かっしーのつぶやき
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2003年04月27日(日) レディ・ゾロ観戦記 9 明日もどこかでレディ・ゾロ

* いよいよ千秋楽。
 実は今日私が感じたことや言いたかったことのほとんどはtimutaさんの千秋楽の日の日記に書き尽くされているので、もういまさら私のヘタレな文章で書かんでもいいかとも思ったんですが…。
 まあ観劇記念代わりにひとくさり。

* 前楽を見終え、そしていよいよ残りあと1回!の千秋楽直前の午後。劇場に入ろうとしていたら、はからずもチャーちゃんのお母様・お姉様・甥っ子ちゃんたちと遭遇。甥っ子ちゃんたちの眼光の凛々しさ&お姉様の骨格に血のつながりを感じました。お姉様はその後姿までもがチャーちゃんに似て華奢でかつ美しかった…

* 劇場入って1F正面、等身大のレディ・ゾロの立て看板とも今日でお別れ。なんだか名残惜しくなって「じゃあね、タニア」とか言いながら近づいていってしみじみ眺めてみました。…ら。立て看板の向かって右下あたりに、今までは無かったはずの金色の文字が。どこかで見たことのあるその筆跡をたどれば、それはチャーちゃん本人の直筆サインでした。いつ書いたんだろう?昼の部始まる時は無かったような気がするんだが。それとも朝からこうだったのかなあ。
そして、
 「有難うございました.匠ひびき」(※署名部分はサインの形)
と金色マーカーで書かれた文字のさらに左下側に、なにやら判読の難しそうな文字のようなものが。
しゃがみこんで間近で見てみたら、なんとそれはチャーちゃんの筆になるキスマークの絵と「チュッ」という文字だったのでした(爆笑)。
…。
いやー。それまでは「もう今日でお別れなのね、レディ・ゾロ…」としんみりムードでいたんですが、このチャーちゃん本人が書いたキスマーク絵&SE「チュッ」の文字を見た瞬間に、一気にドカンと明るい気持ちになりましたね。「そーよー、私が終わらないと思えば終わらないのよーレディ・ゾロはー」みたいな。ものすごい勝手な思いこみ。でも本音。

* 千秋楽をしみじみ見る…はずが、昼の部を観ている時、あの「♪ロスアンジェルス〜へ、よ〜う〜こ〜そ〜♪」のあたりでふと「あー、夜の女の皆さんのお衣装、バカバカしくて好きだったなあ、西洋花魁みたいで…」とか思ってしまいまして。以後、

「このシーンって言わば日本の江戸時代の吉原とかで紅格子の中から袖を引いたりするのとノリは同じだよなあ」
「そもそもレディ・ゾロって根本的に西洋チャンバラなんだしなあ」
「だいたい男装の女剣士が父の仇討ちに立ち上がる、なんていかにも時代劇にありそうな筋書きだよなあ」
「ああそう考えるとレディ・ゾロってそのまんま日本版時代劇にも出来ちゃいそうだよなあ」
「快傑・黒狐?」
「その娘の快傑・紅狐?」
「わあそう考えると権謀術策をめぐらす悪代官も昼行灯に見せかけた剣豪も忠義者の老家令も役立たずの岡っ引も威勢が良くてはしっこい町の若い衆も酒場の女将もお家乗っ取りも薄倖の奥方様も不気味な人斬りフェチ侍も腕の立つ奥女中も、えーとそれからそれからとにかくこうやって漢字表記するだけですぐジャパニーズ時代劇に即移行できちゃうくら時代劇的な道具だてが何もかも揃いまくってるんだなああの話」

 …等々の世にもバカなイマジネーションがさながら邯鄲の夢の如く湧きあがり脳内を激走していったのでありました。
そう考えれば考えるほど、どうりで時代劇好きの私らが大ハマリするわけだよレディ・ゾロ、って感じです。そういや私ら、チャーちゃんがヅカを卒業する間際の頃にはすでに将来女優になったらぜひ一度時代劇に出て欲しいなあとかできることなら女忍者or女ねずみ小僧あたり熱烈希望とかさんざんアホなこと言い散らしてたような気もするし。
 ああ気がつけばすでに叶っていたんだわ夢が!今更だけどもう一度言うわ、私のためにありがとう、レディ・ゾロ!!

