かっしーのつぶやき
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| 2003年06月29日(日) |
夢はつまり想い出のあとさき |
というのは日本映画屈指の名作『少年時代』の主題歌(井上陽水)の歌詞。 いや、そういえばこの物語も富山県が舞台で、富山弁たっぷりで、そして地名は「風泊」だったな、と…。
私はこの『少年時代』という映画がそれはそれは好きで、たまたまTVで放映してたりするのを一度目にしてしまうとそれこそ「少年時代バッチ処理」みたいになって有無を言わさずそのまま最後まで見続けてしまうんですが、このところケーブルTVで篠田正浩特集をやっている関係でこの作品が頻繁に放映されまして、そのたび実生活に支障がでておる次第です。
で、これは早急にDVDを購入すべきかと思いネットで探してみたんですが、いくら探しても見当たりません。
どういうことですか?まさかこの日本映画屈指の傑作にして不朽の名作『少年時代』が、この国でまだDVD化されていないとでも?!(愕然)
「風のなごり」新橋演舞場公演、千秋楽おめでとうございます。 この蒸し暑い季節にほぼ一ヶ月間の通し公演、出演者の皆さんには本当にお疲れ様でした。 京都南座公演、観に参ります。更に練り上げられた舞台を観るのが、また楽しみです。
あー、それから。先日「風のなごり」を観劇した我が母上は、とうとう今年こそは本物の「風の盆」を見に9月の富山へ行くことを決めちゃったそうです。ううむ。恐れ入りました。彼女にとって本当に長年の憧れのカーニバルだったんだなあ>風の盆。
| 2003年06月23日(月) |
素敵な夢を叶えましょう |
私としては「そうか、まだ一年しか経ってないんだ…」とぼんやり思っています。 ここ一年間は個人的にもいろいろあったので、実際よりももっとずっと長い時間が経ったような感じがあるんですね。
そういえば去年のあの初夏の頃にも、やっぱり京都へ行ったんでした。 チャーちゃんとは何の関係もない旅行でしたが、初夏の京都はしたたるような緑が目に沁みるほどに美しく、何を見ても何を聞いても心はことごとくチャーちゃんに結び付いてしまって、ひどく切なかったのを憶えています。 まさか約一年後にそのチャーちゃんが出演するお芝居を観るために京都へまた行くことになるなんて、その時は想像もしませんでした。
また夏が来て、サザンを聴いて、やっぱり胸は痛むけどでももう去年と同じ痛さではなくて。 そんなふうに、私も一日一日を重ねています。
と言っても雨をついて新橋演舞場にまた行っちゃったよん、という意味です。 観て来ました「風のなごり」2回目。以下観て感じたことなど思いつくままに。ネタバレ大いに注意のこと。
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この土日を利用して、私の誘いにまんまと乗ってくれた(5/13付日記参照)我が母上&叔母上というグレートシスターズが来襲、じゃなくて上京。 土曜日には日本橋で買い物して赤坂で中華食べて新宿でフラメンコショー見て虎ノ門に泊まってそして日曜日は新橋演舞場で「風のなごり」観劇、というものすごいスケジュールですが、この梅雨空にもめげず本人達はいたって元気&いたって乗り気。
よく考えてみると我が母上は昭和16年生まれなので舞子ちゃんの設定上の年齢とそんなに変らないんじゃないかなあと。我が母ながらこのヒトは、なんでも少女の頃こともあろうにミュージカルダンサーに憧れていて、中学3年生の時、学校の進路相談申告用紙に大まじめに「進路:SKDに入りたい」と書いて先生と親と両方から大目玉を食らったようなヤツだったそうで(まあ、そんなヤツだからこそいまだに「おわら風の盆=リオのカーニバル説」をリリカルに語っちゃったりするわけですが)。とまれそんな彼女がこの「風のなごり」を観てどんな感慨を抱くのか、私としてもなかなかに興味があるところでございました。
というわけでそんなグレートシスターズには「終演後にはなにとぞ忌憚のないご感想をいただきたく〜」とだけ言い添えて、開幕。
* 「もう逃げるのは嫌。俊ちゃん、あたし、踊りたいのよ。ここの舞台で踊ってるようなダンス」 「土下座でも何でもしたらいいじゃない。こんなふうに逃げ回ってばかりじゃ、先なんてないのよ」
