rioshimanの日記
DiaryINDEX|過日|NEXT
| 2005年01月31日(月) |
テレビ番組「アートの世界」 |
私の部屋は毎日セットしたタイムスイッチによりNHKラジオ語学講座が自動的に流れる。そのうち朝9時半イタリア語講座が流れ始めると同時に、こちらの地方テレビで思い出したように「アートの世界」が放送され、その内容がとてもしっかりしているので感心して見ていた。
この番組は日本の有名画家たちの生き様が映し出され、この日記にも以前「野村義照」のことを記したが、このあいだ八重洲ブックセンターに行った時、すぐ近くにある古本屋の棚に彼が日本橋三越本店で昨年個展を開催した時のレゾネを見つけた。小さな冊子だが彼の随筆も多々載っていて彼の考えていることも分かり何かと参考になるので早速買ってきた。
紙面のあいさつ面には「『身を削るほどの誠実さと信念』を胸に、ゴッホの足跡を辿りながら画家として歩んで来た」と紹介され、スケッチをしている写真が載っている。 書かれている内容を読むと、この画家が病気と戦いながら真摯に生きている様がこちらに伝わってくる。画家とはこんなに強い精神の持主なのかと感動する。
 彼は日本画家なのだがフランスにもアトリエを構えて活動をしている様子がとても興味深い。少し暗い感もするがそれほどに真摯に生きているのだろう。
◆
今朝は私の故郷出身の画家・奥谷博が出演していた。彼については四国でも最も辺鄙な田舎、宿毛という土地柄からどうしてあのような著名な画家が誕生したのか、とずっと不思議に思ってきたものだ。 彼の作品には南海の荒波や遭難船の周りの悲しみ等、深い感情が強く表現されている。幼年時のそのような暗い環境を彼自身の口からじかに聞き、私のまわりにも同様なことがあったのを思い出した。 絵の内容はやはり画家の辿った身辺の環境から作り出されるものなのだなぁ、ということを身に染みて感じる。
後にこのテレビ番組を調べるてみると放送日は月曜日、木曜は再放送だということが分かった。 制作会社はホリックス。現在放送されているのは5年ほど前に制作されたもので、画家たちの顔も今よりは少し若い。
| 2005年01月17日(月) |
ギリシア旅行日記途中 |
ギリシア旅行日記は現在10月17日まで進んでいる。旅行の最後の方は記憶しているから後でもとメモだけ残して安心していたのだがドッコイ、記憶をたどりながらはなかなか大変な部分がある。やはりその時点で書いているのが一番楽な方法なのだ。
これからも少しずつ進んで行き最終日まで近くたどりつくとは思うが、何日になるか確約は出来ない様子。
地図なんかも中に入れたいと思っている。
ギリシア旅行日記の初日は次ををクリック。 '04ギリシア旅行初日 9月14日 そして上部のNEXTを順にクリック。
日に日に被害者判明の数が増え続ける「スマトラ沖地震」。今年の正月は心から祝いをする気持ちは少ない。重苦しい気持ちが続いている。
昨年は9月に沢山の台風が日本を通り過ぎたことや、新潟大地震のことも、ギリシアに出かけていたためにその大きさを帰国後に知ることになり(新潟地震のことはギリシアのテレビ放送で知った)、周りの人たちとの意識のギャップにとまどいを覚えている。
津波の恐ろしさの事は小学校の社会教科書に大げさと思えるほど書かれていて初めてのショックをうけたほどだった。三陸海岸沖地震のことが描かれていたと思うが、ちょんまげ頭の村民たちのイラストが付いていた。 私の四国の漁村も台風や津波で以前に漁船が家の側まで流れて来たことがあったとかを聞かされていた。台風が過ぎ去ると朝起きて自宅の土間に下駄がプカプカと浮いていたのもなつかしく思い出される。
正月にはテレビ番組で見るべきものが多々あった。「シルクロード・シリーズ」は、やはりNHKしか成し得ない堂々としたもの。 「市川海老蔵パリ公演」では、入場料がパリでは4,000円だが、同じ出し物が日本では20,000円になるという事を海老蔵が言っていたが考えさせられてしまった。これは文化というものをどう扱うかという国民性の問題だろう。私は海外演奏家の演奏会は日本ではあまりに高いのでめったに行くことはないのだが、向こうに出かけた時には心から楽しく享受させてもらっている。真剣に考えて行かなければならない問題だ。
絵の方ではマチスがそれまで北欧に住み描いていた暗い絵が、南欧を訪れて初めてあのカラフルな絵にガラッと変身したこと。影響を受けた南フランスの家はそれぞれ違ったカラフルな色をしているが、その理由は現地の住民が言っていたが、舟に塗るペンキが余ったので、それを家壁に塗ったからだという面白い事実が分かった。
旅は、新しいものに出会い刺激を受け、絵を追求して行くのには必要な大きな要素なのだろう。
|