 まあそんなふうに突発的なアドレナリン放出発作に襲われてみることも、また楽日ならではなんでしょう。

* 千秋楽ということでいろいろアドリブがたくさんあったけど、一番好きだったのはルドルフさんの「おはよう、ベルナルド〜」改め、「ただいま〜、ベルナルド〜〜」でしょう。今回は飲みすぎどころか朝帰りだったらしい。いかにも遊びなれた金持ち不良おじさま、という感じで粋ですなあ。しかもそれに「お帰りなさいませ」と返すベルナルドさんがこれまたステキ。

* レイモンドとの舞踏会の掛け合い歌、毎回すごくドキドキしてました。
「あなたは今まで何ものにも激しく心を動かされたことはないのでしょう」と歌いながら、タニアは「それは私もおなじことかもしれない」「今まで心を誰にも動かされなかったことも、そして今、初めて心が揺さぶられていることも」「同じなんだ、わたし」って自分に自分で気がついて、愕然としてるんじゃないかなあ、と思えて。あれはある意味すごく隠微な、こわい会話なんじゃないかと思うんです。聞いていてすごくドキドキした。なんというか、レイモンドさんの存在がね、怖いくらいに、舞台じゅうに広がってて。
 あれは私、歌じゃなきゃいけなかったんだろうと思います。あの、隠していた(もしくは、自分では気付かないふりをしていた)心の襞がひとつひとつ広げられていくような、同時に壁に追い詰められていくような感じは、歌に乗せたほうがよりドラマチックに伝わっただろうな、と。

* あのジェシカ様が最後のソロで、声を詰まらせてしまいました。泣いていらしたんだと思う、多分。
 ジェシカ様の歌に関しては私はひたすら心を任せきって聞き惚れるのにある意味慣れていたから、涙声が乱れたときには、はっとしました。ああ、あなたがそんなにも、って。これまたうまく言えませんが、もうその印象はキャラクター云々というより、そこにいる人間そのものでした。土居裕子という人とジェシカ・トーラスという人と、どちらか片方なのではなくてそのどちらでもある、有機的に統合された、ひとりの人物の存在感。それそのものに、感動しました。
 舞台で生の歌声を聞く意味の真髄みたいなものが、そこに迸っていたような気がします。

* ベルナルド役の治田さんが腰を痛めてしまったらしい、ということは伝え聞いていたのですが、昨日、実際にお盆アクションその他舞台上の動きをいろいろとアレンジして身体への負担をできるだけ減らしてあるのを目の当たりにした時には、ご本人も周囲の皆さんも大変なのだろうなあと胸ふたがる思いでした。心弱い匠ファンの私は、いくらもう過去になったことと思おうとしていてもどうしても去年の春頃のあのことをいろいろと思い出してしまうわけで。
 今、一番つらいのは治田さんご自身、そして私にできるのはその時その時に精一杯の拍手を送ることだけ。こういう時って、当たり前のことが一番せつない。

 そんなことがあったので、千秋楽にお盆アクションが復活していたのには本当にびっくりでした。あの乱闘シーンで、ベルナルドさんがお盆を持って出てきた時から既に観客席からは「おお…!」というどよめきが。まさかと思ったけど、本当にでんぐり返しまで完全復活してるんですもん。あの瞬間、なんだか驚きと心配と感動とで万感胸にせまって心臓ぎゅうっと鷲づかみにされたみたいな感じでした。うまく言えないけど、「舞台って…!」(絶句)みたいな感じでした、うん。
 お盆アクションの後には、会場内は割れんばかりの大喝采。沸きたつ観客席を面食らったように見渡すベルナルドさん。
 …ほんとにもう。舞台って…!。

* 我が愛しのルイス・バステス少佐に心からの感謝と永遠の友情を送ります。
 公演終盤のころの彼とタニアの斬り結び合いには、なにやら昔のチャンバラ映画もかくやというような熱気と愛を感じました。

 で、これも双眼鏡使って初めて気付いたんですが、前半、新型銃の罠にかかったタニア達を捕らえに乗り込んで来た時の彼の目が凄いのなんの。舞台の上手奥から出てきて、もんのすごい眼光でハッタとタニアの顔を見据えると、ずんずん歩いて間合いを詰めて行って最後の一歩が止まるところまで、本当に一瞬たりともタニアから目を離さない!射すくめるとはまさにこのこと。見ていて素直に怖くなって、双眼鏡そらしたくなりました。こんな眼力の彼と対等にわたりあいあまつさえ斬り合いまでしちゃうチャーちゃんて、ある意味すごいと真面目に思いましたです。