このセリフのあたり、今日はあんまり女女していなくて、しっかりした声音に聞こえて私としてはかなり好きな感じだったんですが、すかさずその脇でグレートシスターズは「なかなかドスが効いているわね」などと言い合っていてガクー。こういう感覚って人によってほんとにまるで違いますのう。 でもそんなこと言いつつ、一方で我が母上は随所であっぱれ見事な拍手リーダーだったのでした。どのくらいリーダーかというと、2幕冒頭の「Shall We Dance?」の後、上手で舞子ちゃんと東田君が洋楽いろいろ口ずさみつつ話すシーンで、舞子ちゃんの後足上げポーズがチョンと決まった瞬間にすかさず拍手入れてたくらい(笑)。 * 「あのきれいな、八頭身の、日本人ばなれしたバタ臭ぁーい顔の、なんていうかこう、あああ厚化粧のグレタ・ガルボみたいな人」
今日の舞子ちゃんの形容詞by耕作さん。 * 「私は、英霊の妻です!」
このセリフ、たとえどんなにコミカルな言い回しであっても、1969年生まれの私がそれに笑ってしまうというのはこの国の歴史というものに対してあまりに不遜に過ぎるのではないかと内心思っていたんです。でも、本日再見するに、周囲のお客さんで明らかにその昔まさに英霊の妻であったり娘であったりしたとおぼしき年代の方々も、皆あはははと笑って見ていらっしゃる。なんだか不思議な感じでした。舞台の上のお話は確かにフィクションなのだけど、今こうして座っている観客席一人一人の中にまちがいなくそれぞれの日本近代史が在るのだよなあ、と当り前のことを改めて思わされました。
私は英霊の妻というと坂口安吾の『堕落論』を思い出します。だからあの女の人が大旦那さんを「順ちゃん」と呼ぶのを聞いているうちに、なんだかだんだん泣けてきました。「あんた俊ちゃんて呼ばれてるんだってね、私は順ちゃんて呼ばれてるの」っていうセリフにも、なんだか深い人生の味があるんじゃないかって気がしたりもして。
* 「…あたし、甘えてたね。何もかも俊ちゃんに背負わせて、ごめんね。こんなあたし、重かったでしょう」
ううう。せつないのう。舞子ちゃんのこの独白のあたりでは、私も含め客席のあちこちがもらい泣きしてました。 言ってる舞子ちゃん本人もぽろぽろ泣いてたし、それを聴いてる俊太郎さんも目元がうるうるしてましたですよ。
ううう。そうなのよ、生きていると、どうしたっていろんな出会いと別れを経験してしまうものなのよ。そのときにはどうしようもないことも、ずっと後になってからやっと解ることも、長い人生のうちにはどうしたって、あるものなのよー。 舞子ちゃんが去った後、俊太郎さんがくしゃくしゃの白いハンカチを取り出して無造作にごしごしっと目元を拭ったんですが、その何気ない仕草の中になんというか人生の実感みたいなものが滲んでたような気がしましたねえ。
* 「ひとつ取り戻したと思ったらひとつがなくなる。人生、思うようにはならねえもんだな」 「思うようにはならないことが、誰にでもあるがいよ。 誰もが自分の好きなように生きられるなら、誰が歌を歌うが?誰が踊るが?」
だーーーー(滂沱と流れる涙の音)。
「レディ・ゾロ」を観た時も思ったんですが、私はこの西川さんという演出家の、物事の考え方が好きみたいです。 なんというかね、自分でも忘れていた遠い昔のオサナゴコロみたいなものを、呼び覚まされる感じがするんですね。どうしてなんでしょう。
* 今日の新内は新内仲三郎さん、おわらは加賀山昭さん。この世の果て、彼岸と此方との境界から、いんいんと響いてくるようなその声音。お二方とも、凄まじい芸でした。
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そんなこんなで無事観終わりまして、グレートシスターズの本当に忌憚のないご感想の数々をうかがい、そのあまりの視点の斬新さに一同ゲラゲラ笑いながら朗らかに東京駅へお見送り。 私らがいらん前情報を吹き込んだからかどうかは知りませんが、彼女たちにもバッちゃん@藤本隆宏さんはなかなか好印象を与えていたようでした。 我が母上の表現によりますと、舞子ちゃんとのデュエットダンスシーンで彼が「ハイ、匠さん、ボク受け止めます!ボク待ってます!大丈夫ですから、さあ、どうぞ!」みたいなヒタムキな視線を一生懸命チャーちゃんに送っているその気配がすごく好ましかった、んだそうな(笑)。
かくてグレートシスターズは本当に雨にも湿気にもめげることなく、元気に東京を謳歌して故郷へ帰っていったのでした。お疲れさま〜。
そして私は、「風のなごり」新橋演舞場公演の観劇は今回にておしまい。次は京都南座に参上いたします。
観て来ました「風のなごり」。以下観て感じたことなど思いつくままに。ネタバレ大いに注意のこと。
