デイドリーム ビリーバー
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2002年12月04日(水) 一年

そもそも私は、「一年目の記念日」とかいう女の子らしい考え方が苦手で、
かといって、そういうのを全く覚えていないかというと、そうでもなく
ただ、そういう気持ちでいることを、人に知られたくないのだ。なぜか。

例えば、「つきあっている」はずの人に、誕生日おめでとうなんて言われても
にっこり笑ってありがとう、ぐらいで流してしまって
プレゼントもデートも断ってしまっていた。
(そんなだから、最後には相手に泣かれたりする。最低。)
もちろん、私がその人のことを、ちっとも好きじゃないっていうのが
そういう態度をとってしまう原因でもあるんだけど。

誕生日当日は、一人でケーキ買って
部屋で好きな音楽聴きながら、窓から星でも眺めつつ
こんな贅沢な誕生日過ごしているのは、私ぐらいだろうな、なんて
悦に入ってケーキ食べるような、
ちょっとややこしい女なのだ。どうしようもないことに、私は。

だから、「つきあいだして一年目の日」なんていうのは
わたしにとってはとっても鬼門で。
特に、心を許す人が現れてしまった今年は。



だいたい、彼がもっとクールだったらよかったのだ。
つきあって一年目なんて、最初からまるっきり気にしないぐらいに。
だけど、つきあいはじめたときに、彼がしきりに気にしていたから。

「いつがつきあいはじめた日にする?」
「だって一年目とか、いつお祝いしたらいいかわからんやん」
「キスしたときからにする?」
「俺がつきあってくださいって言ったとき?」
「エッチしたとき?」
「これからもよろしくお願いしますのとき?」

彼にはずっとつきあっている彼女がいて、私と彼は友達だった。
ひょんなことから、二人だけで話す機会があって意気投合してからは
「ビデオを返す」「CDを貸す」「それをまた返す」
なにかにつけ理由をつけては二人で会うようになって、会うたび話はとまらなかった。
小さい頃のことからこれからの夢、家族の話、友達の話、仕事の話
辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、意味のない冗談
話題はつきなかった。
お互い、男と女にはならないように、ブレーキをかけつつ。

だけど、キスしてしまった。とめられなかった。11月のはじめ。
その少しあとで、彼が彼女と別れて、つきあってくださいって言ってきた。
だけど、私は答えなかった。ていうか、答えられる状態じゃなかった。
彼はどう考えても、彼女に別れを言って落ち込んでいたし。泣いてたし。
それが、しし座流星群の日。
それから1ヶ月ぐらい経ってからだったか。私達はつきあう、つきあわないの
言葉もないままに、つきあっている状態になっていて、そしたら彼が突然
「ちゃんと言っておきたいから」とか何とか言って
「これからもよろしくお願いします」って深々と頭をさげるものだから
私も慌てて、ぴょこんと「こちらこそ」って頭をさげた。

「やっぱり、キスしたときかなあ」
って彼は言っていた。あの時から女としてものすごく意識するようになったから
とかなんとか。確かに私としても、その日が第一希望だった。
だけど、まだ彼女とつきあってた時でしょ、って
ちょっと意地悪して言ったものだから、この話はそこでうやむやになってしまった。

だいたい、彼がもっとホットだったら、よかったのだ。
あんなに気にしていたから、一年後にまた言ってくるだろうと思っていた。
でも、そういう気配はまったくなし。覚えてもなさそう。
私の誕生日が終わって、気持ちはクリスマスにとんでる。
クリスマス何食べる?とか、何欲しい?とか。
そうじゃなくって。その前に、一年目があるんだってば。



私から言い出すなんて、そんなこと、私にはできません。
私としては、あっちから言われたら「あれ?そうだっけ」なんて知らんぷりして
「忘れてたのかー」って文句言われて「そんなことないよ、覚えてた覚えてた」って
慌てたみたいにキスしたりして、彼をなだめたりして
そういうのが理想なわけで、ていうか楽なわけで

彼と電話で話しながら、そんなことを考えているうちに
時計は11:55。彼が眠いと言い出す。明日も早いんだとか、あくびしながら。
うわ、やっぱり全然覚えてないよ、この人。今日が終わっちゃうよ。
11:58。どうすんのよ、私が言うのかよ。そんなことできないってば。

11:59。観念。



「…12時になるね」
とりあえず言ってみた。
「そーや。いいこは寝る時間なんや。俺はいいこやからもう寝る時間なんや」
相当眠いらしく、言っていることにキレがない。
もう何で私がこんなことを、なんて思いながら
「今日は一年目でした」
って言ってみた。
「何があ?」
「初めてちゅうしてから!」

その瞬間、私は力を使い果たしてしまって
うつ伏せでばたんと倒れたみたいな格好で、枕に顔をうずめて
あーもう言っちゃったじゃないか、言っちゃったよ、って
ちょっとしたパニック状態だったんだけど

受話器の向こうから、ヒュッと、息を吸い込む音が聞こえて
その後はずっと長いこと沈黙だった。

その沈黙の中。

さっきと違う空気が、さらさらと流れてくるみたいに
多分、同時に思い出していた。リアルに。

一年前の、路肩に止めた車の中。
雰囲気を吹っ切るみたいに
二人して車を飛び出して、寒い夜の公園を走り回って、はしゃいで笑って、
冷え切った体で戻ってきた車、エンジンかけて、暖房かけて。
あの時の沈黙。
「キスしようか」って彼が言って。「何言ってんの」って私が言って。
「ごめん」って彼が笑うみたいに言って。
目があって。
あの時の沈黙。

甘くてせつない、あの時の空気。



窓の外は、あの頃と多分同じような気温。湿度。
あの公園には同じ落ち葉。ジャングルジムの上には、同じ星座。

一年たったんだ。同じ季節が巡ってきたんだ。
彼女ともうすぐ8年目だって言ってた。それを思い出して、胸がきゅーっと
痛くなった。

一年。
私達はいっぱい笑った。
彼は何度か、彼女を思い出しただろう。
私の知らないところで、泣いたかもしれない。

それでも一年。
私は彼の、彼は私の、一番そばにいた。誰よりもそばに。
結婚はしてないけど、それでも、きっと
じんせいをともにした。



受話器の向こうは、しばらく沈黙のままだった。

「…お祝いせなあかんな」
やっと言った彼の声は、茶化すみたいな調子なのに、ちょっとかすれていた。
言ってから、そんな声を出したことに、彼が恥ずかしそうに笑った。

なんだか、少し泣けた。


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