* そして実は脇でお話を動かすキーパースンだったのではと私が勝手に思っているマリア・エステバン嬢。今までさんざん匠ひびきタニアをサイボーグ感だのアンドロイド調だの言ってきましたが、この久遠さやかマリアちゃんも結構ロボット系だったと私は思ってます。あの特撮系芝居(笑)がそう思わせるのか。いやいや、それだけではないでしょう。思うに、あのキリッとした眉と強い目元がいつも何かを思いつめてる感じで、どことなく『人造人間キカイダー』に出てきた若かりし頃の志穂美悦子@ビジンダーを思い起こさせるからではないかと(結局その辺かい)。
 千秋楽の例のシーン(笑)では、タニアに肩を抱かれて退場。後姿を見送りながら、ヒソカに「サイボーグ姉妹…」と思っていたのはナイショだ。

 「死にに行くの?そうやって一人で背負って、死にに行くの?あなたが死んだら、兄さんは」
 「違うわマリア、きっと戻ってくる。必ず、ルドルフを連れて」

 このやりとりがすごく好きだった。やっぱりいいです、この脚本。
 
* そしてタニアに恋したジュリアン君。そのセリフの中で、一番好きなのはこれ。

「たとえルドルフ・アンジェラスを殺しても、たとえタニア・ヴェガを殺しても、ゾロは滅びない。ゾロは不死身だ!」

なぜなら、ある意味これほどタニアに対して優しい言葉はないと思うから。

高貴な魂の証とは、立場は違えど何かの責任を自分の身ひとつに引き受けることだと思う。
そしてこのときジュリアンが叫ぶのは、「たとえお前が道半ばにして倒れたとしても、心配するな、後のことは俺たちが引きうける」という意味のことなんだと思う。
もうこれからは、お前ひとりがすべてを背負って戦う必要はないのだと。
もうこれからは、重い使命に轢き潰されそうになりながら孤独に耐える必要はないのだと。
私には、あの言葉は彼からタニアへの、ねぎらいの言葉みたいに聞こえる。

あの言葉を言い放った瞬間、タニアの背中に過去の英雄の幻影を重ねていた頃の稚い彼は完全に消えた。
そこにいるのは、ただ前を向いて、自分の足でまっすぐ立っているジュリアン・エステバン。

「たとえタニア・ヴェガを殺しても」
そんなきつい言葉であるのにもかかわらず、自分の背後からりんりんと響いてくるそのジュリアンの声を聞きながら、タニアが実に気持ち良さそうな、もうこれで後には何の憂いもないというような生き生きとした表情でレイモンドを見かえしていたのが、とても印象的でした。

* 「レディ・ゾロ」という物語は、夢を果たせず長い時を経た人たちの、再生の物語として読むことも可能だと思う。

 昔、志果たせず、その恋や夢や理想、愛する人、そういういろんな良き事が目の前から消し去られるのを涙を飲んで諦めなければならなかった、そんな人たちがいたのだと。その人たちが、それぞれ傷ついた心を抱えながら、それでも厳しい現実の間隙を縫うようにしてきっと枯れずに流れ続けているであろう(と、その人が命を賭けて信じているところの)「なにか、美しいもの」を、それこそ見えない地下水脈を確かめるようにすくいとりすくいとりしながら長い長い時間を耐えて持ちこたえて、そして時が満ちて、ふたたび現れた人に、その大切なことを遺し伝えよう、この身を挺して風雨から守ってきた美しいものをなんとか手渡そうとした、そんな切ない物語なのだと。

 お前は帰るべきところに帰って来たのだよ、と、それぞれかたちは違うけれど、ひとことそれを伝えるために、そして受け取るために、命を賭けた人たちの、それぞれの矜持の物語だと。

 「彼女」がいつ帰ってきてもいいように手入れされていた家、初めて足跡を残した人の名誉、「そのひと」と過ごした日々の思い出、忘れられない温もり、そして乾いた大地を流れるその水の、さわやかな冷たさ。

