かっしーのつぶやき
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2004年08月31日(火) 勝手におないどし同盟

匠ひびきさんの35回目のお誕生日おめでとうおーめーでーとーうー♪

匠ひびきさんに関してはもともとあんまり「キャー、チャーリー様〜(はぁと)」って感じのファンではなかったんで、このところ女優に磨きがかかりつつあるチャー子さんにはますますもっておないどし的親近感が増してます。

出世した旧い友達を遠くから見守ってるようなもんで、なにかあるたびハラハラ心配したり感激したり、でもなんというか全幅の信頼と全肯定をもって彼女の人生を応援しようと思う気持ちは不変、みたいな。

誕生日おめでとうチャー子、君がいてくれて嬉しい。これからもどうか身体には気をつけて。


2004年08月29日(日) 虹の橋のたもとで

「昨日ミュージックフェアにTHE ALFEEが出てて、いろいろ唄ったんだけどやっぱり最後の曲は」

“希望の橋”だったよ、とtimutaさんに言われて地下鉄のホームで泣きそうになった。

どうかどうかアテネオリンピックに全日本女子バレーが出場できますように、と“希望の橋”を毎朝聴いては祈ってた、あれはついこの春先のこと。

いろんなことがありすぎて、今はまだてんで言葉になりゃしない。

喉は痛いし頭痛涙目鼻づまり続行中なので閉会式は録画。
ああトモさんの、もといアテネオリンピックのために買ったDVDデコーダでオリンピックのライブ映像を録画するのもこれが最後なのねとか思うとまた泣きが入って病状が悪化の一途を辿りそうだったのであまり考えないようにして、早めに就寝。


2004年08月28日(土) 夏風邪

標題の通り。

アテネオリンピック、全日本女子バレーの順位が決定したとたん何もそんなに華々しく気が抜けなくてもいいだろうって位ごっそりと虚脱してしまい、そこをまんまと夏風邪にタックル一本負け。

喉は痛いし頭痛涙目鼻づまり、いちにちまるまる寝て過ごすますた(鼻づまり)。


2004年08月24日(火) GOLDEN DAYS

残業のあと帰宅してTVつけたらもう試合は終わってた。
ネットで調べて結果は判った。
また外へ出て近くのコンビニへ買い物に行ったら、冷蔵ケースの中にビールの「秋味」が並んでて、その紅葉色の缶見たら胸の中が一気に切なくなった。ああもう秋なんだこれで本当に夏は終わったんだなあって思って、一瞬、身が震えるようなさびしさに襲われた。
仕方ないんだ。誰だって永久に勝ち続けるわけにはいかない。仕方ないんだよ。

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前にも書いたけど、今の全日本女子バレー見てると、私の感覚は自分の中学時代のバレー部員な感覚に還る。

これが終われば先輩たちの代は部活を引退しちゃうっていう一世一代の最後の試合、だけど負ける時はどうしたって負ける。その瞬間、ある意味世界は崩壊するんだけど、でも、目の前で先輩が試合に敗れるのを膝が震えるほどの激情の中で見守りながらそれでも、その時心の中に、たとえば先輩達への失望やマイナスの気持ちなんてものは一片も湧いてこないものなんだ。

ただ、白熱したような感覚の中で、負けた、ってことはこれで終わりなんだ、って事実がシンプルにしみてくるだけ。

つらい思い出もいっぱいあったはずなのに負けて終わったその瞬間はそういうのぜんぶどこかに飛んでっちゃって、ただただ、終わってしまうことへの切なさだけがひたひたと体育館を包んでた。

あの感覚は、きっとそれだけ一緒に過ごした時間が濃かったってことなんだと思う。

嫌なこと苦しいこと、辛くて泣いたこと、沢山あったけど、でも、みんな一緒にやってきたから、その時間一秒一秒の密度の濃さが、最後の最後に私を本当に酷薄なところへは堕とさない。一緒にやってきたんだっていう時間の記憶が、私をどこか柔らかいところに引き留めたまま閉じていく。

そういう感覚。

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録画しといた中国戦は秋味ビール片手にぶーぶー泣き笑いしながら見た。