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* 「風のなごり」、ごく素直にまっとうな良い話でした。もう少し男女のメロドラマ調なのを予想してたんですが、メロドラマというよりは人情もの、とでもいうか。観終わったあとは、なにやら夏の夕立の後のお空のような気持ちでしたね。
多岐川さんが、たとえ作業着にゴムの前掛けをしてケラケラ笑っていても、まるで白い芙蓉の花のように美しかったのが印象的でした。 あー、あとやっぱり波乃さんはすごかった。うまい、っていうのはこういう役者さんのことをいうんだろうなあ…。
* そして舞台美術がとにかく素晴らしい。小道具もとことん凝ってて、お花やらソファやらほんのちょっとした所まで手が入ってる感じなのが見ていて気持ちよかったです。3幕ラストあたりの照明とか、もう心憎いばかり。
* さて、前情報でチャーちゃんの演じる西野舞子さんの芸名は「チェリー」だと聞いて、アホな私らはヒソカに「あの時代でチェリーっつーとやはりあの♪わーかいムスメが、うっふーん♪のチェリーなんだろか」とか冗談言ってたんですが、そしたらさすがにチャーちゃん本人じゃなかったけど思いっきり本当に花道でダンサーお姉さんズに歌われてしまいましたですよ、水玉フレアスカート姿で♪黄色いサクランボ〜♪を。うおお。
* そして問題の舞子ちゃんは、その黄色いサクランボ〜♪の歌の後にキンキラのついた黄色いロングドレス着て登場。 ひとりだけロングドレスで周囲の人との対比が鮮やかなせいか、思ってたよりもずっと背が高くそして頭が小さく見えて、改めてびっくり。
* 個人的に超気になっていたバッちゃん@藤本隆宏さんは、チェリーさんにちょっとホの字の、気のいいダンス仲間というような役どころ。 いかにも当時のキャバレー舞台用って感じの胸元にフリフリがいっぱいついた水色のシャツがヘンに似合ってて、雰囲気出てます。
藤本さんの、あのガタイのよさから醸し出される独特の暑苦しさ(注:褒め言葉)って、どことなくあのマイトガイ小林旭に通じるものがあると思います。ああ、あえて念のために申し上げますがこれは決してギャグな意味ではなくてですね、あの彼の厚い胸板とかパンパンの太腿とかそういう「姿」そのものから生まれる密度の濃い存在感には、もう理屈じゃなしに、観ている人を否応なくどーんと昭和30年代へ運んでいってくれる視覚的説得力みたいなものがあるんですね。これは私、うかつにも実際に観るまで気が付きませんでした。ある意味、彼は実にナイスなキャスティングなんではないかと思います。
* そして同じようにチャーちゃんにも、セリフでくどくど説明しなくても彼女があのプロポーションで登場するだけで、観る人に「ああ、この娘は本当はこんな田舎や場末にいるべき人じゃないんだろうな」みたいに思わせてしまう、なんというかもうどうしようもない異分子感(いい意味の)みたいなものがある。
作中、いわば八尾(田舎)代表みたいな位置付けの耕作さんが、東京(都会)代表みたいな俊太郎さんに向かって舞子さんのことを「あの八頭身の、厚化粧のグレタ・ガルボみたいな人」って表現してたところがあるんですが、あれって、「厚化粧の」ってところに紛れて一瞬気がつかないんですけど、ある意味すごいセリフだと思うんですね。だって「八頭身」の「グレタ・ガルボみたいな」人、って表現して「ああ、あの娘ね」ってみんなに通じてしまう、そういう姿形を持った人なんだってことなんですよ、あの舞子ちゃんという娘は。 そういう一種異様な容姿を持った人というのが、周囲の人間にどういう印象を与えるものなのか。
「薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク ナニゴトノ不思議ナケレド」って歌ったのは、あれは北原白秋でしたっけ。
彼女があのどうしようもなく日本人ばなれした容姿を持っているからこそ、最後に舞子というキャラクターが選びとる道に、セリフで説明する以上の強い説得力が生まれるんじゃないかなと私は思うんですね。
* 1幕の最初ではヤクザに凄まれてガタガタ震えて「俊ちゃ〜ん!」って怯えてた舞子ちゃんが、2幕で実際に俊太郎さんに置いていかれてみて、イザとなったらしれっと「誰のことですか?」「あの人にはマネージャーをやめてもらいました」と知らん顔して言いぬけることが出来てしまった。 あの時の、怖くて蒼白になりながらもとっさの機転でハッタリかましちゃった、そんな自分に自分でびっくりして混乱してる、みたいな何とも言えない複雑な雰囲気が良かったです。その後俊太郎さんが残して行った煙草とライターをそっと手にとって胸に抱くんですが、その仕草が、ああもう本当は彼女はただ心細いだけじゃなくなっちゃったんだなあ、って感じがして。