 「聞いてもきっと教えていただけないのでしょう?」 
 鈴を振るようなジェシカ様の声が聞こえる。
 「申しわけございません、これだけは明かしてはならないと先代のきついお言いつけで」
 笑みを含んだベルナルドさんの声が答える。

 そう、私はただ受け取ろう、ただ汲み取ろう、あの人たちが差し出してくれた、一杯の水を。
 荒れて乾いた心を潤す、つめたく、さわやかな水を。
 その水脈はきっと私の心の中に、いつまでも流れ込んでくるだろう。私の心そのものが、枯れてしまわない限り。

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 千秋楽、実は1階席のいっちばん後ろの列でして。これ幸いとばかりに、最後はもう、1回目のアンコールからガーンと立ち上がり思いっきり背伸びして頭上で大拍手しました。わはははは。その後観客席が総立ちになると、今度はびょんびょん飛ぶ&腕を振り回す&叫ぶ!ちょっとくらい涙で顔がぐしゃぐしゃでも、どうせ最後列だから見えやしないしもう本当にこれが最後の最後だし、もうこのまんまでいいや、泣いてていいや!イエー!レディ・ゾロ最高ーー!タニアーーー!みんなーーー!ありがとーーーーー!!!

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 …長々々々々々(∞)と書いてまいりましたレディ・ゾロ観戦記も、これにて一巻の終わりです。
 ここまでえんえん書いてきてそうして心の底に残るのは、やっぱり「もう一度観たい」という詮無い願いばかり。
 いくら言いつのったところでこればかりはどうしようもないから、せめてこれからも心の中で、楽しかった「レディ・ゾロ」の思い出ぜんぶ、ずーっとずーっと大事にしながら、生きていくことにします。

 …あとは、いただいた&買いこんだ資料を早めに役立てたいかなあ、と。(えっ…)<タニア風に


2003年04月26日(土) レディ・ゾロ観戦記 8 今日もどこかでレディ・ゾロ

というわけで今日・明日と、千秋楽まで一気に駆け抜ける4連続観劇。道頓堀の劇場と北浜のホテルの間をタクシーでひたすら往復するだけの2日間。なんておバカなんでしょう。でもこんなバカイベントを敢行することも言ってみりゃ一期一会みたいなもんで、明日また同じような楽しみが味わえるなんてそれこそ誰にもわからないし、楽しめるときに楽しんでこそ人生なのかも、…とか突如はるかに思ってしんみりと4月の大阪の空を見上げてみたり。まあそんなふうに突発的なナーバス発作に襲われてみることも、千秋楽前日ならではのことなんでしょう。

もうここまで来りゃネタバレ・乱文も無礼講ってことで、では観劇メモなど思いつくままに。

* 17日にたった1回来ただけなのになぜかすでに懐かしさすら感じてしまう大阪松竹座に着いて、まずは前回買いそびれた舞台写真を3枚追加購入。これで『レディ・ゾロ』の舞台写真は合計21枚買ったことになります。だはー。
愛しのバッちゃんの写真は無論フルで3枚買ってしまったし、実はタニアとのからみが個人的に大好きだったマリアちゃんの写真もヒソカに購入済だったりするわたし。タニアばっかり買いこんだかと思いきや、なんというかただ単にチャーちゃんのスチールを買うの〜って感じではなく、それはまるで卒業記念のスナップ写真を選ぶような感覚でして、「レディ・ゾロの思い出のよすがにこの人のこの1枚を…」(涙目)って感じで万感込めてあれこれ買い揃えたので、後から数えてみたらタニアは10枚でその他キャラが全部あわせて11枚という内訳でした。

* この日の席は7列目と9列目というどちらもとっても見やすい位置。最前列も臨場感あって好きですが、今日くらいの席だとやはり舞台の全体がつかみやすくて良いです。そんなグッドな席だったので今回は、東京公演でほとんど出番のなかったツァイスの8倍(アドミラル・トーゴーが黄海戦で使ったのと同じ倍率)でもって実にじつに久しぶりにしみじみとチャーちゃんの舞台姿を見たのでした。
 このへんは舞台上からの目線の高さ的にもちょうど良かったらしく、これまた実に久々に「視線キターーーーー!!」体験(笑)。
 それから、不覚にも私は今回ツァイス使ってみて初めて判ったんですが、冒頭の戦闘シーン、観客に向かって舞台真ん中で見得を切るところで、タニアってばウインクなんかかましやがってたんですね。えーと、セリフはうろ覚えですが、タイミング的には「あの男とこのわたし、本物のゾロはどちらか。とっくりご覧になって (バチン☆) いただこうか」。
 いっやー、懐かし嬉しかったです、ツァイスの8倍で見る匠ひびきさんの強烈眼光ウィンク!バチー!ギャー!(蒸発)みたいな。