1992バルセロナは5位。
1996アトランタは予選敗退。
2000シドニーは出場することもできなかった。
その日本女子バレーが、いま、2004アテネオリンピックの決勝トーナメントのコートに立っている。それが、どれほど凄いことか。コートの中には19や20の子もいる。その若さでこの瞬間に身をおいているというそのことが、この子たちにいったいどれだけ多くの経験を与えてくれるだろう。この「今」を、このつながりを、冷えた化石でなく生の血が通ったままでどうにかやっとこの子達に手渡してあげられる、今日この日を迎えるまでには、いったいどれだけの人が黙し、努力し、陰で泣いて支えて来たか。今はただ、それを思え。それを思え。それを思え。

「いい試合だ!」「いい試合だよ!」「中国の選手もうまい!」「みんないいよ!いい顔してるよ!」

「かっこいいー!吉原ーっ!」「撃てぇっ、佐々木ー!」「竹下、神業ー!」「成田すげー成田!」「そこだ栗原ー!」「巧いぞっ高橋!」「大友ー!大友ー!おーおーとーもーー!」「行っけえぇーっ、大山ぁぁーーっ!」

気持ちいい、バレーボールってこんなに面白い。

久しぶりに爽快なほどグラグラに酔っぱらった。何かを洗うように、涙があふれた。

おつかれさまおつかれさま、さよなら私のアテネへの道。
濃くて透きとおって金色に輝く、蜂蜜みたいな日々だった。

できることなら、今はみんなの背中をてのひらでやさしく撫でて、よくやったねって休ませてあげたいです。


2004年08月23日(月) 悲しい気持ちで

どうして今更そんな他人事みたいに叱ったり失望したり厳しいご託宣を垂れたりできるのか不ー思ー議ー。

いや別に誰がどこで言ってた書いてた何がどれがとは。

私は何かを好きになるとそれを丸ごと自分の心の中に入れてしまって感情移入しまくるタイプの人間なので、いっぺん入れてしまったらもうその対象に起こることすべてをもはや「他人事」としては語れなくなります。そしてそれがいいことだとも悪いことだとも思わない。ただ、事ここに及んで「わたしはこの深い愛ゆえに今はあえて厳しく貶しますっ」みたいな態度に出るヤツってのはなんか好かんです。

まあ他人のことはもうどうでもいいや。

今の私の女子バレー見てる感覚って「同じ学校の部活の、先輩の試合を見てる下級生の気分」に近いと思う。
つかもうほぼ自分の中学時代の気分に戻ってるなこれは。
先輩負けちゃイヤー!次はとうとう優勝候補と当たっちゃうけどでもがんばれー!

というように私の中では、今現在ハマって応援してる全日本女子バレーと、自分の中学時代のバレー部の思い出とがずっと遠い地平で繋がっちゃってるんですよ。

痛いですか。でも本当だから仕方ないです。

中学上がってバレー部に入部したのが1982年の4月、ただその一点だけが吉原選手とかぶってる。たとえば中学三年の時の中体連バレーボール大会、吉原選手のいた北海道妹背牛中学校は全国大会出場したけど私の中学校は市内大会一回戦敗退、それでもそれぞれが同じピラミッドの頂点を支えるセルの一つだった、たったそれだけの繋がりの細いほそい糸でも握りしめてりゃその巡り合わせが嬉しくて、今日も私は吉原をそして全日本女子バレーチームのみんなを応援せずにはいられない。

痛いですね。でも本当だから誰にも消せないです。


2004年08月22日(日) 澄空飛雲

朝食後、連れのT子ちゃんが「メダル何個になったかと思ってさあ」と宿のTVをつけた時、うっわあなんかものすごい久しぶりにTVの音聞いたような気がするー、と思わず口走ってしまった私。

宿で出たお茶うけ菓子「澄空飛雲」が私的にはげしく美味しかったので、チェックアウトの時フロントの方に場所を聞いて土地のお菓子屋さんへ。
その名も扇屋総本店。旅先でここまで私的にど真ん中ストライクの「ガッツリ砂糖濃い系・北関東あんこ」テイストに出会えたことに非常に満足して、那須温泉を後にしました。

でもって、蒸し暑くて人も車もうるさいけど馴染みの東京に戻り、返す刀で袈裟懸けに今度は日本橋の千疋屋総本店へ。
timutaさんお誕生日おめでとう〜、ということで、timutaさんは白桃パフェ・T子ちゃんはマスクメロンパフェ・私はマンゴープリンパフェとはげしくフルーティーなひとときを過ごし、そして仕上げにものすごくおいしそうな白桃を購入して帰宅。なんてゴージャスなんだ。

