台所のすみっちょ...風子

 

 

売上 - 2004年03月31日(水)

うちの旦那は営業である。

営業というからには毎月達成しなければいけない

ノルマがある。

3月もあと一日、わずかながらそれで給料

も左右されてしまうので、妻としてもドキドキだ。

だが、今日の夜、会社から帰って来た旦那は、

背広を脱ぐのもそこそこに、

「俺さぁ〜、今日すごく良い情報仕入れちゃった〜」と

顔をやや紅潮させながら、いきなり計算機を取り出したかと思うと、

私の身長と体重の数値を聞き、ものすごい勢いでパチパチやって

「おまえはまだ、糖尿病大丈夫じゃん。俺なんかさ〜もうちょっと

で太りすぎっていう値が出たんだぜ〜。俺今日からご飯一膳にしよぉ〜と」

とぶつぶつ。


どうやら、彼がしていたのは、”あなたは糖尿病大丈夫?”

という計算だったらしい。



ありがとう、あなた。

でも、、いいのよ、私のことは・・。

だって、あなたとの生活の方がずっと大切。


だからお願い。

とりあえず、心配するなら

糖尿病より


今月の売り上げを。


おしまい。


...

ハッピーバースデーナイト - 2004年03月30日(火)

昨日は旦那の誕生日だった。

最近なんだか忙しくてバタバタしていたのだが、

そこは9年間寄りそった妻、

この日だけは忘れちゃならない!と、ここ一週間は

緊張しまくりであった。


ケーキはもちろん彼の好きなコージーコーナーの

イチゴのデコレーション。

今年は2500円と大奮発だ。

年の数に合わせて付けてもらったロウソクを

ケーキにさして火をつけると、電気を落とした暗い部屋の中、

ロウソクの灯かりがゆらゆらと揺れる。

ふと、旦那が

「ねぇ〜、誕生日ってどうしてケーキにロウソク立てて火をつけるのかな〜」

と、そのオレンジ色を見ながらつぶやくように私に話し掛けてきたので、

「そんなの、一本一本にともされた火は、君の今まで生きてきた
 命の炎ってことに決まってんじゃんよ!」

と、自分も良くわかってないくせに、ていうかほとんど

口からでまかせだったのだが、

そんなのもわかんないの〜、バッカじゃぁ〜ん的に

つい、ピシャッ!と返したら、

「きょ、、今日は俺の誕生日なのに・・・」




悲しそうだった。




ハッピバースデー。


おしまい。



...

気合 - 2004年03月28日(日)

バイト先の事務所にいる、どこまでも

限りなく風船に近い少女Sちゃんが、

3月いっぱいで辞めることになったので、

昨日の夜、飲みに行った。


夕方の6時半から2人で杯をかたむけ、気がついてみると

12時を回っていて、川崎に住む彼女が帰れなくなり

タクシーで帰るには

18000円もかかるというので、

急遽、我が家に泊まっていただくことにした。


彼女と過ごした時間は一年と短いが、

もうすぐいなくなってしまうとなると、

あれやこれや話はつきなく、泊まってもらうことは

私にも彼女にも好都合のように思われた。

だが、家に着き、「さ〜上がって〜上がって〜ご遠慮なくぅ〜」

と彼女を促したあと、私は気がつくのだった。

・もてなすにも茶菓子がばあさん臭い「ぬれ煎餅」しかない。

・コーヒーも切らしている

・使っていただく歯ブラシがない

・洗顔クリームが試供品のヤツしかない。

・コーヒーを切らしている

・百貨店に行くのが面倒で、4日前から乳液と化粧水もない。

・な、何より、、今朝、、私の”あれ”を最後にトイレットペーパーが
 1センチもない。

・・・・と。


おまけに、酔っ払ってるもんだから

風呂に入ろうとした旦那の「あれっ!?パンツが1枚もない・・」

の呟きに、

「いや、洗濯はしてあるから大丈夫〜。ベランダの青空タンスから
 取ってぇ〜。エッ?なに?だ、だぁ〜いじょうぶぅ〜だってぇ〜
 はいても冷たくないってぇ〜。君が風呂に入ってる間、部屋の置いとけば、
 本来の乾いた温度をパンツも取り戻すでしょ〜〜〜!!」

と答えたりして、まんまと私たち夫婦の「普段」まで見られてしまった。


もう少し・・・

日々・・

気を引き締めて

生きることにした。



おしまい。


...