* それにしても、匠ひびきさんの瞳はおっきいなあ。何もあんなにおっきくなくてもいいだろうにってくらい大きいなあ。 あの紅いマスクの目出し穴の大きさに、ほぼいっぱいいっぱいに広がってるんだもんなあ目が。
 それから、なんであんなにまつげの先までキラキラに光って見えますか?そりゃタカラヅカで永年鍛えに鍛えぬいた化粧を美しく魅せる技ゆえのことなんだろうけど、それにしたってあのただでさえいつも潤みがちな大きな瞳を、たとえば驚愕にハッと見開いたりなんかするとなんだかもう異様なまでにキラキラキラーーンとかして見えるのですよ。いったいなんですかそれは、電飾仕込んでますか?ってなくらい。私が愛用しているツァイス社の双眼鏡レンズというのは、特に視界中央部分の焦点の合い方が実に鋭敏なことでそのスジでは知られているのですが、その鋭敏レンズ視界の中で捉えてみますと、彼女の瞳の輝きはいや増しに増してまーさーに、ブリリアント・アイズ。こればかりは彼女の、ほんとにどうしようもない「華」ってやつです。

 えーと具体的にどのくらい華かというと、荒木伸吾と姫野美智が描いた『美少女仮面ポワトリン』の絵と同じくらいどうしようもなく華(笑)。
 (…って後日timutaさんにその実物を見せながら主張してみたんですがいまひとつ同意してはもらえませなんだ。何故だ!!)

というような激痛匠ファントークをタニア・ヴェガ@レディ・ゾロについてガスガス話合えるのももう明日で終いかと思うと寂しいばかりなり。

* 夜の部も、いつにも増してものすごい気迫に溢れた舞台でした。そして舞台の上だけでなく、観客席もなんだかすごく熱かった。席が前の方になったのは初めてのことじゃないはずなのに、今日、背後から聞こえてきたアンコールの拍手のボリュームは、今までの比じゃなかった。比喩じゃなく、拍手の音が塊みたいになってに押し寄せるように鳴り響いてくる。わんわん響きわたる拍手と観客席の熱気に煽られて、それを受ける背中に風圧さえ感じた。そう、なんだか追い風を受けてるみたいに、どんどん前へ押されていく感じ。そら恐ろしいくらいにふりそそぐ拍手。
 私のすぐ後ろの席の人たちも、びっくりしたように口々に言いあっていた。「凄いねー!すごい熱気!」
 うん、確かになんだか、凄かった。いつもと何かが違ってた。宝塚観てた頃、最前列に座った時でもこんなものすごい感じってのは味わったことなかったなあ。なぜなんだろう。


2003年04月17日(木) レディ・ゾロ観戦記 7 闘いの場所は心のなかだ

というわけで大阪松竹座でタニアとめでたく再会相果し、『レディ・ゾロ』の舞台写真を一挙18枚購入してきやがりましたわたくしです。
本当は並ぶ舞台写真の端から端まで指差して「これ全部下さい」って言いたかったんですがさすがに理性とサイフの紐がそれを押し留めました。

…でも来週、千秋楽を見に行ってもまだその理性とサイフの紐が強固なままかどうかはかなり疑問です(笑)。

以下、大阪松竹座公演を観て感じたことなど思いつくままに。東京公演同様、ネタバレ大いに注意のこと。
っても今回はタニアのことばっかり。そしてまたしても長い。

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* 久しぶりに会ったタニアは相変わらず凄絶に美しかったです。
 とにかくまず目を奪われたのは、東京公演にくらべてさらに一段と引き締まった彼女の身体の線の美しさでした。余分なものが落ちきって、でも病的なガリ痩せなんかじゃなく、美しい骨格に美しい筋肉がきれいに捲きついて象られたそのライン。そしてその緊密な身体のラインが舞台空間に描き出す、無数の「絵になる瞬間」、その連続。まさに一幅の絵・乱れ撃ち状態。
そうだよー!コレだよー!これが匠ひびきを観る喜びってもんだよーー!!とばかりに、タニアが舞台上にあらわれるやいなや私の視神経がもんのすごい勢いで彼女の姿かたちをトレスし始めたのが自分でもよーく判って、我が事ながらオモシロかったです。