さて夕方のケニア戦は、やっぱり見るのが怖くて別の部屋で本を読みながら遠くのTVを斜め見しました。
なんだかこのところ外気の暑さと心の底冷え感がものすごい温度差になってて体ガタガタ気分だったんですが、今日、大山加奈のあのコートを大ナタで割るみたいなバックアタックを久しぶりに見て、心の底が少しだけ暖かくなったような気がしたです。

試合で受けた傷は試合でしか治せない。
家でのんきに饅頭食いながらTV観戦してる私ですらそう感じてふと無口になったりするんだから、いわんや選手の皆さんは。


2004年08月21日(土) お説ごもっとも

「貴様に今の私の何がわかるというんだこの勘違い野郎っ」

って私が選手だったら思うかもしれないなあ。

いや別に誰がどこで言ってた書いてた何がどれがとは。

バカ報道と腐れ批評いちいち真剣に受け止めてると自分まで俗悪の境地に堕ちて悪い頭がますます悪くなるような気がしたので、TVは一切つけずニュースもネットも最小限にして、那須温泉郷へ行きました(また温泉かよ)(ハイ温泉です)。

那須高原は、広々としていて自然が美しく静かなところでした。
無駄な音がまったくしなくて、夜の闇はあくまで黒く。

湯上り、窓から入る涼しい風にぼんやり吹かれていると、今はただ単純に静かであることが心のささくれを穏やかに治してくれるようで、ああ、この静かさこそがご馳走だ、ってしみじみ思ってしまいました。
疲れてたんだなあ。


2004年08月20日(金) ノミの心臓なので

私は中学時代、実の親にもバレー部の顧問にも口を揃えて「お前のようなノミの心臓は絶対に大成できないぞこのボケがっ」と罵られたほどのビビリなので、今日の女子バレー韓国戦も怖くて見られませんでした。帰宅して一瞬だけTVつけて点数見てすぐ消しちゃいました。

それでも私はいい、見たくないと思えばTVを消して布団かぶって寝てしまえばいい。でも選手はそうはいかない。
選手達の今の気持ちを思うと心が痛くて痛くて、でも私は黙ってるのが筋だと思うから、やっぱり布団かぶって寝るより他ないのでした。


2004年08月16日(月) ハンニバル戦記

日本女子バレーがイタリアに負けたのが悔しかったので、ここんとこ読んでた塩野七生の『ローマ人の物語』をしばらく中断しようと思ってみたり(心狭いなあ)。
塩野先生すみませんこんなヘタレな愛国者が読者で(しかも文庫版)。ほとぼりがさめたらまた続き読みます。

でもイタリア戦、私としてはわりと平静に見てたり。
昔、自分がバレーボールやってた時にも、こういうふうにハマってしまうゲームが時々あったなあとか思い出したりしてました。どうしてなのかうまく説明できないんだけど、体が金縛りに遭ったみたいにどうにも動かせなくなるような時がある。昨日は難なくできたことが、以前同じチーム相手にはできたことが、なんとしても今はできない。なんでなんだ、どうしてだろう、って呆然としているうちに試合が終わってしまう。その「金縛り感」みたいなのが、不思議に生々しく思い出されました。
オリンピックの試合と私ごときの経験を並べて語ってもしょうがないんですけど、でも柳本監督が「(イタリアは)殺しどころを知ってるね」って表現してたその感覚はなんとなくうっすらと判るような気がするんですよね。


2004年08月14日(土) 開会式で徹夜

フランスが思いっきり「ガリア」って紹介されてて驚愕>アテネオリンピック開会式。
いやそりゃそうなんだろうけどもギリシャの人から見ると。

それからアレキサンダー大王はギリシャの英雄だったですか。最近ずっと塩野七生の『ローマ人の物語』を読んでいた私の感覚とはズレてて、うーん微妙。オリンピックの開会式見るたび思うけど、国家の歴史をパッと見の絵にするって難しい仕事だよなあ。
それからこの歴史絵巻の実況で「このころ日本はどんな時代だったかというと、神武天皇が生まれた頃で…」と大まじめに言いくさったNHKハイビジョンのアナウンサーはかなり頭が悪いと思う。正気かお前。