夫婦別姓 - 2004年03月26日(金)

国会での夫婦別姓に関する審議が見送りになった。

もうすっかり結婚して夫の姓を名乗ってしまって

いるので、どうでもいい話なのだが、

「別姓」というこの言葉を聞いて、私は父のことを思い出した。


父は子供に対してとても不器用な人だった。

どう接していいのか分からない、、という感じだった。

子供に何をどう告げ、どう諭していいか分からず、

彼はいつも怒鳴っていた。

無邪気に父親に甘える友達たちが、私はいつも羨ましかった。


父は私のことなど好きではないんだ、と幼い私は思っていたし、

その思いは大人になっても変わらなかった。



私が大学3年から4年になる春のことだった。

卒業したら、新潟に戻ってもいい?と聞く私に

彼はかたくなに首を振るばかりで、どんなふうに

言ってみても駄目だった。

たぶん父は軽率でバカな娘を、東京という土地が

鍛えてくれることを望んでいたのだと思う。

結局、私は東京で就職した。


けれど、それから8年ばかりがすぎた日。

2人きりの車の中で、帰省していた私に父がぽつりと言った。

「彼はうちの姓を名乗るのは嫌なのか・・?新潟に住むのは

 いやなのか?・・・新潟も・・いいところなんだがな・・」


私はあの時の、いつもの父からは考えられないほどの

遠慮に沈んだ声を忘れない。

「新潟もいいところ・・」

父の声はかすれていた。

帰っておいでと言われたような気がした。

その日は、結婚を許してもらうために、

夫がはるばる東京から父に挨拶に来た日だった。

普段は私や妹に「おまえ達は女だし、この家は継がなくてもいい」

と言っていた父だったのに。


もしあの時、夫婦別姓という制度がもう出来ていたら、

あんな父を見ることはなかったんだなぁ〜と、

私は今、ぼんやり思うのだった。


おしまい。


...

同化。 - 2004年03月25日(木)

夕方、午後6時半。

地下鉄のホームを人ごみに紛れて歩く私がいた。

茶色の皮のジャケット。

黒いパンツ。

そして黒いパンプス。

顔の油で溶けた化粧と、目の下にかすかにできたクマが

私を家路へと急ぐ通勤帰りの人々と同化させる。



誰も思うまい。

まさか今日、

私のバイト先に来た客は

2人で

そのあまりの暇さに

目の前を通る人々の

似顔絵をずっと描いてたなんて。




ちなみに今日描いた人数は6人。



おしまい。



...

論点。 - 2004年03月23日(火)

土曜日の夕飯は買ってきた弁当だった。

けれど、それだけでは栄養が片寄ってしまうので、

私はサラダを作ることも忘れなかった。

ワカメと豆腐とかにかま、そしてきゅうりを

ポン酢で和えた和風ワカメサラダだ。


あっさりしたその副菜に旦那は喜び、

私もそんな機転の利いた自分に大満足であったが、

「では、いっただきまぁ〜す!」と、サイコロ型の豆腐を口に入れた瞬間、

私はとんでもないことに気がついてしまった。

(と、豆腐が腐ってる・・)

なんとも言えない、、そう大豆の固まりなのにイカのような味わいだ。


以下はその時の私達夫婦の会話である。

私「あっ・・・こ、これ・・・」
夫「何?どうした?」

私「豆腐腐もう食べちゃった?」
夫「食ったよ一個」

私「ご、ごめん、、これ変になってる」
夫「へっ?マジで?」

旦那はかなり驚いたようで、私は何か言われるのではないかと、

いや、ここは確実に私が悪いのだからどんな言葉も

甘んじて受けよう、、と思っていたのだが、次の瞬間

彼の口から出た言葉は

「おまえ、良く気がついたなぁ〜〜すっげ〜〜!
 俺なんかぜんぜん分からなかったよぉ〜〜!
 ホント、、すげっえ〜〜〜!さすがだなぁ〜!」

という意外なもので、あろうことか私は誉められてしまった。

で、その言葉に

「ま、、まあね、、長年主婦やってると、少しの味の変化
 も分かるから、、、」

とまんまと私が乗っかったのは言うまでもないが、

腐った豆腐を、「こ、これ取っちゃえば、あとのやつは

食べられるからさ、、」と慌てて豆腐を皿の端に手際良く寄せ、

「もう大丈夫!」と仕切りなおしをしたら、

「ありがとう!お前が気がついてくれなかったら、もっと
 食っちゃうところだったよ〜。本当にお前ってすげぇ〜な〜」

と、感謝までされてしまった。


旦那の止むことのない賛美やら感謝やらの言葉に

な、なんか違う・・

なんかズレている・・・

この場合、論点は「腐っていた」ということであって、

それに気がついた私の舌の「素晴らしさ」では、ない・・

と複雑な思いがいつまでも交差する私であった。


おしまい。


...

