たそがれまで
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2003年12月22日(月) 白い蕾




昨日、スーパーの花売り場を見て廻ったら
白い蕾に目が留まった。

クリスマス前という季節柄
ポインセチアとシクラメンが場所を占領するその売り場で、
たった2本の束なのに、存在感を示しながら稟と立っていた。

うんと季節はずれ
うんと場違い

持ってる花瓶の中で似合うやつを思い浮かべる
その花器の中で稟とした姿を思い描き
そっとカゴに入れた


同じく昨日、500厠イ譴疹貊蠅慍屬鯊った
それは白く悲しい花で
可愛がってくれた伯父と共に
天へと上っていくのだろう



同じ白い花
同じ気持ちの花


母の写真の前に置いた
季節はずれのあやめ









伯父さん、どうぞ安らかに
お別れが言えなくてごめんなさい


2003年12月10日(水)  母のこと ろうそくの炎



どんなに時間が経っても 忘れられないことがある。
どんなに季節が変わっても 忘れたくないことがある。

例えば 母の笑顔
例えば 父の大きさ
例えば 二人から受けた愛の大きさに気が付いた日の青空



先日、ひょんなことから昔のアルバムを見た。
私の子供の頃の写真はアルバムに隙間無く並べられていた。

初めて自分の足で立った頃、
初めて自分だけの雛人形の前で笑った時、
まだ「おじちゃん・おばちゃん」だった時の父母に抱かれて自宅前で笑う私。

それらの写真は几帳面に日付入りで並べてあった。
始めは白黒で、だんだんカラーになっていく写真達。

そこにはいつも笑顔があった。
私の、母の、父の笑顔。



そして父母のアルバムに手を伸ばす。
最初のページには白無垢を着た母が稟とした姿でそこに居た。

母の人生を思う時、つい悲しい人だと思ってしまう。
でも、
私が知らない母の人生も確かに存在した筈で、
私が知らない幸福な時間もそこには絶対にあった筈。



4年前の今夜、母は家に戻った。
長い入院生活の中、たった一つの希望であった「帰宅」という願いが叶った。
もう目を開けることもなく、言葉を発することもなく、
静かに静かに家に戻った。


母の枕元でろうそくの炎が揺れるたび
母の言葉が思い出された。
亡くなった人の魂が、今、ここにいて、そして炎を揺らすのだと。

あの夜、確かに母は居た。
帰りたくて夢にまでみたあの家に。
人生の様々な想い出が詰まったあの家に。

毎年今日という日を思い出すのは、多分、私しか居ないだろう。
だから今日だけは、うんと母の想い出に浸っていよう。
来年も再来年も、次の年もその次の年も、
そうやって私も人生も重なっていくんだろう。









東風 |MAILHomePage

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