夜、従兄弟がどっさり買ってきてくれたエビス黒生飲みながら女子バレーのブラジル戦。
毎年お盆の中日に上がる近所のお祭り花火を見物しなかったのって物心ついてから今年が初めてかもしれない。今年はおばあちゃんの供養花火もあったのに。
ごめんねおばあちゃん、花火は来年も見られるけどオリンピックは4年に一回なのそして吉原が出るオリンピックはこれが最後かもしれないの。


2004年08月13日(金) 真夏のお餅つき

うちの実家では何故かお盆にも餅つきをします。
うちの在のほうでもあんまりメジャーな風習ではないような気がします。多分いろいろゲンかつぎ癖があった祖母あたりが始めちゃった「ウチ風習」だと思うんですが、祖母亡き後もこうして継承されています。
つか田舎では何かイベントがあるたびに何かと言えばとにかく餅をつくので、結局ただ単にみんな餅が好きなんだと思います(笑)。

さて、杵を握ってぺったんぺったん搗くのは力が要るので基本的に男仕事なんですが、今回なぜか私も搗かされました。ははは。
朝とはいえ真夏の晴れた日にひと臼フルで搗かされますと、さすがに滝汗です(比喩でなく物理的に)。だー。

あんこは私が炊きました。小豆1.5kgに対して赤ざらめ・三温糖・白砂糖あわせて1.75kg超のヘヴィー級つぶあん。低糖質ダイエッターやお料理の専門家が聞いたら卒倒しかねない暴力的なまでの分量ですが、うちのおばあちゃん直伝の味を再現しようとするとこうなります。でも食べてくれた人にはおおむね評判がよかったようで、なによりなにより。


2004年08月12日(木) 宇宙の海は俺の海

田舎の海で、父の船に初めて乗せてもらいました。

父の船、と言っても彼が退職金をはたいて買った個人用釣り舟、いわゆるトレジャーボートという小さな船ですが。
それでも船は船。軽油で動く5人乗り。ライフジャケットをつけて艫に座れば、当たり前だが波が来りゃ揺れる。体を傾げば船も傾く。
艫綱や舫いを解くと明らかに揺れの質が変わって、それだけですでにビビる私。
どこにも繋がってない状態で海に浮かんでるんだから当たり前なんだけど、なんだけどでもそれって実はもの凄いことなのではっ、つかマジでこれでほんとに泳ぐの?じゃなかった、えーと、走るの?海の上?マジで?とーちゃんの運転で?マジで?マジで?だって落ちたら溺れるし!鮫とか海豹とかいるし!ちょっと待ってストップやっぱりもう一度考え直させてくだたいおとーさま!!

と瞬間的にパニクる私の心だけを置き去りに船はこともなげに湾内に滑り出しました。

いやー。

なんというか。

海は、船だよ!
船だったら船だよ!
海を語るなら、船に乗らなきゃダメなんだよ!
堤防で釣り糸垂れてるだけで海を云々言っちゃダメなんだよ!
何がダメって言われても説明できないけどとにかく全然違うんだよ!
海は、船なんだよ!!

というくらいそれは激烈な体験でしたです。

わたくし、家から5分で波打ち際という環境に生まれ育ったはずなんですが、それでも今更ながらなんかもう諸手をあげて海に降参って感じです。
海ってすごいです。その海をゆく船もすごいです。
唐突なようですが、ムーミンパパはなぜ海を渡って無人島に行かなければならなかったのか、そしてキャプテン・ハーロックはなぜ宇宙海賊にならなければならなかったのか、その理由ひとつひとつがこの歳になって船に乗って初めて腹の底から理解できたような気がしました。
今、自分はどこにも繋がっていない、というあの自由自在な感覚、どこからも切り離された状態で波を切って進んでいくときのあの浮遊感、疾走感。
いっぺん知ってしまったらもう昔へは戻れない、みたいな、ちょっとヤバいくらいの強烈な気持ちよさがありました。

それから何が一番感動したって、艫から後ろを振り向くと、スクリューが蹴立てた白波が勢いよく跡を引いていて、そしてそして白いカモメが、ほぼ目線の高さでまっしぐらにこちらを追いかけてくるんですよ。
港のカモメにはエサのおこぼれ目当てに漁船を追いかける習性があるので、こちらの船の立てる白波を見て漁船と間違えて追いかけてきちゃったわけですが、なんというかこんなに小さい船でも港カモメの兄さんに「船」として認められたんだって気がして、むやみに嬉しかったです。