遠きにありて・・。 - 2004年03月22日(月)

「If」という番組を見た。

昨日のテーマは

「もし、あなたが初恋の人と再会したら・・」だった。。

番組の終わりに流れた「知らないうちにあなたも初恋の人と

どこかで出会っているのかもしれない」というナレーションを聞いて、

私はふと十数年前のあの時のことを思い出した。


それは、私が社会人になって4年目の秋だった。

たまたま実家に用事ができて帰省し、

新潟の繁華街を歩いていたら、

偶然、初恋の人M君に会ったのだ。

初め、2人はマクドナルドの前で普通にすれ違い、

私にはそれがM君だったとは全く気がつかなかったのだが、

彼は私にすぐ気がついたようで、ありがたいことにわざわざ戻って声を

かけてくれたのだった。


中学卒業以来の再会。その時は本当にビックリした。

気がつかなかったのも無理はない。

ジャニーズ系ハンサムだった彼はすっかり変わっていた。

背の高さは中学時代の身長に下駄を履かせたというぐらいで、

かろうじてそこだけに面影を感じたものの、

愛らしい丸顔はやけに長方形になり、クリっとした目は大人になって

顔が育った分、均等にではなく横に伸びてキツネ目に形を変えていた。

それにすべすべした肌はニキビ跡でボコボコ。

しかも、あんなにハツラツとバスケなどやっていた彼が、

「休日はパチンコとゴロ寝が唯一の楽しみ!」と語ったことで、

私の淡い初恋に寄せる想いは一気に崩れ落ちた。


もちろん、彼も久しぶりに再会した私に同じような

がっくりさを抱いたかもしれない。

中学時代、さらさらの直毛でショートだった髪は、

ぐるんぐるんのソバージュになっていたし、

当時、すっぴんで初々しかった顔には、

どこまで削れば地肌ですか?といったような分厚い

化粧が施され、ボディコンスーツに身を固めた私は、

20代にして人生の酸いも甘いも嘗め尽くしました・・

みたいな、はすっぱな風貌に変身していたのだから。

それが証拠に、せっかく出会ったというのに、

私達にはその後、何も色っぽいことは起こらなかった。



初恋と故郷は「遠きにありて思うもの・・・」だということを、

あの時私は知り、そして今もそう思う。


おしまい。


...

ワカメ。 - 2004年03月21日(日)

最終電車に乗ったのは久しぶりだった。

昨日は金曜日だからだったのか、ぎゅーぎゅーというほどでは

なかったが、車両には人が溢れていた。

前の人を押すように乗り込み、ふと反対側のドアの方に

目をやると、そこには一組のカップル。


ゆ〜らゆ〜〜らゆ〜らり〜。

2人で抱き合って揺れている様はまるで

ワカメのようだった。

良く見ると、その理由は女にあるのだった。

泥酔状態に睡魔が加わって、もはや下半身に意志がない。

あっちにふ〜ら。こっちにふ〜ら・・といった具合に

支えていないと倒れそうな彼女を、男が必死に抱きかかえている。

力なく身を委ねようとする女を見て、さぞ重いだろう、、と私は思った。

だが、男に大変そうな様子はない。

むしろ身を任せてくれる女を支える腕で、手で、指で、

い〜や、、全身で、いとおしいとさえ感じているようだった。

きっとできたてホヤホヤのカップルに違いなかった。


私は夫と付き合い始めた頃を思い出していた。

そういえば私達も、揺れてはいなかったが、あんなふうに寄り添って

終電に乗った覚えがある。

私は心の中で女に静かに語るのだった。



女の人生、そんなに甘くない。

いつまでも、男が支えてくれると思ったら大間違い・・と。



おしまい。


...