* そのタニア、ことに今回はデコルテのラインが秀逸!秀逸すぎ!
 前半のビスチェ風ドレスなんかもう、身体が締まったせいで少しゆるくなっちゃったらしくて時々肩紐が肩紐がするりと!するりと落ちそうになったりなんかしてそれはもう!!なななんてきれいな身体なんだタニアーー!うっうっうっ。ごめんねごめんねアタシったらこんなに身体の線ばっかり見てて!だってだってどうしようもなくきれいなんだもん!美しいものが嫌いな人がいて?パンがないならお菓子を食べればいいじゃないの!!(混乱)

* 酒場の場面でタニアが「お酒の返礼」(笑)として踊るフラメンコ・ダンスが、これまたより一層磨きがかかった感じでかっこいいのです。
 もちろん今までも充分かっこよかったけど、大阪に来てなんというか踊りに芯ができたような、さらに中身が詰まったような感じがすごくあって、見ていてすごく気持ち良かった。

* 大阪版のタニアのふだんの髪型、あのサイドをちょっとつまんで後ろで束ねて、あとは下げ髪にしてあるやつ、すんごく似合ってて好きです。
 フラメンコの時に痛感したけど、踊りの中で勢いよく動くと実に小気味良くバラッと広がって、すごくかわいいんだけど凛々しい感じもして、華やかで非常にグーです。あのパラリ感は、絵に描きたくなるですね。

…そう言えばそうねtimutaさん、アレは私らがジョシダイセイだった遠い昔に流行った髪型だったわよね…ロングソバージュの耳脇サイドつまんでねじって後ろ頭に持っていってバレッタで留めるのよ…それをさらに襟足でまとめて一つに結んで降ろす、そうよあの大阪版レディ・ゾロの髪型みたいなのを、私はヒソカに「納豆」って呼んでたわ…(遠い目)

* 幕開けからしばらくの間はひたすらタニアの姿かたちを目でトレスするのに夢中になっていたために聴覚はお留守で視覚ばかりが暴走していた私ですが、とはいえその前半の、ジェシカ様のアンジェラス邸ご訪問の時だけはとても鋭敏に聴覚が働いたのでした。
なんだかこのシーン、大阪に来てジェシカ様の感情の動きがよりはっきりわかるようになったみたいで、涙腺のゆるい私は2回ともいきなりここで泣けてしまいました。

* ルドルフさんにやりこめられて退散した帰り道、タニアが酔漢にからまれるシーンのあの例の「戦闘サイボーグ暴走モード」も健在でうれしかったです。
 タニアがまずひとりをぶっ飛ばして,、さて更にもうひとりを、とゆらりと足を踏み出すところでマリアちゃんが「待って、タニアさん、落ちついて!」と飛びこんで来るんですが、その時のタニアの、あの人形のようなまぶたをすばやくパチパチッとさせてカクンと我に返る仕草が、相変わらずもうしびれるほどにとってもサイボーグ感に溢れておりまして、いやー。見ててつくづくシアワセでした。

* 松竹座は舞台と客席がものすごく近くて、いろんな細かいことも良く見えました。
どのくらい細かいかというと、レディ・ゾロの赤いブラウスの袖が透け感のある布地になっててその中にほの見えるタニアの腕の輪郭線がとってもとってもほっそりしてるのがよく見えてなんだか思わずドキドキしたりするくらい細かい(笑)。

* 同じく舞台と客席が近かったために、いろんな声がマイクでなく生声でも聴こえたり、役者さんたちのお化粧の匂いが濃厚に漂ってきたり、舞台のホコリを吸ったりドライアイスのスモークをかぶったりバッちゃんの毒霧(timutaさんの日記参照)を受けたり、と実に臨場感あふれる観劇になりました。それはそれである意味、いい思い出になったというか(笑)。
…ああ、観劇日記のはずなのに骨格だの毒霧だののことばっかり書き連ねているこんな私は、実は心は立派な変態なのかもしれん…

