rioshimanの日記
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今年最後の買物目的で普通電車で都内に出かけた。席に座って周りを見渡すとずらっと並んで携帯電話を睨んでいる乗客たちの姿を見る。
この間は若い女の子がズカズカと私の隣席に座り、早速バックから道具を取り出して化粧を始める。その作業に夢中のあまりその肘が私の脇腹にヅカヅカと当たるものだから注意したことがある。彼女は変な顔をして睨み返していた。
今日も隣に異様な気配を感じたから横を見ると若い男の子だった。大学生だろうか。真剣に小さな丸い手鏡を覗き込んでいる。顔に懸命に表情を作ってファンデーションを塗り、髪を一本一本直している。日本はここまで来たのかとゾッとするものを感じた。今の君たちにはもっと熱心に取り組むものがあるのではないか、と。
こんな事を感じる私の方が時代遅れなのだろうか。
年末の忙しい時に一つの音楽会ポスターを引き受けた。少しこのような仕事から遠ざかっていたので何気なくOKを出した仕事だった。
ところがこれが良く考えてみるととても大変なことが分かった。 相手が出した予算が希望的価格だったこと。そしてお客さんの要求がこれも希望的要求の限界を出してくる事。 女性には良く繊細な希望はあることだが只ものではない。印刷にはその他、多大な要素が沢山含まれ、それらがお互いに作用して品物が出来上がるのだが、勿論お客さんにはそんなことは分からない。目の前にあるものが全てで、それに対して要求を出してくる。その後にもっと大きな仕上がりを左右する要素が待っているというのに。
この仕事も他の年末の挨拶状や絵画教室、他のこと私の全てを放り出しての仕事だったがやはり最後の最後の追い込みで今日印刷物を見てミスが見つかった。これは最後の校正後に出た変更部分に起きた見逃しだった。念には念を入れてやってもミスの出る可能性のある大変な仕事なのだ。そして時間的余裕がなかったことに気が付く。
月曜日に刷り直しをしなくてはならない。どうなることやら。
| 2004年12月17日(金) |
藤原新也写真展「フェルナンド・ペソアの午後」 |
新宿の イメージギャラリー「エプサイト」で開催している、藤原新也写真展「フェルナンド・ペソアの午後」を見に行った。藤原新也と撮影場所がポルトガルというのに興味があったからである。この2つの目的で相当に希望を持っていったのだがちょっと期待はずれの感があった。 第一この写真展示場がエプソンの宣伝の為に存在するということが頭になかった。今度エプソンが発表したデジカメ「R-D1」を使って撮影し、それをエプソンのプリンターでプリントするとこれくらいのことが出来るということを宣伝する目的で藤原氏に依頼し、開催した写真展だった。 このエプソンが手がけたデジカメは「最もアナログ感覚に近いと言われるライカレンズ使用のデジタルカメラ」のうたい文句で宣伝し、定価30万円以上もする代物だが。
目的がポルトガルを撮るということだったが、おそらく駆け足でポルトガルを、それも北部に位置するポルトを廻ったのだろう、深い部分まで踏み込んでなく、3日間どっぷりと浸かり込んでこの街を歩き廻った経験のある私にとっては、これらの写真が表面的な撮影のみに終わっているという感をぬぐえなかった。
一番興味を引いたのは彼の日記にも書いていたように、各部屋に貼ったインクジェットプリンターで出力したという壁紙だった。それは継ぎ目も分からないような見事な貼り方をしていたので、展示の途中にその見本のロール紙を置いていたので手にとって調べていたら女性の係員に「触らないで下さい」とキツく叱られてしまった。関心して見ていたのに日本のメーカーは冷たいんだなぁと、その時感じてしまった。 次に自分が展示会をするような時の参考になるのかもという気持ちもどこかにあったようだ。
フェルナンド・ペソアはポルトガル・リスボンを拠点に活動した文学者。
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