ノバうさぎ - 2004年03月19日(金)

今日、地下鉄の中で絵を描く少年に出会った。

彼はおばさんを挟んで、私の隣の隣に座っていた。

学生帽に半ズボンの紺色の制服。

制服の襟には印鑑か?と思われるような複雑な校章が

あって、一目でいいとこの私立の小学生といった感じだった。


初め、私は彼の存在をまったく意識していなかった。

だが、隣のおばさんの「あら〜上手ね〜」という

声に促され、彼が絵を描いていることに気がついたのだった。


彼が描いていたのは、

ノバうさぎであった。

それが、おばさんが感嘆の声を上げるのも分かるほど上手い。

小さい頃、私もそこまでは上手くなかったと、本当にビックリした。


男の子の手はするすると動き、あっという間にノバうさぎを

仕上げてしまった。

さて次ぎは何を描くのかと、私は期待して

その少年の手元を見ていたのだが、

彼はうさぎが完成しても、線を足すことを止めない。

それどころか、せっかく可愛く出来上がっていたノバうさぎを

あっという間に恐ろしい怪獣にしてしまった。



混沌としたこの現代社会。

誰もが多くのストレスを抱えている。

小学生でさえ、それは例外ではないと聞く。


坊主!いったい学校で何があった?



おしまい。



...

お月様再び。 - 2004年03月18日(木)

少し前に私が「お客様はお月様ですか?」と

この日記に書いた、バイト先に来るつるっぱげの横暴なオヤジ。(2月2日参照)

最近、彼の様子がおかしい。

やけに愛想が良く礼儀正しいのだ。

だが、それはあの日、マウスを握りせわしなくクリック

する彼の手を

「やめてください!そんなにクリックしたら、固まってしまいます!」

と、私が叩いたことが、きっかけに違いないと私は読んでいる。

パチン!という音と共に、自分のそれまでの

傍若無人ぶりに気がついたのだろうと。

今ではオヤジはパソコンをするというより、おしゃべりをしにくる、

といった方が良いくらい人懐っこくなってしまった。


今日も夕方、彼は人があまりいない時間を狙ってやってきた。

そしていつものように私と話をし始めたのだが、

ふいに「俺、この前、面接落ちちゃったぁ〜」と言い出した。

「面接落ちちゃったぁ〜」と言われても、

彼はもう67歳である。

この不景気の中、就職に挑戦したことも驚きなら、

その結果にリクルート中の大学生といった感じで

残念がっている様子にもまたビックリであった。


さすがに「まあ、その年じゃあ・・」とは言えない。

私が黙ってしまうと、オヤジはそれを察したかのように、

「君はこんなとこに勤めてるんだから、要領がいいんだろうな〜」

と笑うのだった。


自慢じゃないが、とんでもない。私はちっとも要領なんて良くない。

挫折挫折の繰り返しでようやく、この職場なのだ。


「まさか〜、私の人生なんて失敗の繰り返しですよ」

つい、そんな言葉が出た。それは本当の気持ちだった。

すると、

「どうしてだよ?旦那さんと出会えたことが一番の成功だろ?」と、オヤジ。


ちょっと面食らってしまった。

そんなふうに考えたことはなかったからだ。

確かに好きで結婚し、今こうして2人でいるが、

それが一番の成功だなんて実感したことはなかった。

旦那と一緒にいることは当たり前過ぎることだったのだ。


夫と出会えたことが、人生で一番の成功。
他に何を望むというのか・・・。
オヤジの言う通りかもしれない。

その時、私の心に一条の光が射したような気がした。


つるつるのオヤジの頭をマジマジと見つめながら、私は心の中でつぶやく。

長い間、暗闇で迷いもがいていた子羊の

ような私を照らし、導いてくれたあなた。

やはり・・

お客様は・・・

お月様ですね・・と。


おしまい。


...

パンツのゆくえ - 2004年03月17日(水)

皆さんは切れたり、破れたりなどしたご主人のパンツを

どうされているだろうか?

私は穴が開いたり、縫い目の部分が裂けてしまったり

すれば捨ててしまう。


生地は綿である。

だから、洗濯して雑巾にでもすればいいのだが、

ちょっと前まで、あんなとこ?こんなとこ?を覆っていた

もので、家のものを拭いたりする気にはなれない。


しかも、彼の下着は何故かすぐダメになる。

体から有害な酸でも出ているのかと思ってしまうほどだ。

今日も洗濯した彼のパンツをたたんでる最中、

お尻のところが破れているのを発見した。

先日、黒いパンツを捨てたばかり。

これで、2枚は新しいものを買わなければならない。

あ〜〜、、また、お金がかかるってわけだ。




いっそ・・・




はかなきゃいいのに。




おしまい。


...

