」を職場で配ったところ、

「ありがとう、今度はどこへバレーボール見に行ったの?」

と言われてしまい、苦笑い。
このバレーボール冬の時代に全国リーグ戦を呼んでくれる土地の経済活動に少しでも貢献できればという気持ちから、鶴岡からはだだちゃ豆饅頭を、岡山からはきび団子をごっそり買ってきては職場に撒いていたので、今また銘菓「ままどおる」なんぞ配ったらまあそう言われちゃうのも仕方がないんですが。

そう思うと、この真冬に今日は函館・明日は鶴岡、佐賀に岡山、熊本と、全国を巡業しているバレーボール業界の皆さんは本当に大変だなあと思います。
無論疲れもするでしょうしこんな季節に転戦連戦では、どんなに管理したって体調を崩す人も多いのではと思います。
どうか皆がどうか無事に、少しでもベストに近い戦いが1試合でも多くできますように。


2005年02月21日(月) 朝礼当番

今年もまた私に、職場の朝礼当番が巡って参りまして。

去年の私の朝礼当番日は3月。ちょうど第10回Vリーグでパイオニアレッドウイングスが優勝を決めた直後で、私は吉原選手をネタに全社員の前でスピーチをしたのでした。

そう、去年の3月、あの時点ではまだ、全日本女子バレーチームがアテネオリンピックに出られるのかどうかすらも、定かではなかったのです。

本当に、あれからまだ一年も経っていないのです。
遥けくも来につるかな、と、思わずにはいられません。


2005年02月20日(日) くだをまく

さてわたくし、去る1/30(随分前だな)に鶴岡からほうほうのていでなんとか家に帰り着いたはいいものの、実は休む間も無くその翌日からは、これまた公私共に超・多忙な日々に突入していたのでしたよ。

残業代も出ないのに連日12時間労働!原稿料も出ないのに睡眠3時間!(泣)

で、本日、やっとのことでその超・多忙デイズを何とか抜け出し、トモさんつながりのお友達とご飯食べに行きました。
「と、とうとうここまで辿り着いたよ…(ヨロリ)」て感じです。

店主お勧め・松露酒造の芋焼酎を痛飲しつつトモさん話を延々3時間半以上。まさに痛く飲むと書いて痛飲。楽しかったです。


2005年02月15日(火) ティラミスの語源

timutaんのバレンタインアホ話(すまん、けしかけたのは私だった)。

ティラミスって、tira=「上げる、引っぱる」mi=「私を」su=「上へ」だから、直訳すると「私を引っ張り上げて」だけど、意訳していくと「私を元気づけて」→「私をハイにさせて」→「私を天国に連れてって」→「私を(以下略)」、のよーな意味にどんどんなってしまったりするのよおぉ〜ん。

…って、すみません私も今まで知りませんでした…

まあマスカルポーネチーズはストロング油脂だし卵やらエスプレッソやらカカオパウダーやら、気づいてみればティラミスっていかにもハッスルな材料ばかり入ったお菓子なんだが。

ゆで卵の黄身食べないどころの話ではなかったでつね!!
もうートモさんたらオトナなんだからあーーー(逃走)


そうね、世の中のコドモさんから見ると一応オトナじゃなきゃいけない歳なんだと思うよ>35歳(自分もそうだからあえて言ってみる)。


2005年02月12日(土) 瑠璃も波璃も 2

「到着地、岡山空港の現在の気温はマイナス3℃」

機内アナウンスを聞いて耳を疑いました。マイナス3℃?東京より寒いの?<西日本はおしなべて東京より暖かいと思い込んでいた

そして辿りついた岡山県体育館は設備も暖房もすべてが非常に寒い体育館でございました。国体前だから仕方ないでしょう、思い起こせば私の出身高校も年代モノの老朽体育館でしたが、IH会場になることが決まった途端にまるでリゾートホテルかと見紛うようなゴージャス巨大体育館に建て直したもんですよ…

パイオニアの選手が防寒のためか下のジャージを脱がずに裾を膝まで捲り上げた状態でアップしてました。
その姿が、なんとなく義経袴の女武者みたいに見えたので
「わー、会津の娘子軍みたい」
と呟いたらtimutaんに叩かれました。ダメでしたか>娘子軍。


で、戦う吉原知子ですが。

先日鶴岡では真水で洗ったかのように見えましたが、今日の彼女はもはやそれすら通り越し、さながら透き通るが如く美しかったです。

単に、体育館の照明が暗くて青白かったからそう見えただけかもしれません。
ただ私は、愛華みれのサヨナラ公演の日程最後の頃、限界ギリギリの体力を文字通り振りしぼるようにして踊っていた匠ひびきが、こんなふうに日ごとに透明度をいや増して美しくなっていくように見えたことを鮮明に思い出していました。

あれは、何か大切なものに自分の働きを献じようとしている人の、一瞬垣間見せる美しさなのかもしれません。


2005年02月11日(金) One

再演成った「そして誰もいなくなった」、チャーちゃんの舞台姿を久しぶりに久しぶりに見て、どうして自分が匠ひびきという人にここまで惚れたのか、その理由が改めて、骨の髄からよく解りました。

思えば1999年6月から2002年6月までのきっかり3年の間、匠ひびき見たさに、ただそれだけのために、台詞も演出も役者も何一つ変わらないまったく同じお芝居とショーをそれこそ一公演で自分の年の数ほど繰り返し繰り返し観に行ったものでした。
人に話せば「どうして同じもの何度も見るの?飽きないの?」と不思議がられたけれど、一度観れば二度、二度見れば三度と、何度でも何度でも観ずにはいられなくなるのは、私にとってもはや当然を通り越して必然の域のことだったのです。
どうしてこんなに私は匠ひびきの身体表現に惹かれて惹かれて仕方がないのか、どうしてここまで彼女の身体の描き出す線をこの目で追うことに耽溺せずにいられないのか、その謎が自分でもはっきり知りたくて、メルロ・ポンティの『知覚の現象学』まで読んで考えてみたけど結局はっきりとは掴めなかった、その訳を、今日、久しぶりに匠ひびきのダンスを観ていて、それこそ春の光の前に氷が一気に融けてしまうように、あっけなく理解できました。

舞台の上で、匠ひびきが生きている、それだけでいいんでした。

シンプルな結論です。でも真実です。
どんな理屈も哲学も、彼女のステップ、彼女の裾さばき、彼女の首の線、腕の線、紫電一閃・ものみな殺す視線の前には、一切意味を成さなくなるのでした。

私にとって、匠ひびきは、そういう人なのです。

昼の部が終わって劇場を出るとき、
「ああよかった、夜の部であの姿、あのダンスがもう一度見られるんだ」
と思った瞬間に私の背筋を駆け抜けたあの幸福感、視神経が美味なるもので充溢するような、あの感覚。
それこそが、私が匠ひびきを何度でも何度でも観ずに行かずにいられないそのエネルギーの原泉なのだと思います。

そしてそれから、その匠ひびきに、あの短い秒数の中であんなにも彼女の佳さを引き出しうる振り付けを施した振付担当の広崎うらん氏はやっぱり骨の髄まで振り付けのプロなんだと改めて感服しました。
ありがとう、うらんちゃん(涙)


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