たそがれまで
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2003年01月27日(月) 郷に入っては・・




今日から10ヶ月ぶりに仕事を始めた。
相も変わらずの接客業だが、業務内容はまったく初めての作業ばかり。
覚える事は山のようにあるし、なによりまずは身体が慣れないことには辛い。

初日はパートが全員揃っての顔合わせ。
年代も様々、経歴も様々。
私を含め、皆が緊張していた。


軽いミーティングが終わり、二班に分かれて
業務のトレーニングに入ったのだが、
やっぱり居たか。と云う人と同じ班になってしまった。

彼女は私より若く、ハキハキした人である。
好感は持てるのだが、私は苦手なタイプである。
以前、同じ業種で仕事をしていたらしく
業務の説明の腰を折り
「前の店では・・・・」が始まるのだ。

そうかもしれない。前の店ではそうだったかもしれない。
でもここは前の店ではないんだよ。
ここにはここのやり方があるだろうし、皆が必死で仕事を覚えようとしている時に
その言葉はないんじゃない?

あなたは即戦力として採用になったのかもしれない。
だけど、私達も即戦力になろうと努力をしているんだ。
「前の店では・・・」というその言葉は、胸の中に仕舞っておいて欲しい。

偏見で決めつけては申し訳ないけれど
こう云う人に限って、見えない力で皆を押さえつけようとする。
そして質問でもしようものなら、これ幸いと自分の枠に押し込める。
自分の派閥を作ることに情熱を燃やし、派閥の大将でいることに喜びを感じる類。

どこの社会にも存在する困ったちゃん。
大きな社会にも、小さな社会にも。




郷に入っては 郷に従え



これって、一社会人として、常識だと思うんだけど・・・



2003年01月21日(火) 美学なんていらない



昨日、今日とテレビではある話題で一色だ。
平成の大横綱、貴乃花の引退。

15年の相撲人生について他人がアレコレと解説している。
もう潮時だと言う人、まだまだやれると言う人。
そんな事、どっちだっていいじゃないか。
花田光司という人が、自分で決めた事だから。

「散り際の美学」とかなんとか云うけれど、
散り際に美学なんていらない。と思う。
みっともなくボロボロになったって、
本人がそれで満足なら回りがとやかく言う事じゃない。

横綱千代の富士の引退と、とかく比べられがちだけれど
綺麗に幕を引かなかったからとて、人間性が劣るわけではない。
もっともっと無様に、もっともっともがいてみてもよかったのに。
とさえ思う。




話しはうーんと飛ぶのだけれど、
大好きな時代劇の話しを少し・・

忠臣蔵で悪名高き「吉良上野介」が
屋敷に討ち入りに入った赤穂浪士に見つかってしまうと云うシーン
ほとんどの忠臣蔵で、とっても無様に描いてある。
実際はどうだったか知らないが、吉良のじっちゃんは逃げ回る。
炭だが薪だかの中に、隠れちゃったりもする。

死にたくない。
その一心で。


とても正直で分かりやすい。
その無様さが人間らしい。
みっともなくって涙が出る。
だから、吉良のじっちゃんが大好き。

いいじゃないか、みっともなくって。
いいじゃないか、ボロボロで。
綺麗事だけで生きていける人なんていないんだから。







2003年01月13日(月) フィクションならばいいのだけれど・・


最近、ハマっているテレビドラマがある。
「ナイトホスピタル」というドラマで、
私の住んでいる地域では毎夕に放送(再放送?)されている。

ホスピタルというドラマだから、勿論病院が舞台なのだけれど
いろいろなキャラクターのドクターがいて、なかなか面白い。

こうやって面白いと感じるのは、これがフィクションであり
ドラマだからだ。

年明けの深夜番組で、怖いバラエティーを観た。
屠蘇を飲みおせち料理をつつきながら進行していくその番組に
看護士を仕事としている女性が3人出演していた。

白衣を脱げばどこにでも居そうなお嬢さんで、
白衣を着てその場にいるのに、とても違和感があると思った。

案の定、職場での裏話や看護婦になろうと思った経緯を
面白可笑しく話す、話す。

お笑い芸人になろうと思って上京したのに、諦めたから仕方なく看護士になった。とか
注射の間違いなんて日常茶飯事だとか、点滴の針打ちながら彼の事を考えるとか

お願いだ。メディアを使って暴露するのは止めてくれ。
あんた達がいる病院になんて、
いや、病院という場所に行く事が怖くなるから止めてくれ。

看護士もドクターも、人間だってことはよ〜く解ってる。
プライベートが存在している事も理解している。
だけど、ONとOFFだけは使い分けて欲しい。
それが患者となる側からの言い分だったりする。