世界で一番好きな言葉 - 2004年03月16日(火)

私が世界で一番好きな言葉は

「満腹」である。


先週の木曜日。一年ぶりの友人Yと2年ぶりの友人Jと、

表参道で食事をした。

店は京懐石ふう中華の店だった。

懐石のスタイルにならい、和風のお皿に乗せられて

順々に出くる春の食材を使った中華料理は、私を本当に驚かせた。

上品な分だけ量が極端に少ないのだ。

例えば、「竹の子の炭火なんちゃら焼きです」と

仲居さんが持ってきた皿には、

「竹の子」というより「笹の子」といったような、細すぎる

年端もいかない小さい竹の子が、皮つきのまま真っ二つに割られて

乗っていた。

「柔らかい実だけお食べください」

仲居さんは柔らかな笑みを浮かべながら皿をテーブルの上に

置いてくれる。

だが、実際に食べられる実は小指の第二関節ぐらいしかなく、

もの足りない私は「皮は柔らかくないのか」と

実を食べ終わった後、一部、皮まで口にしてしまったぐらいで、

次の「春竹の子となんちゃらの炒め物」では

皿の上に薄く盛られたそれが、てっきり一人分だと

思っていたので「お取り分けしますね」という

仲居さんの声を聞いた途端、思わず口が半開きになり

涙が出そうになった。


で、これだけ悲しい思いをして、払った料金は5千円ちょっと。

場所は表参道だから仕方ないのかもしれないが、

私にしてみれば正気の沙汰とは思えない料理たちで、

釈然としない気持ちでいっぱいだった。


この世には「医食同源」という言葉がある。

それと同じで、料理というのは本来は「量味同源」なのでは、

ないだろうか。

「量も美味しさも食事を楽しいものにし、幸せを感じるためのもので

その本質は同じだ」ということである。

量が少なければ食事本来の楽しさやそれによってもたらされる

幸せが半減してしまう。


おかげで、せっかく久しぶりにあった友人たちとの

時間に幸せを充分感じることが出来なかった。


何度でも言う。

私は「満腹」という言葉が世界で一番好きである。


おしまい。


...

涙。。 - 2004年03月14日(日)

金曜日の夜のこと。

土曜日仕事になってしまった彼を先に布団に入らせ、

風呂に入るわ!と襖を

閉めようとする私に、

布団を鼻当たりまでかぶりながら、

「じゃあ、明日は6時半に起こして」

と旦那が言うので、

「何言ってんの!」と間髪いれずに返したら、

ふ〜・・っとしたため息と共に、

「おまえさ〜、いつも起こしてもらうばっかりじゃなくて、
 たまには、俺を起こしてくれよぉ・・・」

と彼が私をじっと見つめた。


良く見ると、


眠たいからなのか・・


悲しかったのか分からないが・・・


目が

涙目になっていた。


おしまい。


...

赤いスイートピー - 2004年03月12日(金)

バイト先から帰って、テレビをつけたら、

「歌の大辞テン」というものをやっていた。

古い歌と今流行っている歌に順位をつけ

交互に紹介するというもの。


昨日は「春の名曲特集」だったようで、

松田聖子の赤いスイートピーが思い出の歌として、

上位にランクされていた。


私はこの歌が好きだ。

当時はまだ学生で、彼氏ができたばかりだった。

恋愛とは何かもまだ良くわかっていない自分のういういしさは、

そのまま、赤いスイートピーの歌詞だった。


今でもこの歌を聴くと、私は輝いたあの時を歌詞にダブらせ、

彼への不確かで頼りなかった切ない恋を思い出したりする。


♪春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ♪

― 汽車ではなかったけれど、彼とは良く新潟の海をみたな・・ ―


♪たばこの臭いのシャツに そっと寄り添うから♪

― 彼のたばこを吸う仕草に大人を感じたっけ・・・ ―


♪ねえ、知り合った日から半年過ぎても あなたって手も握らない♪

― ・・・うっ、、こ、ここはダブらせられない・・・―

って。




おしまい。


...

スプリングコートが欲しいのよ。 - 2004年03月11日(木)