* 2回目の公演はラッキーにもベルナルドさんのちょうど正面になる位置の席になったため、終盤の洞窟のシーンではベルナルドさんのあの歌声がマイクを通さない生声でもビンビン聞こえてきて、ただでさえ泣けて泣けてしょうがないシーンなのにその回はもうそれこそハンカチでも噛んでないとえぐえぐしてしまいそうなくらい大泣きしてしまいました。 

 ベルナルドさんの声は、腹に響くですよ。腹の底までしみいって、心を潤す声なのですよ。
 …ちなみにわたくし、いつもここで泣き始めてあとはもうほとんど最後まで、アンコールの幕が降りるその瞬間までずーーーっと泣いてます。しかも掛け値なしに毎回・欠かさずです。私にとってはどうにもツボなのですね、このあたりの物語の展開。

* 後半大詰め、町のみんながゾロになってアンジェラス邸に駆けつけ戦うシーンで、助け出されたルドルフさんに駆け寄るタニアがむちゃむちゃケナゲで可愛くて、ひたすら泣けます。

 息せき切って走ってきて、転がるようにルドルフに駆けよって、泣きそうな声で「ルドルフ、わたし、やっと解ったわ!」。
 そして「本物とかニセ物とかじゃない、誰だってゾロになれる、ここにいるみんながゾロなのよ!」と、もう必死の、ボロボロ泣きの、でもどこかふっきれたような声で彼女が叫び終わると、それを受けてルドルフさんが、穏やかに「そうかもしれない、でも皆をここまで引っ張ったのは君の力だよ」と答えてくれる。その瞬間の、それこそ今まで厳しい先生に何度も何度も突っ返されてきた答案にやっとマルを(しかも思いがけないほど大きな花マルを)つけてもらえて、そんな自分に自分でびっくりして茫然としている子供みたいな、もう気負いも意地も根こそぎ剥がれ落ちたような素な表情がなんともケナゲで愛しくて、私はそこで毎回、涙で前が見えなくなるほどざぶざぶ泣いてしまうのでした。

 このシーンを観ていると、我が子の初めてのお使いを見守る親御さんの気持ちってこんな風なのかな、とふと思ったりします。
 良かったね良かったねタニア、やっとできたね、今度こそ、間違えなかったね。

 …とか思っていると、追い討ちをかけるようにルドルフさんが「天国の父上もさぞお喜びだろう」なんて言うから、言うからもう!あとはもうどこまでも、涙で心を洗うしか!!

* 最後の決闘のシーン。「だったらその矢は止めるわ、止めてみせるわ、それが私の成すべきことよ!」も、「ジュリアン、あなたは逃げて!」も、東京公演よりずっと悲痛な涙声になっていて、だから余計にタニアが今、何かを、もう本当にギリギリの所でその身をもってくいとめるために必死の思いでそこに在ろうとしているんだって気がすごくして、胸がギシギシいうくらい泣いた。

 魂とはなんだろうか、と考える。「高貴な魂」という、その清しさは、いったい何に拠るものなのだろうかと。
 ごめんなさい、たぶん私はこの『レディ・ゾロ』について、そんなふうなことをこれからもずっと考え続けていくだろうと思います。

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 観終わって、帰りがけの駅のホームで、timutaさんと二人でしみじみ話しました。
 私も彼女も、この『レディ・ゾロ』という作品が、本当に好きで好きでしょうがないと。よくもまあ、チャーちゃんがこの『レディ・ゾロ』という作品に出てくれたものだと。
 「これほどまでに好みにストライクゾーンなキャラクターを、大好きな役者さんが演じるのを見ることができて、私は本当に幸運なんだと思います。」
 以前自分が自分の本に書いた言葉を、またこうして同じような熱い気持ちで反芻しながら帰途につくことができる今この時は、やっぱりものすごく幸せなひとときであるに違いないだろう、と、しみじみ思い知った長い一日の終わりでした。