この番組だけでなく、よく看護士なりドクターなりメディアに露出されるけど
看護士として出演するならあくまでも看護士で
ドクターとして出演するならあくまでもドクターで
凛とした態度で居てほしい。
(ある研修医さんのHPも覗いた事があるけれど、女のことを書きたいのなら、
どうぞタイトルに『研修医』という肩書きを入れるのは止めてくれ。)

白衣を脱いだその人が、どれだけ雑な性格であろうとも
忘れん坊さんであったとしても、芸人を目指していた人でもいいから
お願いです。白衣を着ている時だけは、プロでいて下さい。


その番組を見ながら思った。
この日記を通じて、たくさんの医療関係の方とお知り合いになれた。
みんな仕事に前向きで、悩み苦しみながらも患者の為に一生懸命な人達だ。
そんな人達だってプライベートはあるし、仕事人の前に人間だと思う。
でも彼らが、あの番組や他の看護士をおちゃらけて伝達しているメディアに
出逢った時、どんな気持ちでいるのだろうかと。


あの番組に出演していた3人のお嬢さん達が
実はヤラセであったと思いたい。
お笑いのネタを考えながら注射している看護士さんに、
注射されてる人が日本のどこかに居るなんて・・・・・。
考えたら、やっぱり怖い。



2003年01月11日(土) 母のこと あの横顔


今日、隣町にある神社に行って来た。
私は二度目で、約10数年振りの参拝。
ちょっと遅いけれど、家族全員での初詣になった。

大きくないその社の名を、地図で見つけて母に教えた。
まだ母の身体が外見上は元気な頃だった。
当時の福岡の住居から300厠イ譴燭修両貊蠅
母はどうしても行きたいと言った。

「生目(いきめ)」という小さな町にある神社で
名前の通り、眼疾に霊験あらたかなりとして
知る人ぞしる神社だという。

あの頃の母は、持病であった糖尿病の合併症で
視力がどんどん落ちていた頃だ。
藁をもすがる思いだったのだろう。

もうすぐ生駒高原のコスモスが咲くから
見に行ったついでに寄ってみようと提案した。

母の目に映るコスモスは一面がピンク色。
一本一本が単独ではなく、ピンクの絨毯が敷き詰められていたらしい。
視力の低下は確実に母に襲いかかっていた。

「生目」という名のその社で
母は必死に手を合わせていたっけ。
見えなくなる恐怖と必死で闘っていたっけ。


ある時、二人でマッサージを受けに出かけた事があった。
母に誘われて出向いた場所は、目の不自由なご夫婦がやっておられた。
いつもはとても待ち時間があるらしいのに、
その時は母と私だけだった。

不躾でごめんなさいと前置きしつつ、
母は奥さんにいろいろ質問をした。

食事の支度はどうしているの?
後片づけはどうしているの?
掃除はどうするの?

・・・・怖くない?


横で聞いている私は、母のあまりにも無神経な質問に
ハラハラしているだけだった。
母は質問しながら涙声になっていた。
声からその必死さが伝わった。
痛いくらいに伝わってきた。


奥さんは優しく、笑いながら答えてくださった。

少しの視力はあるから、できる範囲でやってます。
お茶碗の汚れは、手で触れば解るんですよ。
それから・・・
小さな頃からこうでしたから、これで普通なんです。
だから、怖いと感じた事は無いんですよ。
見えているのが見えなくなるというのは、怖いでしょうね。
お気持ちはお察しします。
でも大丈夫、大丈夫。



本当は、母はマッサージをして貰いたかったわけじゃないと思う。
視力が無くなる恐怖とどう闘っていいのか
もがいていたんだ。

あの時の涙声も、
社で手を合わせる横顔も、
母の必死の闘いだった。

10数年が経った今、
あの時の社の近所に住むことになろうとは、
誰も予想しなかったけれど
今日は母も一緒に参拝していた気がした。
懐かしい風が吹いた気がした。
母も一緒に居た筈だ。






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