肌寒いような、でも、暖かいような・・冬から春へと変るこの季節に、

スプリングコートなしに過ごしてもう4年になる。

その不便さといったら、今まで大変なものだった。

4月の初旬まで、分厚いコートを着るしかなかったり、

さすがに、それじゃあ恥ずかしい日は、

もっこりしたカーディガンを羽織ってみたり。

もちろん、どちらも素材はウール。

季節感のまるでない私の格好は、ハタから見れば、

ダサいとか流行送れとかいう問題ではなく、

「この陽気のせいでちょっと頭があったかくなった女」

と言ったほうが、しっくり来るくらいであった。


そこで、ついに私はスプリングコートを買うことにし、

おとといの日曜日、バイトの帰りに近くの駅ビルに行った。

どこのショップで買うかは、バイト中に駅ビルのホームページでリサーチ

済みであったので、私は迷わずお目当ての4階へ向かった。

ところが、行ってみると、店の感じが随分と若い。

それは、短いスカート、厚底の長いブーツ、

ぐるんぐるんにカールされた茶髪のロング、2重3重のマスカラという

すべての条件を満たした20代前半の女の子でなければ、

入ってはいけないような雰囲気であった。


ちょっと違うかな・・とは思ったが、今さら面倒なので、

とりあえず、ベージュのトレンチコートに袖を通したものの、

鏡に映った自分を見て笑ってしまった。

何故なら・・

通常のトレンチより、大きめな、、そう昔正月に上げたような

ゲイラカイトのような襟。上ものだと言うのに、キュ〜っと絞られたウエスト。

そして丈はロング。

何より、くるくるパーマがかかった私の長い髪が

ものすごくそのトレンチにはいい感じマッチして・・・

まるでその日のためにあつらえたズラのようで・・・


ベルバラのオスカルそっくりだった。


おしまい。


...

夢の中で。 - 2004年03月10日(水)

私は過去、イビキクイーンだった。

その音量は物凄いものがあったらしく、

例えば、一緒に暮らしていた妹を度々睡眠不足に

陥らせただけではなく、上の階で寝ていた住人の目をも

パチリと開けさせたほどで、

ある日、友人の家に泊まりに行った時などは、

主はもちろん一緒に行った他の2人も眠ることができなかったらしく、

朝起きたら皆が口を効いてくれなくて、危うく絶交されそうに

なった、という武勇伝を持つほどだ。


先日、SMAPの稲垣吾郎と自分が恋仲である、という夢を見た。

設定としては、

私たちはまだ付き合って間もなく、

もちろん2人でお泊りもしてなければ、

最後まで行っていない、出来たてホヤホヤのカップルというものだった。

ところが、夢が進むうち、ついに2人がぐっと

親密になれるチャンスがやって来た。

ゴローちゃんに、よく覚えてないが、何らかのトラブルがあり

落ち込む彼をかわいそうに思った私が、一晩側にいてあげるというものだった。

外で食事をしたあと、彼の家へと向った私達。

彼の部屋は、6畳のワンルームマンションで、

壁際にはベッドのマットレスだけを敷いたものがあり、

枕もシーツも蒲団も全部真っ白であった。


「じゃあ、寝ようか」

先に蒲団に入っていた彼に促され、ゆっくりと

片足を蒲団に入れる私。

彼は寝転がった姿勢のまま、肩肘をついて、私を見ている。

そして、彼にピタリと自分の体をつけようとした瞬間、彼が唐突に

「おまえ、まさか、イビキかく人じゃないよね〜」と言った。

「ま、まさか、、、」

咄嗟にそう答えたが、その先は覚えていない。

夢はそこで終わりであった。


朝型見た夢だから、記憶に残っているのだろう。

それにしても、

私にイビキをかかせまいと先手を打つようなあのセリフ。

疑心に溢れた目。

その様子は、

今までに何度も聞かれ、そして何度も見た、

私を取り巻く人々のセリフであり目であった。


夢とは思えなかった。


おしまい。


...

初心忘れるべからず。 - 2004年03月09日(火)