若葉マークの父について一緒に乗ってくれた元・漁師の小父さんが、実にいい味出してる人でした。
魚群探知機やレーダーの見方、沖で霧が出て独りになると周りが全然見えなくなってものすごく怖いことや迷ったら太陽だけが方角を知る手がかりになること、いろいろ教えてくれました。
たとえ世の中にどんなに便利な機械があって使いこなして暮らしているつもりでも、いざとなったらこういう人には絶対かなわないんだろうなあとしみじみ思いました。

以下余談。

一緒に乗った甥っ子曰く「そらをとんでるみたいだった」。
そういや宇宙と書いて「そら」と読むのは富野由悠季ワールドですが、松本零士ワールドでは宇宙はどっちかというと海っぽいような気が。喫水線から下の赤ペンキを丸出しにしてまで宇宙空間に戦艦を浮かばせてしまった松本零士の力技はやはりすごいのだなあ。
などと帰宅して主張していたらそれを聞いた甥っ子父曰く「それは日本が海洋国だからだ」。それが証拠に、アメリカ大陸産SFのスター・トレックシリーズでは、「宇宙はわれわれに残された最後の“開拓地”だ」というフレーズがあるんだそうな。なるほろー。


2004年08月11日(水) なつやすみ

会社の昼休み、大慌てで銀座のデパ地下に走り、お盆の帰省みやげ用の菓子折りをドカンドカンと買い込み一気に地方発送。
一言で帰省みやげと言いますが、やれあの親戚の新盆用にだのやれあの親戚の子供用にだのと数もカサも膨大すぎてとても自力では持って帰れません。大荷物引きずって帰省ラッシュの特急に乗り込む労苦を思えば、宅急便代なんて安い安い安い!!

かくして夕刻。
「これから8時の特急に乗って田舎に帰るんです〜、すみませ〜ん〜」
といまだ残業中のオフィスを飛び出してゆく私の背中に後輩が一言、
「あ、お土産は“ままどうる”でお願いしま〜す」。

お土産に追われて過ぎるお盆かな。ううう。そんならついでに柚餅子もつけてやる!


2004年08月08日(日) 元祖・湯の花まんじゅう

基本的に今回の伊香保行の私的コンセプトは「timutaさんご案内・おもいでのアルバムめぐり旅」。
昔来た時はあんなだったこんなだったと思い出話を聞きながら、田舎の温泉街をのんびり歩き回るのはことのほか楽しかったです。

さて、今回のただ一つの私的ミッション、それは「伊香保名物・元祖湯の花まんじゅう名店コンプリート」(笑)。
すみませんあんこモノ好きなんです。

なぜに伊香保が湯の花まんじゅうの元祖と言い張るかというその能書きは別途調べていただくとして、とにかく伊香保には湯の花まんじゅうの店が町じゅう至る所にあるんですなこれが。
とりあえず私は伊香保神社下の勝月堂から田中屋・清芳亭・大黒屋とメジャーどころの4軒を食べ比べてみました。バラ買いができないところではどーんと箱で買いました。大黒屋さんに及んでは最初にバラ買いして味見したらおいしかったので、もう度戻って箱買いしてしまいました。この2日間の間に温泉まんじゅうをいったい何個食べたのか、もう覚えてません。つか恐ろしくて数えられない。これこそつきあわされたtimutaさんは災難だったと思います。すまん。

私的に好きだったのは「大黒屋」さんの湯の花まんじゅう。あんこも皮もしっかりした味わいがあって思わずお茶が欲しくなる、非常にまっとうなおまんじゅうの味。
石段街からはちょっと外れた路地沿い、昔どこかで見たようななつかしい風情の店構えの中で、実直そうな小母さんが少し恥ずかしそうに「おまんじゅういかがですかー、おいしいですよー」と呼ばわっているのがなんだか可愛いです。
私が「すみませんまた来ました、今度は箱で下さい」とお店に入っていったら、小母さんはやっぱり少し恥ずかしそうに「ああ、そう、おいしかった?」と笑って、ふかしたてのおまんじゅうを九つ、箱に包んでくれたのでした。