* 「いろいろ、話してくれて、ありがとう」と舞子ちゃんが琴子さんにお礼を言ってぺこりと頭を下げる仕草が好き。 私は、チャーちゃん(の演じる役)が、年上の女の人とからむのが好きなんですわ。「レディ・ゾロ」でも、ジェシカ様とちょっとだけからむ舞踏会のシーンが大好きだったし。だからここも好き。
* そしてそして、舞子ちゃんが最後の最後に花道で振り返って俊太郎さんに手を振るんですが、その時の、そろそろと右手を上げる仕草、これがまた何ともいえず切なくて、良かったです。
手のひらをね、ぱっとは上げないんですよ。そーっと上げるの。なんだか、「あ、あたし今、バイバイしようとしてるんだー…」って自分自身でその瞬間・瞬間、思いながら手のひらが上がっていく、みたいなそんな感じが、そのほっそりした姿とあいまって、なんとも切なくて。 その、自分の気持ちとはぽかんと離れた感じでそれでも身体は動いていってしまう感じ、「ああ、今、終わっちゃうんだ」って他人事みたいに思えてしまう、そんな別れの場面の切なさが、舞子ちゃんのその背中や細い腕やちっちゃい手のひらから、ほろほろほろほろこぼれていくみたいで。
そして手を振る。子供みたいに、ひらひらひらって。そしてくるりと踵を返して、ひとりで、いっしんに駆けていく。
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その他いろいろ思うことは多々ありましたが、なんせ長くなるのでそれはまた後日。 舞子ちゃんのことを中心に思い出ししてたら、なぜか「夢の途中」ってあの歌が頭の中を回ってしまいましたですよ。照れますね。
♪ スーツケースいっぱいに つめこんだ 希望という名の 重い荷物を 君は軽々と きっと持ち上げて 笑顔見せるだろう ♪
| 2003年06月04日(水) |
Shall We Dance? |
My初日は来週、6月8日です。
…。
うわああああああん観たいよう!早く観たいよう「風のなごり」! 耐えろ私!負けるな私!My初日開幕まであと80時間(だいたい)!!
| 2003年06月03日(火) |
ハマのキャバレーにいた |
それは上海帰りのリル(笑)。
とか言ってるうちに明日はもう新橋演舞場6月公演「風のなごり」の初日じゃないですか!舞子さんの初舞台じゃないですか!! 思い余って今日の昼休み、用もないのに自分のオフィスから歩いて10分(笑)の新橋演舞場までわざわざ行ってみた私です。もちろん誰に会えるというわけでもなく、ただ単に行って劇場入り口に掛かっている大きなポスターのチャーちゃんをしみじみ見上げて帰ってきただけなんですけど。
思うに私は、チャーちゃんの舞台姿の、あのなんとも言えない気配そのものが好きなんですね。 それがどんな類の芝居であれ役であれ、舞台の上の彼女の見事な立ち姿からあの凄絶な「何か」が、私には言葉にすることもできない「何か」が陽炎のようにたちのぼる、その一瞬を目撃するだけで、途方もなく嬉しくなってしまう。
そしてまた今度の新しいお芝居で、私は彼女に何を見るでしょう。 もうすぐ、初日の幕が上がります。
…ってMy初日は来週なんですけども。うう。
『坂の上の雲』のお返しに、ってわけでもないんですがtimutaさんの強力なプッシュを受けて、北村薫の『街の灯』(文藝春秋)を読んでます。 明治男の戦争物語の次は、戦前のご令嬢の謎解き話。
この『街の灯』、極私的な感想をあえて申せば、これを読むことで今やっと「サクラ大戦」やら「マリみて」やらの仇を討ってもらっているようなところがあります。 うまく言えませんがニュアンスで判ってくだされ。ああ、それからターカーラーヅーカーのー仇もちょっと討ってもらってるかなハハハハハ。
それにしても、こういうお姉さま小説というかお嬢様ものという感じのジャンルには、やはり「まるで宝塚のスターみたいな」と表現されるような印象のキャラクターって必須なのだなあ、とつくづく思わされます。 頭の良い人ならばここで一節お説をぶつところなのかも知れませんが、私なんぞは今読んでいるあたりでベッキーさんがいきなりマリア・タチバナ化したりするのがいよいよ面白くて、むずかしい理屈を考えている余裕もございませんのでなにとぞご容赦のほどを。
読書ってたのしいなあ。
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