「何はなくても、お金はなくても、義理人情に熱い、
 そういうことを大切にする夫婦でいよう」

私たちは結婚した当初こんな誓いを立てた。

それは、日々追われるような都会での生活の中、

まわりの人を大切にしていきたい・・という願いを込めたものであった。


旦那が

「俺、おとといクリーニングに背広出したから、
 それを明日取りにいってよ〜」と

突然言って来たのは昨日の夜のことであった。

またか・・とそれを聞いて私はガックリ肩を落した。

と、いうのは旦那が出したクリーニング屋というのは、

私がひいきにしているところとは違う、

シルバーのチェーンがついてるザーマス眼鏡が似合いそうな

おばちゃん(以下ザーマス)がやってる店だったからである。

彼女は態度もふてぶてしく、渡す品物もよく間違うので、

私としてはそこを極力使わず、もう少し駅寄りの

大福顔のおばちゃん(以下大福)がいる店に行くことにしていたのだ。


大福は前にこの日記にも

書いたように、うちの旦那のファンである。

「今日駅で旦那さん見かけたわよ、キャ〜〜〜!」

とか

「偉いわね〜、男なのに洗濯ものを出しに来るなんて、キャ〜〜〜!」

と彼のすべてが好きらしい。

なのに、どうだ、

彼はただ「早く仕上がるから」という理由だけで、

ザーマスの方に洗濯物を出しに行くのだ。


私はそんな彼を見て思わずにはいられない。

大福にキャキャーと好かれて、君も悪い気はしなかったハズだ。

むしろ「俺って芸能人?」みたいな感じで、ちょっとうれしかったハズだ。

それなのに恩をアダで返すようなことをしてもいいのか!と。

初心に帰り私達夫婦のポリシー、「義理人情を大切に」を

もう一度思い出せと。


ちなみに、そう、誤解がないように言っておくが、

例えば、その大福が暑い日には良く冷えたジュースを、

冬、乾燥しているときには甘い喉アメを、

そして割引券がもらえない日に行っても、

また出してね〜、とこっそりそれをくれるから、ということが

この力説の理由では決してない。


おしまい。


...

謝罪。 - 2004年03月06日(土)

今日、とある施設に行った。

待合室で、まだかなぁ〜とキョロキョロしながら待っていると、

少し離れたところにちょこんと座っていた80ぐらいのおばあさんと目が合った。

意味もなく見詰め合ってしばらくすると、

そのおばあさんが私に向かって、

おいでおいでと手招きをする。


まったくの他人。

だが、その目線は明らかにこっちに向けられている。

私のこと?と半信半疑で不思議に思いながらも、

そのまま何の反応も示さずいたら、おばあさんが手招きに

加えて、「お嬢さん。お嬢さん」と私に向かって言い始めた。


やっぱり呼ばれているのだと核心した私。

ところが、「私のことですよね?」と確認の意味を込め、

首を傾げながら、私が胸の当たりを指で差す仕草をした瞬間、

おばあさんは頭を激しく振り、

「も〜、あんたじゃないよ!」と言いたげに、何か邪魔者を追い払うように、

さっきまで「おいで」をしていた手を

激しく左右にぶるぶる振るのだった。


やはり、「お嬢さん」とは私のことではなかった。



申し訳ありません。

この年になってもなお、娘気分が抜けておりませんでした。


おしまい。


...

ソバージュ - 2004年03月05日(金)

先々週、妹に会った。

頼んでいたハーブティーを、彼女が勤めている店まで

取りに行ったのだ。


私がパーマをかけてから会うのは初めて。

同じ女性として、そして誰よりも私を良く知っている

妹の感想が気になっていたのだが、

店に入った私を見たときの彼女の反応は、

普通に「あっ、お姉ちゃんいらっしゃい」であった。

その激しく笑われるでもない反応は少し前からメールで

「ボヘミアンな女です」とか「スカーレットのようになりました」

とさんざん前フリしておいた賜物だと、私は大いに安堵した。

が、その直後、彼女は私の髪をチラチラ見ながらこう言った。

「な〜んだ。ぜんぜん変じゃないよ。違和感ないよ。
 だってお姉ちゃん前もソバージュしてたじゃん」


そう、私は確かに今みたいな髪型をしていたことがあった。

当時、世間ではそれをソバージュと呼んでいた。

ついでに言うとかなり昔、12年前のことであった。

私のくるんくるんパーマ。

いくら、失敗といえども美容院での私のオーダーは

「今流行りのアンニュイなナチュラルなパーマでお願いします」

であり、流行の波に確実に乗ったハズだった。

なのにハタから見ると、それが昔々、巷に溢れていたソバージュと

何ら変わりがないなんて・・。


妹よ!

私自身も(なんとなくそうかも・・・)と思いつつ、

(いやいや、そんなことないもん!)と心の中でごまかしてきた

恐ろしい事実を君は口に出してしまった。


妹よ!

「ソバージュ」って言ったなぁ〜〜〜!


おしまい。


...