2004年08月07日(土) 上州名物

きらめく稲妻、轟く雷鳴、ってそれは「変身忍者 嵐」の主題歌。

と思わず笑ってしまうくらい上州名物の雷様はすごかった。
バキバキッ(稲光)、ドガンドガゴンガラガランドガドドドン(雷鳴)(つか地響き)。うーおー怖えぇぇぇーーー。
常磐の雷様なんか比べ物にならん。ナメてましたすみませんすみませんおヘソだけはとらないで下さい。
ひさびさに腹の底から全身ビビリました。ええそりゃもうある意味これが体験できただけでも群馬に来た甲斐があったとすら思うほどに。

ビビリ入った後の温泉はつくづくと身にしみました。&刺身こんにゃくウマー。上州牛ウマー。


2004年08月06日(金) 時よ止まれ、お前は美しい

サザンオールスターズのオリンピック・ソング、「君こそスターだ」。聴くたび胸に熱く迫り涙溢れます。うっうっうっ。

なんていい歌なんだ。

思い返せばかつて「みんなのうた」を聴いた時も「TSUNAMI」を聴いた時も、そのたびに「ああ、こんないい歌を今聴いてしまったらもうこの先これを超える名曲は聴けないのではないだろうか」などといらん危惧を抱いたりしたものでしたが、所詮は凡人の杞憂でした。

♪稲村ガ崎は今日も雨〜、というこの歌の出だしには、感慨深いものがあります。
なぜならばこの稲村ガ崎、実は近年砂浜の侵食が激しくなり、安全上の問題が出てきたということで、昨年の夏に海水浴場は閉鎖されてしまっているからです。
桑田さんもむかし「稲村ジェーン」という映画を撮ったほどですし、そこで夏の日を過ごしたことのある人にとってはきっと誰にとってもそれぞれに思い出深い場所でしょう。でも、そんな美しい場所でも、いつかは波に削られ消えていく。それは誰のせいでもなく、時の流れと、自然の潮流の変化によって。
この歌には、そんなふうにいつかはきっと消えてしまう限りある生命のものが、それでもひととき人々の眼前に広げて見せるどうしようもない輝き、かたちには決して残せないその瞬間の美しさみたいなものへ向けて、刹那であることを知りながらそれでもくりかえしくりかえし投げかけるエールのような、そんな切なさがいっぱい詰まっているような気がするのです。

オリンピックという大きな波を前にしてこんな絶妙な上にも絶妙な歌をあやまたず繰り出せる桑田佳祐という人は、まさに稀代の天才であり、世界に誇る日本の財産だと思います。

明日、全日本女子バレーボールチームがアテネへ向けて旅立ちます。
どうかこれからの何週間かが、彼ら彼女らの心身に多くの実りを与えてくれる輝く季節でありますように。


2004年08月05日(木) 母の背中

『Number』608、吉井妙子氏の文章の続きを読む。
辻知恵選手とお子さんの真一郎君とのエピソードにかなりグッと来たです。私は子供の頃、わりと真一郎くんと似たような境遇にあったので。

周りにいっぱい人がいて、その中のポジションについている母はたとえこちらを見ても硬い表情のままで、私の泣き声は多分聴こえている筈なのに肩をいからせたまま遠ざかっていく無言の背中は、いつも何かもどかしそうで怒っているみたいに見えた。「母ちゃんはお仕事だから甘えてはいけない」、ああ、そうだよ、そうなんだよ!(涙)

いいんだ、泣いていいんだよ真一郎(<既にダチモード)、だってやっぱりお母ちゃんがそばにいないのは悲しいもんな、だけど君だけは解ってやれ、どんなに冷たくされてもそれは彼女には彼女の理が、訳があっての厳しさなんだと心の底の底では解っていてやれ、そして君がもう少し大きくなったら、その強い母がたとえば傷つき倒れた時、それでもきっと歯を食いしばって立ち上がろうとするだろう彼女に、そうだそれでこそ俺の自慢の母親だと、そうでなくては面白くないと、そう言って力いっぱい励ましてやれ。


2004年08月01日(日) Zの旗の下に

ANIMAXのロボ特集を見ていたらZガンダムの主題歌「Z・刻をこえて」までもが吉原選手のイメージにカブって聴こえてきて、我ながらかなり暑さが頭にキてるなあと。

なんだかこの頃暑過ぎて曜日の感覚すらオボロゲです。


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