…しかし本当に長いな(笑)。


2003年04月16日(水) Z・刻をこえて

そして私は2週間耐えた…。
とうとう明日は大阪松竹座版『レディ・ゾロ』のMy初日です。長くつらかった2週間が今終わる。嗚呼。

閑話休題。

『レディ・ゾロ』についてネット上で語ったりする際、ネット的な略称としてZorroの頭文字をとって「Z」と表記することが多いようです。
曰く、

 Zの初日もうすぐですね!  …とか、

 最近忙しかったから、「Z」すごくたのしみです〜!  …とか、

 今日の「Z」ではちょっとしたアクシデントがありました。  …とか。

この表記自体は間違いでもなんでもないし世間様ではそれできちんと話が通っているので別にかまわないんです。
ですが、私といたしましてはこの表記を見るとどうもとっさに「ゾロ」とは読めずどーしても頭の中で「ゼータ」と音読してしまいがちだったりするわけです(笑)。そうするともう即時バッチ処理つかイモヅル式に、頭の中にあのムダにカッコいいドラムの音が響いてきちゃったりとか鮎川麻弥の歌声が聞こえてきちゃったりとかフォウ・ムラサメ(色トレス処理)の姿が画面横切っちゃったりとかするわけで、そうやって本来の『レディ・ゾロ』とはまったく関係のない方向へとどんどんアタマが流れて行こうとするのでたとえまじめにチャーちゃんに思いを馳せたくても雑念が入りまくってしまいやや困りものでございます。いかんなあ。これだから!オタクは!

ま、そんな腐れアホウな私の腐れ連想はさておき、明日こそほんとうにほんっとおおおーーーに生きて動くチャーちゃんタニアに再会できるらしいですよ。我が愛しの『レディ・ゾロ』連の皆々様をまたこの目で見られるらしいですよ。ははははは。はーーーっはっはっはっはっは。うううううっれしいなあああああ。

♪Believing a sign of Z, beyond the hard times from now〜♪


2003年04月02日(水) 大阪松竹座へ愛をこめて(在東京)

大阪松竹座「レディ・ゾロ」、始動!みんながんばれ〜、そして私は東京で仕事〜(泣)。

いやー、3月末の日記には「右を向いても左を向いても期末、どこを切っても期末しか出てこない」とか書きましたが、新年度が始まったら始まったでやっぱりむちゃむちゃ忙しいことに変わりはないのでしたよ。ふへへ(力なく笑う)

何はともあれ大阪松竹座「レディ・ゾロ」、長い公演となりますが、出演者の皆々様、どうかお奮いあそばしますよう。
My初日は17日です。耐えるぞ、あと2週間…


2003年04月01日(火) ゆべし・その後

先日の日記に「ゆべし」について「カンロ飴と同じ味がする」云々と書いたところ、兵庫県在住のY崎さんから「広島からの到来物の“ゆべし”を食べたけれど、どうもカンロ飴とは違う味がする…」とご指摘を受けました。
そういえば私も昔、関西方面産の「ゆべし」を食べた時には「これは私の知っている“ゆべし”と違う…」と思った覚えが。

ものはためしと広辞苑を引いてみたら、ちゃんと載っています。

「ゆべし【柚餅子】 味噌・米粉・うどん粉・砂糖・クルミなどをまぜ、柚の実の汁を加えてこねて蒸した菓子。」

…醤油は?醤油は入ってないのか?!(愕然)
ネットでいろいろ調べてみたところ、「ゆべし」というものは本来は書いて字の如くそして広辞苑の示すとおり、米粉と味噌と柚の果汁、その他香辛料の類をまぜて蒸したお菓子ということで間違いはないのです。ただ、そのルーツは一説によると南北朝時代までさかのぼれるほど古く、要するに元々は上記のようなレシピであったものが、長い年月のうちに地方によって様々に変化してしまって今に至るということのようです。

で、私が「ゆべし」だと思っていたものはというと、実は「東北・浜街道系限定ゆべし」なのだということも判りました。主原料は「餅粉、醤油、砂糖、水あめ、ものによっては小麦少々」。味噌も柚の果汁も使ってないし柚の皮の容れ物にも入っていない、元来の名前からすると「それのどこらへんが“柚”餅子やねん」的な餅菓子だったのでした。がーん。まあ何事も、所変われば、ということで…。Y崎さん、紛らわしいこと書いちゃってごめんなさいです。

ちなみに私のお薦めは仙台の「甘仙堂」さんの「くるみゆべし」。餅粉100%&グラニュー糖使用、味が上品です。まあ強いて言えばこれが東北・浜街道系限定ゆべしの中でも比較的カンロ飴に味が近いかと。

それにしても、「匠ひびきさんはカンロ飴が好き」というネタだけでこんなに引っ張ってすびばせん。


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