蛤(はまぐり) - 2004年03月04日(木)

せっかくのひな祭りなので、

蛤のお吸い物など、作ってみることにした。

バイトの帰り、新しくできたスーパーに寄ってみると

やはり考えることは一億総主婦、皆一緒らしく、

魚売り場はそれを求めようとする女性たちで溢れていた。


家に着き、早速台所に向かった。

売り場のオジサンは砂出しはしなくて大丈夫と言っていたが、

とりあえずボールに張った塩水の中に

ひと山350円の蛤たちを開けた。


自慢じゃぁないが、私は貝の砂出しなんてやったことない。

どうなるんだろう・・・と興味津々で眺めていたら、

塩水に浸かった蛤たちから、砂と共に小さな泡が

ぽこん・・ぷくんと出始め、中にはリラックスのあまり

先が割れた舌みたいなものまで出すヤツまでいて、

「海の中と勘違いしてやんの〜」とちょっと面白かった。




まんまと私の「しょっぱい水作戦」に引っかかり、

あっさり砂を吐いてしまった蛤たち。

そのさまは、

本当は飲みに行くのに、

「ハァ〜、今日は仕事で遅くなる」と会社から電話をかけてよこし、

帰宅後、それを怪しい・・と見抜いた私の誘導尋問に

「す、すみません・・でも、、ほんの、ほんのちょっとだけで、、」と

あっさり口を割ってしまう旦那のようであった。



おしまい。


...

老後 - 2004年03月03日(水)

それは土曜日の夜のことだった。

駐車場からの帰り道、建設中のマンションの脇を

通りかかり、私は何気なく足を止めた。

そこにはマンション名と入居日などが書かれた看板と共に、間取りの図が。

買えるわけもないが、価格と住みやすそうなデザインについ目が

いってしまったのだ。


ポケ〜っと見ていると、少し後ろを歩いていた旦那が、

私に近寄り、そっと肩に手を置く。

そして・・

「いくら見たって、うちはマンションなんか買えないよぉ〜〜〜〜〜〜ん」

とひと言。

その場は「そうだよね・・・」と頷いて、また歩き出した私だったが、

家に着いて、時間が経つほど旦那の言葉が気にかかる。


どうもしっくり来ない。

あの時の彼の「買えないよぉ〜〜〜〜ん」の「よぉ〜〜〜〜ん」の

ところは

「よほほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」にも聞こえるような、

または

「ひょ〜〜〜〜〜〜〜ん」にも聞こえるような、

おちゃらかホイホイッ!といった軽いノリの響きであった。


普通なら、愛する妻が夢のマンション前に、

力なく立っている場合、かける言葉は

「今はまだ無理だけど、任しとけ!」であり

「買えるように2人で頑張ろうな!」ではないのか?

それがあんな響きでいいのか?


「よぉ〜〜〜〜ん」て・・
「よほほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」て・・・
「ひょ〜〜〜〜〜〜〜ん」て、なんですか?


私たちもいずれおじいさんおばあさんになる。

いつまでも賃貸というわけにはいかないだろう。

旦那が言った言葉を何度も思い出しながら、

彼と一緒で老後は大丈夫だろうか・・・?と、

旦那より確実に5年早くその時期を迎える私は

思わずにはいられないのであった。


おしまい。



...

新しい季節。 - 2004年03月02日(火)

今日は寒いが、新しい季節はすぐそこまで来ている。

昨日までは柔らかい空気の臭いにも、肌をすり抜けてゆく

風にも、私は春を感じていた。


春、それは一年のうちで最も私をウキウキさせる季節。

長く厳しい冬の間、そっとしまっておいたみずみずしいエネルギーが

まるで緑がいっせいに芽吹くように私の中で溢れ出す。


油絵も描こう。

墨絵にも挑戦してみたい。

そうだ!最近音信不通だったペルー人Sに英会話もならいたい。

スポーツも始めたいな・・・。


あれやこれや、こんなこともあんなことも・・と

新しい季節への思いはつきず、

昼間も換気扇の下で一服しながら、

一人ウキウキしていた私だったが、

タバコを吸い終わり、トイレに行こうとリビングを通り抜けた

ところで、ハタと気がついてしまった。


床でふわふわと舞い踊るホコリ。

もやがかかったような棚。

そんなことより、

この家を掃除するのが、

先だろう・・・と。


おしまい


...

便り。 - 2004年03月01日(月)

昨年の夏、名古屋の友人Mに女の子が生まれ、

出産祝に絵本などと思ったものの、

頼まれもしないのに絵本だなんて、

私の趣味を押し付けていいものか?と悩んでるうち、

年末に別の友人Tにも女の子が生まれ、

さらに一昨日帰ってポストを開けたら、

丸2年会ってなかった友人Kから

「1月9日に無事女の子を出産しました」

という葉書が突然来てたりして、まさに私の周りは出産ラッシュ。


我が家に子供がいないからなのか、

はたまた年をとったせいなのか、

そういう便りがうれしくもあり、つい顔がほころんでしまう。


そこで一句詠んでみた。


次々と

届く便りに目を細め

少子化なんて

うそよね〜ん。




おしまい。


...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail